(12)庭付き一戸建て
気を引き締めたコンラートは、カケルとクロエの顔を交互に見てからさらに問いかける。
「では、二つ目の要求は?」
「私たちが……正確には、私の組織に属する者たちが、国内で自由に活動できるようにしてください」
「むっ、それは……」
二つ目のカケルの要求に、コンラートは若干の難色を示した。
コンラートは当然この話し合いを持つ前に、宰相からカケルの怪しさについて話を聞いている。
もしかしたら、裏で他国の手引きがあるかもしれないという可能性についてもだ。
他国の手引きで、王国が豊かになるようなヘキサキューブの発見を報告するのかというところに疑問はあるが、それでも裏がはっきりしないうちに下手な力を与えてはまずいことはわかる。
ここで下手にカケルの要求を呑んでしまえば、極端な話、国内での破壊活動さえ可能になってしまう。
カケルがそんなことをするとは、現時点で国王も宰相も考えてはいないのだが、僅かな可能性を考えるのが国家運営である。
カケルの要求は、呑めないと考えるのが当然だった。
カケルも国王や宰相がそう考えるとわかっていたうえで、先ほどのような言い方をしていた。
自分の言葉で両者がどう出てくるのかを見極めるために、敢えてそう申し出たのだ。
「ああ、勘違いなさらないでください。なにもむやみやたらに起こした犯罪行為を免除してほしいと言っているわけではないのです。ただ、他の貴族や組織から私の立場を守れるようにしてほしいだけです」
「ああ、なるほど。そういうことか。……ふむ」
カケルの要求を正確に理解したコンラート国王は、納得の表情で頷いた。
要するに、無茶な要求をしてくる国内の貴族や組織の要求(脅し)があったとしても、国王の立場として守ってほしいということだ。
勿論それには、一方的にカケルの利害が有利になるようなことは含まれない。
あくまでも、常識の範囲内でのことだ。
腕を組んで少しだけ悩む様子を見せたコンラートは、視線をウォルターへと向けた。
その視線の意味は、自分はいいと思うがお前はどうだ、ということだ。
国王からの視線を受けたウォルターは、一度だけ頷いてからカケルを見た。
「それは、利害調整を有利にしろ、ということではないですね?」
「当然です。国家を運営していく以上、よりよい方を取るのは当たり前のことでしょう」
カケルはなにを言っているのかという態度を見せてそう言ったが、実際冒険者の中にはそういった馬鹿な主張をしてくる者もいる。
具体的にいえば、俺様が(資源などを)取ってきてやったんだから、高く買い取るのは当然だろうといったことだ。
頭が痛いことに、そうした主張を平然として来る者が一部とはいえ存在するというのも、冒険者の特徴なのだ。
ウォルターは、他にも細々として内容を聞いて行ったが、カケルも特に悩むことなくそれに答えて行った。
ウォルターの問いかけが、カケルの知る一般的な常識の範囲内に収まっていたということもある。
勿論、ほとんど権利が保障された民主主義と王政の違いによるものもあったが、その程度は許容できる範囲内だった。
「――――それでは、これらのことを文書にして同意してもらうことは可能でしょうか?」
最後にウォルターはそう問いかけて来た。
国王が与える恩賞で、文章にして契約をするというのは珍しいが、無いことではない。
それは、それだけカケルの要求が、国内政治に影響を与えることを示していた。
もっとも、カケルとしても自由の身が保障されるのであれば、その程度の契約はまったく問題が無い。
すぐに宰相からの問いかけに同意して、無事にカケルの要求は通ることとなった。
細かい契約内容がかかれた文書は後で用意することになり、また国王との話が再開することになった。
「ふむ。とりあえず二つ目の要求には、目に見える形として王家の紋章が入った小物が送られることになるがいいか?」
「ええ、勿論それで構いません」
いくら国王との約束があるといっても、いざというときに文書を見せるわけにはいかない。
そのため、国王の繋がりがあることを証明するための物として、そうした小物が相手に送られることはよくあることだ。
大抵は身に着けていたとしても邪魔にならないような物なので、カケルも素直に同意した。
「それで? 三つめは?」
「ああ、いまので全てです。途中で要求を変えましたよね?」
最初の要求が通るとは考えていなかったため、次の要求を三つ目として考えていた。
だからこそ、最初に言ったときに曖昧な言い方になっていたのである。
カケルの言葉に、コンラートは手を顎に持っていき、少し考えるように言った。
「だが、それだとどう考えても今回の結果に見合わない。いっそのこと貴族にでも……」
「お断りします」
不敬になるとわかっていても、カケルはコンラートに最後まで言わせずに、すぐに断った。
カケルが望んでいるのは、あくまでも自由な立場で動ける冒険者なのだ。
付け加えれば、『天翔』の総統としてもひとつの国家の貴族として遇されるなど、あってはならないことなのだ。
まあ、『天翔』云々の話が無かったとしても、カケルの場合はプロスト王国の貴族になることなどありえなかっただろうが。
「……ふむ。そうか。其方ほどの腕があれば、貴族としても活躍できるだろうが……」
言外でもう一度誘いをかけてくるコンラートに、カケルはきっぱりと首を左右に振った。
「私は、自由気ままな冒険者でいるのが一番です」
「残念だな」
なにを言われても受ける気はないという意思を示したカケルに、コンラートはわざとらしくため息をついた。
あわよくば国に属してもらえれば、という思いがあったのは確かなのだ。
「ただ、こちらから出す恩賞が少ないのは確かだから、なにか適当に見繕っておこう。もし、不備などあればウォルターを通して知らせるように」
今後はウォルターと話をするようにと申し付けてコンラートは席を立った。
国王という立場である以上、忙しく動き回っているのは想像に難くない。
むしろ、いくら居住可能なヘキサキューブを発見したとはいえ、一冒険者に公式の場ではないところでこれだけの時間を掛けたことの方が例外なのだ。
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謁見の間で恩賞の目録を受け取ったカケルは、先日行われた国王と宰相との会談を思い出していた。
会談の後で、ギルドマスターのグンターからは命が縮みましたと言われたが、そんなことはカケルの知ったことではない。
着いてくると言ったのは、グンター本人であって、カケルではないからだ。
そんなことよりも、カケルにとってはあとから追加された恩賞で意外に得るものがあったことが大きかった。
中でも郊外にある屋敷(小型船の発着場付き)を与えられたことが、なによりも嬉しかった。
というのも、屋敷というのは手入れをしないと傷んでしまうため、維持管理費がかかる。
ところが、今回の恩賞にはその維持管理費まで含まれていたのだ。
具体的には、屋敷を管理するための人員込みということだ。
しかも、半永久的に国が保障してくれる。
それだけの経費を払っても、国としてはカケルが見つけたヘキサキューブからの利益が大きいと目論んでいるのだ。
勿論、それらの人員の何人かはカケルに対しての監視役も含まれていることはわかっているが、それでも受けない手はないとカケルは宰相から勧められたときに即決していた。
お陰でカケルたちは、ペルニアにおける拠点のひとつを手に入れたことになる。
発着場付きなので、余計な監視者からも避けることができる。
カケルとクロエにとっては、文句なしの恩賞だったのである。
ただし、このことが、カケルたちをさらなる騒動へと巻き込まれることになるのだが、未だカケルはそのことを知るよしもないのであった。
これにて第一部は終わりになります。
本来の予定では、ここで『天翔』総統であることを暴露する予定だったのですが、お流れになりました。
ただし、国王も宰相もある程度は疑っています。
そのことがあっても今回のカケルからの要求を呑んでいます。
それだけひとつのヘキサキューブから得られる利益は莫大だということですね。
あとは、国としての体面の問題もありますが。
第二部開始は少し間があく・・・・・・カモ?