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天翔ける宙(そら)の彼方へ  作者: 早秋
第1部第2章
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(9)両者の思惑

 ギルドマスターのグンターは、冒険者時代の業績もさることながら、人を見る目があったからこそ今の地位につけたと考えている。

 一言でいえば、グンターが目をつけた人物がことごとく一流の冒険者として成長していき、そうした者たちの支持や支援があったからこそ、三十代という若さで今の地位につくことが出来たのだ。

 そのグンターをして、今目の前にいるカケルは、よくわからないという印象を抱かせる人物だった。

 一見穏やかそうに見える外見だが、胸の内には激しさも併せ持っている。

 こちらがある提案をすれば譲歩するような柔軟さを持っていながら、一定の範囲を超えれば絶対に譲らない頑固さもある。

 物腰は穏やかだが、人の上に立つことに慣れているような感じも受ける。

 ギルドの職員として、またマスターになってからも、多くの人物を見てきたグンターだったが、少なくとも新人の冒険者でこのような印象を抱かせる者は初めてだった。


 その一方で、グンターにとっては、カケルの隣で自分との会話に口を挟まずにジッと様子をうかがっているクロエは非常にわかりやすい。

 部下からの報告にもあったが、彼女にとっての第一義はまずカケルにある。

 本人もそのことを隠すつもりはないのか、誰が見てもわかるほどの好意をカケルに向けている。

 クロエがベニグノと接触したという情報もグンターは得ていたが、あれはベニグノが触れたのがあくまでもクロエだけだったから平穏無事にやり取りを終えたのだ。

 もし、カケルを中傷するようなことをベニグノがやっていれば、間違いなくクロエは爆発しただろうとグンターは考えている。

 

 一見してごく普通の若者といった容姿のカケルを見ながら、グンターは再び探りを入れることにした。

 先ほどはあっさりと躱されてしまったが、それが性格による偶然なのか、それともあえてそうしたのかがわからなかったのだ。

「そういえば、貸し出し用の機体を購入するようですね」

「ええ」

「なぜなのかと理由を伺っても?」

 ギルドマスターのグンターにしてみれば、貸し出し用の機体を購入するなどありえないというのが常識である。

 そのため、何か理由があるのではないかと考えたのだ。

 

 だが、そんなグンターに対してカケルは苦笑しながら首を振った。

「特に何か目的があってそうしているわけではないのですよ。仮とはいえ、せっかく初めて乗った自分の機体なので、自分のものにしたかっただけです」

 グンターには、カケルのその言葉が本当のことを言っているのかがわからなかった。

 嘘は言っていないだろう。

 だが、他に何か隠しているのではないかという疑念も捨てきれないのだ。

「そうですか」

 グンターはそれだけを言って頷き、再びカケルを注視した。

 

 勿論、カケルもグンターのそうしたことを考えていることは十分にわかっている。

 伊達に三十年近くの社会人経験を持っているわけではない。

 ちょっとしたエサを与えることにした。

「ああ、あえて言うならひとつありましたね」

 そのカケルの言葉に、グンターは身を乗り出すように前のめりになった。

 勿論わざとだが、カケルにもそれはわかっている。

「愛着、ですよ」

「は?」

 いったい何を言いだすのか、といった顔になったグンターを見てカケルは笑みを浮かべた。

「愛着です。冒険者登録をした最初から乗っていた機体が自分のものとなれば、愛着だって沸きやすいですからね」

「そう、ですか」

 あからさまに、欲しかった答えとは違っているという態度をとるグンターに、カケルはもう一度笑顔を見せた。

 

 カケルは、グンターに対して嘘を言ったわけでも、ごまかすためにそんなことを言い出したわけでもない。

 ゲーム時代には、きちんと<愛着度>というステータスがあったのだ。

 それは、プレイヤー側だけではなく、タラサナウス側にもだ。

 そのステータスが、この世界にも通用しているのかはわからない。

 ごまかすような言い方になっているのだが、それを言ったところできちんとしたデータとして確証が取れなければ、現実に言ったところでおかしい者扱いされるだろう。

 それは、今目の前にいるグンターを見ていてもよくわかる。

 もっとも、確証が得られたからといって、それを公表するかどうかはまた別問題なのだが。

 

 納得がいかなそうなグンターを見ながら、カケルが続けた。

「まあ、納得がいかないかもしれませんが、私のように小さいときから船の中で過ごしてきた身としては、ごく当たり前の感覚なんですよね」

 カケルは、女神の手(?)によって、小さいときから親と一緒にタラサナウスの中で成長してきたことになっている。

 これは別に珍しい話ではない。

 夫婦で船に乗り込んで、そこでずっと過ごす家族というのは、一般的ではないとはいえそれなりの数はいる。

 ちなみに、カケルが持っていた試験免除のカードは、そのときに取ったことになっている。

「そうですか」

 完全に納得はしていないが、そういうこともあるのだろうと無理やり納得することにしたグンターであった。

 

 

 カケルの秘密を聞き出そうという目論見は失敗に終わったグンターだったが、もうひとつの目的を果たすことにした。

 こちらもカケルが乗ってくれば、グンターにとっても、それなりに美味い話になる。

「ところで、ペルニアにはこんなものがあるのはご存知でしょうか?」

 グンターはそう言いながら、持っていた封書から一枚のポスターを取り出した。

 差し出されたポスターを見たカケルは、思わずそれに視線が釘付けになった。

「こんなものが?」

「やはりご存じありませんでしたか。ペルニアのタラサナウスのレースは、それなりに知られた存在なのですがね」

 船の中で育った田舎者という設定はここでも生きたようで、グンターは頷きながらそう言った。

 

 手渡されたポスターに書かれていたのは、タラサナウスを使ったレースだ。

 簡単に説明すれば、ダナウス王国が支配しているヘキサキューブのひとつであるシラーズまでカオスタラサを通って往復してスピードを競う競技になる。

 シラーズへの道のりは、いくつかあるルートを使って行くだけではなく、様々な自然の障害物もある。

 場合によっては、ヘルカオスが出てくる可能性だってある。

 それらにどうやって対処して潜り抜けていくかは、操縦者の腕次第といえる。

 冒険者とはまた違った技術が必要になるレースは、ダナウス王国の住人たちの娯楽の一つとなっている。

 

 そのポスターを見て興味を持ったカケルは、視線をグンターへと向けた。

「参加資格はどうなっているのでしょう?」

「いろいろと規定はありますが、あなたの場合は問題なく参加できますよ」

 確かにポスターを見る限り出場するための細かい規定がありそうだったが、自分がそれに当てはまっているとは思えずカケルは首を傾げた。

「そうなんですか?」

 そんなカケルに対して、グンターは笑みを見せた。

「ええ。参加希望されるのであれば、私の推薦がありますから」

 

 ギルドマスターの推薦。

 確かに既定の中にその一文を書かれているのを確認したカケルは、内心で納得していた。

 自分の推薦で競技者が優秀な成績を治めればそれだけで、推薦したグンターの評価は上がる。

 それだけではなく、ギルド推薦を行ってレースに参加しやすくすることにより、カケルに対する唾つけを行うという意味合いもある。

 カケルの成績が低迷したとしても、さほどマイナスになることもない。

 この場合は、カケルに恩を売れるということのほうが重要なのだ。

 

 そうしたグンターの思惑を読み取ったうえで、カケルは笑顔になって言った。

「ぜひとも参加してみたいですね」

「そうですか。それでは、手続きをしましょう」

 カケルの答えに、グンターは笑みを浮かべながら大きく頷くのであった。

次話投稿は、5月18日の予定です。

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