(3)追っ手
グンターとの話し合いを終えてその日のうちに探索の準備を終えたカケルとクロエは、次の日には予定通りカオスタラサへと向かった。
そして、順調に港からルートの入り口に向かって進んでいたのだが、とある問題が出てきた。
「カケル様」
「ああ、うん。ついてきているね」
クロエの呼びかけに、カケルもすぐに反応した。
テミス号のあとを数機のタラサナウスがついてきているのだ。
カケルは、そのことについてどうこう思うことはない。
冒険者も生活がかかっているので、よりよく稼げるだろうと思う行動をとるのは当然だろう。
何より攻撃してくるといった直接的な被害もないのだ。
この程度のことで腹を立てるようであれば、冒険者などやっていられない。
とはいえ、このまま素直にルートまでついてこられるのも癪なのは確かだ。
「……せっかくだから、どの程度の実力があるのか見てみるか」
そう呟いたカケルの意図をきちんと理解したクロエが、ニコリと微笑んだ。
「かしこまりました。まずは、隠蔽からでいいでしょうか?」
「そうだな。まあ、いいんじゃないか?」
カケルがそう言って頷くのを確認してから、クロエは目の前にある操作盤にある機器にスイッチをポチと押した。
テミス号のオプションとして載せられている身を隠すための機器は、何もヘルカオスのためだけに有効な手段ではない。
他のタラサナウスから身を隠すことも可能なのだ。
ただし、中型機以上の機体であれば、現在テミス号に積まれている機器を上回る装置を積むことも可能なため隠れるのは容易ではない。
もっとも、いまカケルたちを追ってきている機体は、すべてが小型機なのでその心配はほぼない。
勿論、小型機であってもそうした装置を積むことも可能なのだが、そんなものを積んでしまえば本来の探索の役目を果たすのが難しくなる。
そのため、わざわざそんな装置を積んでいるとなれば、最初からテミス号のような機体を追うためにチューンされていると言っていいだろう。
案の定、そうした装置を積んでいる機体はないのか、テミス号を追ってきていた機体のほとんどが目標を見失ってうろうろとし始めていた。
そして、多くの追手がテミス号を見失った様子を見せている中、ひとつの機体は未だにしっかりとテミス号のあとをついてきていた。
目視と機器の両方でそれを確認したカケルは、楽しそうな顔をした。
「さてさて、これは探知装置を積んでいるのか、それとも予測されていたのか」
隠蔽の効果を発揮するテミス号を追う手段は、先ほどのより上位の探知機を積んで捕捉するだけではない。
もうひとつの方法として、最初からテミス号を捕捉しておくというものがある。
それは、海の中を進む潜水艦をいきなり見つけるのは難しいが、港を出てきたときから捕捉さえしていれば見つけるのがたやすいのと同じことだ。
「動きを見る限りでは、最初から捕捉されていたようですね」
「乱れなかった?」
「はい」
もし、隠蔽を見破る機器を積んでいるのであれば、テミス号が隠蔽をしたときからその機器を動作するまでのあいだに、見失うはずだ。
そのため、他の機体と同じように、止まったりテミス号探したりするような「戸惑い」が見られる。
ただ、いま追ってきている機体は、そうした戸惑いは一切なくまっすぐに追ってきていた。
そのためクロエは、捕捉されていたと判断したのである。
ちなみに、一度捕捉されてもそれを外す手段もある。
ただ、その機器を積むには、今のテミス号は小さすぎて無理である。
クロエが頷くのを確認したカケルは、ニヤリと笑った。
「なるほどね。一応やることはやっている奴もいるってことか」
隠蔽を使われることを考慮して機体を捕捉しておくことは、追いかけっこをするときには特に重要になる。
それはカケルたちにとっては常識だったが、きちんとこの世界にもそうした考え方があるということが知れただけでも収穫だった。
「そうですね。それにしては少ないようですが」
「まあ、いまついてきていたのは、さほど質の良くない連中だったみたいだから、こんなものじゃないかな?」
「そうかもしれません」
全体のうちでどれくらい対処できるかどうかは、これからきちんと把握しないといけない。
ただ、今回の件で、少なくとも冒険者としてランクが高い者は、その程度のことはやっているだろうと推測できるだけの材料は得ることができた。
こうして得た言葉のやり取りだけでは得ることができない生の情報もまた、今後のために役にたつのだ。
情報を得たのはいいとして、いまの問題はテミス号のあとをついてきている機体だ。
「どうされますか?」
「まあ、順当にルートに入って振り切ろうかな? ついて来ることができるかどうかも知りたいしな」
ペルニア周辺にいるいまであれば、先日のレースで使ったルートに入ることができる。
あれだけ放送で速いと連呼していたのが本当かどうか調べるのにもちょうどいいだろう。
そう考えたカケルと同じ意見だったクロエも同意するように頷いた。
「確かにそうですね。では、そちらのルートの入り口に向かいます」
クロエはそう宣言をして、機首をこれまでとは別の方角へ向けた。
ただ一機だけ追いかけてきた船は、方向を変えたテミス号のあとをしっかりとついてきている。
「捕捉されているのは確定だけれど、このあとはどうかな?」
レースのときに解説が言っていたように、今向かっているルートは、多くの障害物がある。
テミス号のあとについて来ることができるかどうかでも、追っ手の実力を見ることができる。
「カケル様、ルートに入ります」
「わかったよ」
ルートをどうやって抜けていくのか決めるのは、カケルの仕事だ。
クロエに促されて操縦桿を握ったカケルは、意識を追っ手から操縦へと向けた。
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逃げるためのルートに入ってから十分後。
カケルは、操縦桿を握りながら思わず舌打ちをしていた。
「……ずいぶんとレベルが低くないか?」
「……そうですね。これほどとは思いませんでした」
カケルの言葉に、クロエは苦笑しながら頷いている。
既に追っ手の機体は探知機の範囲から消えていた。
それが示す意味は、追っ手がすでにテミス号からかなり離れてしまったということだ。
逃げるためにこのルートに入ったのだから結果から見ればよかったのだが、カケルとしては手応えがなさすぎるというのが本音だ。
「これが、追ってきていたのがランクの低い冒険者だから、だといいんだけれどな」
「どうでしょう? あまり期待できないのでは?」
カケルもクロエも、むやみに同格の敵を求めているわけではない。
ただ、だからといって、弱すぎる敵を蹂躙して喜ぶような性質でもないのだ。
今回に限っていえば、戦闘をしているわけではなく、単に逃げただけなので蹂躙というほどでもないのだが。
「まあ、いいか。とりあえず、このまま抜けてしまって、また予定通り探索に向かおうか」
「そうですね」
一度入ったルートは、途中で抜けることはできないので、きっちり出口まで通り抜けたうえで、元の場所に戻る必要がある。
さらにいえば、追っ手も同じルートに入っているのは確認しているので、出口付近でうろうろしていれば、また捕捉されてしまう。
そのため、あまりのんびりしていると、せっかく振り切った意味がなくなるのだ。
結局、一度余計なルートを通って追っ手を振り切ったテミス号は、そのあとは特に他の機体についてこられることもなく、予定通りの場所へ向かうことになったのであった。
フラフラと決まらなかったストーリの道筋がようやく決まりました。
なんとか第三章は途切れることなく最後までお届けできる・・・・・・はずです。
次の更新は25日です。