(2)ギルド登録と久しぶりの対面
受付嬢が話したギルドの規約は、カケルが知るものと変わらなかった。
ランクのことから、そのランクに応じた依頼の受け方、ギルド内での私闘禁止まで受付嬢は細かく話して行った。
依頼を受けるうえで一つ気を付けなくてはならないのは、依頼を受ける際は「前もって」受けるのではなく、依頼にある素材を採取した状態で受けなければならないことだろう。
冒険者ギルドに出されている依頼のほとんどは、混沌の海からの資源採取になる。
だが、大抵の場合、依頼を受けてから探しに行っても期限内に採取できないことがほとんどなのだ。
そのため、採取して来た資源の中で、依頼に合致しているものを提出するという形をとっている。
勿論余った資源は、別口で売り払うことが可能だ。
依頼が出ているのは、あくまでも緊急で必要だったり、特殊な事情で普通の買取価格よりも高額で取引ができるものとなる。
こうしたことの説明を終えた受付嬢は、最後にこう言った。
「それでは『カード』を出していただけますでしょうか?」
このカードというのは、ゲーム内でもあったステータスが記されたものになる。
勿論、他人に見せる内容は限られたものにできるようになっている。
「見せるものは名前でしょうか?」
「そうですね。あとは犯罪歴くらいになります」
同じようなことを聞かれることが多いのか、受付嬢もあっさり答えた。
カケルは「オープン」と言ってカードを出してから、名前と犯罪歴を表示させて受付嬢に渡した。
ちなみに、カードに書かれている名前は「翔」ではなく「カケル」となっている。
これは、ゲーム内で使っていた名前がそのまま反映されているためだ。
ついでに、今のカケルの容姿は五十歳当時のものではなく、ゲームで使っていたアバターになっていた。
ただし、自身の姿からアバターをほとんどいじっていなかったため、年は本来のものよりも若くなっているが、残念ながら美男子にはなっていない。
こんなことになるのであれば、きちんといじっておけばよかったとガックリしたのは、人として(?)仕方のないことだろう。
カケルからカードを受け取った受付嬢は、それを目の前にある機器にセットして何やら操作を始めた。
カケルのいる場所からは何をやっているのかは見えないが、登録作業をしているのは間違いない。
ほどなくして受付嬢は、カケルへとカードを差し出して来た。
「はい。こちらで登録作業は終わりになります」
「ありがとうございます」
カードを受け取ったカケルが今度は「クローズ」と呟くと、そのカードは自然に消えて行った。
このカードは、創世神話にある女神がタラサナウスを創ったときに同時に出来たものと言われている。
ゲームのときはステータスからスキルレベルまで表示されていたが、この世界で表示されているのはスキルとそのレベルくらいだ。
ある意味では、より現実に即した表記になっているのだろう。
逆になぜスキルが残っているのかが不思議だったが、それについてカケルは深く考えないことにしている。
「カケル様?」
カードを見ながらぼーっと考え事をしていると、受付嬢が不思議そうな顔になっていた。
「あっと、すみませんでした。これで終わりですか?」
「はい。終わりになります。あとは、実際にタラサナウスに乗る前に研修を受ける必要があるのですが、カケル様は免除できるものをなにかお持ちでしょうか?」
タラサナウスは当然のように、動かすためにはそれなりの知識が必要になる。
専門の学校に通っていた者などは、最初の研修を省くことができることになっているのだ。
受付嬢の問いかけを受けて、カケルはポケットの中からとある物を取り出した。
「これは、使うことができますか?」
「ああ、免状ですね。勿論大丈夫ですよ」
カケルから渡された物を確認して、受付嬢はニコリと営業スマイルを見せた。
それは、ゲーム時代のときに、チュートリアルをクリアしたプレイヤーが貰えるものだったが、この世界でも通用した。
この辺りは、女神がきちんと調整をしてくれているようだった。
カケルに免状を返してこれで終わりです、といいかけた受付嬢は、慌てて確認をしてきた。
「あっ! すみません。一つ聞き忘れていました。タラサナウスの貸し出しの手続きは行いますか?」
新人向けに行っている貸し出しは、当然ながら手続きが必要になる。
ただし、全員が必ず必要というわけでもないので、最後に聞くことになっているのだ。
「機体の貸し出しですか。いいえ、今はまだいいです。後から手続きするのは、大丈夫ですか?」
「ええ。勿論です。その場合は、こちらでカードを提示していただければ手続きが可能になります」
「分かりました。ありがとうございます」
必要なことは確認できたので、カケルは礼を言って窓口から離れた。
これからまだ行くところがあるのだ。
ついでに、この世界に転生する際に女神から頼まれていたことをする予定だった。
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クロエは、そのときが来るのをじっと待っていた。
彼女が仲間と共にこの世界に転じて来たのは、おおよそ今から十年ほど前のことだった。
そして、自分たちで状況を把握する前に、女神の名前を名乗る女性の『声』で自分たちが置かれた現状を強制的に把握させられた。
そのときのクロエが最初に考えたのは、これから会おうとしている人物のことだった。
以前の自分がどういう存在だったかは、女神からの『声』できちんと教えられていた。
だが、そんなことはクロエにとっては二の次だった。
それよりも、常に傍にいるはずの『彼』が近くにいないことに焦りを覚えた。
そんなクロエに、女神からの『声』がさらに続いた。
あとで仲間に確認すれば、その内容は自分だけに聞こえて来たことが判明したのだが、そんなことはそのときのクロエには分かっていなかった。
ただ、彼の唯一の手掛かりになりそうな内容に耳を傾けた。
女神が話す内容は、『彼』からの直接の指示としてクロエに伝えられた。
その内容を聞いたクロエは、早速その指示に従うべく動き始めた。
女神を名乗る『声』が、本当に『彼』からの指示であるかどうかは関係ない。
話が本当であるならば、十年後には会えるはずなのだ。
それさえ分かっていれば、あとはナウスゼマリーデの誇りにかけて、主である『彼』の指示を実行するだけであった。
もちろん、クロエの待ち人というのは『天翔』の創設者であり総統でもあるカケルのことだ。
女神からの指示を受けて十年、わずかに誤差はあったようだが、ようやくカケルと再会することができる。
既に通信機越しではあるが、カケルの声は聞いているため、この新たな世界に来ていることは分かっている。
その時が迫るにつれて、ドキドキと胸が高鳴るのが分かった。
実際にカケルと対面したときに、そのことを隠すことができるのか、クロエには全く自信が無かった。
そして、ついに視界の中にカケルの姿を認めたクロエは、はやる気持ちを抑えるように敢えてゆっくりと近付いて行くのであった。
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事前の連絡で、待ち合わせ場所となる公園は決めてある。
ギルドを出て真っ直ぐに公園へと向かったカケルは、ゆっくりと目的の人物を探し始めた。
幸いにしてその相手はすぐに見つけることが出来た。
腰まで伸びる長い銀髪が丁度いい目印となって、少し離れた場所からでも見分けることが出来たのだ。
ただ、カケルが見つけるよりも早くその相手のほうが、カケルのことに気付いていたようだった。
ジッとカケルを見て近づいてくるのを待っている。
待ち合わせの相手とは、ゲーム時代に一番はじめに創ったパートナーであるクロエだ。
カケルの感覚でも十年ぶりにクロエと会ったことになるが、記憶と全く変わっていないその姿に思わず笑みがこぼれる。
カケルはふと違和感を感じて、すぐにその理由に思い至った。
クロエの方でもそのことに気付いたのか、右手を目のところに持って来た。
「髪はともかく、目は隠しておかないとすぐにわかってしまいますから」
今の彼女の眼の色は、本来の紅色ではなく青色になっていたのだ。
それ以外にも与える印象が変わるように、小さな変化はあったが大きく違っているのは目の色になる。
紅色の目は、ナウスゼマリーデとしての特徴そのものなので、身元を隠すという意味では確かに十分すぎる変化である。
「確かに、そうだったね。それよりも・・・・・・」
カケルの言葉に小さく首を傾げたクロエの動きに合わせて、その銀髪もさらりと動いた。
それを目で追いながらカケルは、一度区切った言葉を続けた。
「ただいま」
その一言に、一瞬驚きの表情を浮かべたクロエだったが、すぐに笑みを浮かべて返答した。
「お帰りなさいませ、カケル様」
ヒロイン登場です。
ちなみにクロエは、ゲーム内ではサポートキャラのような存在でした。
他にも同じようなキャラはいますが、追々登場するはずです。たぶん。
用語説明
ナウスゼマリーデ:女神が新たに作ったとされる種族