(6)フルオペ
すいません、遅れました!(予約投稿したつもりでした)
過去、女神から与えられたタラサナウスは、ナウスゼマリーゼとセットとされていた。
それは、タラサナウスがナウスゼマリーゼしか操縦できない機体であり、操縦から機体の維持まですべての管理をナウスゼマリーゼが行っていたためだとされている。
タラサナウスのフルオペは、その遥か昔の時代の技術を応用させてできた技術となっている。
通常、タラサナウスがカオスタラサを飛ぶ場合は、その環境により多くの微調整が行われている。
一番分かり易い例でいえば、カオスタラサ内は多くの小石のような物が浮かんでおり、疑似精霊は自動でそうした小石を避けて運行されているのである。
人が通常空間を歩いているときには、埃や塵をわざわざ意識して歩くことはない。
だが、目に見えるような小石が目の前から飛んできた場合は、慌ててよけたりするだろう。
その例でタラサナウスいえば、小石を避けるのは操縦者の役目になるが、埃や塵を避けるのは疑似精霊の役目になるということになる。
人が歩く場合は埃や塵は大した影響がないが、タラサナウスの場合は機体に重大な影響を与えることがある。
そうした問題は、人がいちいち処理していては中々前に進めないので、疑似精霊が自動で処理をしている。
タラサナウスのフルオペは、そうした普段は疑似精霊が行っている細かい微調整も手動で行う操縦方法になる。
当然ながら恐ろしく忙しいことになってしまうというデメリットが発生するのだが、逆に普通ではできない細かい操縦もできるようになる。
操縦者の能力が高ければ、疑似精霊の自動操縦で進むよりも、フルオペで進んだ方が早いという結果を出すこともできる。
ただし、普通ではありえないほどの細かい操縦が要求されるので、よほど操縦者の能力が高くなければ使えない方法なのだ。
ベルダンディ号のフルオペは、普段疑似精霊であるベルダンティが担当している細かい機体の微調整をクロエが行いながら、カケルが機体の操縦をすることになっている。
疑似精霊の担当部分をクロエが行うことによって、普段は丁寧に避けている小石をあえて避けなかったり、カケルが操縦しやすいように微調整をするのだ。
そのことによって、より効率的に機体を運用することができるのである。
ベルダンディ号がカケルとクロエの専用船であることは、機体の造りからも察することができる。
クロエが疑似精霊の代わりに機体を操縦するということは、それ専用の場所が必要になる。
しかも操縦している間クロエは無防備になるため、艦橋のさらに奥にその場所が造られているのだ。
これは、フルオペにおいて疑似精霊の代わりを務めるクロエが、もっとも重要な存在であることからそうなっている。
ちなみに、その場所に入るためには、クロエ本人とカケルの許可が必要で、それ以外には絶対に認められないようになっていた。
♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦
カケルは、船長席で船体の操作をしながらクロエに問いかけた。
「クロエ、調子はどうだ?」
「問題ありません。・・・・・・久しぶりで少しは戸惑うかと思ったのですが」
「同感だね」
クロエの答えに、カケルも笑みを浮かべながら返事をした。
カケルとクロエが組んでフルオペを行うのは、どちらにとっても久しぶりのことになる。
場所が安定して飛べるところとはいえ、もう少し戸惑ったり感覚がずれていたりするかとカケルは考えていたのだが、そんなことはほとんどなかった。
以前と変わらずに操縦できることに、若干の安堵と多くの喜びを感じつつ、カケルはフルオペを続けた。
十分ほど本部周辺で操作の感覚を掴んでいたカケルは、ジッとその様子を見ていたカイザルに問いかけた。
「この十年の間にできた新規の訓練場はあるか?」
「はっ。ございます」
「そうか。その場所とルートを教えてくれる?」
「かしこまりました」
カケルの要求に従って、カイザルは軍の訓練場となっている場所へのルートを端末の画面上に示した。
軍の訓練所は、本来であれば入場制限がかけられている所なのだが、カケルの場合は問題なく入ることができる。
当然ながら優先順位は、一番になっている。
とはいえ、軍が訓練している場合もあるのでいきなり突っ込めば事故になる可能性もある。
事前連絡は必須になっているので、カイザルの指示によって艦橋のメンバーが現地に通信を行っていた。
画面に表示されたルートを確認したカケルは、船の進路をそちらに向けつつクロエへと連絡を取った。
「クロエ。これから新規の訓練場に向かうが、大丈夫か?」
「問題ありません。・・・・・・楽しみですね」
どうやら久しぶりのフルオペによる操縦をクロエも楽しんでいると理解したカケルは、小さく頷きつつ笑みを浮かべるのであった。
「ああ。そうだな」
♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦
ベルダンディ号からその連絡を受けた通信員は、慌てて上司へと連絡を取った。
その上司はさらに上に上司へ。
最終的に訓練場の貸し出し許可を出せるトップまで話が行ったときは、時間にして五分も経っていなかった。
「おい! なにをやっているんだ! なぜこんな確認が俺の所にまで来る!」
通信で話を聞いたその担当者は顔を青ざめさせて、すぐに許可を出した。
本来であれば、ベルダンディ号から連絡を受けた時点で、その場の上長が許可を出さなければならない話なのだ。
「・・・・・・この十年で緊張感がなくなったのか?」
とりあえず、ベルダンディ号の進行を遅らせるようなことはなかったようで、ホッと胸を撫で下ろしたその担当者は、そう呟きながら鬼のような顔になった。
結果として、この担当者はすぐに自分の上司に話を通して、この問題を共有してから組織の引き締めを図ることになるのであった。
『許可が取れたのでお進みください』
いつになく時間がかかって連絡が来た艦橋では、その報告を受け取った瞬間にホッとした空気が流れた。
さほど忙しくない担当者は、チラチラとカケルに視線を向けていたほどだった。
だがカケルは、そんな周囲の空気に気付かずにフルオペによる船の操縦をしていた。
久しぶりの感覚に、時間が経つのも忘れて楽しんでいたのだ。
報告だけはきちんと聞こえていたカケルは、すぐに訓練場へと向かった。
新しい訓練場は、本部周辺にあるわけではなく、ふたつほどルートを超えた場所にある。
フルオペのまま現地に到達したベルダンディ号は、そのまま『天翔』の軍が普段訓練を行っている領域へと突っ込んだ。
軍が操縦訓練を行う場所は、さまざまな障害やときにはヘルカオスが出現していたりする。
そうしたものを潜り抜けて、ゴールまで向かうのだ。
勿論、訓練場なので長い時間をかけて抜けて行くわけではない。
新米の操縦者が潜り抜けるには大体三十分ほどかかる場所なのだが、フルオペでベルダンディ号を操縦するカケルは、その場所を五分ほどで抜けていた。
その結果に、撮影機器を使って様子を見ていた一部の軍人が驚くことになるのだが、そのことはカケルにまで伝わることはなかった。
あくまでも、障害物競走のようにベルダンディ号で障害物の間を潜り抜けることを楽しんでいた。
結局カケルは、一時間ほど訓練場で操縦を続けたあとに、満足げな表情で『天翔』本部へと戻るのであった。
次話投稿は10月21日(金)予定です。
(次から金曜夜にします)