(4)弱いカケル
カリーネは、悩めるカケルに「どうするか決めたあとは、大使館にこれでご連絡ください」といって、一組の封筒と便箋を渡してきた。
渡された封筒や便箋を見れば、一般に売られているような物とは全く違っているので、それが特別な物だということはすぐに分かる。
どう考えても逃げられないと悟ったカケルは、わかりましたと返事をすることしかできなかった。
それを見て満足げに頷いたカリーネは、ようやく目的は達したとばかりに、カケルの屋敷を後にした。
こうしてカリーネとの初対談は、カケルは終始翻弄されたまま終わることとなったのである。
カリーネが去った室内では、カケルが少しばかり放心した様子で椅子に座っていた。
その視線の先には、カリーネから渡された置き土産がある。
「…………予想外もいいところだなあ。クロエ、どうすればいいと思う? ――クロエ?」
ぼやくようにして呟いたカケルは、クロエに意見を求めようとしたが、彼女の様子がおかしいことに気が付いた。
カケルが呼びかけたのに、ジッと考え込むような表情をしている。
クロエがこんな態度を見せるのは珍しいことで、何故かカケルは嫌な予感に襲われた。
もう一度呼びかけるかどうかを逡巡したカケルだったが、その前にクロエが話しかけて来た。
「カケル様、一つ提案があるのですが、よろしいでしょうか?」
「え、あ、はい。良いですが、なにかありましたか?」
彼女の様子に、思わず敬語になってしまったカケルだったが、クロエは気にした様子もなく続けた。
「この屋敷に、きちんと世話役と護衛を置きたいと思います。……いいですね?」
「え、いや、それは、別に必要ない……」
すでに屋敷には、コンラート国王が用意した人材が必要なだけ常駐している。
そのためカケルは必要ないと返そうとしたのだが、クロエはジッとカケルを見てきた。
「……置きますが、いいですね?」
ただ単調に繰り返されたその台詞に、カケルは自分に拒否権はないと悟った。
それに、クロエの言いたいこともわかる。
屋敷にカリーネが来た以上は、今までのように一冒険者として見られることはないだろう。
ナウスリーゼ神国に招待されたことも含めて、色々な憶測が飛び交うことになるのは間違いない。
だとすれば、『天翔』統括としての正体を完全に明かすのはともかくとして、クロエの言う通り補佐室や親衛隊の者たちを屋敷に呼ぶのは、悪い選択肢ではない。
ナウスゼマリーゼを多く呼ぶことによって、正体がばれる可能性は高くなるが、今回の件でそれは既に手遅れともいえる状況なのだ。
さらに付け加えれば、コンラートとの対面の後で、中型機の製造も発注している。
中型機ともなれば、乗組員も増やさした方がいいので、どのみちメンバーの増員は必須になる。
クロエの表情を見る限りでは、多分に別の意図も含まれている気がしているカケルだったが、敢えてそのことは無視することにした。
「……うん。まあ、いいんじゃないかな? 人選はクロエに任せるよ。新しい中型機のことも考えて選んでね」
「畏まりました」
カケルの言葉に、クロエはまったく表情を変えずに、頭を下げるのであった。
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カリーネと対面を果たしてから五日後には、クロエが呼び寄せた『天翔』の仲間が屋敷に集まった。
クロエが呼んだメンバーは四人で、一人が補佐室で残りの三人が親衛隊の者だ。
「あの、カケル様。この者たちは?」
セリオが新しいメンバーを見て少しだけ驚いた様子を見せたので、カケルは素直に説明をすることにした。
「以前からの仲間でね。せっかく屋敷を持ったのだから、一緒に住もうと思ってね。それに、これから中型機ができてくるから、同乗する仲間でもある」
「畏まりました」
そのカケルの説明に、セリオは納得の表情で頷いた。
勿論、疑問に思うことは多々あると思うが、カケルは屋敷の者たちに対する説明は、それで統一することにしている。
屋敷を管理している主だった者たちに、軽く新しい仲間たちを紹介したあとで、カケルは新メンバーに親し気に話しかけた。
「皆も突然すまないね。これからよろしく頼むよ」
「にゃはは。私らがこうして来るのは当然のことだにゃ。ようやく役目が果たせるにゃ」
満面の笑みを浮かべながらそう言ったのは、親衛隊隊長のミーケだ。
他にも彼女の後ろでは、同じ親衛隊メンバーのオリガとカイナが頷いていた。
さらに、もう一人の補佐室からのメンバーは、シーラというおっとりとした印象を受ける女性だ。
というか、『天翔』の補佐室と親衛隊のメンバーは全員が女性なので、当然今回来たのも皆女性である。
一通り挨拶をした後で、クロエが皆を見ながら言った。
「これからカケル様の傍にいていただくのですが、なによりも重要な役目があります」
やけに重々しい言葉で言ったクロエに、カケルは内心で首を傾げ、他の面々は何事かと顔を見合わせた。
「不埒にもカケル様に近付こうとする輩が出てきました。皆さまは、彼女を近づけさせないようにしないといけません」
「おいっ!?」
予想外のクロエの言葉に、カケルは驚いたような顔になる。
だが、そのカケルの反応とは別に、他の面々は真剣な顔つきになっていた。
「ほう? それは中々面白い情報だな」
と、オリガが言えば、
「それは、重要な仕事だにゃ!」
と、ミーケが張り切る。
そして、シーラとカイナはお互いに笑みを浮かべながら、「ほかのメンバーにも知らせようかしら」とか「それがいいわ」とか、なにやら相談していた。
彼女たちのその反応に、カケルは思わず焦った声を出した。
「あ、あれ? ちょっと待って!? クロエの勘違いだからな?」
「そうですか?」
真顔でそう聞いていたクロエに、カケルは視線を逸らした。
「そ、そうだよ?」
「カケル様。ちゃんと私の顔を見て答えてください。私の勘違いなのですね?」
「そ、そうだよ」
「そうですか。カリーネ様に迫られて、少しだけ喜んでいたように見えたのは、私の気のせいなのですね?」
ここできちんと少しだけというところが、クロエの観察眼がしっかりしているということの証明である。
余りにも的確な(?)クロエの言い分に、カケルは視線を逸らしたまま頷いた。
「そ、そうだよ」
先ほどから同じ言葉しか返していないカケルに、他の面々は顔を見合わせて、
「「「「ギルティですね」」」」
声を合わせて、そう言ってきた。
彼女たちの反応に、クロエは満足げな表情を浮かべた。
「そういうわけですから、よろしくお願いいたします」
「「「「任せてください」」」」
一糸乱れぬその揃いっぷりに、カケルは反論することを諦めた。
どうせ数日もしないうちに会いに行くのだから、そこで誤解を解けばいいだろうと、安易に考えてしまったのである。
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ミーケたちが加わった翌日には、カケルはカリーネから預かった便箋と封筒を使って、手紙を出した。
内容としては、招待に応じるということと「普通の」カケルとして伺う、といった内容のことが書かれている。
最後の最後まで『天翔』総統として行くかどうかを悩んだのだが、どちらにしてもメリットデメリットがあるだろうと考えた末での選択だった。
そしてカケルは、新たに建造された中型機のテミス号に乗って、ナウスリーゼ神国へと赴くことになるのであった。
女性には弱いカケルでしたw(主人公の宿命)
仲間が増えて、これからますます賑やかになっていくと思います。
次回はいよいよナウスリーゼ神国へと乗り込みます。