(3)これから
クロエの種族であるナウスゼマリーデは、ゲームのオープニングで出てくるように女神であるナウスリーゼが新たに創った種族だ。
そもそも混沌の海を渡るためのタラサナウスは、ナウスゼマリーデだけが操ることができる乗り物だった。
他の種族が乗ってカオスタラサを渡るには、原初のタラサナウスはいろいろな意味で特殊すぎる乗り物だったのである。
逆に言えば、ナウスゼマリーデはタラサナウスに乗るために特化した種族だといえる。
ただし、長い年月をかけてタラサナウスは改良されて行き、他の種族も乗れるようになっていく。
それに合わせて、ナウスゼマリーデもまた他の六種族の間に溶け込んで生活するようになっていった。
ナウスゼマリーデという種族は三種の属が存在するが、共通の外面的特徴として赤色の瞳が上げられる。
ナウスゼマリーデ以外に基本六種の種族がいて様々な色の目の色があるが、赤色の瞳を持つ種族はナウスゼマリーデだけなのだ。
そのため、赤い瞳を持つ者がいれば、それは必ずナウスゼマリーデというわけだ。
逆に、ナウスゼマリーデであることを隠すには、赤い瞳を隠せば外見的特徴はヒューマンと全く変わらない姿になる。
ゲームでパートナーキャラを作る際に、目の色だけはいじれなかったので、カケルの頭の中でも「クロエ=赤い瞳」という図式は成り立っている。
だからこそ、目の色が違っているクロエを見たときに、カケルは戸惑いの表情を見せたのである。
ナウスゼマリーデには、もう一つ大きな特徴がある。
それが何かというと……。
「カケル様?」
信頼しきった表情で自分を見てくるクロエに、カケルはくすぐったそうな表情になった。
ナウスゼマリーデは、一度忠誠を誓った主を持つとほぼその値が下がることが無いという特徴があるのだ。
他の基本六種の場合は、下手な行動をすると簡単に裏切られたりすることもある。
特にヒューマンは、その筆頭であった。
だからこそカケルは、ゲーム内ではナウスゼマリーデを好んで使っていたのだが、勿論いい面もあれば悪い面もある。
悪い面の一つは、他の種族に比べて成長が遅いことであり、もう一つは繁殖力が低いことだ。
これは、最終的には国家規模の運営をして行くことになるプレイヤーにとっては、大きな弱点といえる。
だからこそ、大抵のプレイヤーはナウスゼマリーデを使わないか、他の種族を混ぜて運営をしていた。
ナウスゼマリーデ一種だけをこだわって使い続けていたカケルは、異色のプレイヤーだったといえる。
ちなみに基本六種のうち残りの五種は、エルフ、ドワーフ、獣人、竜人、小人となる。
ゲームのときには無かった生き生きとした表情が、クロエが生身の人間として生きていることを実感させてくれる。
二十年近くともに過ごした存在であるはずなのに、カケルにとっては何とも不思議な感覚を持っている。
「いや、何でもないよ。何かこうしてクロエと対面しているのが、不思議な感じがしてね」
「そうですか」
カケルの言葉に、クロエは首を傾げながらも頷いた。
「そういえば、クロエたちって、以前のときの記憶はどうなっているんだい?」
以前というのは、勿論カケルのとってのゲームのときのことだ。
わざとぼかして言ったのに、きちんと通じたのかクロエはわずかに首を傾けながら答えてきた。
「それが、確かに自分の記憶なのに、どこか別の場所から見ていたような不思議な感覚なのです。何人か他の者たちにも確認して同じような答えだったので、皆、同じだと思われます」
「そうか」
「あっ! でも……!!」
「?」
急に大きな声を上げたクロエに、カケルは首を傾げた。
「以前の世界で感じていた感情や感覚は、きちんと覚えていますから!」
「そ、そうか」
綺麗な顔で頬を赤く染めてチロチロとみられると、カケルも気恥ずかしくなってきた。
流石にその表情の意味が分からないほど、カケルも鈍くはない。
とはいえ、五十年という人生を過ごしてきても、そのような表情を異性に見せられたことはほとんどないので、どう対応していいのか分からなかった。
そのため、無難な返事を返してやり過ごしてしまうカケルなのであった。
コホンと一つ咳払いをして雰囲気を変えたカケルは、続いて気になっていたことをさらに問いかけた。
「『天翔』は? ちゃんと過不足なく運営できているかな?」
「はい。以前の交易分は、比較的浅瀬に採掘場所が発見できたので、そこから補っております。何より新たに増えたナウスゼマリーデの存在が大きいです」
「そうか。女神はきちんと用意してくれたんだ」
女神との邂逅を思い出しながら、カケルは何度か頷いた。
「しかも、神託を受ける際にちゃんと場所まで教えてくださりましたから」
「なんとまあ。随分とサービスがいいね」
資源の採掘場所を用意してくれたといっても、一番大変なのはタラサナウスでその採掘場所を探すことだ。
タラサナウスでの探索が行われずに済んだのであれば、大分楽に行程が進んだことだろう。
安心して頷くカケルに、クロエがおずおずといった感じで聞いてきた。
「あの……」
「ん? どうかした?」
「『天翔』へは戻られないのですか?」
若干心配性な表情で見てくるクロエに、カケルは一度キョトンとしたあとで安心させるように微笑んだ。
クロエからすれば、『天翔』がこの世界に出現してから十年も経ってからカケルが来たのだ。
心のどこかで『天翔』はこのあとも放っておかれるのではないか、と不安になっていた。
勿論、カケルにはそんなつもりは毛頭なく、わざわざ十年の間を置いてから来たのもそれなりに意味がある。
「それこそまさかだよ。時期が来たら戻るさ」
「そうですか」
「それに、皆の顔も見たいしね。元気にやっているんだよね?」
「勿論です。・・・・・・シロやカールは、いつも騒いでいます」
クロエのその言葉に、カケルは思わずプッと吹いてしまった。
ヘキサキャスタでは、NPCのAIはさほど発達していたわけではなく、ほとんどテンプレ通りの言葉しか話していなかった。
それでも、個性を持たせるためか口癖などの設定が出来た。
カケルはゲーム時代の二人しか知らないが、特徴ある二人の口癖を思い出して吹き出したのだ。
ちなみに、シロは農林水産部門長で口癖は「お腹すいたにゃん」、カールは治安維持部門長で「お前ら気張っていけや!」が口癖だ。
ふたりとも事あるごとにその言葉を言っていたので、カケルもよく覚えている。
連想的に、その他の面々の顔を思い出しながらカケルは目を細めた。
「そう。早く直接会いたいな」
まだ会えないと言わんばかりのその言葉に、クロエは戸惑った表情になった。
カケルはそんなクロエを見て、彼女が何かを言うよりも早くこう告げた。
「せっかく新しい世界に来たんだ。また一からやり直すのも面白いと思わない?」
そんなカケルの言葉にクロエは一瞬戸惑い、そしてすぐに笑顔になった。
今のこの言葉で、カケルがなぜ十年遅れてこの世界にやってきたのか、ようやく理解することが出来たのだ。
そして、カケルがこれから何をしようとしているのかも。
「確かに、おっしゃる通りですね」
「一応確認するけれど、クロエの名前は表には……?」
「出ていません」
クロエは、少なくとも表向きは、あくまでもカケルの補佐でしかない。
内政や外交で表に出るのは、右大臣や左大臣といった担当がきちんと存在している。
クロエがこうして自由に他国を歩けるのもそうした事情からである。
「だったら何の問題もないね。というわけで、早速行動を開始しようと思うんだけれど、大丈夫かな?」
「勿論です」
カケルの確認に、クロエは力強く頷いた。
こうしてクロエとの再開を果たしたカケルは、新しいヘキサキャスタの世界で本格的に活動を始めることになったのである。
基本六種の種族はあくまでも基本の種族です。
その他にも基本六種に比べて数は少ないですが、亜種だったり上位種が存在しています。