(2)あり得ない訪問者
ペルニアに屋敷をもらったカケルは、執事やメイドたちも立ち入らせない部屋を用意した。
最初は、家令たちも掃除くらいはと言ってきたが、そこは自分が主だからということで、強引にいうことをきかせた。
ちなみに、無理に入ろうとしても魔法で鍵を掛けているので、入ることはできないようになっている。
鍵の解除に必要なものは、ファンタジー物で定番の魔力パターンで判断するものだ。
そのため、その部屋には限られた者しか入ることができず、いまはカケルとクロエしか入ることはできない。
ふたりしか入ることができないと掃除などをする必要が出てくるが、そこまで広い部屋でもないので、大した問題ではない。
ただ、もともとカケルは自分自身でするつもりだったのだが、いざ掃除を始めようとすると、クロエが少しだけ怒って掃除道具を奪ってしまう。
そのときのクロエの顔が、自分の仕事を取るなと言いたげな表情をしていたので、カケルもそれ以上は自分でなにかをしようとは思わなくなっていた。
カケルがわざわざそんな部屋を用意したのには、勿論理由がある。
それは単純に、『天翔』と自由に連絡が取れるスペースがほしかったのだ。
といっても、通信を行うための機器を置いているわけではなく、会話が聞かれないように結界で覆われた部屋を作ったのである。
だからこそ、クロエが入ることは許可したのだ。
勿論、それだけですべての防諜が可能だとは考えていない。
それでも、今までよりは、はるかに安全な場所が確保できたことになる。
もっとも、こんなものを用意したことで、逆に疑われるようになったともいえるのだが。
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そんな感じの屋敷を手に入れたカケルだが、逆に固定された居場所ができたために、探索の交渉しようと家を訪問したり連絡を取ってくる者が増えた。
そうした者たちの対応はカケルが行うのではなく、執事を筆頭に家令たちが対処している。
基本的にカケルは誰とも会う気が無いので、彼らのやることも簡単なものだった。
ただし、家令たちではどうしても断ることができない相手というものもいる。
それは例えば、ダナウス王国の国王のような立場のある者だ。
だが、そんな者は、簡単に自由な時間が作れるはずもなく、更にはカケルのような冒険者の家に自ら向かってくるはずもない。
さすがに呼び出しされればカケルが王城に向かわざるを得ないのだが、そんなことはこれまで一度もなかった。
一国の王が一冒険者に直接の連絡を取ることなど、まずありえないのである……はずだった。
カケルは、目の前に座る人物を見て、一度執事を見てから、もう一度その人物を見た。
「………………ご主人様。何度ご覧になっても、目の前のお方は消えて無くならないかと」
セリオの冷静な突っ込みに、カケルは思わずその本人を見た。
今までセリオはあくまでも筆頭執事としての立場を貫いていて、いまのような突っ込みをしてきたことがなかったのだ。
もっとも、そんなことをする機会に恵まれてこなかったということもあるのだろうが。
目の前の女性の訪問は、セリオの力では拒否することができない相手であり、屋敷の中に通したのはむしろ良い対応だったといえる。
ただ、出来れば自分がいないときに来た方が断り易かったのにと、カケルが考えたのは致し方ないだろう。
「カケル様? どうかなされたのでしょうか?」
そう宣った女性とは、一国の代表であり、本来であればただの一冒険者であるカケルの屋敷に直接来ることなどありえないはずだ。
だが、いくらカケルが現実逃避しても、セリオの言う通り目の前の現実は消えて無くならなかった。
わざと盛大なため息をついて見せたカケルは、ついに目の前の相手とまともに対応をする覚悟を決めた。
「それで、ナウスリーゼ神国の教主様が、一介の冒険者である私に、一体どういう目的で会いに来られたのでしょうか?」
そう。
いまカケルの目の前にいるのは、まぎれもなくナウスリーゼ神国の教主であるカリーネであったのだ。
その顔は、ダナウス王国で流れる放送でもよく見るものだったので、間違いようがない。
カケルにしてみれば、そんな大物がなぜ? と思うのは当然だろう。
腕のいい冒険者をスカウトしに来るにしても、わざわざ教主が来る必要などどこにもないのだ。
盛大に狼狽えているカケルを余所に、当の本人は何故か寂しそうな顔になった。
「そんな、教主だなんて他人行儀、嫌ですわ。是非、カリーネと」
そんな斜め上の回答をしてきたカリーネに、カケルは混乱させられっぱなしだ。
「いや、しかし、それは…………」
珍しく押されっぱなしのカケルの正気を覚ますように、隣の席からクロエの「コホン」という咳払いが聞こえて来た。
その音で、カケルはハッとした表情になった。
それを見たカリーネは、表情は変えずに、内心で残念に思っていた。
何とかごり押しで仲良くなろうとしたのだが、どうやら邪魔が入ったのだと理解できたのだ。
そのカリーネを見て、言質を取られては、やばいことになりそうだと冷静になった頭で判断したカケルは、
「それで、一体どういった要件でしょうか、カリーネ様」
もう一度同じ質問を繰り返して場の空気を元に戻した上で、カケルが妥協できるところで名前を呼んだ。
たったそれだけのことでカケルの言いたいことを察したカリーネは、非常に残念そうな顔になりながらため息をついた。
「残念ですが、今回はそれで良しとしましょうか。これ以上強引に迫って、嫌われてしまっては元も子もありませんから」
そして、更にカケルの疑問に答えるように、言葉を続けてきた。
「それで、なんの用でとおっしゃいましたか。それは、神の巫女であるわたくしが、神の使徒であるカケル様に会いに来ることに、なんの不思議がありますか?」
ごくごく当たり前だという顔でそう言ってきたカリーネに、カケルは一瞬何を言われたのか分からずにキョトンとした表情になった。
カリーネの言葉を聞いてカケルが考えていたのは、ほんの十秒ほどだった。
「……どういうことでしょうか?」
これまでの態度を消して、そう言ってからジッと見つめてくるカケルに、カリーネはなぜか嬉しそうな表情を浮かべていた。
「あら。ようやく本心をさらしてくれましたか。……別に不思議なことではないでしょう? 私は、神の巫女なのですから」
「まさか、神から直接聞いたとでも?」
わざとらしくあり得ないだろうという顔になったカケルに、カリーネは真面目な顔に戻って頷いた。
「ええ。まったくその通りです。さすが、神の使徒なだけありますね。こんな話でも真面目に考えてくださって」
「いや、別に貴方の仰っていることを信じているわけではないのですが……?」
「そうですか? まあ、そういうことなら、それでも構いません。あまり重要な話ではないですしね」
ひとり納得するように頷くカリーネに、カケルは内心で舌打ちをしていた。
カリーネが言ったことは、少なくともカケルにとっては、とても重要で軽く聞き流していい話ではない。
だが、それを見抜かれてしまえば、それはそれでカケル及び『天翔』にとっては、これまでのこの世界に対する在り方を変えざるを得ないことになる可能性もある。
カリーネがカケルのことを神の使徒と言っている以上、すぐにどうこうするということはないと思うが、それが保障されているわけではないのだ。
カリーネからの視線を感じながら、カケルは内心でこれからどう話をしていくべきなのか、高速回転で考えるのであった。
カリーネの突撃!
カリーネからの攻勢に、カケルはタジタジになっています。
それには、カリーネが美人だからという理由も多少は、いえ多分に含まれています。




