(12)遭遇
ヘルカオスは、カオスタラサにおける魔物のような存在である。
彼らは、カオスタラサ内のほぼ全てに出現する。
ただし、弱い個体はヘキサキューブの近くに、強い個体ほど遠くに出現する。
ちなみに、ヘキサキューブの近くのカオスタラサを近縁部、より遠くを深遠部と呼んでいるが、基本的には出偏するヘルカオスの強さによって区別がされている。
ヘルカオスの体の外側は鎧のように無機物で覆われているのに対して、内側は有機物で構成されている。
姿形はさまざまで、それこそ生物の模したものから、全く統一感のない滅茶苦茶な形をしたものまでいる。
その生態は、全くといって良いほど分かっていない。
それこそゲームの中で敵が出現するように、突如湧いて出て来たところを目撃されたこともある。
そんなヘルカオスは、動く物を見つければ襲う習性があるのか、タラサナウスを見つけると必ずといっていいほど襲って来る。
そのために、当然タラサナウスはある程度の武装をしてカオスタラサ内での探索を行っている。
タラサナウスの武装は、迫ってくる資源などを撃ち落としたりするだけではなく、主にヘルカオス対策のために積まれているのである。
何事も無く資源の探索を進めていたカケルたちだったが、ついにそのヘルカオスと遭遇することとなった。
「カケル様、二時の方角にいるようです」
何がいるかは、わざわざ言うまでもない。
チョウチンアンコウのような姿をしているヘルカオスだ。
「あー。こいつか。……懐かしいな」
思わずそう呟いてしまったカケルだが、そんなにのんびりしている状況ではない。
装備の充実しているタラサナウスならともかく、ほぼ初期装備の今の状態では勝つのはほぼ絶望といっていい相手だ。
だが、そんな相手を前にして、カケルもクロエも焦っていないのは、きちんと訳がある。
「まだ気づかれていないよね?」
「はい。大丈夫です」
タラサナウスには、ヘルカオスを専用で探知する装置がある。
三つ付けているオプションの内の一つは、その装置をさらに強化するためのものだ。
そのため、通常の装備のタラサナウスよりもヘルカオスを発見しやすくなっていた。
進路上にヘルカオスを見つけた以上、あとは逃げるか戦うか、あるいは別の方法をとるのか、決断するのはカケルだ。
「よし。それじゃあ……っと、その前に、敵の性質は以前のままと変わらないかな?」
「はい。既存のヘルカオスに関しては、以前の通りです」
「ん? 既存の、ということは、前にはいなかった敵も出てきているってことかな?」
「はい。そうなります。ただ、ヘルニア周辺では確認されていないので、報告をしておりませんでした」
本来であれば、出てくる敵のことなのですぐにでも情報として伝えるべきなのだが、クロエはあえてそれをしていなかった。
今に言った通り、ヘルニア周辺では確認されていなかったことと、何よりカケルがこの世界に来てから日にちがほとんど経っていなかったというのもある。
一度に多くの情報を与えるよりは、そうしたほうがいいと自身でどう判断したのだ。
勝手な判断をするな、と怒ることもできたカケルだったが、今回は特にそうする必要性もないと考えた。
この世界に来て、まだ数日しかたっていないが、忙しかったことは確かだからだ。
この辺りでは、見たことのないヘルカオスは確認されていないというのも大きい。
そして何より、彼女がそう判断したのであれば、あとからでもいいのだろうと考えられるくらいには、クロエのことを信用しているのだ。
そして、実際にカケルでもそう判断しただろうと思ったからこそ、納得した表情になって頷いた。
「なるほどね。まあ、それは後で教えてもらうとして、今はあいつの対処だけれど……」
「はい」
「まあ、いつもの通り隠れようか」
そう決断を下したカケルに、クロエはどことなくホッとした表情を見せてから頷くのであった。
カケルが言った「隠れる」というのは、比喩でもなんでもなく船に特殊な効果を現して文字通りヘルカオスから隠れることを示している。
そのために二つ目のオプションとして、さらにそのための機能が組み込まれている。
本来の船の機能として、オプションが無くても同じような効果を出すようなものもあるが、オプションを追加するとその機能をより強くすることができるのだ。
特殊な効果というものには、ステルス機のようにヘルカオスの感覚を誤魔化す方法や、周囲の風景に溶け込んで視覚を誤魔化すものなどがある。
それらの機能を組み合わせて、ヘルカオスに気付かれないようにやり過ごすのだ。
ちなみにこの方法、ゲームで始められたころには「カメレオン戦法」とか「姑息戦法」と揶揄されていた。
ヘルカオスの前に姿を見せず、こそこそ隠れるのが一部の者たちには気に食わなかったのだ。
ところが、ヘルカオスをやり過ごして、船を損傷することなく資源を持ち帰ることができることがわかり、一気に広まった。
損傷した船のメンテナンス費用がなくなるというのは、それだけ魅力的だったのだ。
ぺルニアでこの方法が広まっていないのは、もしかしたら似たようなことが起こっていたのかもしれない。
もっとも、ゲルトの言葉を思い起こせば、それなり以上の経験者であれば取っている方法らしいので、単に初心者の間で嫌われているだけかもしれないのだが。
ヘルカオスに見つからないように移動している間は、船内でもなるべく音を立てないようにしている。
音というのもヘルカオスが、獲物を見つけるための重要な要素になっているためだ。
ちなみに、カケルが最初にYTS-3を選んだのは、貸出機の中で一番静音性に優れているためだ。
カケルたちの乗るタラサナウスは、周囲の風景に溶け込みながらそーっとヘルカオスの傍をそのままやり過ごすことに成功した。
「……どうやら無事に安全圏に来ることができたようです」
ヘルカオスとの位置関係をモニターでチェックしていたクロエがそう告げて、ようやくカケルはため息を吐いた。
ゲーム内では嫌というほどやってきて慣れていた行為でも、この世界に来て初めてのことだったので、結構緊張していたようだった。
「まあ、徐々に慣れていくしかないか」
意識せずにポツリとそう呟いていたのをクロエがしっかりと聞いていたことは、カケルは気づいていなかった。
初めてのヘルカオスとの遭遇を無事にやり過ごしたあとは、再び資源の探索へ戻った。
今回は、三日探索したあとにヘルニアに戻る予定になっている。
食料は一週間分積んであるが、通常は在庫がぎりぎりになるまで探索を続けることはない。
もっとも、目安としては詰んだ分の半分を探索日に当てるとされているが、特に明確な理由はない。
なぜなら、遠く離れたカオスタラサで何か事故に遭った場合、他のタラサナウスに発見されるのは、ごくまれだからである。
それでも望みをかけて食料だけは残すのが習慣となっているのだ。
ちなみに、ゲームのときは、食料を残しておくと死に戻りの確率が低くなるために残すようにしていた。
三日間探索を続けたが、結局今回は希少資源を見つけることは出来なかった。
ただ、次点の資源は見つけることが出来たので、倉庫の半分ほどを埋めて持ち帰ることにした。
全部を埋めなかったのは、次のときの為の保険である。
そして、他の空きスペースには、適当な資源を採取してヘルニアへと戻ることとなる。
ちなみに、ギルドに登録したばかりでタラサナウスを賃貸している初心者が、船の倉庫をいっぱいに帰ってくることなどはほとんどない。
ただ、どれくらいの資源を採取したかの報告義務はないので、カケルたちが初心者とは言い難い結果を残して戻ったことを周囲に知られることは無かったのである。
カケルはモニター越しにヘルカオスを見ているせいか、あまり恐怖を感じていません。
本人がそのことに気付くのは、もう少し経ってからです。
これで第1章は終わりになります。
第2章の更新は、水曜日と土曜日の週二回更新とさせてください。
次話は16日の更新になります。