(10)動き出す歯車
間に合ったので上げます。
ダナウス王国王都ペルニアには、当然のように国王が住まう王城がある。
三世代ほどまえの王によって完成させたその城は、絢爛豪華でありながら世界最大と言われるほどの固さを持っていると言われている。
ちなみに余談だが、それほどの城は一代だけの王によって建てられたわけではなく、二代にわたって建てられており、さらにいえば、その予算はさらに数代前の王家の予算から計上されている。
代々のペルニアの王族は、もともとそうやって予算を計上しており、時代の変化に耐えることができる城を数世代ごとに建てている。
勿論それだけの機能を持っている王城は、単に王族だけが住まうための建物というわけではない。
各部門の中央官僚たちが働く場所となっており、王国のあらゆる中心的な機能が集まっているのだ。
そんな王城の廊下を、足早で進む壮年の男がいた。
その男の名はウォルターといい、ダナウス王国の宰相を勤めていた。
向かっている先は、ウォルターが唯一国内で頭を下げている相手になる。
それは勿論、ダナウス国王コンラートである。
ウォルターは、とある報告書を持って、コンラート国王のもとへと急いでいるのだ。
やがて執務室の前へ着いたウォルターは、緊急の旨を伝えて国王に取り次いでもらうように手続きを取った。
いくら宰相といえど、大国の王を訪問するにはある程度のしきたりがあるのだ。
コンラート王自体はそんなことを気にするような性格ではないのだが、何事にも手順というものがあるのだ。
さすがに宰相という立場がものをいって、国王への取次は数分もかからずに終わった。
そして、ウォルターの前には三十代前半の美丈夫な男がひとり、笑みを浮かべて椅子に座っていた。
「ウォルター、どうした? なにか緊急事態でも起こったのか?」
そう問いかけているコンラートの口調はさほど焦っているものではなかった。
本当に緊急の用事であれば、わざわざ手続きをしてから面通しをしてくるなんて方法はとらないのだ。
コンラートに問いかけられたウォルターは、胸に握った右手を当てる略式の敬礼をしたあとで、要件を伝えた。
「はっ! 緊急といえば緊急なのですが、まずはこれをご覧ください」
そう言いながらコンラートは、胸のポケットに入れていた紙を一枚、国王へと差し出した。
それを受け取って軽く目を通したコンラートは、右眉を跳ね上げた。
「・・・・・・ホウ。なるほど。確かにこれは、緊急事態だな。・・・・・・このことを知っている者は?」
「恐らく、まだ両手で足りるほどかと」
「よかろう。では、余計な邪魔が入る前に、当事者をここに呼べ。私が直接対応する」
そのコンラートの言葉に、ウォルターは驚きを示した。
「直接対面なさるのですか?」
「そうだ。なにしろ私の代では初めてのことだ。余計な手が入る前に、自ら対応したほうがいろいろ速そうだからな」
「・・・・・・かしこまりました。すぐに手配いたします」
王の言葉に一瞬だけなにかを言いたげな表情になったウォルターだったが、すぐにその表情を消して頭を下げるのであった。
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グンターへのヘキサキューブ発見の報告をしたカケルは、二日ほど休みを取っていた。
相変わらず街を歩けば余計な監視が付いてくるので、自由に歩けるわけではない。
そのためホテルの一室で休む羽目になっていた。
「・・・・・・あれ? これは、『天翔』にいるときとなにも違いが無い気がするな」
『天翔』内で自由に歩き回らなかったのは、まだあまり公にしたくはないというカケルの事情があったのだが、そのときとあまり状況は変わっていない。
これでは、なんのためにペルニアに戻って来たのか分からない。
そんなことを考えていたカケルだったが、すぐに首を左右に振った。
「まあ、いいか。どうせすぐにこの状況も改善するだろうし」
新しいヘキサキューブを発見したあとに、ダナウス王国がどういう対応を取って来るのかはわからないが、少なくとも今よりも悪い状況にはならない……はずである。
それに、もしこれでいまよりも自由度が無くなるようなことになれば、さっさと逃げだすつもりでいる。
好きなようにカオスタラサの探検をするためにペルニアを選んだのに、これ以上拘束されるような状態になっては意味がないのである。
そんなことをのんびりと考えていたカケルだったが、部屋に備え付けられている通信機の音がなった。
いきなりのことだったので驚いたカケルは、一呼吸置いてからその受話器を取った。
「はい?」
「お休みのところ失礼いたします。冒険者ギルドのギルドマスターより連絡が入っております。取次いたしますか?」
通信の相手はホテルの者だった。
カケルが許可を出すと、すぐにグンターと切り替わった。
「休みのところすみません。少し緊急の連絡があったものですから」
「それはいいですが、なにがありましたか?」
「それは、ここではなんですから、お手数ですがギルドへと来ていただけないでしょうか?」
暗に通信機を使っての報告は駄目だと匂わすグンターに、カケルは待っていたものがきたと察した。
「なるほど。そういうことでしたら今から伺います」
そう言ってから通信機を置いたカケルは、隣の部屋で休んでいるクロエに連絡を取った。
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ギルドマスターの部屋に着いたカケルは、すぐに一通の封書を渡された。
「・・・・・・これは?」
「開けてみればわかります」
首を傾げるカケルに対するグンターの返答は、そっ気のないものだった。
グンターの態度に内心で首を傾げつつも、カケルはその場でその封を開けた。
「これは・・・・・・」
「見ての通り、王城への召喚状ですね」
「それはわかるのですが、なぜ機嫌が悪いのですか? あなたにとっては悪い話ではないでしょう?」
新しいヘキサキューブを見つけた以上、国が関与してくることは予想済みである。
カケルにとっては、それは当たり前のことだったのだが、グンターの態度の意味がわからなかった。
不思議そうな顔をするカケルに、グンターはあからさまにため息をついて見せた。
「・・・・・・・・・・・・対応が速すぎます。まるで、最初から準備してあったようですね」
本来であれば、ただの冒険者が王城に呼ばれることなどまれであって、今回のような例はほとんどないのだ。
そのほとんどない例を覆すためには、時間がかかるはずなのだ。
ところが、今回は冒険者ギルドが出した調査チームがまだ完全に戻ってきていないにも関わらず、このような対応をしてきた。
となれば、グンターの言った通り、国は最初から予想していたのか、あるいは、冒険者ギルドの情報が国の上層部に流れているということになる。
グンターが面白く思わないのは当然のことだろう。
言外に込められた意味を悟ったカケルは、肩をすくめてこういった。
「なんというか・・・・・・まあ、諦めてください」
私には関係のないことですと予防線を張るカケルに、グンターはもう一度ため息をついてから答えた。
「あなたも他人事ではないと思うのですがね・・・・・・。取りあえず、それは置いておいて、招待についての話をしましょうか」
国からの正式な招待となれば、色々と対応しておかなければならないことがある。
着て行く服装からある程度の作法まで様々なことを話し始めたグンターに、カケルは意外に面倒見がいいのかと的外れな感想を持つのであった。
次回更新は、12/9予定です。(今回みたいに間に合えば2日に上げます)