(8)結果
カケルが補佐室と親衛隊の部署を訪れてから数日後。
ベルダンディ号の副船長であるカイザルが、カケルに連絡を取ってきた。
「テミス号の調査が終わったようです」
「そうか。それだったら、そっちに行くよ」
丁度暇を持て余していたカケルは、すぐにそう返事をした。
待ちに待った結果が出たのだから、自分から聞きに行きたいという思いもある。
「畏まりました。お待ちしております」
カイザルもその答えを予想していたのか、特に慌てたりすることもなくそう返してきた。
カイザルの返答を受け取ったカケルは、通信を切ったあとすぐにベルダンディ号に向かわずに、小さく首をかしげた。
「いかがいたしました?」
カケルの様子を見たクロエが、不思議に思ったのかそう聞いてくる。
「いや。随分とあっさり受け入れたなと」
カケルとしては、カイザルがこちらに来たがると考えていたのだが、その様子もまったくなかったので疑問に思ったのだ。
そんなカケルに、クロエが小さく噴き出した。
「それでしたら、普段からこちらの部屋に落ち着いていらっしゃる方がいいかと」
「あー、はい。その通りですね」
クロエの的確な(?)反論に、カケルはそう返すことしかできなかった。
ここ数日のカケルは、視察と称して様々な場所を見回っていた。
組織のトップとして変にいろいろと歩き回るのは駄目だということはわかっているのだが、過去に自分が作ったウルス号を自分の目で見て回りたかったのだ。
ついでに、自室でどっしりとしているのではなく、突然訪問することによって、緊張感を持たせたいという思惑もあった。
勿論、後者は建前としての側面が強く、カケルとしては前者が主な目的だった。
以前はあまり自由に動き回れなかった場所も、自分の足で歩いて見ることができたので、ついつい興味が赴くままに歩き回ってしまったのだ。
クロエを始めとした部下たちは、カケルが好き勝手にウルス号内を歩き回ったからといって文句を言うような者たちではない。
とはいえ、カケルの中には迷惑をかけているという思いもあるため、つい引いてしまうことになるのだ。
もっとも、だからといって、船内の散歩(?)を止めるという選択肢は、カケルにはない。
カケルが不意打ちで訪れることがあるとわかった各部署が、ある程度の緊張感を保つようになったこともあるので、特にアルミン辺りがそれを利用しているところもあるので、どっちもどっちといえるのであった。
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カケルは、寄り道することなく真っすぐにベルダンディ号に向かった。
カイザルを待たせるのはよくないということもあるが、早く結果が聞きたかったのだ。
カケルがベルダンディ号のある場所に着くと、そこではカイザルと整備長のグレゴリーが待っていた。
その場で話をしても大した支障はないのだが、ベルダンディ号の周囲は人の行き来がそれなりにある。
カケルが話をしていれば、自然と注目を集めることになるので、大事な話を聞く前にベルダンディ号の艦橋へと場所を移した。
艦橋の船長席に腰を下ろしたカケルは、早速グレゴリーに視線を向けて問いかけた。
「それで? どうだった?」
「はっ! テミスを始めとして隅々まで調べましたが、特に問題はありませんでした」
その返答を聞いたカケルは、思わず数秒ほど固まってしまった。
「…………は?」
そして、第一声は拍子抜けしたような声しか出すことができなかったが、それを聞いた周囲の者たちは誰もカケルのことを責めたりはしなかった。
このときのカケルは気付いていなかったが、一緒についてきていたクロエやミーケも同じような顔になってたためだ。
カケルがグレゴリーに頼んでいた調査というのは、勿論テミス号に行動を諜報するような仕掛けが施されていないかどうかというものだ。
それを国家としてやるのか、ギルドとして行うのかはわからないが、カケルとしてはそうした仕掛けがあって当然だという認識だったのである。
そうした諜報、防諜の概念は、ゲームのときにもあったので、この世界でも当たり前のように存在していると考えていた。
それは、別にカケルだけの考えではなく、だからこそクロエたちも予想外の結果だという顔をしているのだ。
なんとか驚きから回復したカケルは、改めてグレゴリーに視線を戻した。
「一応聞くけれど、それは、技術的に発見できなかったというわけではないな?」
「勿論です。……と言いたいところだが、俺たちが知らない技術がこの世界にあってもおかしくはないな」
カケルの疑問に、グレゴリーがそう答えた。
この場にいる全員の感覚では、諜報はあって当たり前。
それが見つけられないということは、グレゴリーが言った通りになにか知らない技術があるのかもしれないと疑うのは当然なのだ。
そのため、クロエとカイザルも難しい顔をしているのだ。
この場合、テミスに技術的なことを聞いても仕方がない。
そんな技術があったとして、テミスから直接聞けるようでは意味がないためだ。
「……これは、一度フラヴィにきちんと話を聞いた方がいいか」
「そのほうがいいかと思います」
カケルのつぶやきに、クロエが反応してそう返してきた。
見れば、艦橋にいる他の面々も同じような表情でカケルを見てきた。
カケルから呼び出しを受けたフラヴィは、数人の部下を伴ってベルダンディ号に来た。
部下を連れて来たのは、カケルがそうするように言ったためだ。
さらに、普段いる執務室ではなく、ベルダンディ号の中で話をすることにしたのは、他の者たちの耳目が集まりにくいためである。
船員に案内されて艦橋に入ってきたフラヴィは、すぐにカケルに向かった頭を下げた。
「なにか聞きたいことがあるとおっしゃっておりましたが、どういったご用件でしょうか?」
フラヴィにもこの時点で、カケルが簡単な用事で呼んだわけではないということは、わかっている。
すぐに済むような要件であれば、わざわざ直属の部下を連れてくるようになんてことは言うはずがないのだ。
フラヴィの言葉を受けて、カケルは先ほどグレゴリーから受けた報告を同じように話した。
すると、さすがに外務担当のトップだけあって、フラヴィはカケルがなにを言いたいのか、すぐに理解した。
「つまりは、この世界でも諜報、防諜の技術がどうなっているのかをお知りになりたいということですか?」
「そういうことだね」
話が早いフラヴィに、カケルもすぐに同意した。
そのカケルの返事を受けて、フラヴィは難しい顔になった。
「正直に申し上げれば、私もまさかという思いです」
「ん? ということは……」
「はい。そうしたものはごく当たり前のように存在していると考えて、色々と対策を練ってしました。付け加えれば、そうした分野での我々が知らないという技術の存在も知りません」
フラヴィの言葉に、傍に控えていた部下たちも同じような顔で頷いた。
その中のひとりが、若干焦りの表情を浮かべていたのは、決してカケルの気のせいではないだろう。
なぜなら彼は、外務担当の中でも諜報関係を統括している者だからだ。
下手をすれば、いままでやってきた諜報活動が、筒抜けになっている可能性もある。
そんな反応をするのも当然だった。
それなりの時間、カケルたちは諜報についての話をしていたが、結論は出ず今後はそちらについてもしっかりと情報収集をするということで話はまとまった。
テミス号については、いまさらどうしようもないので、なにも知らないふりをして、以前のように活動を続けることになったのである。
次回更新は、11/18予定です。