(6)指名依頼
ゲルトにテミス号を引き渡した翌日には見積もりが返ってきた。
それによると、やはり見た目以上のダメージはなく、ゲルトが言っていた通り一週間の預かりで修理が完了すると報告されていた。
すぐに修理の依頼を出したカケルだったが、おかげで一週間の空き時間ができてしまった。
探索で半月ほどの期間を出払っていたとはいえ、まだまだ依頼の申し込みは減ったとは言えない。
大半はギルドで引き受けてくれているとはいえ、どこで話を聞きつけたのか、泊まっているホテルにまで押しかけてくる輩までいた。
普通に考えれば迷惑極まりない行為だが、やっている本人たちは情報を知りたがっている市民のためと本気で考えているので、始末に負えない。
さすがにホテルの部屋にいれば、入り口のところでホテル側がシャットアウトしてくれるのだが、いつまでもホテルに籠っているわけにもいかない。
さてどうしたものかと悩むカケルだったが、ちょうどいいところで救いの手が現れた。
ホテルまでわざわざ出向いてくれたギルドマスターのグンターが、とある話を持ち込んできたのだ。
ホテルにあるレストランでグンターと話をすることになったカケルは、まず頭を下げた。
「迷惑をかけて申し訳ないです」
「いやいや。そもそもレースに関わることは、こちらで対処することになっていますからね。これくらいは当然ですよ」
笑ってそう言ったグンターだったが、カケルはその目に他の思惑がありそうなことがわかった。
そうでなければ、ギルドマスターがギルドの建物を離れてまで一冒険者のところまで、出向いてきたりはしないだろう。
そのことが理解できているカケルは、ここまで来てくれたことについてはこれ以上何も言わず、すぐに要件に入ることにした。
「ところで、お話があるということですが、なにかございましたか?」
何度も対面しているグンターは、すでにカケルの性格を把握しているのか、余計なことは言わずに一度だけ頷いてからすぐに要件を切り出した。
スーツの懐に手を入れたグンターは、そこから一枚の紙を取り出してカケルへと差し出した。
「あなたに是非とも受けていただきたい依頼がございましてね」
「依頼、ですか?」
そう言いながら首を傾げたカケルは、グンターが出してきた紙に視線を向けた。
それは確かにギルドが発行している依頼票だった。
ギルドの依頼は基本的に後付けで行われるものだが、個人宛に依頼が来た場合は、こうしてギルド側が確認してくることもある。
そのこと自体は珍しいことではあるが、ないことではないので不思議には思わなかったカケルだったが、それをわざわざギルドマスター自ら言いに来る理由がわからない。
だからこそカケルは首を傾げたのだが、その依頼の内容を見てその疑問は氷解した。
「……王国からの依頼ですか」
依頼票に書かれている依頼人の欄には、ダナウス王国のとある部門の名前が書かれていたのだ。
簡単にいえば、レースのときに見せた驚異的な早さの理由を知りたいので、調査に協力してくれないかというものだった。
その部門が用意した機体に乗って、カケルたちがどういった操作を行っているのか、あるいはどういうルートを選択しているのかなどを細かく調べるのである。
今の段階で国と深くかかわるべきかどうかと悩むカケルに、グンターはその依頼票を持ってきた理由を話し始めた。
カケルの顔を見れば、内情は知らなくてもできれば国と関わりたくないと考えていることはわかる。
「依頼の内容を見ていただければわかると思いますが、今回の件は、あちらがお願いをしてきている立場ですからね。そう貴方の立ち位置が悪くなるとは思いませんよ?」
グンターの考えでは、どうせカケルの実力であればいずれ関わらざるを得なくなるのだ。
それであるならば、今のうちに恩を売っておいて、他の部門からちょっかいを出されたときに盾になってもらえるような関係になっておいた方がいい。
「ただ、勿論、自分の持っている手の内をさらしたくないというのもわかりますがね」
「いや、まあ、それは別に隠す気はないのですがね」
カケルにしてみれば、レースのときに行ったことなど、大したことではないのだ。
事実、『天翔』にいるある程度の実力がある冒険者であれば、あの程度の操作はできるだろう。
場合によっては『天翔』の敵になりうる組織の実力を上げることになるのだが、この程度の実力をさらしたところで、『天翔』にとっては大した痛手ではない。
さらに、グンターが言った通り、今回の調査に出向く組織に恩が売れるというのもその通りだろう。
カケルが頭を悩ませているのは、そういった理由ではなく、もっと根本的な問題だった。
「では、何を悩まれているのですか?」
カケルが悩む理由がわからずにそう聞いてきたグンターに、カケルは肩をすくめてから答えた。
「簡単な話ですよ。私は冒険者であり続けたいと思っていますが、軍関係者が調査を終えたあとに、解放してくれる保証がないですからね」
「なるほど。そういうことですか」
カケルの説明に、グンターは納得した表情になり、ほんの少しだけ考え込むような顔になった。
そして、ほんの数秒ほど悩んだグンターは、改めてカケルに提案を行った。
「貴方の身柄は、ギルドが責任を持って保証するというのはどうですか?」
ギルドにしてみても、カケルのような優秀な人材が、簡単に軍に確保されては困るのだ。
その提案は、カケルだけではなくギルドにとっても利のあるものだった。
ギルドはダナウス王国にある一機関でしかないが、その影響力で軍の暴走を抑えることは不可能ではない。
軍からはいい顔はされないだろうが、それよりも今後のギルドの運営のことを考えれば、そう悪くはない取引なのだ。
もしカケルが懸念しているようなことを一度でも認めてしまえば、ギルドを頼る冒険者は一人もいなくなってしまう。
ギルドにとってそれは、何よりも避けなければならないことだ。
別にカケルのためだけに行った提案というわけではないのである。
グンターの提案を聞いたカケルは、考え込むような顔になった。
相手が軍である以上、無事に保護されるという保証は何もないのだが、少なくともギルドが動いてくれるという言質は取れた。
「……では、それをきちんと文書にしてお互いの制約をとることは可能でしょうか?」
これは単に、グンターの口約束では信用できないと言っているわけではない。
敢えて文書にして残すことで、軍の側にも行動に制約をかけようというのが狙いだ。
グンターは勿論、カケルのその狙いにしっかりと気付いた。
その上でしばらく考え込む顔をしていたが、やがて小さく頷いた。
「……確かに、そのほうがこちらもやりやすいでしょうね。わかりました。契約をもう一度作り直す方向で話を進めてみましょう」
「それは、助かります」
ギルドの依頼でそのことを明記してもらえるのであれば、カケルとしてはいうことはない。
軍が契約を無視して強引にカケルの確保に走ったとしても、非があるのは軍になる。
カケルにとっては、そこが一番重要だった。
カケルが納得した表情になって頷いたのを見て、グンターが確認するように聞いてきた。
「それでは、その方向で上手くいけば依頼を受けてくれるということでいいですか?」
「ええ、勿論です。そこまでしていただけるのであれば、いうことはありません。……何より、報道関係からも逃げられますし」
まじめな顔でそう言ったカケルに、グンターは苦笑した。
そもそものグンターの目的は、カケルを軍に預けることによって報道関係から隠す意味もあったのだ。
自分からそのことを言う前にカケルに言われてしまったグンターとしては、そうすることしかできなかったのである。