(1)ナウスリーゼ神国
ナウスリーゼ神国は、その名が示す通り女神を柱(守神)としている宗教国家だ。
国の規模としては上から二番目で、現在神都であるアーゼから直接ルートを使って行ける子ヘキサキューブは全部で十ある。
ナウスリーゼ神国のそもそもの成り立ちは、人族絶対主義を掲げるユリウス皇国からナウスゼマリーゼが反発して興した国である。
そのため、出産率が低いはずのナウスゼマリーゼが他国に比べて、多く存在していることも特徴のひとつだ。
また、その歴史的背景からも分かる通り、ユリウス皇国との仲は非常に悪い。
ちなみに、ユリウス皇国から分かれた当初は国の規模としては小さかったのだが、タラサナウスの扱いに長けているナウスゼマリーゼが多いためか、現在では国力が逆転している。
それがまたユリウス皇国が反発する原因にもなっているのだが、ナウスリーゼ神国にとってはいい迷惑でしかない。
もっとも、事あるごとに両国は反発しているので、他国からはどっちもどっちと思われていたりもするのだが。
ナウスリーゼ神国は、女神によってえらばれた巫女(教主)が治めている国になる。
ただし、教主は政治に関するすべての権限を有しているわけではない。
というのは、教主になれるのはいくつかの条件があって、その中のひとつに五十を超えてなることはできないとされているためである。
教主の選出は、そのときの教主が「神の啓示」によって選んでいると言われている。
ただし、その「神の啓示」がどういうものなのかは、公にはされていない。
歴史的には必ずしも血縁関係で選ばれているわけではないことから、他国からは単純にそのときの権力が強い家柄から選ばれているのではと揶揄されていたりもする。
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ナウスリーゼ神国の首都であるアーゼには、教主が生活の場としている大神殿がある。
アーゼの大神殿があるアーゼは、ナウスリーゼ教の聖都でもあるので、ナウスリーゼ神国以外の国からも多くの信徒が訪れる観光名所にもなっている。
その中でも特に大神殿は、必ず訪れる場所になっているので、多くの観光客が神殿を訪れているのだ。
とはいえ当然のことだが、教主が普段いる場所には一般人は立ち入ることができず、厳重に警備された場所になっている。
さらにいえば、建物自体は複数あってそれらすべてを含めて、大神殿と呼ばれているのである。
教主がいる建物がどこにあるのかは、一般にも公開されていない。
それどころか、大神殿の上空はタラサナウスやその他の飛行可能機を飛ばすことすら不可能になっている。
その教主が住まうべき神殿に、ひとりの女性がなにやら真剣な表情で目の前にある神像に祈りを捧げていた。
豪奢な衣装で身を包んだ女性は現在のナウスリーゼ神国の教主で、その名をカリーネという。
カリーネは、波打つような長い金色の髪を持っている。
これは、ナウスリーゼ教の女性信徒は長い髪を持つことが教義とされているためでもある。
その理由は単純で、女神であるナウスリーゼが長い髪を持っているからである。
カリーネの年は、今年で二十になる。
一国の頂点に立つ者としては若いが、ナウスリーゼ神国にとっては珍しいことではない。
それは、そもそもナウスリーゼ神国では、政治にかかわるほとんどの部分が六卓と呼ばれる組織によって運営されているため、教主の年齢はあまり政治にはあまり反映されることが無いためだ。
勿論、重大な意思決定は教主によって決められることもあるが、教主の日常のほとんどは民のために神に祈りを捧げることなのだ。
そんなカリーネが祈りを捧げている祈りの間に、ひとりの女性が入ってきた。
その女性――サエルは、カリーネの筆頭傍付きだ。
「カリーネ様、祈りの最中に失礼いたします」
「……なにかございましたか?」
「はい。情報部からお調べになっていた件の続報があったと……」
「まあっ!!」
神の信徒らしからぬ態度で胸の前で両手を組み、嬉しそうな表情を浮かべたカリーネに、サエルがわざとらしく顔をしかめてコホンと咳払いをした。
サエルは、カリーネの教育係でもあったのだ。
サエルの咳払いに、カリーネは何食わぬ顔をして平静を装った。
「それで、どうだったのでしょうか?」
「直接お伝えしたいと、お部屋に情報部の者が来ております」
「そうですか。それでは、今から向かいます」
「畏まりました」
教主であるカリーネの答えに、サエルは最上位の者に対する礼をするのであった。
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カリーネが生活の場としている神殿は、公私がはっきり分けられるつくりになっている。
先ほどまでカリーネが祈りを捧げていた場所は私的な場所で、情報部の者がいる部屋は、公の面会場所となる。
それでも、その部屋に来ることができるのは、限られた者しかいない。
そのためか、情報を持ってきた神官は、緊張した面持ちでカリーネに情報を伝えた。
「教主様が得た神託と、神のお告げや占い、それに加えて各国からの情報により、ほぼ間違いないだろうという結論に達しております」
ナウスリーゼ神国における情報というのは、表に出ている話や現象だけではなく、巫女や神官が神から得られたお告げなども含まれている。
神のお告げや神託は、それぞれの聖職者の能力によって違いが出てくるので、きっちりと分析・精査をする必要があるのだ。
神官からの情報に、カリーネは平静を装って頷いた。
「……そうですか。それでは、その情報をいただけますか? わたくしも占ってみますから」
「畏まりました」
ナウスリーゼ神国においてカリーネの言葉は、よほどのことが無い限り反故にされることはない。
最上位の者に対する礼をした神官は、傍についていた従者の者に視線を向けた。
そして神官は、その従者から複数枚の紙を受け取って、そのままそれをサエルへと差し出した。
傍付きでない者が教主に対して、直接物を渡すことはできないためのやり取りだ。
サエルの手へと書類が渡ったのを確認したカリーネは、ひとつ頷いてから神官を見た。
「ご苦労様でした。まだ確定したわけではないので、引き続き情報の精査をお願いいたします」
「勿論でございます」
神官が再び礼をしたのを見たカリーネは、以上で終わりであることを告げて、面会を終えた。
部屋の主はカリーネだが、この場合は神官側よりも先にカリーネたちが部屋を出て行くことになる。
そのためカリーネは、神官に向かって教主としての礼をしながら、サエルを従えて部屋を出て行った。
サエルが受け取った書面は、毒物のチェックなどややこしい手続きを経てから、カリーネの手へと渡った。
カリーネにしてみれば非常に面倒な手順でしかないのだが、過去に毒物を仕込まれた例があるため、止めるわけにもいかないのだ。
書面の文字に一通り目を通したカリーネは、サエルに向かって真剣な表情を向けた。
「サエル。わたくしは、しばらく祈りの間に籠ります。緊急の事態が起きない限りは、誰も通さないように」
「畏まりました」
教主が祈りの間に籠ることは珍しいことではない。
だが、今回に限っていえば、今手に入った情報を調べるためだということはわかる。
それは、今回得た情報が教主自ら精査をしなければならないほど重要だということを意味している。
そして、その情報がどういったものかを知っているサエルは、カリーネが祈りの間へと向かうのをただ黙って見送るのであった。