(7)不思議な出来事
カケルとカリーネの会話を興味深げに聞いていたクロエが、珍しく口を挟んできた。
「もしよろしければ、その作法とは何か教えていただいてもよろしいでしょうか?」
そのクロエに、カリーネは特に表情を変えるでもなく、淡々と答えた。
「別に大したことではありませんよ。この神社の境内にはいる前、鳥居を通る前に、きちんと一礼をされたではありませんか」
「……え? それだけですか?」
少しの間待っても、それ以上の答えが無いことがわかると、カケルが不思議そうな顔で首を傾げた。
カケルにとっては当たり前すぎて、なぜそれでカリーネは、カケルが作法を知っていると判断したのかがわからなかったのだ。
そのカケルを見て、カリーネがクスリと笑った。
「勿論、それだけではなく道の中央を歩かないとかもあります。ただ、その辺のことは知っていても、意外に一揖をしているものは少ないのですよ」
参道の中央を歩かないことや手水舎での作法は気をつけても、最初のちょっとした行いを忘れてしまう者は意外に多い。
普段から訪問者を見てきているカリーネだからこその視点に、カケルはそんなものかと頷いた。
ただし、カリーネが言ったことは、嘘ではないが本当のことをすべて語っているわけではない。
カリーネにとって問題だったのは、それらの作法を一切戸惑うことなく、ごく自然に流れるように行っていたことだ。
これは、普段から神社に慣れ親しんでいる者でしかできないことなのだ。
そうした細かいことまでを見て、カリーネはカケルが神社のことをよく知っていると判断したのである。
カケルにとってはごくごく当たり前のことだっただけに、言われた当人は何とも言えない表情になっていた。
それとは対照的に、クロエは納得した顔で頷いている。
「なるほど。そういうことでしたか」
そういうクロエは、カケルに続いて礼をしていたので、言われてみれば納得できることだった。
他にもカケルを除いた者たちは、感心したような顔でカケルを見ていた。
何となく居心地が悪くなってしまったカケルは、焦ったようにカリーネを見た。
「ま、まあ、それはともかく、するべきことをしてしまいましょうか」
どうにもカリーネを相手にするときは、ペースを乱されるような気がする。
そう自覚せざるを得ないカケルなのであった。
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一同は、ご神前で参拝をしてから、カリーネの案内で神社の中へと入った。
通常は入れる場所ではないので、神国側の人間も興味深そうに見ているのが、カケルたちにとっては印象的だった。
勿論、場所が場所なので神国側のメンバーも限定された者しか来ていない。
それでも、『天翔』総統が初めて公式の場に来たということで、重要人物が集まっている。
一応表向きは、一冒険者としての訪問だが、これだけ『天翔』関係者で固めている以上は、隠せるはずもない。
それに、少なくとも神国の者たちには、『天翔』総統だとばれても構わないとカケルは考えていた。
ついでに、このことで神国内における諜報の度合いも計ることが出来る。
今回のことが、他国にどの程度広まるかなども、今後の『天翔』の運営に役に立てることができる。
さらにいえば、神国側も今回の件を利用して、各国の諜報の度合いを測っている節がある。
これに関しては、お互い様のところがあるので、文句を言うほどのことでもない。
そんなお互いの事情はともかくとして、神社の中に入ったカリーネは、とある部屋の中に入った。
そこには当然のように、着いて来ていた全員が入った。
その部屋は、十人以上がいる一行が全員はいってもまだ余裕があるほどの広さがあり、カケルはそこで話し合いが行われるのかと考えていた。
だが、カリーネは、更に歩を進めて、さらに奥にあった扉を指し示した。
「教主様!?」
カケルを含めて『天翔』側の誰かが何かを言うよりも早く、カリーナのその行動を見て、神国側のメンバーの一人が驚きの声を上げた。
声を上げたのはその一人だったが、他の者たちの顔を見れば、同じように驚いていることがわかった。
そんな周囲の反応を、首を振るだけで押さえて、カリーネはカケルを見て言った。
「カケル様。まずはこちらの扉を開けてもらえませんか?」
カリーネがそんなことを言った扉は、所謂日本のふすま形式になっている扉だった。
見た目はただのふすまなので、周囲の反応とカリーネの言葉聞いて、カケルは首を傾げた。
ただ、カリーネがわざわざこの場所にカケルを呼んだ理由を考えれば、なんとなくカリーネがやりたいことは分かった。
だからこそカケルは、隣にいたクロエが一瞬なにかを言おうとしたのを視線だけで止めて、カリーナが待つ扉へと近付いて行った。
カリーネに促されるままにカケルがふすまを開けると、なぜか神国側から驚きの声が上がった。
それに対してカケルはいぶかしく思う間もなく、開いたふすまの先に見えた光景に思わず目を瞠った。
そこは、いまいる部屋に続く別の部屋ではなく、なぜか外になっており、視線の先には東屋のような屋根付きの建物が建っていたのだ。
完全に不意を打たれたカケルは、驚きでその場に立ち尽くしてしまった。
そんなカケルに、カリーネが微笑みながら話しかけて来た。
「どうやらカケル様にもしっかりと見えているようですね」
「……見えている?」
カリーネの言葉に違和感を覚えたカケルは、ようやく周囲の状況に気が付いた。
『天翔』の関係者は不思議そうな顔でカケルを見ており、神国関係者は、驚愕どころではない表情を浮かべている。
それを見れば、自分の常識では計れない何かが起こっているということは、カケルもすぐにわかった。
周囲の様子とカリーネの言葉の意味を考えたカケルは、すぐに思い当たることがあって、それを口にした。
「まさか、他の者たちにはこれが見えていないのですか?」
信じられないという思いで口にした言葉だったが、それを聞いたカリーネはあっさりと頷いた。
「ええ。そういうことです。まずは、あちらに行きましょうか」
そう言って促して来たカリーネだったが、カケルは一瞬進むべきかどうか迷った。
ただ、その迷いは本当に一瞬のことで、カケルはすぐに歩みを進めた。
これだけ不可思議な現状が起こっている以上は、この先何かが起こるということは間違いない。
とはいえ、その何かを起こす主が誰であるのかを、このときのカケルは確信していた。
というよりも、以前からのカリーネの話で散々出て来ていたのだが、本当にそうであるのかを認めることが出来なかったのだ。
だが、目の前でこのようなものを見せられてしまえば、信じることしかできない。
視線だけでクロエたちにその場から動かないように指示を出したカケルは、カリーネと共にふすまの先に進んで行った。
カケル自身はこの時気付いていなかったのだが、あとからクロエたちから話を聞くところによると、明けたふすまの先に進んだカケルの姿が一瞬に消していた。
そのことに慌てたクロエたちだったが、どうにか神国関係者に宥められて、落ち着きを取り戻していた。
そして、そのときに神国関係者が話したところによると、カケルとカリーネは、ナウスリーゼ様の御許に行ったということだった。
それだけではとても信じられることではなかったが、カケルからの待っているようにという指示があったために、クロエたちは焦燥を感じつつもしばらくその場で待機することにしたそうである。
それらの話を後から聞いたカケルは、よくぞ暴れてくれなかったと安堵のため息をつくのであった。
クロエたちの前から姿を消してしまったカケル。
果たしたカケルとカリーネはどこへ行ったのか!? (棒)
……まあ、茶番はともかくとして、次回はいよいよあのお方と久しぶりの対面です。
今更誰であるかは言わなくともわかっているでしょうw