(1)ベルダンディ号
新しいヘキサキューブを見つけたカケルは、すぐにペルニア周辺へと引き返した。
幸いにも途中でヘルカオスと遭遇することもなく、すんなりとルートに入ることができた。
ペルニア周辺へと移動したのは、『天翔』へと通じる通信具が通じないためだ。
いくら離れた場所へと通信できるといっても、通信衛星のように仲介するものがないと交信することはできないために、戻る必要があったのだ。
ペルニア周辺領域まで戻ったカケルは、そこで早速『天翔』へと連絡を取った。
途中まで『天翔』の船で迎えに来てもらうつもりなので、連絡を取るのは外務担当のフラヴィだ。
『フラヴィです!』
通信機には相手の名前が表示されるので、フラヴィにも誰がかけて来たのか把握できるようになっている。
フラヴィの態度を崩さないその口調で、カケルからの通信だときちんと把握しているのだとわかった。
「だから、そんなに固くならなくても……まあ、いいや。目標に達したから、とりあえず一旦そっちに戻るよ」
カケルが軽い調子でそう言うと、珍しくフラヴィからの返答に間が空いた。
「……あれ?」
『し、失礼いたしました! そ、それで、戻られるというのはお間違いございませんか!?』
「あ、ああ。そう言ったつもりだけれど……私が戻ると困ることでもあったかな?」
そんなわけがないとわかっていても、カケルはついいたずら心でフラヴィにそう問いかけた。
『そ、そんなつもりは……! ここは死んでお詫びを…………』
「わー! 待った待った!」
高すぎる忠誠も時として諸刃の剣となる。
フラヴィはその典型例だった。
思いが通じたのか、単に「待て」という命令に従ったのか、フラヴィが待つ気配を感じたカケルはそのまま話し続けた。
「とにかく、死ぬのはなし。それよりも今は、帰還についての話をするよ?」
「はっ!」
短い返事で取りあえず思いとどまってくれたとわかったカケルは、内心でホッとため息をついた。
そして、それを表に出さないように気をつけながら指示を出した。
「そっちからも迎えを出して欲しいけれど、こっちからも向かう。どのルートを通ればいい?」
『そちらは、ペルニアからでよろしいでしょうか?』
「ああ」
『では――――』
さすがに外務を担当しているフラヴィの返答は早かった。
いつカケルが戻ってきてもいいように、さまざまなパターンでシミュレーション済みなのだ。
フラヴィから指示のあった場所は、当然というべきか、ダナウス王国で公開されている情報にはないルートである。
それもそのはずで、『天翔』の外務担当の諜報部門が、ダナウス王国に侵入するために普段から使っているものなのだ。
こうしたルートを見つけることは、『天翔』の優先課題のひとつとなっている。
勿論、ダナウス王国以外の国に向かうための幾つかのルートも確保済みだ。
この世界では、ルートの確保がいざ戦争になったときに優劣を決める決め手になるのだから優先順位が高いのも当たり前のことなのだ。
『天翔』ではそうしたルートをすでにいくつか見つけているが、容易に見つからないはずのルートを発見して、そのうえ各国まで向かえるようになっているのは、それだけ『天翔』に所属する人材が優秀であることを示している。
もっとも、『天翔』のルート発見率が他国と比べて高いのは、優秀な人材が揃っているからだけではなく、各種観測機器の技術が高いお陰でもある。
フラヴィから告げられたルートをモニターで確認したカケルは、すぐに了承を示した。
「わかった。これからそっちに向かって行くから迎えもお願いするよ」
『はっ! かしこまりました。……ベルダンディ号でよろしいでしょうか?』
「勿論」
カケルがそう即答すると、フラヴィはすぐに返答せずにわずかな間が開いた。
ベルダンディ号は、『天翔』に所属しているカケル専用の戦闘艦だ。カケルの直接の指示が無ければ、勝手に動かすことはできない。
動かそうとしても疑似精霊であるベルダンディが、それを拒否するようになっているのだ。
『……繋ぎました。ご指示をお願いいたします』
「ベルダンディ、聞こえる?」
『はい、マスター。お久しぶりです』
「久しぶり。これから合流するからこっちに向かってくるように」
『畏まりました。目標ルートのご指示をお願いいたします』
「ああ。まずは――」
カケルがベルダンディ号に乗っていないときは、乗組員以外の訓練などの予定された行動以外は、いちいち前もって向かうべき場所を指示しなくてはいけない。
場合によっては非常に不便で面倒な設定になっているのだが、そもそもベルダンディ号はカケル専用船なので、『天翔』の運営にはさほど影響はない。
例え戦闘が発生したとしても、別の戦闘船で賄えるようになっているのだ。
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ベルダンディへの指示を終えてフラヴィとの通信を閉じたカケルは、そのままペルニアへは帰らずにそのまままっすぐにルートへと向かった。
いままで手ぶらで帰ったことがないカケルが、何の成果もなしに戻るのもおかしい上に、何よりもわざわざ戻る必要がないほどにまだ食料等は残っている。
ペルニアに戻る方が面倒が起こる可能性が高いので、わざわざ藪蛇をつつくつもりはないのだ。
そんな事情を抱えつつ、カケルたちは三つのルートを通った先のカオスタラサまで来ていた。
今回カケルたちが通っているルートは、ペルニアから『天翔』の中枢機関があるウルスまで行くのに一番面倒な方法を使っている。
それは、万が一、他の組織や国の者たちに見つかったときのことを考えての措置だ。
カケルは勿論、追ってくる者がいないかを確認しているが、小さな観測機器などは発見しずらい物もある。
相手が国家の場合は、なにを隠しているかもわからないので、そうした細かい対処も必要なのだ。
三つめのルートを抜けた先のカオスタラサで、カケルたちはようやく目的の物を発見した。
カケルがまさしく中二病を発揮して作られたその船の外観は、「男なら沖○艦長にあこがれて当然だろ!」という謎の理論の元、某戦艦がもとになっている。
大きさは大型機として区分される最大の全長六千メートルよりも一回り小さく、五千メートル。
それだけ大きさにもかかわらず速さが売りになっているのは、勿論海の上を走る通常の船とは全く違う理論で動いているためだ。
そして、なによりもあり得ないのが、それだけの巨大な船を運用するのに必要な乗組員が、最小で百人程度で済むところだろう。
某関係者からは、「ふざけるな! あり得ない!」と盛大に文句を言われたことのある仕様だが、事実なのでどうしようもない。
もっとも、それはあくまでも最小の人数であって、長期間の移動などで使用するとなれば、もっと必要な人数は増える。
運用人数百人というのは、今回のように、数日の移動をするときのような限られた場合に限ったことなのだ。
そんな特徴のある船がカオスタラサに浮かんでいるのを見たカケルは、嬉しいという気持ちが沸き上がってくると同時に、懐かしいという思いも感じていた。
初めてこの世界に転生してきたときに感じたなんとも言えない気持ちが、カケルの中で渦巻いていた。
そんなカケルをクロエがじっと見つめていたが、カケルがそれに気づくことはなかった。
そして、次のカケルの言葉に、クロエはフッと口元を緩めるのであった。
「ただいま。ベルダンディ」
次回は8月27日更新予定




