(4)初対面
困ったことにベニグノは、自称でもなんでもなく二十代くらいまでの若手の中では、一番のやり手の冒険者である。
冒険者を評価する基準は、ギルドのランクが主になっている。
そのギルドランクを上げるためには、依頼に出ている素材を持ち帰ることが絶対条件になっているのだが、当然ながらそのときになってみないとどんな依頼が出るかはわからない。
要するに、冒険者がランクを上げていくためには、単にカオスタラサでの探索やヘルカオスの討伐ができるだけではなく、そのときに何が必要なのかをしっかりと把握していないとだめなのだ。
新たなルートやヘキサキューブを発見した場合は、冒険者として大きなポイントにはなるが、結局のところ継続してポイントを稼げないと上級ランクには上がれないのである。
そういった意味でベニグノは、見た目に似合わず、大きな発見でのポイント稼ぎではなく、そのときに必要とされている素材を持ち帰るのに長けていた。
新しいルートも発見はしているのだが、三つほどで高ランクの冒険者の中では多いというわけではない。
ちなみに、ベニグノの冒険者ランクはBランクだ。
二十代でBランクの冒険者は他にもいるが、そうした者たちは、大抵大きな発見をしたポイントでランクを上げていった者たちだ。
ベニグノのように、依頼でポイントを稼ぎながら短期間でランクを上げた者は、ほとんどいないのである。
そんなベニグノだが、冒険者として名を馳せる同時に、別のことでも有名になっている。
今も三人の女性を連れていることからわかる通り、女好きなのである。
ちなみに、様々な種族が暮らしているダナウス王国は、一夫一婦制には縛られていない。
だからといって一夫多妻制に限っているわけでもなく、自由にすればいいというのが基本だった。
そんな環境のため、複数の女性を連れ歩く男性はさほど珍しくはない。
だからこそ、それが理由で同性から嫌われるということもないのだが、このベニグノに限っては当てはまらなかった。
それは、ベニグノの姿を見るなり顔をしかめたゲルトを見ればわかる。
そして、カケルもまたそんなわかりたくもない理由をすぐに察することになる。
ベニグノかが差し伸べた手を一瞬だけ見たクロエは、その手を取ることはなかった。
「お断りします」
悲しいくらいに、はっきりと、きっぱりと断ったクロエに、ベニグノは目をぱちくりとさせた。
一瞬だけ動きを止めたベニグノだったが、すぐに笑顔を浮かべて続けた。
「ハッハッハッ。照れなくてもいいんだよ? でも、そんな君もキュートだね」
そんなことを言いながら傍まで近寄ってその手を取ろうとするベニグノを、クロエはさらりと躱してにらみつけた。
「黙りなさい。なぜ私があなたのような者と行動を共にしなくてはいけないのですか」
全てにおいて自分に都合よく解釈をするベニグノだが、決して馬鹿というわけではない。
流石にここまで言われてクロエが自分の誘いを嫌がっていると理解できた。
今の状況に戸惑うベニグノだったが、その彼を援護するように、周りにいた三人の女性が騒ぎ始めた。
「ちょっと、あんた何よ。失礼じゃない!?」
「そうよ、せっかくベニグノ様が誘ってくださっているのよ!?」
「少しくらい美人だからって、いい気になってない?」
まさしく言いがかりといえるその言葉を聞いたクロエは、ため息を吐いて答えた。
「あなた方がどう思うが自由ですが、それをこちらに押し付けることはやめていただけないでしょうか?」
「「「なっ!?」」」
「あなたたちはあなたたちで好きにしてください。ただ、それに私を巻き込もうとするのはやめてください」
淡々とそう言ってきたクロエを見た女性たちは、今度は矛先をベニグノに変えた。
「ベニグノ様、この人駄目です」
「そうね。あまりに自分勝手で、メンバーに入れても好き勝手に動き回りますよ」
どっちが自分勝手なのかと滾々(こんこん)と問い詰めたいクロエだったが、あえてそれには反論しなかった。
彼女たちのような人間には、他人の言葉を自分たちの都合のいいように解釈する特技があることをよくわかっているからだ。
そんな女性たちを落ち着かせる仕草を見せたベニグノは、クロエを見て首を振った。
「どうやら君は、僕のことをよく知らないらしい。すぐに知ることになるだろうから、そのときにまた誘ってあげるよ」
どこまでも自分本位なその言葉に、クロエはそれ以上何も言わなかった。
そんなクロエにさらに何かを言おうとしたベニグノだったが、苦虫を噛み潰したような顔になったゲルトに止められた。
「おい。ここは俺の職場だ。これ以上ナンパをするんだったらさっさと出て行け」
「ハッハッハッ、ゲルトさん。これは別にナンパではなく……」
「うるせえ。お前がどう思っていようが関係ねーんだよ。これ以上続けるなら、出入り禁止にするぞ?」
ゲルトのその顔から本気だと分かったベニグノは、さらに何かを言おうとしていた口を一度ぴたりと閉じた。
そもそもこの場所に来た目的をようやく思い出したのだ。
ベニグノは、ゲルトの整備の腕を見込んで、以前から専属になるように誘いをかけているのだ。
そのゲルトに出入り禁止を言い渡されてしまっては、目的が果たせなくなってしまう。
ちなみに、ゲルトにはそれくらいのことができる地位も持っている。
口を閉じたベニグノに、ゲルトはさらに続けた。
「大体おめーは、いったいここに何しに来たんだ?」
「それは、あなたに是非整備をやってもらいたく……」
「それも前から断っているんだが? いい加減しつこいな」
「だが、あなたの腕はこんなところで生かすことはできない! 僕のようなところで存分に活用すべきだ!」
「うっせーな。手前の価値観をおしつけるんじゃねえ。俺は好きでここにいるんだ」
ゲルトがいま働いているのは、ギルドの初心者貸出専用機体の整備場である。
ここにくるのは初心者だけだが、ゲルトは自分が整備をした機体を操って、彼らが巣立っていくのを見るのが好きなのだ。
だからこそ、ベニグノ以外にもいくつか誘いをかけられていても、そのすべてを断っているのである。
「ねえねえ、ベニグノ様。こんなところにいつまでいても仕方ないでしょ?」
「そうよ。なんか失礼な奴ばっかりだし」
自分たちのことを棚に上げて、女性たちはそんなことを言い出した。
表情を見るに、クロエやゲルトがどうこうというよりも、この場所に居続けることに飽きてきたようだった。
勿論、ふたりがきっぱりとベニグノの誘いを断っていることを面白くないとも思っているようでもある。
残るひとりも口には出していないが、同じようなことを考えているのはすぐにわかった。
「やれやれ。仕方ないな。今日のところは諦めようか。そうそう、僕の名前はベニグノだ。今度会うときまでには、僕のことを知っておいたほうがいいよ」
自信満々に言い放つベニグノに、クロエは特に反応を見せなかった。
ちなみに、余談ではあるが、クロエはカケルがこのダナウス王国で冒険者としてやっていくのではないかと予想したときに、しっかりとベニグノのことも調べてある。
そんな彼女にしてみれば、今更といえば今更だ。
反応を全く示さなかったクロエを面白くなさそうな顔で見たベニグノは、今度はゲルトを見ていった。
「また来ますから、そのときまでには決断してくれるのを期待していますよ」
「もう来んでいい」
ゲルトの返答は聞こえているのか聞こえていないのか、まったく堪えた様子もなく笑顔のままベニグノは女性たちを引き連れて去っていくのであった。
「すまなかったな」
ベニグノが去ってからゲルトがカケルにむかって頭を下げた。
「いや、別にゲルトさんが頭を下げることではないでしょう」
ベニグノは最後の最後までカケルのことは眼中になかったのか、一切の興味を示していなかった。
もっとも、カケルとしてもあの手の輩に絡まれるとろくなことにならないということはわかるので、むしろそちらのほうが良かったと考えていたりした。
結局、カケルとベニグノの初対面は、直接言葉を交わすことなく終わることとなったのであった。
次話投稿は、30日予定です。