(10)高速運航
高速移動を行うためのルートは、そうそう簡単に見つかるものではない。
だからこそ、発見者には多くの資金が提供されることになる。
そんな確率の低い賭けにカケルが出ようとしているのには、きちんとしたわけがある。
ゲーム時代、当然のように新しいルートを探すことも行っていたのだが、その発見率を上げる方法があった。
それはステータスを上げたり、スキルのレベルを上げたりといくつかの方法があったわけだが、長い間ゲームをプレイしていたカケルは、それらすべてが最高の値になっていた。
この世界では残念ながらステータスやスキルといった概念はない。
ただ、女神の言葉を信じるならば、そうした「経験」もしっかりと反映されているはず、というのがカケルの考えだった。
もっとも、ゲーム内でも数値が最高値だったからといって、新しいルートがすぐに発見できていたわけではない。
ぺルニアを出てから二時間ほどルートを探してカオスタラサをさまよっていたカケルたちだったが、カケルの考えは間違っていなかったようだった。
今、彼らの前にあるモニターには、はっきりとそこにルートがあることが示されていた。
「よかった。何とか見つけることができたか」
「はい。流石です」
カケルの呟きに、クロエがしっかりと反応を返して来た。
あまり直接的に褒められることになれていないカケルは、その言葉に照れくさくなってしまった。
それを誤魔化すように、カケルはモニターをじっと見つめた。
「よし。それじゃあ、行ってみようか」
「はい」
そんなカケルの気持ちに気付かず、クロエはカケルの言葉にしっかりと頷いた。
ルートを使っての高速運航は、ボブスレーに例えられることが多い。
ルートに入る前に助走を付けてルートの上に船を乗せると、勢いよく加速することができるというわけだ。
ルートに入るための装置は、通常のエンジンとは全く違った物を使っている。
そのため、多くの場合は、通常運航している者とは別の人間がルートに入るための操作をするのが普通である。
勿論、一人で全ての操作が出来ないわけではないが、かなり複雑な手順になるため、敬遠されているのがほとんどだった。
コースに入るまでボブスレーを押すのが通常運航で、ボブスレーに乗る瞬間しっかりとタイミングを合わせて乗るように、高速運航用の装置を作動させるのである。
そのタイミングを合わせるのが大変で、速度を落としてからルートに入るのが通常の手順だった。
速度を上げたままタイミングを合わせて高速運航に入るのには、よほどの連携が必要になるのである。
そして、それがカケルとクロエが組んで操縦している理由のひとつとなっていた。
「ルート入口到達まであと三十秒」
艦橋内にテミスの声が響いた。
カケルとクロエはそれぞれの作業に集中しているので、お互いに声をかけることはない。
『そのとき』を待ってタイミングを合わせるだけである。
「残り十秒」
カウントするテミスの声だけが、艦橋の中に聞こえていた。
あと聞こえてくる音は、カケルとクロエの息遣いだけである。
「……5、4、3」
カケルとクロエにとっては、何度も何度も行って来た作業だ。
近付いてくる時間に合わせて、以前の通りの手順で進めるだけである。
「……2、1!」
そしてその瞬間、カケルとクロエの手がほぼ同時に動いた。
「よしっ!」
いくら過去の経験で慣れていた作業とはいっても、十年ぶりのことだ。
多少の緊張はしていたが、無事にルートに乗せることが出来て、カケルは思わず安堵の声を上げた。
別の席に座っているクロエも安堵の表情を浮かべていた。
今回無事に成功したというのも理由だが、それ以上に以前と変わりない状態で連携できたことに対しての表情だった。
これで、このあと何度も行われることになるであろうルートへの突入は、安心して行うことができる。
何事も最初が肝心なのである。
ルートを使っての高速運航は、船を乗せることが出来ればあとは出口まで一直線というわけではない。
それこそボブスレーのように、コースをはみ出さないようにしなければならない。
それに加えて、ルートの場合には、途中に障害物などがあったりもする。
そうのための細かい調整は、やはり人の手で行わなくてはならない。
ルートを発見したからといって、それで楽に新しい場所へと行けるわけではないのだ。
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途中で操縦の交代を二度挟んで、ルートを抜け出すことが出来たのは一時間後のことだった。
「ルートからの脱出を確認。通常航行への変更をお願いします」
「おっ。ついたか」
テミスのアナウンスで抜けたことを知ったカケルは、船の操作をクロエに任せて、カケル自身はこの辺りのことテミスに確認した。
「テミス、この辺りは既知空間?」
「確認いたします……」
テミスはそう言ったあと、しばらく無言になった。
ぺルニアから遠く離れているため、基本的には船に積まれているデータベースから照合することになる。
もっとも、長い間ヘキサキューブから離れて活動していたのならともかく、カケルたちは今日この船に乗ったばかりである。
大きな違いは出ていないはずだった。
データベースと照合するといってもそんなに時間がかかるわけではない。
そう言う意味では、元々のデータの量とテミスの処理速度は丁度いい具合になっているといえる。
「照合完了しました。今のところ、既存の空間と合致する情報はありません」
微妙に遠回しな言い方だが、要は新しく発見した場所ということになる。
ただ、通常運航で何日間か進むと既存空間の縁につくということがたまに発生するので、そういう微妙な言い回しになっているのだ。
とにかく、今いる場所は未知の空間ということがわかった。
それだけで、カケルの気持ちはワクワクしてくる。
他の者たちが一度も足を踏み入れていない場所に初めて入ったのだから、子供のように冒険心がくすぐられているのだった。
いくら精神年齢が五十を越えているとはいえ、このときばかりはこんな感じになってしまう。
そして、だからこそカケルは、十年以上もヘキサキャスタの世界を求め続けていたとも言えるだろう。
しばらくモニターに映る光景を見ていたカケルだったが、操縦を続けるクロエへと話しかけた。
「取りあえず安全そうな場所を見つけて、しばらく休もうか」
「はい。畏まりました」
カケルもクロエもまだまだ操縦し続けようと思えば、出来なくはない。
ただ、いつ休めるかどうか分からなくなる可能性がある以上、休めるときに休みを取るのがカオスタラサで冒険を続けるときの鉄則だ。
カケルの指示からほどなくして安全な場所を見つけたクロエは、船をその場所へと誘導した。
とはいえ、カオスタラサはヘキサキューブ内と違って、いつその環境を激変させてもおかしくない。
常に警戒するのは怠ってはいけない場所なのだ。
それでもこれから先のことを考えれば、一息つけるのは大きい。
何と言っても本来の目的は、資源を採取して持ち帰ることである。
単に新しいルートを見つけただけでも大きいのだが、そもそも出口側に使える資源が無ければ意味がない。
そういう意味では、カケルたちの戦い(?)はこれからといっても良いだろう。
それでも、カケルとクロエは、しばしの猶予を得てのんびりと船内で過ごすのであった。
小型機はふたりで乗ることがおおいので、ルートには基本的に低速で入るのがほとんどです。
カケルのようにスピードを出したまま突っ込むことはまずありません。
速いスピードでルートに入ったほうがより早くルートの先に付くことはできますが、あくまでも安全重視です。