(7)機体購入
ミーアと再会(?)を果たした翌日は、希少資源を売って得た資金でテミスの購入手続きを行った。
貸出機体を購入する者はほとんどおらず、ギルドの受付嬢たちも初めての事態に多少慌てた様子を見せていたが、なんとか事務手続きは無事に済ませることが出来た。
あとは、テミスのなかで、正式に手続きを行うだけになっている。
そして今、カケルとクロエはテミス号に乗り込んで、正式登録の手続きを行っていた。
「テミス。正式購入の手続きを行いたいのだけど、どうすればいい?」
「はい。譲渡手続きが済んだプレートを認証装置の上においてください」
心なしかうれしそうな表情になったテミスは、そう言いながら艦橋にある装置を指さした。
もっとも艦橋といっても、中型機以上の機体と違って、小型機の場合はさほど広くはなっていない。
カケルは、手を伸ばせば届く位置にある認証装置の上に、ギルドで行った手続きのときにもらったプレートを置いた。
「ただいま読み込みを行っていますので、少々お待ちください」
ギルドで行った手続きでは、カケルの生体認証も行っていた。
その認証のデータがプレートの中に書き込まれているので、テミスはそれを読み込んでいるのである。
ちなみに、本来の正式登録の場合、このあとにカケルの生体認証の手続きを行ってチェックを行うのだが、すでに仮登録のときに済ませてあるので、今回は省略となる。
「データの読み取りが完了しました。あとは、本船に登録されているデータとの相互チェックになります」
テミスがそう言ってから一分も経たずに、チェックは終了となった。
「登録データと本船データの一致が確認できました。これで本船は、正式にカケル様のものとなりました」
「ああ、よかった。これからもよろしく、テミス」
「よろしくお願いいたします」
改めて、という感じで挨拶をしたカケルに、テミスはきっちりと頭を下げてくるのであった。
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船内での手続きを終えたカケルは、船外に出てそこで待っていたギルドの職員にプレートを返した。
「中での手続きは終わりましたが、あとはこのプレートを返すだけでいいのですか?」
「はい。これで譲渡手続きは完全に終わりとなります」
「そうですか」
頷くカケルに、ギルド職員が少しだけ戸惑ったように聞いてきた。
「しかし、本当によろしいのですか? 正直に言えば、ここでの保管料は民間と比べて高くなっていますが……」
タラサナウスを個人所有したときに問題になるのが、船に乗っていないときにおいておける保管場所だ。
船を個人所有している冒険者は、民間が用意している専用の係留場所を借りるか購入してその場所に泊めておくことになる。
一流の冒険者になると個人で整備士を雇ったりして、自前で用意している場合もある。
もっとも、個人宅で保管するとなると、維持費がそれなりの値段になるので、なかなか用意できないのが普通なのである。
船を購入する際には、合わせて船の係留場所を決めておかなくてはならないのだが、カケルはその際にギルドの貸し出し機体を置いている場所に保管することを決めていた。
手続きをするときに、一応確認をとったら場所を貸し出すことができるといわれたのだ。
ただ、民間と違ってギルドから場所を借りる場合には、値段が高めになっている。
だからこそ、目の前に職員は、再度の確認をとってきたのだろう。
だが、カケルにも民間の施設ではなく、ギルドの施設を借りるのにはきちんとした思惑がある。
「ああ、そのことですか。それでしたら構わないです」
職員の問いかけに、カケルはしっかりと頷き返した。
それをみた職員は、安心した表情を浮かべる。
係留場所を変えるのはいつでもできるが、元が貸し出し機体の場合は新規購入する場合と違って、煩雑な手続きが必要になるのだ。
これもまた、カケルがギルドの施設を借りることにした理由のひとつである。
職員が確認したかったのは、すぐに変更の手続きが必要になるかどうかだったのだろう。
カケルがすぐに変えるつもりはないとわかると、それ以上は何も言ってこなかった。
代わりにカケルに声をかけてきたのは、職員の傍に立っていたゲルトだった。
「ハッハッハ。まさか、ギルドの施設にいながら、新人以外の機体を見ることになるとは思ってなかったぜ!」
「よろしくお願いいたします」
相変わらずの豪快さに、カケルは笑顔を見せながら頭を下げた。
「おうよ! 任せときな!」
そう頼もしく返事を返してきたゲルトに、カケルは頭を上げて小さく頷いた。
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機体を購入したことで、カケルは新たな気持ちでカオスタラサへと赴いた。
といっても、やることは今までと変わらない。
希少資源を見つけたエリアに入り、以前の続きから調査を再開した。
「うん。機体の調子がいい気がするな」
モニターを見ながらそう言ったカケルに、姿を現したテミスが首を傾げながら言った。
「特に以前と何かわかったところはないですが……」
「ハハハ。うん、まあそうだろうね。単に気分的な問題だよ」
「気分、ですか」
笑って答えたカケルを見ながら、テミスは相変わらず首を傾げている。
そんなテミスに、クロエが助言するように言ってきた。
「テミス。カケル様がそうだといったら、そうなのです」
「そうなのですか」
クロエの言葉に素直に頷くテミスに、カケルは慌てて訂正を入れた。
「いやいや、ちょっと待って。それは違うから!」
何を言っているのかとカケルがクロエを見ると、それがわかったのか、クロエはクスリと小さく笑った。
彼女なりの冗談だったらしいと分かったカケルは、ため息を吐いてテミスに言った。
「いっただろう? 気分的な問題だって。クロエのはただ単に冗談だから、真に受けないで」
「? かしこまりました?」
首を傾げながらも頷いたテミスを確認して、カケルは安堵のため息を吐いた。
その際、横から小さな声で「冗談でもないのですが……」という言葉が聞こえてきたような気がしたカケルだったが、それはあえて無視をした。
そんなやり取りをしつつ、テミス号は順調に二つ目のカオスタラサの領域の探索を進めていった。
いくら機体を買い取ったからといって、カオスタラサの状況が変わるわけでもない。
補給のために何度かペルニアへと戻って探索を続けたが、特に変わったこともなく、そろそろ次の領域を探そうかという雰囲気になっていた。
そして、いつもと同じようにモニターを確認しながら、カケルがテミスとどうでもいい会話をしていると、クロエがそれに気が付いた。
「カケル様、この反応はメルトハイドではないでしょうか?」
「……ん? あ、ほんとだ!」
クロエからの指摘で、カケルはようやくモニターに希少資源の反応が出ていることに気が付いた。
「危ない危ない。見逃すところだった」
モニター上に反応が出ていても、それをチェックする者が気が付かなければまったく意味がない。
一応、資源のチェックはカケルがやっているとはいえ、ひとりで確認していれば、どうしても見逃しは出てくる。
そのため、機体の操作をしているクロエも資源のチェックは行っている。
今回は、それが功を奏したといえる。
資源を見つけたあとは、いつも通り発見した場所へ向かって採取を行う。
今回見つけたメルトハイドは、ダークタイトと違って固体ではなく液体なので専用の採取装置を使って採取を行うことになる。
ちょうどいい採取ポイントを探りながら、カケルがその装置を動作させて採取を行った。
採取中もヘルカオスが近づいてこないかの確認は必要になる。
幸いにして、今回もヘルカオスが出てくることはなく、無事に採取が終わった。
こうして二度目の希少資源をゲットしたテミス号は、特に事故を起こすわけでもなく無事にペルニアへと帰還するのであった。
次話投稿は、5月11日の予定です。




