(10)レース登録
ペルニアで行われているタラサナウスのレースは、基本的になんでもありのルールになっている。
ただし、当然というべきか、他のタラサナウスに対する攻撃は認められていない。
もし他者に対する攻撃が発覚すれば、生涯レースに出場することは不可能となる。
それ以外のルールとしては、階級別に分かれているといったところだろうか。
ただし、階級といってもその区分はざっくりとしたもので、タラサナウスの超大型機を除いた大・中・小型機区分をさらに三つに分割した九つになっている。
当然ながら、積んでいるエンジンなどによってスピードが変わってくるので、もう少し細かい規定があるが、大まかにはその認識で間違っていない。
付け加えると、ペルニアとシラーズの間には、ヘルカオスの出現ポイントもある。
単純にスピードだけ早ければいいというものでもない。
ヘルカオスや乗り越え困難な障害に当たったときにどういった行動をとるか、それを見るのもタラサナウスレースの醍醐味となっている。
ついでにいえば、レースは国が認めた公営の賭け事も行われているので、熱狂的なファンも大勢いる。
カケルがレースに出ることを決めたのは、単に面白そうだから、という理由だけではない。
テミスの<愛着度>を上げるのに、ちょうどいいのではないかと考えたためだ。
<愛着度>を上げるには、具体的な行動指針はない。あるのは、疑似精霊と様々な行動をとるという曖昧な目標だけだ。
ゲームのときには、とにかく用意されたイベントをこなしまくっていればそれでよかったのだが、今の世界でそれは通用しない。
代わりに、それこそいろいろなことをテミスと一緒に行えばいいのではないか、とカケルは考えている。
レースの出場もそのうちのひとつというわけだった。
ギルドマスターとの会話を終えたカケルは、さっそく受付へ手続きをしに行った。
すでに話は通っていたらしく、レースへの参加登録は問題なく終えることが出来た。
「これで手続きは完了になります」
「ずいぶんとあっさりと終わりますね」
拍子抜けした顔になったカケルを見て、受付嬢はクスリと笑った。
「カケル様は、ギルドマスターからの推薦がありますから」
本来であれば、今までのギルド内での成績やランクなど、様々な評価を見てギルド推薦の選手として決定するのだが、カケルの場合はそれをすっ飛ばしてしまっていた。
ギルドマスター推薦というのが生きているというわけだ。
ちなみに、レースに出場する選手は、冒険者ギルド推薦の者たちだけではない。
企業や団体に所属している冒険者もレース登録ができるようになっている。
当然ながらレースを主催している団体は、冒険者ギルドとは別の組織団体だ。
ギルド推薦で出場する場合は、ギルドで手続きさえ行っておけば、あとはギルドがレースの手配などの手続きを行ってくれる。
ギルドで活動する冒険者にとっては、面倒な事務手続きをしなくて済むというメリットがある。
レース出場の登録を終えたカケルが、受付嬢からカードをもらってその場を離れようとすると、受付嬢から話しかけられた。
「あ、カケル様、すみません」
「はい?」
「カケル様とクロエ様は、Eランクへのランクアップができますがいかがいたしますか?」
「Eランク? Fランクではなく?」
この世界の冒険者は、Gランクから始まっている。
次のランクはFランクだと思ってのカケルの言葉だったが、受付嬢は首を左右に振った。
「おふたりは、すでに希少資源ふたつに、ルートをひとつ発見されています。そのための特別措置です」
実際には、さらに上のランクにしてもいいのではないかという意見も出ていたのだが、経験が浅いという理由で、結局ふたつの上昇に落ち着いた。
受付嬢は、そんな裏事情を話したりはしなかったが、表情が雄弁にそれを物語っていた。
カケルとしてもランクが上がるのであればそれに越したことはない。
特に拒否する理由もないので、ランクアップを了承することにした。
「そういうことですか。それでしたら、是非ともよろしくお願いいたします」
「かしこまりました。お手数ですが、もう一度カードをよろしいでしょうか。今度はクロエ様も」
レースの登録のときは、代表者のカードだけでよかったが、冒険者ランクは個人個人に与えられるものになる。
もっとも、基本的には同じタラサナウスに乗って行動している場合は、まったく同じペースでランクは上がっていくのだが。
カケルとクロエが揃ってカードを提出すると、受付嬢はすぐに手続きを始めた。
すでに審査が通っている状態なので、特別な手続きなども必要ない。
これがもっと上のランクになってくると、ちょっとした試験なども必要になってくるのだが、今回はそれもなかった。
「はい。これでランクアップの手続きは終わりになります。Eランクへのランクアップおめでとうございます」
笑顔でカードを差し出してきた受付嬢に、カケルとクロエも笑顔を返した。
「「ありがとうございます」」
お礼を言ったふたりは、カードを受け取って冒険者ギルドを出て行くのであった。
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ジネットは、カケルとクロエのふたりを見送ったあと別の担当者と交代をして、自身は休憩に入った。
休憩室では同僚たちが何人か休んでおり、その中には同期の女性がお茶を飲んで寛いでいる。
そして、ジネットが部屋に入ってきたことに気付いて、右手を上げた。
「お疲れ様。ジネットも休憩?」
「お疲れ様。ええ、そうよ」
そう言って頷いたジネットに、その同僚はニンマリと笑顔を見せた。
それを見たジネットは嫌な予感を覚えた。
「ぬっふっふ。で、今日はどうだったの、期待の新人君は」
「君って、あのねえ・・・・・・そう呼べるほどあなたも年上ではないでしょう?」
中身はともかく、見た感じでは二十才くらいに見えるカケルは、ジネットたちと同年代である。
「それに、業務中に確認したことは、他言無用!」
「むー。相変わらず堅いなあ。いいじゃん、少しくらい」
そう言った同僚の顔を見たジネットは、少しはその気持ちも理解できた。
突然現れたカケルは、受付嬢たちの間でも話題の人物となっていた。
いきなり新しいルートを発見して、希少資源を持ち帰ったとなれば、注目されるのも当然だろう。
それだけではなく、カケルの特異さは、連れているクロエにも現われていた。
他の種族に比べて、ナウスゼマリーデの数は極端に少ない。
他の国では蔑まれているところもあるが、ダナウス王国ではどちらかといえば、ナウスゼマリーデを連れていればステータスの一種になる。
カケルはそれをわかっているのかいないのか、堂々とさらして歩いているのである。
注目を集めないはずがないのである。
さて、どうしたものかと一瞬だけ悩んだジネットだったが、すぐに心は決まった。
「やはり駄目です。業務で知り得たことは、他人に漏らしてはいけません」
「む~。どうしてもだめ?」
「駄目です」
「ちぇっ。けちんぼ」
唇ととがらせてそう言ってきたが、ジネットにもそれはどうしても譲れないことだった。
なぜなら・・・・・・、
「ほう? 誰がケチなのか、私にも教えてくれ」
「ひやっ!? しゅ、主任!」
そう。
すぐそばに彼女らの上司がいて、しっかりと聞き耳を立てられていたためである。
「ジネット、すまないが、彼女は借りていくよ」
「はい」
あっさりとそう言ったジネットに、同僚は絶望の表情を向けてきた。
「そんな~」
「それじゃあね。しっかりと説教されてきなさい」
ジネットがそうとどめを刺すと、同僚の彼女はガクリと首をうなだれるのであった。
次話投稿は、5月21日の予定です。