(9)報告と遭遇
「……と、いうわけで、なんとか無事に終えることができました」
冒険者ギルドのギルドマスターの部屋で、カケルは完了した依頼票をグンターへと差し出した。
カオスタラサにある軍の施設からペルニアに戻ってきたカケルとクロエは、その足で冒険者ギルドへと顔を出した。
カケルは通常通り受付で依頼を処理してもらおうと考えていたのだが、どうやらしっかりと受付嬢に通達が出されていたらしく、ギルドカードでカケルの名前を確認するなりこの部屋に通されたのである。
「そうですか。それは良かったです」
依頼票を受け取ったグンターは、笑みを浮かべながら小さく頷いた。
グンターとしては、依頼の成否よりもきちんとこの場に戻ってきたことの方が重要だ。
軍の上層部が暴挙に出るとは考えていなかったが、それでも一部の馬鹿が暴走しないとも限らない。
契約でいろいろな縛りを設けた以上、グンターにしてみれば一安心出来たといったところだった。
グンターから見れば、カケルはそういった者たちが暗躍(?)しかねないほどの腕の持ち主だと確信している。
だからこそ、グンターもカケルをギルドに確保しておきたいのである。
依然としてカケルが怪しいという考えは持っているが、それ以上にギルドに利益をもたらす存在だというのが、グンターのカケルに対する現時点での評価なのである。
勿論、カケルもグンターがいろいろな思惑を持って自分に接していることはわかっている。
というよりも、ギルドという組織のトップに立つ者が、そうした考えを一切持たないなんてことは考えていない。
ギルドにとって役に立たないと思えば、切り捨てることも承知している。
個人的な付き合いがあるならともかく、あくまでも仕事上の付き合いなのだから、それは当然なのだ。
「そういえば、ひとつお伺いしてよろしいでしょうか?」
「なんでしょうか?」
「冒険者の自由な立場というのは、監視付きで得られるものなのでしょうか?」
唐突なカケルの問いかけにグンターは一瞬眉を吊り上げて、すぐにニッコリとわざとらしい笑みを浮かべた。
「そのような話は、聞いたことがありませんね」
「そうですか。それは安心しました」
カケルもグンターもわざと主語を口にしていないが、誰からの監視なのかは考えなくとも分かる。
なにしろ、つい先日までカケルは、軍で依頼を受けていたのだから。
もちろん、依然として他の組織からの注目も浴びているが、わざわざ監視をするほどではないはずだ。
となれば、いまカケルに監視をするのが誰なのか、おのずとわかるというものだ。
自分に張り付いている監視が非合法なものだとわかったことで、カケルは頭の中でさてどうするかと考えた。
こちらから排除するように動くつもりはない、というよりも、いちいち動くのが面倒なので、基本的に放置するつもりでいる。
地上にいるときには、目立った行動をとることができなくなるが、それはいまとほとんど変わらない。
『天翔』のメンバーと会うときには不自由することになるが、カオスタラサに出たときに会えばいいだけだ。
テミスから情報を盗られる可能性はあるが、ごまかす方法を考えなければならないだろう。
そんなことをカケルが無言で考えていると、グンターがなにか勘違いしたのか、若干不安そうな表情になって言ってきた。
「……あまりやりすぎると、庇いきれなくなるので注意してください」
その忠告に、カケルは苦笑を返した。
グンターが想像するような、乱暴な解決策を取るつもりはない。
「そんなつもりはありませんよ。なにかあれば逃げればいいだけですから」
「そうですか。それは助かります。……お墨付きを得たからといって、すぐに馬鹿な真似をする者もいますから」
グンターの言葉を聞いて、カケルはハアと相槌を打った。
カケルにしてみれば何を考えているんだと言いたいのだが、中にはそうした輩もいるのだろうと思うしかない。
さすがに冒険者の多くがそうであるとは、信じたくはないといった気分なのだ。
呆れたような顔になったカケルを見て、今度はグンターが苦笑を返してきた。
「まあ、中にはそういう者もいるというわけです。あなたはそうではなさそうですので、安心ですよ」
「……そこまで愚かにはなりたくないですね」
「そう言ってくれる人材だけになれば、こちらも楽になるのですがね」
しみじみとした様子で呟いたカケルに、グンターは大きくため息をつくのであった。
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グンターとの話し合いを終えたカケルは、すぐにゲルトに連絡を取った。
修理に出していたテミス号が直っているかどうかを確認するためだ。
ゲルトが通信機口で「新品同様だぜ。いつでも来い!」と言っていたので、クロエと一緒に整備場へと向かった。
そしてそこには、満面の笑みをたたえたゲルトと新品同然に修理がされたテミス号が待っていた。
「どうだい? 注文通りに直したぜ!」
胸を張ってそう言ってきたゲルトに、カケルは笑みを返しながら小さく頷いた。
「そのようですね。細かいところは乗ってみないと分からないでしょうが、外観はきれいに直っています」
カケルの答えに、ゲルトが「そうだろう」と大きく頷き返してきた。
ひとりでテミス号に乗り込んだカケルは、その場でできるチェックを行う。
クロエは、その間に清算を含めた事務手続きを進めていた。
一通りのチェックを終えて問題ないことを確認したカケルは、テミス号から降りてクロエと合流してからゲルトの元へと向かった。
そして、職員の一人に案内されながらゲルトのところに着いたカケルは、そこで見覚えのある人物がいることに気付いた。
相変わらず複数の女性を侍らせて、ゲルトと何やら交渉しているらしいその人物はベニグノだった。
近付いてくるカケルに気付いたベニグノは、一瞬だけ顔をゆがめてゲルトに言った。
「いい加減、強情を張らないほうがいいんじゃないのかい?」
「しっつけえなぁ。なにを言われても答えは変わらねーよ!」
シッシッと右手で追い払うような仕草を見せたゲルトに、ベニグノは一瞬だけ顔を引きつらせてからちらりとカケルを見た。
何を言われるのかと身構えたカケルだったが、ベニグノは一度だけ舌打ちをしてからゲルトに視線を返した。
「……今日は日が悪いようなので、また来るよ」
ベニグノはなぜかそれだけを言って、その場から去っていった。
前回のときのしつこさを考えれば、あり得ないほどの引き際だ。
ついでにいえば、クロエがいるにも関わらず、絡んでこなかったことも不思議だ。
「何だったんでしょうね?」
首を傾げたカケルに、ゲルトがニヤリと笑った。
「お前さんがやり手だと分かって、意識しているんだろうさ」
「はい?」
カケルは、意味が分からず、思わず素っ頓狂な声を上げた。
「次々と素材を見つけている上に、この間のレースでの優勝だ。自分の立場が危うくなると思ったんじゃねーか? あいつは絶対に認めないだろうが」
若い冒険者という括りでは、ベニグノがほぼ独走状態であとは一歩遅れて何人かが並走している状態だった。
ところが、カケルという存在が、自分に並ぶかもしれないという意識を持っているのでは、というのがゲルトの想像だ。
それほどまでに、あのレースの優勝の仕方が、関係者に衝撃を与えたということになる。
「はあ。そうなんですか」
「お前さん、どうでもよさそうだな」
「まあ、実際どうでもいいですから」
あっさりそう言い放ったカケルに向かって、ゲルトは豪快に笑った。
誰もが欲しがるその立場をどうでもいいと言ったカケルに、らしさを感じての笑いなのであった。




