(8)必要な会議
カケルとクロエは、先ほどから繰り返されている議論に、内心でため息をついていた。
議論の内容は、研究者が主張する「カケルが手を抜いている」というものと「そんなことはない」というカケルの意見だ。
意外にも(?)カケルの意見に賛同する軍人がそれなりの数いて、普段からため込んでいたんだと理解できる光景だった。
当然ながらカケルに賛同する軍人は、実際にタラサナウスに乗っている者たちが多い。
先ほどから両者の意見は平行線をたどっており、議論が収束する気配はまったくない。
そもそも実際に船の運転をするわけではない研究者側が、自分たちの「測定器の吸盤くらいで影響を受けるはずがない」と主張して、搭乗者の意見をまったく受け入れる気配がないのだからどうしようもない。
ときとして、研究者という人種は、自分以外の意見を受け付けない状態になることがある。
それは世界が変わっても変わらないんだな、とカケルは内心でどうでもいいことを考えていた。
ついでにいえば、はたから見れば無駄としか思えない会議も、それこそ嫌となるほど経験してきている。
それに関して表だって文句をつけるほどカケルは愚かではなかった。
こういった会議は、行ったという事実こそが大事なときもある、ということを理解しているのである。
テストコースを利用しての測定結果は、カケルの予想通り顕著な違いが出た。
ただ、顕著といっても二十秒や三十秒も差が出たわけではない。
せいぜい十秒程度の差しかないのだが、カケルにとっては十秒も違うということになる。
中にはそれだけの秒数にこだわる必要もないのではという意見も出たが、すぐに却下されることとなった。
このあたりは流石に軍人としての判断だろうとカケルも安堵している。
軍の役割は、あくまでも戦闘なのだから、十秒もの大きな差を無視するのは自殺行為なのだ。
その程度の判断もできないようなところであれば、協力するのが馬鹿らしくなってくる。
幸いにして、カケルのテンションが落ちるのは免れたので、結果オーライと言ったところだろう。
そんなどうでもいいことを考えていたカケルは、ふと自分に視線が集まっていることに気付いた。
彼らが何を求めているのか察したカケルは、わざとため息をついてから口を開いた。
「・・・・・・何度も言っているように、私は手を抜いていませんし、あの測定器をつけたまま速度を維持することなど不可能です」
すでに同じことを繰り返しているが、これ以上のことは言うことはできない。
妥協するとかしないとか以前の問題なのだ。
障害物が目の前に現れてとっさの判断をしなければならないときに、身体に違和感がある状態でそんなことができるはずもない。
これは、誰がなんと言おうとも変えられることではない。
それに対して研究者たちは、あからさまにカケルを見下すような視線を向けてきた。
「そんなはずはない! どうせ、秘密を探られるのが嫌だから手を抜いているに違いないんだろう!」
これも先ほどから繰り返されている言葉だ。
研究者たちは、カケルのことを所詮一冒険者として見下しており、その言葉などまともに聞くつもりは端からないのだ。
ただし、カケルにとっての救いは、先ほどから繰り返されている言葉に呆れているのが自分とクロエだけではなく、軍人の中にもいるということだろう。
カケルとしては、別に研究者に見下されていても痛くも痒くもない。
自分にどういう態度を取ってきてもどうでもいいことなのだが、依頼が失敗と判断されるのは、できれば避けたい。
勿論、だからといって自分の主張を変えるつもりはないのだが。
ため息をつくのを隠すこともしなくなったカケルは、その視線をとある軍人へと向けた。
先ほどからカケル側の立場に立って主張しており、以前に測定器が邪魔になることを話したあの軍人である。
カケルの視線を受けたその軍人はひとつ頷いてから口を開いた。
「では、そろそろ各々の言葉も出尽くしたでしょうから、結論を出しませんかな?」
その言葉に、集まった者たちもいい加減繰り返される議論に飽き飽きしていたのか、大半の者たちが頷いた。
それを確認してから軍人はさらに言葉を続けた。
「では、結果がどうなるかはまた後程連絡をするとして、この場は一度解散するとします」
どういう結論を出すのかは、多数決で決めるわけではない。
軍の行動を決めるのに、いちいち多数決で決定するわけにはいかないというそれらしい理由もあるが、何よりもできる限り政治的な動きをなくす目的もある。
どうやって結論を出すのかは、ここで出た議論をもとに上層部が決断を下すのだ。
出来レースのような話ではあるが、ここに出席している者のほとんどが軍関係者だ。
こうなることは端から承知の上で出席しているのである。
それでも自らの意見を会議で発言するのは、先のことを見越してのことなのだ。
結局、身体に直接測定器を張り付けるタイプの計測は、当初の予定よりも減ることとなった。
重要なのは、完全になくなったわけではなく、減っただけということだ。
測定器が付いている状態で違和感があり速度に影響がでるのであれば、確かに同一の機体で何度も測定するのはほとんど意味がない。
であるならば、違う機体に乗った状態で測定をして、どう違いが出るのかを比較すればいいと言い出してきたのだ。
さすがにこれにはカケルも苦笑するしかなかった。
もっとも、カケルに期待されているのはどれだけ早く障害物を切り抜けられるのかということであって、機種による違いを調べることではない。
結果として、機種を変えた測定は最小限に抑えられたというわけだ。
カケルとしても測定器をつけた状態で、速度を出せと言われるのでなければ、大した問題ではない。
むしろ健康診断を受けているようで、結果がどうなるのか気になるところだ。
要は、依頼の内容と結果が伴わないので反対していただけで、依頼主(=軍)がその結果に納得してくれればいいだけのことだ。
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軍から受けた依頼は、測定器以外に特に大きな問題が起こることなくつつがなく終わることとなった。
カケルにとって意外だったのは、練習機で飛ぶたびに見学に来ていたタラサナウス乗りたちが、自分に好意的な視線を向けてきたことだった。
自分たちが出せない速度であっさりと障害物を躱して飛ぶカケルに、悔しさなどの感情がないわけではない。
ただ、嫉妬や侮蔑といったものがなかった。
勿論、全くいないわけではないのだろうが、少なくともカケルが直接目にした者たちの中では、そうした感情を抱いているようには感じなかった。
むしろ純粋にタラサナウスの操縦技術を盗もうと熱心な表情で、カケルが飛んでいるところを映した映像を繰り返し確認していた。
その姿を見る限りでは、カケルのとある目的もある程度達成できるのではないかと思える感じだった。
そして、依頼の拘束期間の最終日。
カケルは多くの軍人たちに囲まれてのお別れとなった。
短い期間だったのだが、それだけカケルのタラサナウスの操縦が多くの影響を与えたことがわかる。
今回のことで、軍全体がどう変わっていくのかはカケルには分からない。
あるいはまったく変わらないかもしれないが、それはカケルにはどうでもいいことである。
依頼がきちんと達成できたと評価されただけで十分だった。
あとの結果は、カケルにとってもおまけでしかない。
カケルたちがまいた種がどう花を咲かせることになるのか、それを予測できる者はいないのであった。
いよいよストックがやばくなってきました。
とりあえず、第3章は10話で終わりますが、第4章は一週開けての更新になる可能性がありますので、ご了承ください。




