(2)お互いの利益
レースで優勝したカケルは、ギルドを訪ねるなりすぐにギルドマスターに呼ばれた。
要件は想像がつく上に、カケルにも用があったのですぐにギルドマスターの部屋に向かう。
少し先を歩いていた受付嬢が、要件を告げるとすぐに反応があり、待たされることなく話し合うことになった。
最初からそのつもりでいたのだろう。
客人でもいればまた違ったのだろうが、そのときはそのときできちんと申し送りをしていたはずだ。
粗野な人間が多いギルドにしては、その辺りはしっかりしているのだなと、カケルは認識を改めるのであった。
案内してきた受付嬢はいなくなり、カケルとクロエが席に落ち着くとすぐにグンターの秘書らしき女性が飲み物を持ってきた。
それを一口飲んでから、カケルが話を切り出した。
「それで、お話というのは?」
「ああ、いえ。そんなに大した話ではないですよ。あなたが今後どうするのかを伺っておきたかっただけです」
「今後?」
その多少曖昧な言い方にカケルは首を傾げる。
いまのグンターの言い方だと、レースについてなのか、冒険者としての活動についてなのかがわからない。
「つまり、冒険者としての活動を続けるのか、それともレーサーとしてレースに出続けるのか、ですね」
「ああ、そういうことですか。それでしたら、私はあくまでも冒険者ですので、レースをメインにすることはありませんよ」
カケルがそう言うと、グンターは短く「そうですか」と答えた。
表情は大きく変わっていなかったが、カケルにはグンターが安心していることがわかった。
その理由は、おそらくカケルが冒険者としての活動をやめてしまうのではないかと予想していた。
カケルのその予想は当たっており、グンターは胸のうちで安堵のため息をついていた。
今後もカケルが、今までのように希少資源を見つけ出すか分からないが、冒険者をやめられてしまうとギルドとして大きな痛手になる。
カケルにレース出場を勧めたのは自分だが、その道に進んでしまうのもそれはそれで困るのだ。
というよりも、グンターは自分の見積もりを甘く見ていたことを少しだけ後悔していた。
カケルが優勝することまでは想像していたのだが、まさかコースレコードを出す何てことは、全く考えてもいなかったのだ。
それだけの腕がすでにあるのであれば、レース界で大金を稼ぐことも夢ではない。
それなら、わざわざ賭博師に近いと言われる冒険者を続けるいわれもないのである。
結果としてそんなグンターの心配は、杞憂に終わったのだが。
グンターは、小さく頷いてからにっこりと笑った。
「それはよかったです。ここであなたに冒険者を辞められると、こちらとしても痛いですからね」
「ハハハ。それは言い過ぎでは? ペルニアの冒険者ギルドは優秀者ぞろいと聞いておりますよ?」
「ありがたいことにそういう噂があるのは知っています。ただ、優秀な人材はいくらいても足りないのですよ」
これは、グンターの謙遜でもなんでもなく事実だ。
希少資源に関しては、いくらあっても足りないというのが常なので、冒険者ギルドはいつでも優秀な人材を欲しているのである。
もっともそれは、冒険者ギルドに限らず、どこの組織でもそうなのだが。
そうした事情をカケルも知ってはいるので、それ以上のこの件に関して触れるのはやめておく。
代わりに別の要件を切り出すことにした。
「ところで、報道関係の対応はお任せしてもよろしいのでしょうか?」
レースで優勝したことにより、取材を含めた依頼がすでに来ていた。
ただ、カケルとしては、そんなものに時間をさくつもりはなかった。
ギルド推薦でレースに出場したカケルが、そうした対応をギルドに任せるのは、無茶なお願いというわけでもない。
ただ、周囲の騒がれ方から、非常に面倒なことになるだけだ。
できることなら断りたいグンターだったが、自分から出場を勧めた以上、断ることもできない。
ついでにいえば、すでにギルドにも報道関係から問い合わせが来ている状態だった。
グンターは、あからさまにため息をついて、しぶしぶとした表情になって頷いた。
「仕方ないでしょうね。取材などはいかがいたしますか?」
「すべて断ってください。報道関係に出るつもりは一切ありません」
グンターは、やはりかという感じで頷いた。
今までの対応を見ていても、カケルがそうした表舞台(?)に出るつもりはないことは明らかだ。
そのため、カケルがこう言い出すのは、予想できる範疇なのである。
「まあ、そうなるでしょうね。それについてはわかりました。ところで、一応これからの予定を聞いても?」
報道対応などを任される以上、いくらギルドが冒険者に対して放任主義を取っているとはいえ、ある程度の予定を聞いておかないと対処のしようがない。
カケルもそのことがわかっているので、特に拒絶することなく素直に予定を話した。
「今日あたりに準備をして、明日からは探索にでも出ようと思います」
もともとカオスタラサの探索をするつもりだったカケルは、きっぱりとそう言った。
それに、カオスタラサに出てしまえば、街の中をうろついて追い掛け回されるわずらわしさからも逃げることができる。
カケルにとっては、一石二鳥になるのだ。
「ああ、なるほど。それはいいですね」
一度の探索期間で報道関係が沈静化するとは思えないが、それでも一定期間カケルたちがヘキサキューブ内からいなくなるというのは、ギルドにとってもありがたかった。
対応方針を絞ることができるため、無意味なやり取りの繰り返しをしなくて済む。
何日間かは騒がしいだろうが、通信による問い合わせも減っていくだろうと考えていた。
グンターは、報道関係の話を終えたあとは、もうひとつの懸案事項についてカケルに聞くことにした。
「ところで、次のレース出場はどうされますか?」
「ああ、それもそちらにお任せします。もともとギルドの都合で出たことですから。ギルドとしても断れないこともあるのでしょう?」
物わかりのいいカケルの言葉に、グンターは隠すことなく安堵のため息をついた。
「それは……正直助かります」
カケルの言う通り、ギルドとして断り難い誘いというのもあるのだ。
勿論、ギルドの立場を考えれば、国を含めてどんなところでも断ることもできるが、後々のことを考えれば、断らない方がいい場合もある。
当然そのときは、相手にたっぷりと貸しを作ることになる。
ただ、その分カケルにも借りを作ることになる。
報道対応はギルドがすることになるので、幾分かはチャラにできるだろうが、場合によってはそれだけでは足りない可能性も出てくる。
カケルもそのことを分かったうえで、こう言い出しているのだ。
もっともそれはグンターも同じなので、この件に関しては、お互い様と言えるのであった。
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「まあ、こんなところか」
「そうですね」
ギルドマスターとの話し合いを終えたカケルのつぶやきを拾って、クロエが同意するように頷いた。
もっと強引にレースにはもうでないなどということもできただろうが、それよりも今回恩を売っておくことをカケルは選んだ。
カケルとしては、別にペルニアにこだわる必要はないのだが、折角なのでグンターといい関係を築いた方がいいと考えたのである。
お互いに打算があってそうしていることはわかっている。
むしろ、そのほうがやりやすい面もあるのだ。
面倒なことを言い出せばペルニアから逃げ出すこともできるが、今のところはそんなことをする必要性も感じていない。
ちなみに、報道対応をギルドに丸投げしたカケルだが、別に名声が高まることを厭ってそうしたわけではない。
名前が広まることに関しては、敢えてそういう行動をしている面もある。
単に四六時中インタビューの依頼が来ることに、わずらわしさを感じていただけなのであった。
次話は、6月18日更新予定