(3)出会い
クロエは、とあるレストランの席に座りながら先日取ることができた核をにやけながら見ているカケルを見ながら、内心でほほえましく思っていた。
カケルからは、この世界に来る前、自分たちが活動していた世界がカケルにとってはゲームだったという話は聞いている。
ただ、そのことに関しては、クロエにとってはどうでもいいことだ。
昔の世界も今の世界も現実のものとして受け止めているためだ。
いまこうしてカケルと向き合って話ができるだけで十分だった。
採取してきた核を見ながらにやけている顔を見ていると、とても精神年齢的に五十才になっているとは思えないが、それはそれでまた彼の魅力の一つだろうと考えている。
もしそんなことを『天翔』のメンバーに話せば、ほとんどの者が同意してくるだろうと確信している。
『天翔』に所属する者は、大なり小なりカケルを慕っているメンバーで構成されているのである。
勿論それは、ゲームからの流れというのもあるが、十年も放置(?)していたのに、未だにそれが変わっていないというのは、やはり構成メンバーがすべてナウスゼマリーデであることに関係しているのだ。
カケルが戻ってくるかどうかわからない状況での十年と戻ってくるとわかっている状態での十年では、彼らにとっても大違いだ。
今回は、幸いにして女神からの信託で戻ってくると確約されていた。
その状況でカケルが作った『天翔』から離れようと考えるものは、一人としていなかったのである。
一方のカケルは、クロエがそんなことを考えているとはつゆ知らず、核を見ながら不思議な気持ちになっていた。
表情に出ていることからもわかる通り、この世界に来て核が取れて嬉しいという気持ちは勿論ある。
ただ、それと同時に、何ともいえない気持ちも湧き上がっていた。
というのも、肉体はともかく精神はすでに五十歳を過ぎているカケルが、核を一つとったくらいでここまで喜ぶかと疑問に思う気持ちがある。
感情が制御できていないわけではない。
それよりも、若いころにあった物事に対して感じる素直な感情が、表に出てきやすくなっているというべきだろう。
「まあ、変に老成しているよりはいいか。いや、老成は言いすぎだな」
「はい?」
思わず言葉に出して呟いてしまった言葉を、クロエが聞きとがめて首を傾げてきた。
「いや、なんでもないよ」
クロエは、カケルのちょっとした仕草や言葉に反応を返してくる。
それをカケルは、何とも不思議な気分で受け止めていた。
ゲームのときは、ここまで人間的な感情は現していなかった。
それが今の関係に悪影響を与えているわけではなく、むしろプラスの方向に働いているようにカケルは感じている。
もっとも、いずれはこんなことを考える機会も減っていくだろう。
時間がたてば、今の状態が当たり前になっていくのだから。
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食事を終えてレストランを出たふたりは、そのままタラサナウスの整備工場へと向かった。
新しいオプションに付け替えて初めて行った遠征から帰ってきたので、一度状態を見てもらっていたのだ。
といってもあくまでも簡単な点検なので、さほど時間がかかるわけではない。
カケルたちが借りているタラサナウスの周辺では、数人の整備士たちが忙しそうに動いていた。
そんな中に、初日に会ったゲルトも含まれている。
動き回っている整備士に何か指示を飛ばしているのがわかる。
そのゲルトは、近づいてくるカケルに気付いて、気軽な様子で右手を上げた。
「よう」
「こんにちは。様子はどうですか?」
「いたって順調だな。交換する部品が一つもないくらいだ」
「ハハ」
ゲルトの大げさな言いように、カケルは小さく笑った。
こういった点検整備をすれば、細かな部品の一つでも交換するのが当たり前である。
それは別に、部品代を請求するためといったことではなく、船というのは使っていれば部品が消耗するのが当たり前だからだ。
部品の交換を一度も行うことなく、船が廃棄に至ることはまずありえないことなのだ。
逆にいえば、頻繁に点検整備を行っていれば、その船はそれだけ長く使えるということになる。
勿論、ヘルカオスやカオスタラサで起こる自然の災害に巻き込まれて船が大きく損傷した場合は、勿論話は別である。
カケルがこの船を借りてからまだ二カ月経っていない。
さらにいえば、オプションの交換を行うときにも点検を行っているので、確かに交換部品が出ないこともあり得るかとカケルは思い直した。
「そうですか。オプション交換も行ったばかりですしね」
「ああ、そういやそうだったな」
普通、船を借りてオプションをつけるものはおらず、さらにその交換まで行うことなどまずないので、ゲルトもすっかりそのことを忘れていたようだった。
「それを考えれば、点検する必要もなかったと思うが、それは俺が言っちゃいけねーな」
ガハハ、と笑いながらそういったゲルトに、カケルは苦笑を返すことしかできなかった。
カケルにしてみれば、できる限り点検を行って船を最高の状態にしておくのは当たり前の感覚なのだが、ここではそうではないのだろうと理解したのだ。
ただ、そのことは顔に出さずに、別のことを聞くことにした。
「ところで、やはり四つ目つけるのは難しいですか?」
「オプションをか?」
カケルの問いかけに目を丸くしたゲルトは、すぐに考え込むように腕を組んだ。
「うーん。つけろといわれれば、できなくはないが……」
そういってしばらく目を閉じていたゲルトだったが、やがて首を左右に振った。
「いや、やはり無理だな。どう考えても重くなりすぎる。その分速度が犠牲になってもいいのなら、やらんでもないが……」
しないだろう、と視線を向けてくるゲルトに、カケルは苦笑しながら頷いた。
速度があるというのも、タラサナウスにとっては立派な武器だ。
さすがにそれを犠牲にしてまでオプションを増やそうとは思わない。
結局、オプションに関しては、今までどおりが最適だということなのだった。
そんな感じで会話をしていると、その途中でゲルトがある一点を見つめて顔を妙な具合に歪めた。
カケルが首を傾げながらそちらを見ると、三人の女性を引き連れながら、一人の男が近寄ってきていた。
「うげっ。よりによってこのタイミングで来るか。カケル、すまんな。面倒になるかもしれん」
ゲルトは、小声でそういいながらクロエを見た。
カケルとクロエは意味がわからずに首を傾げたが、その理由はすぐに判明することになる。
微笑を浮かべながら近寄ってきた男は、二十代前半くらいの青年だった。
高い背丈といかにもといったイケメン顔をしたその男は、ゲルトのところへとまっすぐに歩いてきた。
そして、最初こそゲルトのほうを注目していたのだが、クロエを見た瞬間、その顔に笑みを浮かべて言った。
「これはこれは。まさかこのような場所で、あなたのような美しい花と会えるとは思っていませんでした」
その歯に浮くようなセリフを言ってのけたその男は、さらにクロエに向かって続けた。
「私の名はベニグノ。ダナウス王国で最も期待されている冒険者です。如何ですか、そのような男とではなく、私と一緒の時を過ごしませんか?」
ちらりともカケルに視線を向けずに堂々とそう言い放ったベニグノは、慣れた様子でクロエへと右手を差し出した。
あまりにも唐突すぎるその出来事に、カケルは驚くと同時に納得もしていた。
なるほどゲルトがあんな前置きをするはずだ、と。
そして、これがカケルとベニグノの初めての出会いとなるのであった。
次回更新は27日になります。