(4)通信
クロエにこれから先のことを話したあとは、雑談をしながら今夜泊まるホテルに向かった。
その途中では、クロエは人々の視線を惹きつけつつ、一緒にいたカケルは主に男性から嫉妬の視線にさらされていた。
分かってはいたことだが、やはりクロエの美人度はこの世界でも群を抜いているらしい。
カケルにとっては慣れない視線を受けつつホテルに着いたあとは、カケルの部屋にクロエが着いてきた。
同室にしたというわけではなく、室内でやることがあったためである。
「ふー。やれやれやっと落ち着けたか」
「お疲れ様でした」
ベッドに腰を下ろして大きくため息をついたカケルに、クロエが微笑を浮かべながら部屋に備え付けられている椅子に腰を下ろした。
その前にクロエは、自分が持っていた端末をカケルに渡している。
こういった端末は、ゲームのときには無かった。
自分の拠点である『天翔』には、単純に通話機能を使えば連絡が取れたのだが、この世界ではその端末に置き換えられているのだ。
「一応確認するけれど、盗聴とかは大丈夫だよね?」
どういった技術で作られているかカケルにはさっぱりだが、前世の携帯電話のことを思い出しつつクロエに確認を取る。
「勿論です」
力強く頷くクロエに、カケルは微笑を浮かべた。
そのあとで、ふと疑問に思ったことを口にした。
「こういった技術は、以前は無かったはずなんだけれど、どうやって開発したんだ?」
「女神様からの神託で、です。以前には無かった技術で、こちらの世界で使われているものは、全て教えられました」
「それはまた、ずいぶんと大盤振る舞いだね」
まさかそんな細かい所までフォローしてくれているとは思っていなかったカケルは、素直にナウスリーゼに感謝した。
「なんでも、私たちが持っている技術レベルでそういった知識がないと、既存の国家にはちぐはぐな印象を与えてしまうようで、それを防ぐためと神託されました」
『天翔』が持つ技術レベルは、この世界の平均よりも随分と上になっている。
ナウスリーゼは、『天翔』の存在が、既存の勢力に変な推測をされないようにするために、最低限の備えは神託として授けていた。
もっとも、いきなり他にはない程の高い技術力を持った『天翔』がいきなり現れること自体不自然なのだが、それはあくまでもカケルへの「報酬」として女神は割り切っていた。
そんな女神としての事情までは知らないカケルは、ナウスリーゼに対して感謝をしつつ何度か頷いていた。
「なるほど。それにしても、ナウスリーゼからは随分と細かい指示を受けているんだ」
「ええ。ただ、細かく神託が来るのではなく、いきなり全てを頭に叩き込まれた感じでしたから、初めの頃は皆が苦労していました」
「うわ。それはまた……」
その時の光景を想像して、カケルは思わず絶句した。
「ナウスリーゼにも事情があるのだろうけれど……。開発部門はさぞ苦労しただろうね」
「はい。最初の数年間で一番忙しかったのは、間違いなく開発部門だと思われます」
勿論、いきなり新しい採掘場所が増えたり、ナウスゼマリーデが増えたりしたのだ。
各部門もてんやわんやの騒ぎになっていたのだが、クロエが言った通り一番忙しかったのは開発部門だった。
「そうだろうねえ。あとでちゃんと労っておくか」
「そうしてください」
カケルらしい気遣いの言葉に、クロエは微笑を浮かべて頷くのであった。
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『天翔』の左大臣フラヴィが持つ端末が鳴ったのは、ちょうど執務室で作業をしている最中だった。
彼女の向かいでは、右大臣のアルミンが同じように書類に埋もれながら次々に処理を行なっている。
端末の音が鳴ると同時に一瞬だけ視線を向けて来たが、すぐにまた視線を下におろしている。
フラヴィは業務用の端末をいくつか所持しているが、その時になっていたのは一番重要度が高いものだった。
現状、その端末からくる相手は一人しかいない。
その相手は、今現在彼女たちにとって一番重要な任務に就いているはずだった。
その彼女からの直接の通話が来るということは、なにか重要な問題でも起こったのかと少しだけ身構えてから出た。
「私だ。何かあったか?」
『ああ、突然ごめん。カケルだよ。クロエから端末を借りて連絡をしている』
そう端末から聞こえて来た声に、フラヴィはガタリと音を立てて椅子から立ち上がった。
突然のその行動に、向かいで作業をしていたアルミンがいぶかし気な表情を向けて来た。
常に冷静沈着と噂されるフラヴィが、慌てた様子を見せることなどほとんどない。
なにかが起こったのかとアルミンが考えるのは当然だろう。
だが、次のフラヴィの態度で、アルミンの疑問は氷解した。
「はっ! ご無沙汰しておりました。カケル総統!」
『相変わらず固いなあ。もう少し砕けてもいいのだけれど?』
「そういうわけには、まいりません!」
以前にも何度かカケルからは同じことを言われているが、フラヴィは断固として今の態度を変えるつもりはない。
自分自身の性格ということもあるが、上の人間が砕けた態度を取れば、必ずそれが部下にも影響すると考えているためである。
そんなフラヴィに対して、アルミンは公私をきっちりと分けており、業務中以外は割と砕けた態度を取っている。
ゲーム内でとはいえ、フラヴィの口調に慣れているカケルもそれ以上は何も言わずに本題に入った。
『それで、用件だけれど、今後の予定を伝えようと思ってね』
「畏まりました」
特に何か事件とかが起こってないということがわかって、フラヴィは内心でホッとした。
『というわけで、具体的な話はクロエに変わってしてもらうから』
「はっ!」
フラヴィが短く返事をすると、端末からがさがさと音が聞こえてきて持ち主が変わったのが分かる。
『クロエです。先ほどカケル様からお話を頂戴して、今後はプランAで行くことが決まりました』
「プランAか。わかった」
フラヴィはそう言いながら視線をアルミンへと飛ばした。
それを受けてアルミンは頷きを返して来た。
既にクロエたちは、カケルが戻ってきたときのために、どういう行動をとるかシミュレーションを行っていた。
当然カケルの考えと外れることも予想されていたが、今回はいくつか考えていたプランの中に当てはまるのがあったようだ。
ちなみに、プランAはクロエが押して来たシミュレーションだ。
『天翔』においてもっとも優先されるのは、当然ながらカケルの指示である。
議論しているときには反対意見は出ていたが、それはあくまでも議論のときだけだ。
カケルが決めたことであれば、あとは全力でサポートするだけだ。
『私からは以上です。ああ、そちらにアルミンはいますか?』
「ああ、いるが?」
『少し代わってもらってもいいでしょうか?』
「わかった。少し待て」
そう言って耳から端末を離したフラヴィは、そのままアルミンへと渡した。
「クロエだ」
相手がだれか分からないと気の毒だと思ったフラヴィは、きちんと名前を伝えておくのを忘れなかった。
アルミンは、それに対して小さく頷き返して感謝の意を示した。
電話口にいるのがクロエなのか、それとも総帥なのかで当然対応も変わってくる。
「代わりました」
『クロエです。カケル様からのお言葉で、開発部門に感謝の意を頂きました。いずれ直接のお言葉があるでしょうから、そのおつもりで願います』
そのクロエの言葉に、アルミンは小さく笑みをこぼした。
彼らのトップに立つカケルは、こうした配慮も忘れない人間なのだ。
細かいことかもしれないが、こうした小さな積み重ねも組織を維持していく上では、重要な要素の一つとなる。
「わかりました。いずれ時を見て伝えておくことにします」
『そうしてあげてください。・・・・・・こちらからは以上になりますが、そちらはなにかございますか?』
問いかけられたアルミンは、視線だけでフラヴィに確認をした。
察しの良いフラヴィはそれだけで用件が分かったのか、首を左右に振った。
「いえ。特にはないです」
『わかりました。それでは、計画通りよろしくお願いいたします』
「はい。それでは」
そう短く答えたアルミンは、クロエが通信を切るのを待ってから通話を切るのであった。
翔がやっていたゲームでは、AIはあまり発達していませんでしたが、性格設定だったり口調の設定ができていました。
そのため、ある程度の会話もどきを行っていたということになります。