(1)誘い
『天翔』は、カケルがゲーム時代に作った組織である。
カケルの総統を頂点として、その下には右大臣・左大臣があり、その二つの役職にある者がそれぞれの下部組織を担当している。
そして、『天翔』の最大の特徴として上げられるのが、カケルへの高い忠誠度がある。
それは新しく世界を移した現在でも変わりのないことだった。
なぜ『天翔』がカケルに対してそこまでの高い忠誠度を有しているのかには、きちんとした理由がある。
現在の『天翔』には組織全体で五十万人ほどの「人」が存在しているが、その全てがナウスゼマリーデで構成されていた。
ナウスゼマリーデの特徴として、自らの上に立つ者を認めた場合、裏切る可能性が非常に低いというものがある。
その昔、長い期間カオスタラサで飛び回っていたといわれているナウスゼマリーゼらしい特徴ともいえた。
これだけ聞くと、ナウスゼマリーゼは組織を運営していく上で最高の存在に見えるが、当然のように弱点もあった。
それが何かといえば、同種族同士での出生率が極端に低いのである。
他の基本六種との場合はそれぞれの種族の出生率と変わらないので、まさしくナウスゼマリーゼの最大の弱点といえた。
組織を運営するにあたっては数が重要になってくるが、ナウスゼマリーゼを使うには、その出生率が最大のネックとなっている。
そのため、ゲームのプレイヤーたちは、基本的には他の種族と混ぜながらそれぞれの組織を作っていた。
カケルのように、ナウスゼマリーゼだけで構成されている組織を作っていたのは、限られた人数だけだ。
カケルがなぜそのような構成にこだわっていたかといえば、ゲームを始めた初期の頃、部下に設定していたヒューマンに裏切られて反乱を起こされたためだ。
そのときのことがトラウマになって、ナウスゼマリーゼだけで構成する組織を作るようになったのである。
ちなみに、カケルは知らないことだが、ナウスゼマリーゼだけを使っていたことが、女神がカケルをこの世界に呼ぶことになった基準の一つにもなっていた。
執務室で書類整理をしていたアルミンは、扉が開く音に気が付き少しだけ顔を上げた。
そして、部屋に入って来たのがフラヴィだと分かると、すぐにその視線を書類へと戻そうとした。
だが、フラヴィが右手に持つ封書を見て、わずかに眉を顰めた。
「ハハッ。流石、アルミン。すぐに気付いたか」
アルミンのその表情を見て、フラヴィが楽しそうな表情になった。
「……別に私でなくとも気づけるでしょう? それだけあからさまな装飾をされた封書だと」
アルミンがその手に持っているのは、ダナウス王国からの手紙だった。
それもただの手紙ではなく、王家のみが使える装飾が施されている。
これまでの経緯からしても、アルミンにはその手紙が誰宛でどのような用件かすぐに察することが出来た。
出来ることなら読みたくはないが、一国の王家からの手紙の中身を読まずに捨てるわけにはいかない。
フラヴィから手紙を受け取ったアルミンは、手紙の封を開けて中身を読みだした。
そこには、今後の取引の打診から面会依頼まで様々なことが書いてある。
外交ではなく、面会となっているのが、いかにも向こうの立場を表わしていた。
この世界に存在する各国は、十年前に突然現れた『天翔』を国として認めていないのだ。
流石に、直接的には勢力圏に入るようには書かれていないが、遠回しに勧めていることはわかる。
これまで、事あるごとに勧められていたが、断っていた件だ。
カケルと連絡がとれるようになってから一応確認を取ったが、そんなものを無視するようにと一蹴された。
そのお陰で、そうした各国からの誘いは、大手を振って断ることができるようになっていた。
どういう断りの文句を書こうかと考えていたアルミンだったが、やはりというべきか、見たくない文章まできちんと書かれていた。
それをみてため息をつくアルミンを見て、フラヴィがニヤニヤとした表情でこちらを見て来た。
「やっぱりあった?」
「……出来れば無視したいですね」
フラヴィのにやけ顔を拳骨でぐりぐりとしてやりたいが、今は執務中の為、そんなわけにもいかない。
仕方なく心の中だけで実行して置いて、アルミンは、もう一度盛大にため息を吐いた。
フラヴィをにやけさせ、アルミンに盛大にため息をつかせるその内容というのは、すなわち婚姻の誘いだった。
正確には、アルミンが王家に婿入りしてこないか、というものだ。
どういうわけか、最初の対面以来、ダナウス王国の王であるヘンリーに気に入られたアルミンは、ことあるごとにこうして婿入りを勧められているのである。
そのこと自体も面倒なのだが、アルミンにとってそれ以上に煩わしいのが、今目の前にいるフラヴィだった。
「いっそのこと、誘いに乗ったらどうだい?」
絶対にそんなことはあり得ないと分かっていながら、フラヴィがからかってきた。
これはフラヴィだけではなく、アルミンに近しい者たちは、皆が同じような態度をとってきているのだ。
アルミンにとっては、それが何よりも煩わしかった。
からかわれること自体は別にいい。
ただ、それを止める術が一つもないというのが、アルミンを憂鬱にさせる唯一の理由となっていた。
「……何度でも言いますが、そんなことは絶対にありません」
面倒くさそうな表情になりながらアルミンはそういったが、フラヴィは今までしてこなかったパターンで追い打ちをかけて来た。
「ふーん、絶対ね。総統が勧めてきても?」
「…………」
アルミンは、不覚にも即答することができなかった。
もしカケルが、自分に向かってそう言って来たら、というのを想像したのだ。
その場面を考えたアルミンだったが、結局首を左右に振った。
「そうですね。まず断ることになるでしょう」
「へえ? 理由を聞いてもいいかい?」
アルミンの回答を興味深そうに聞いたフラヴィが、そう聞き返した。
表情と口調は相変わらずからかっている様子が見て取れたが、フラヴィのその内心は真剣そのものだった。
そんなフラヴィに対して、アルミンはいつもの飄々とした顔で言った。
「別に大した理由ではありません。今の『天翔』に、自分以外に右大臣を務められる者がいないと考えただけです」
そのアルミンの答えに、フラヴィは一瞬呆気にとられた表情になり、次いで大口を開けて笑いだした。
「アッハハハ! 確かに、確かにその通りだ!」
『天翔』には、アルミンの代わりに右大臣を務められる者は何人かいる。
だが、アルミン以上の働きをする者がいるかと聞かれれば、ほとんどのものは首を左右に振るだろう。
そしてそれは、フラヴィについても同様だった。
アルミンの満足のいく答えに、フラヴィは笑いを収めて何度か頷いた。
「なんともあんたらしい答えだよ」
「満足いただけましたか?」
「ああ、十分だね」
「そうですか。それはよかったです」
アルミンも既にフラヴィが何故このような問いかけをしてきたのかを察していた。
女性であるフラヴィは、アルミン以上にそうした勧誘を受ける可能性が高い。
王族ではなくともその国の地位の高い者たちと婚姻すれば、それは間違いなく『天翔』にとって良いことになる。
今はカケルも積極的に外交を行おうとはしていないが、将来的にどうなるかは分からない。
そうなった場合にどうするべきなのか、彼女自身も問い続けていたのである。
今のフラヴィの答えが、アルミンにとっての答えと同じになるかは分からないが、少しでも考えの助けになればいい。
アルミンはそんなことを考えながら、ダナウス王国への返答をどうするべきか、頭を悩ませるのであった。
少しばかり『天翔』の現状です。
カケルの下には右大臣左大臣がいて、その下に下部組織が存在しています。
ただし、クロエが所属している補佐室は、カケル直属の組織になりますので、フラヴィ、アルミンの命令を受けることはありません。
次話の投稿は20日になります。