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天翔ける宙(そら)の彼方へ  作者: 早秋
第1部第3章
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(1)巡る思惑

 『天翔』左大臣のフラヴィは、彼女の部下たちから冷徹な人と恐れられている。

 それは、カケルと『天翔』のためであるなら、どんな冷たい判断でも下すからというイメージがあるからだ。

 さらにいえば、普段の彼女はほとんど笑顔を浮かべることがない。

 たまに浮かべる笑みは、仕事中に接している者たちには「氷の微笑」と言われているほどだった。

 ただし、その評価は、本当の意味で彼女の近くにいる者に言わせると一変することになる。

 フラヴィと同じく『天翔』に所属している右大臣のアルミンもその一人である。

 

 今のフラヴィの顔を見れば、彼女の風評など一発で吹き飛ぶのだろうなと、同じ部屋で仕事をしているアルミンは、そんなことを考えていた。

 ある一通の報告書に目を通していたフラヴィは、普段の彼女からは考えられないような笑顔を見せている。

 もっとはっきりといえば、報告書を見ながらニヤついていた。

 フラヴィがこんな表情をすることは、アルミンにはひとつしか思い浮かばない。

「…………カケル様が何かなされましたか?」

「っ!? な、なぜ!!!?」

 どうして報告書がカケル様のことだとわかったのだと言いたいのだろう。

 フラヴィは、報告書を伏せながら慌てた様子でアルミンを見た。

 アルミンにしてみれば、それだけ普段と様子が違っているのに、どうしてわからないと考えているのかがわからないといったところだ。

 ただし、わざわざアルミンから教えるつもりはない。

 見ているだけで面白いし、何より右大臣を勤めるうえで役に立つこともある。

 もしそれで『天翔』の不利益になるようなことがあれば指摘するのだが、さすがにそういうことはないので、黙っているのだ。

 

 驚いているフラヴィに、アルミンはどうということはないという顔で答えた。

「私のところにもいろいろ報告は届いておりますし、そろそろではないかと思っただけです」

「そ、そうか。……カケル様がペルニアのレースで優勝されたぞ」

「そうですか」

 フラヴィの説明に、アルミンはあっさりと頷いた。

 彼にとっては、カケルがペルニアの優勝することは当然と思っていることなのだ。

 そんなアルミンに、フラヴィがさらりと別の情報を付け加えた。

「なんでも、コースレコードを出して勝ったようだな」

 それを聞いてもアルミンは驚くことはしなかったが、その代わり考え込むような表情になった。

「……ということは、いろいろな方面からの勧誘が増えそうですね」

「ああ、それはそうだろう」

「それらに対して、カケル様がどう対応されるのか…………場合によっては大きく事態が動きそうですね」

 彼らにとっては、カケルが動くことによって事態が動くことは問題にしていない。

 それよりも、そのことによって六つの国がどう動くのかが問題だ。

 いくらなんでもレースひとつで優勝したくらいで他国が動くことになるとは思えないが、用心することに越したことはない。

 それに、カケルがレースを行ったダナウス王国がどう動くのかも気になるところである。

 

 アルミンの言葉に、フラヴィが大きく頷いてから考え込むような顔になった。

「周辺国の情報を集めつつ、ダナウスの中央がどう動くのか調べる必要があるな」

 カケルの周囲に関しては、総統補佐室の者たちがしっかりと動いて情報を集めている。

 情報の連携はする必要があるが、フラヴィが担当している外交部門では、特にダナウス王国の動きについて調べるべきだろう。

 ダナウス王国の出方によって『天翔』がどう動くのか決める必要が出てくる。

「……何はともあれ、カケル様がどう考えられるか、でしょう」

「当然だな」

 情報を集めてどういう動きをするべきか、様々な角度から分析をするのがアルミンたちの仕事だが、最終的にどうするべきか判断するのはカケルの役目になる。

 カケルがどういう判断を下してもいいように準備を進めておく必要がある。

 勿論、カケルかこの世界に来るより前に集めてきた情報の蓄積もある。

 大切なのは、カケルが判断を誤らないように、正確な情報をより多く集めることだ。

 

「場合によっては、本格的に動くことも考えなくてはいけないでしょう」

「……ああ、そうだな」

 アルミンの言葉にフラヴィが頷くが、どちらもむしろそちらの可能性が高いと考えている。

 過去のカケルの判断から考えても、『天翔』を今のままの状態で放置しておくとは考えられない。

「カケル様が十年という年月をおいてからこの世界に来たのもきちんとした意味があったというわけですか」

 『天翔』がこの世界に現れたばかりの頃は、以前のときと違った技術や環境に、ほぼすべての部署が振り回されることとなっていた。

 幸いにして、この世界にある六つの国は、『天翔』をめぐってけん制し合っている状態なので、直接的に攻撃なり手を出してくるところはなかった。

 もっとも、たとえ他国が『天翔』の領域に攻め入ったとしても、それを蹴散らすだけの実力はある。

 とはいえ、この十年で外部からの攻撃などが何もなく『天翔』の状態をこの世界に合わせて整えることができたのは、大きな意味があった。

 そのおかげで、『天翔』にはなかった技術などをこの世界に合わせた状態で、カケルに報告できる状態に持って行けたのだから。

「流石のカケル様の慧眼といったところか」

「ええ、そうですね」

 実際のところ、カケルがそこまでを考えて十年という期間を開けたのかどうかふたりには分からない。

 盲目的にカケルがそれを見通して指示したと考えているわけでもない。

 だが、たとえそれが結果論だったとしても、ふたりにとってはそれで十分なのであった。

 

 ♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦

 

 ダナウス王国の王都にあるとある建物の一室で、部屋の主がそれまで読んでいた書面を机の上にばさりと投げた。

「カケル……か。一体何者だ?」

 報告書を見る限りでは、カケルという人物の経歴に怪しいところは何もなかった。

 だが、ギルドに登録してからたった数カ月で、あり得ないほどの活躍を見せている。

 それだけの実力があるにもかかわらず、それまで一度も自分の耳に噂のひとかけらも入ってきていなかったのが引っかかっていた。

 報告書には、書面などのデータだけではなく、一部の人間の記憶にあることも記載されている。

 人の記憶をいじることなど不可能なため、そこがごまかされているとは思えないが、それでもこれまで自分を助けてきた「勘」が何かおかしいと囁いている。

「……これだけ調べても何も出てこないのだから、これ以上の調査は無意味、か」

 いくら自分の勘がおかしいといっていても、それだけを頼りに調査に時間をかけるわけにもいかない。

 継続して調べることはするが、いま使っている予算を投入し続けるのは難しいと男は判断してため息をついた。

 

 一度決断を下した以上、男はきっぱりとカケルの過去についての考察は、そこまでにしておいた。

 男にとって大事なのは、これからのことなのだ。

 カケルがダナウス王国にとって利益となるのか、それとも不利益となるのか。

 それは、これからのカケルの行動にかかっている。

 それに対して、自分たちがどう動くべきなのか。男にとっては、それを考えることが一番重要なのだ。

「……さて、どうすべきでしょうね」

 すでに頭を切り替えている男は、カケルに対してどうアプローチを取るべきか、思考を巡らせるのであった。

すみません。一日遅れてしまいましたが、更新開始です。

今章は、ストックがたまるまで週一の更新としたいと思います。

次回は11日の更新となります。

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