(12)レース優勝
レースの中継は開始から終了まで行われているが、それはあくまでもコース上に設置された中継機からの映像を垂れ流しているだけだ。
普段の解説は、スタートとゴールのような要所要所で行われるか、ある程度の時間ごとに要点を絞って解説が行われる。
新人戦レースが始まって半日が経過し、すでに四度目の解説付きの中継が始まっている。
そして、その解説付き中継は、解説者が珍しい展開に興奮するという事態になっていた。
「いやー、驚きましたね。解説のクルーズさん」
「全くですね。テミス号がCルートを選択したのも驚きましたが、それ以上に通過速度は驚異的です」
解説陣が興奮気味になっているのにはわけがある。
ペルニア―シラーズ間には、初めの選択肢として三種類のルートが存在している。
ひとつは時間がかかって遠回りになるが、強いヘルカオスがほとんど出てこないAコース。
ふたつ目が時間は短いが、強いヘルカオスが出てきやすいBコース。
最後は、強いヘルカオスが出てくるのがそこそこで、ルートをうまく使えば大幅に時間を短縮できるCコースだ。
これだけを比べれば、Cコースが圧倒的に有利に見えるが、ほとんどの競技者はCコースを選択しない。
なぜならCコースは、他のふたつのコースに比べて、圧倒的に障害物が多いのだ。
ここでいう障害物というのは、人工的に作られたものではなく、磁気嵐など自然に起こるものになる。
レース出場者は、いつどこで発生するかわからない自然障害物を嫌ってCコースに来ることがほとんどない。
ただし、ほとんどないといっても、中にはCコースを選択してくる船もある。
特にレース初心者がルートの待ちを嫌って空いているCコースを狙ってくる場合が多い。
テミス号の場合もそれだけなら解説陣はここまで興奮しなかっただろう。
「Cコースを狙ってくる出場チームはいるにはいるのですが、そのほとんどが障害物につかまって大失敗に終わっています。ただ、テミス号はそのことごとくを見事にやり過ごしました!」
「ええ。しかも、ほとんど速度を落とさずに、ですからね。ここまで見事な操船を見たのは、かのサンタマリア号を彷彿とさせます」
サンタマリア号は、レースの覇者と言われている存在で、レースファンを自称する者たちでは知らないものはいないと言われるほどのレーサーだった。
「ほほう。サンタマリア号ですか。これはまた大きく出ましたね」
「ハハハ。ですが、現在のタイムは過去行われたレースのものを大きく上回っていますよ」
Cルートを選択したテミス号は、これまでCコースに挑戦してきた他の船と違って、障害物を見事に切り抜けていた。
しかも、このままいけば過去最高のレースタイムを叩き出せる速度である。
だからこそ、解説陣もテンションが上がっているのである。
テミス号がCコースで行った操船の映像を見ながら、解説のクルーズが残念そうな表情になった。
「しかしもったいないですね。出来ることなら、テミス号の操船をもっと見てみたかったです」
「そうですね。しかしながら、Cコースには撮影機器をあまり設置していなかったですからね」
「まあ、過去の例を見るとそれも致し方ないですね」
いくら潤沢な予算があるとはいえ、Cコースを選択する船がほとんどない以上、設置してあった中継機はごく限られた数になっている。
さらにいえば、Cコースという経路の性質上、下手に機器を増やせば、中継機自体がアクシデントに巻き込まれてしまう可能性がある。
「いまスタッフが、復路に間に合うように、慌てて機器を追加できないか検討していますが…………難しいでしょうねえ」
「そうですね。なにしろ、今のところCコースを最も早く通れる船が、レースに参加していますから」
今から中継機を設置しようとしても、テミス号がその前に予定ポイントを通り抜けてしまう可能性のほうが高い。
折角の大チャンスのためスタッフが頑張って何とかしようと検討をしているのだが、どうにもできなさそうというのが現状だった。
そんな内輪の内情は話さないように、解説陣は何とか放送を盛り上げようと話を続けている。
「テミス号の操船のすべてを映像で見ることができないのは残念ですが、その素晴らしさはタイムだけをみても分かるかと思います!」
「そうですね。何しろこのままいくとコースレコードも確実ですからね」
「しかも……あ、いえ、これはやめておきましょう。私が言ってしまうと、実現できなくなりそうですからね」
「ハハハ。しかし、言葉にしてしまいたくなるような、もう一つの夢が現実になろうとしているのですから無理もありません」
解説陣がテミス号に注目しているのは、Cコースを通り抜けていることだけではない。
そのタイムにも注目が集まっていた。
何しろテミス号が今の速さを維持してゴールできれば、今までその船も成し遂げられなかったペルニア―シラーズ間レースの夢が実現しそうなのだ。
その事実は、レース関係者だけではなく、レースのファンたちにも興奮と驚きを持って伝わっていた。
このレースを見守っているすべての者たちは、その歴史的快挙の瞬間を待ち望んでいたといってもいいだろう。
そして、注目の的となっているテミス号は、ゴールへ向けて順調にコースを進んでいくのであった。
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その日のペルニア―シラーズ間レースは、結果だけを見れば、つまらない内容だったといえるかもしれない。
何しろトップの船が、スタート時点を除いて、ほぼ最初から最後まで独走状態で二位以下の船をまったく寄せ付けずにゴールまで来てしまったのだ。
だがそんな内容にも関わらず、レースファン及び関係者は不満を抱くどころか、最大の興奮でレースを見守っていた。
レースを見ていたファンの中には、夜通しレースを見ていた者も大勢いただろう。
何をそこまで人々を興奮させていたのか。
それは、テミス号が達成しようとしているその快挙が原因だった。
テミス号の快挙に興奮しているのは、中継を行っている解説陣も同じだった。
「やりました! ついにテミス号が最後のルートを抜けました。あとはカオスタラサの通常空間を抜けてくるだけです!」
「残りのペルニアに来るまでのコース上には、障害物となり得るものは確認されていません。これはもう、ほぼ確実と言っていいでしょう!」
「確実というと、やはり?」
「ええ、歴史上初、一日かからずにペルニア―シラーズ間を往復するという快挙です」
かつてペルニア―シラーズ間のレースでは、どの階級でもその快挙を成し遂げた船はなかった。
その大偉業をテミス号が目の前で達成しようとしているのだ。
レースを見守っているファンたちが興奮するのも当然の出来事といえる。
大勢の人々がモニターを通して見守る中、テミス号はペルニアの傍に設置されたゴールに向かってひたすら飛んで行った。
解説の言葉通り、テミス号の障害になるような物は何もなかった。
当たり前といえば当たり前だが、王国の首都があるペルニア周辺は、常に安定してタラサナウスが飛べるように整備が行われているのである。
そしていよいよゴール目前というところまでテミス号が来ると、放送の解説がカウントダウンを始めた。
「テミス号のゴールまであと十秒! ……8、7、6、5!」
放送を見ているレースファンもまた、それに合わせて自らもカウントダウンを行っている。
注目されているレースではよく見られる光景だが、今回は特に快挙達成の瞬間を目撃できるという興奮に満ち溢れていた。
「……4、3、2、1! やりました! ついにテミス号がやりました! 正確なタイムの発表はまだですが、確実に、間違いなく、歴史的快挙の達成です!」
モニターから流れてくる解説の興奮具合が、テミス号による快挙達成の偉業を示していた。
この日、テミス号の起こした奇跡は、驚きを持ってダナウス王国内に伝わって行った。
そしてのちの人々はこう語るようになる。
強いのはバネッサ号、あるいはネリア号。上手いのはイーグル号、ネメシス号。
けれども『速い』のはテミス号だ、と。
これで第二章は終わりになります。
第三章は少し遅れますので、少々お待ちください。