(5)非常識
遅くなりました!
ヘルカオスとの戦闘は、初撃を致命傷に近いダメージを与えられたお陰で、そのあとの戦闘は比較的楽に進めることができた。
ただし、倒しきるまでにすべての攻撃をかわすことができたわけではなく、二度ほど触手の攻撃を食らってしまった。
といっても、このあとの探索に支障をきたすほどのダメージを負ったわけではない。
そう判断したカケルは、探索の続行を決断した。
ただし今回は、探索に向かう前にお楽しみの「核」の採取タイムがあった。
しかも、今までになかったほどの品質で、大きさもそこそこだった。
「苦労して倒した甲斐があったかな?」
「そうですね」
採取した核を眺めながらそう言ったカケルに、クロエが笑顔を見せて答える。
彼女にとっても今回のヘルカオス討伐は、思うところがあったのだ。
勿論それは、カケルに起こった変化が大きいのだが、いまクロエが見る限りではカケルはいつも通りの様子を見せている。
これなら今後も大丈夫だろうと、ホッと胸をなで下ろしているというのが、いまのクロエの心境なのであった。
今回取れた核は、今までの物に比べて質が良い物ではあるが、さすがに希少資源ほどの値段になるわけではない。
それでも、今回負ったダメージの点検・修理費用は十分にその核で賄っておつりがくるほどだ。
「まあ、十分に元は取れたか」
「今後の進路上に、ヘルカオスがいなくなったのも大きいです」
「そうだな」
今回のヘルカオスを倒さずにルートを大回りして探索を続けた場合、当然この辺りの資源調査はできない。
そうなれば、希少資源とはいわなくとも重要な資源を見逃す可能性もあるのだ。
それを考えれば、収支は大きくプラスに傾くだろう。
ただし、今回のヘルカオスとの戦闘は、良かったことばかりではない。
「……深部に近付いて行っている可能性もあるか」
「そうですね。その可能性も否定できません」
「やっぱり、中型機への変更は必須だなあ」
カケルの言葉にクロエも無言で頷いた。
カオスタラサの深部に近付けば、それだけ強力なヘルカオスが出現してくる。
当然、いまのテミス号では手に負えない相手も出てくることだろう。
というよりも、小型機では対処できないヘルカオスのほうが多いのだ。
それを考えれば、できるだけ早く中型機を手に入れたいと考えるのは当然のことだろう。
そのためにも、より多くの探索をして稼がなくてはならないのであった。
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ある程度のところで探索を終えてペルニアに戻ったカケルは、すぐにテミス号を修理に出した。
運行にも探索にも支障がないとはいえ、カケルにはいつまでもテミス号を傷物にしておくつもりはないのだ。
そして、傷を負って戻ってきたテミス号を見て、整備士のゲルトは目を丸くしていた。
「なんでえ? 流れ岩にでも当たったのか?」
流れ岩は、カオスタラサでその場に浮遊しているだけの岩石ではなく、何らかの原因があって動いている岩のことだ。
カオスタラサの危険地帯には、こうした流れ岩が多く存在している場所もある。
カケルたちがテミス号に乗り始めてから初めてのダメージらしいダメージだ。
ゲルトがこんな反応を返してくるのも、カケルの予想の範囲内だった。
ゲルトの言葉に若干苦笑を返したカケルは、首を左右に振った。
「いえ。ヘルカオスの攻撃を食らってしまいましてね」
「ほう? お前さん方が? そりゃまた珍しいな。相手はどんなやつだ?」
「デッドアンコウでしたね」
「ばっ……!?」
カケルからさらりと言われた名前に、ゲルトは思わず目をむいて反応した。
ゲルトは、カケルの表情とテミス号を見比べながら何とも言えないような表情になった。
「デッドアンコウを? この機体で、倒したのか?」
カケルたちが逃げてきたとは、ゲルトは考えていない。
逃げるつもりがあるなら、いまのテミス号であれば、無傷で逃げ切れることをわかっているからだ。
「まあ、そういうことになりますね」
あっさりとそう言い放ったカケルに向かって、ゲルトは大きなため息をついてから言った。
「お前さん、一度常識とかそういったもんを学び直した方がいいんじゃねえか?」
聞き方によっては何とも失礼な言い草だが、カケルにもゲルトが心配して言っていることはわかっている。
「行けると思ったから行ったんですがね。そこまで非常識でしたか」
カケルにしてみれば、機体の性能と相手の強さ、それからこれまでの培ってきた経験で判断したうえで倒したのだ。
絶対に無理な相手と戦ったという認識はなかった。
カケルの顔を見てそのことを理解したゲルトは、げんなりとした表情になった。
「お前さんがそういうならもう何も言わんがよ。無理と無茶は違うってことだけは、理解しておけよ」
ゲルトの常識からすれば、いくらオプション装備をつけているからといって、駆け出し冒険者が乗るような機体で倒せるような相手ではないのだ。
一体どうやって倒したのか是非とも見てみたかったが、残念ながらテミス号には撮影機器なんてものはついていない。
何とももったいないと、ゲルトは内心で考えていた。
その一方で、ゲルトの忠告をカケルはありがたく受け取り、深く頷いていた。
「ええ、勿論です。わざわざ忠告ありがとうございます」
こうやってわざわざ忠告してくれる相手は、貴重な存在であることをカケルは十分にわかっているのだ。
ギルドの貸し出し用機体を整備しているゲルトは、特に年若い冒険者が自分のような言葉に耳を貸さないことをよく知っている。
そのため、カケルのように、忠告に素直に耳を傾ける者は、全くいないわけではないが、珍しい部類に入る。
「いや、なに。礼を言われるほどのことでもないさ」
一瞬だけ珍しい物を見たという顔をしたゲルトは、右手をひらひらとさせた。
ゲルトの顔からこの話はもう終わりだと判断したカケルは、気になっていたことを聞くことにした。
「ところで、今回の修理はどれくらいかかりますか?」
「これの修理か? そうだな……見た感じ、やられたのは外装だけで、中では行っていないんだろう?」
整備士の顔になったゲルトは、真剣な面持ちでカケルに聞いてきた。
「ええ。ただ、一応できる限りの点検では、ダメージを受けてはいないようです。……細かいところまでは見れていないですが」
「なあに、それをするのはこっちの仕事だ。……まあ、大体見積もって一週間ってところか。点検次第では、もっとかかる可能性もあるが」
「一週間ですね。わかりました」
カケルとしても今の段階で、正確な期間が知ることができるとは思っていない。
細かいところまできちんと点検するとなると、それなりに時間が掛かることはわかっている。
カケルは、それに対して無理を言うつもりもないし、言ったところで結局自分に跳ね返ってくることはよくわかっているのである。
テミス号をゲルトに預けたカケルとクロエは、今回の収穫の清算を行うためにギルドへと向かった。
何よりも、ヘルカオスからとれた核がどれくらいの値段になるのかが早く知りたかった。
今までに何度か売っている核と比較すれば、大体の予想はできるが、その時々で細かく変わってくるので油断はできない。
幸いにして、今の相場はカケルの予想から大幅にずれているということはなく、ギルドをあとにすることができた。
初期の機体にオプションをつけただけの機体に乗っているカケルたちが、それなりの価値がする核を持ち帰ったことで、ギルドがちょっとした騒ぎになっていたなんてことは、珍しいことにカケルもクロエもまったく気づかなかったのである。




