プロローグ(後編)
本日二話目(※三話目の投稿は20時になります)
翔の態度に一度だけため息を吐いたナウスリーゼは、追及を諦めて話を始めた。
「本来であれば、今の世界で輪廻の輪に戻り、今一度生を得るはずのところをこうしてお呼び立てしたことを謝罪いたします」
普通であれば意味の分からないことを宣ったナウスリーゼだったが、今の翔にはなぜか彼女がいったことがすんなりと理解できた。
病室で死んだはずの自分が、こうして以前の記憶を持ったまま存在していられるのも、ナウスリーゼのおかげということだ。
「要するに、普通であれば三途の川を渡るはずの私を女神様にお呼ばれした、ということでしょうか?」
「どうか、わたくしのことはナウスリーゼと呼んでください。それから、おおむねその理解で間違ってはいません」
なんともあり得ない現象だと思ったが、死んだはずの自分がこうして存在している時点で既におかしいのだ。
翔は今まで持っていた常識をぽいと捨ててしまった。
こんなことがあっさりと考えられるのも、一度死んだという事実が記憶としてあるからだろう。
割と冷静にそのことを受け入れた翔は、納得して一度だけ頷いた。
「それで、わざわざこうしてお呼びした理由ですが、どうしてもカケル様に助けていただきたいことがあったからです」
「ソウデスヨネー」
伊達にゲーマーだったわけではない。
翔は、その手の小説やら漫画もよく読んでいた。
勿論、全てのゲーマーがそうであるとは限らないのだが。
「ということは、やはりヘキサキャスタに関係することでしょうか?」
目の前にその世界の女神様が現れている以上間違いはないと思うのだが、翔はいちおう確認した。
そして、ナウスリーゼは当然とばかりに頷いたのである。
そこからナウスリーゼが語ったことによると、彼女が管理しているヘキサキャスタの世界は、消費していくだけのエネルギーに悩まされていて、今の調子で放っておくと、一万年ほどでエネルギーがゼロになり、生物どころか世界そのものがなくなってしまう。
一つの世界の寿命と考えれば、一万年は非常に短い。
そのためゲームの記憶を持っている翔に、ヘキサキャスタに行ってもらうことで、その問題を解決してほしいとのことだった。
「私が行くことで、どれくらい寿命が延びるのでしょうか?」
「ざっと計算して一万倍ほどでしょうか」
「一万倍って・・・・・・一億年!?」
なんとも桁違いの数字に翔は驚いた。
ただ、すぐに別の疑問がわいてくる。
「一方通行型の世界だと、単純にエネルギーを持っていくだけでは、また同じ問題が起こるのではないでしょうか?」
いくら翔が多くのエネルギーを持って行って世界の延命をしたとしても、同じように消費してしまえば、一億年後にはまた同じ問題が出てくる。
隠す必要がないと判断したのか、ナウスリーゼはあっさりと肯定の頷きを返して来た。
「はい、おっしゃる通りです。ですが、何をするにも今はとにかく減ってしまったエネルギーを増やさないといけません」
今回のこれが対処療法的なのはナウスリーゼもよくわかっている。
ただ、それを解決するにはいくつか方法があるのだが、どの方法も大きなエネルギーが必要になるのだ。
それには今あるエネルギーだけでは足りないのである。
そもそもナウスリーゼがヘキサキャスタの女神として存在したときには、既に手遅れの状態だったのだ。
そこで、ゲームとはいえほぼ同じ世界の記憶を持つ翔に、ナウスリーゼが目を付けたというわけだ。
ちなみに、翔が了承してヘキサキャスタの世界に行った時点で、一方通行型から循環型に変更することができる。
先ほどの一億年というのは、それらの作業を全て含んだうえでの計算になる。
「そういうことなら喜んで、といいたいところですが、なぜ私だったのです?」
死に際にもう一度ヘキサキャスタで遊びたいと願うほどだ。
翔としても同じような世界に行けるのであれば、願ってもないことである。
ただ、翔と同じようにヘキサキャスタのゲームをプレイしていた者は何人もいた。
なぜ自分が選ばれたのかというのが、翔の疑問だった。
小さく首を傾げる翔に、ナウスリーゼが答えた。
「ひとつは単純にタイミングで、もうひとつは私と波長が合う者でなくては駄目だったのですが、カケル様はそのどちらもクリアしていました」
タイミングは、ナウスリーゼが丁度いい人材を探しているときと、翔の死期が丁度重なったことだ。
もう一つの波長に関しては、ナウスリーゼも具体的には説明できない。
何となく合うのが分かったとしか言いようがない。
「後もう一つ上げるとすれば、ヘキサキャスタの世界を愛していてくれているということでしょうか」
「愛って・・・・・・いや、それは好きですが・・・・・・」
いくらなんでも愛は言いすぎじゃないかと照れる翔に、ナウスリーゼは小さく笑った。
「確かに、愛は言い過ぎかもしれませんが・・・・・・いえ。少なくともカケル様には当てはまると思いますよ? 死に際にまでそんなことを考える人は、これまで見たことがありませんでしたから」
そう断言したナウスリーゼに、翔は思わず「アー」と頭を押さえた。
確かに他人から見れば、そう思われてもおかしくはない。
できればもう一度やり直したいと考えた翔だったが、過去の時間には帰れない。
「あ、はい。ソウデスネ」
誤魔化しきれていないのは重々承知だが、そう返すことしかできない翔であった。
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『かつて六つの種族は、別々の六角世界に存在していた。
混沌の海の中にあって、ただ漂うだけの浮島のような存在だったそれらの世界は、いつしか創世の女神によって固定された。
女神の行いにより、それまでは時々接触することもあった世界同士は、完全に分かれることとなった。
それを憂慮した女神は、それぞれの世界の交流のために、とある策を授ける。
それが混沌の海を渡ることのできる船「タラサナウス」と、新たな種族「ナウスゼマリーデ」の誕生だった。
当初はナウスゼマリーデしか使うことのできなかったタラサナウスだったが、やがて他の種族でも乗れる機体が開発された。
これにより、人々は多くの資源と土地を求めて大海原へと旅立つのであった。』
これが、翔が過去にプレイしていたヘキサキャスタのオープニングである。
プレイヤーは、一機のタラサナウスを持った状態でスタートし、カオスタラサから様々な物資を得て稼いだり、タラサナウスのグレードアップを行ったりしていく。
最終的には、国を持ったり他の国を平定したりもできる。
サービス開始当初から終了までプレイし続けていた翔は、当然のように他の国家も治めていた。
惜しむらくは、他プレイヤーとの対戦機能が一切なかったことだろう。
最後の最後まで噂されていた大型アップデートも、この他プレイヤーとの対戦あるいは交流機能に関するものだった。
結局は噂だけが独り歩きしてサービス終了となってしまったのだが。
翔としては、ゲームの世界そのものとはいかなくとも、似たような世界に女神自ら送ってくれるのであれば、願ったり叶ったりである。
ただ、その場合、どの時点からのスタートになるかが問題だった。
「では、どこからのスタートになるのでしょうか?」
その質問は既に女神も予想していたのか、すぐに答えが返って来た。
「こちらからお願いする立場ですから元の設定のままに、とお答えしたいのですが、それですとあまりに影響がありすぎるので、カケル様の『天翔』が私のヘキサキャスタに突然現れたことになります。勿論ステータスなどはそのままです」
要するに、ゲームとは似ているけれど、違った世界に出るということだ。
「となると、交易で得ていた物は?」
ゲーム内では全ての他国を平定していたので、そこから交易で得ていた物もある。
加工された嗜好品などがほとんどだが、『天翔』を維持するために必要な物資も得たりしていた。
それらの取引が無くなると、とても困ったことになる。
「そうしたものは、全て単独で手に入れられるように調整しておきます。加工品などを作る人材もナウスゼマリーデを増やして対処します」
「それはまた・・・・・・ずいぶんと大盤振る舞いですね」
ナウスリーゼの返答に、翔は本気で驚いた。
一言でいえば、『天翔』単独で全てを賄えるようにしてくれるというのだから、翔がそう思うのも当然だろう。
だが、それに対してナウスリーゼは首を左右に振った。
「わたくしにとっては、カケル様が来てくださることはそれ以上の価値があるのです」
ナウスリーゼのために何かをしたという意識が低い翔としては、彼女からの言葉が若干重く感じる。
そんな翔の思いを読み取ったのか、ナウスリーゼはわずかに笑みをこぼした。
「カケル様はお気になさらず、向こうに行ってからは自由に過ごしていただければいいのです」
「はあ。そういって頂けるとありがたいのです」
ナウスリーゼの言葉で、翔は幾分か気持ちが和らいだ。
「わたくしからは以上になります。カケル様から他に質問はございませんか?」
「いえ、特には・・・・・・あっ、できればひとつだけお願いしたいことがあるのですが?」
「お願い、でしょうか。何でしょう?」
首を傾げるナウスリーゼに、翔はとあるお願いを申し出た。
そして、ナウスリーゼもそのお願いを快く引き受けたのである。
こうして齢五十年で人生の幕を閉じるはずだった翔は、新たな世界で新しい人生のスタートを切ることになったのである。
次から本編が開始します。
女神さまの登場は、これ以降今のところ予定はありませんw
あるとすれば、物語の最後でしょうか。(予定は未定w)