(9)道(ルート)
ヘキサキューブの中からカオスタラサへの転移は、一度に多くのタラサナウスに対して行われる。
それらのタラサナウスが一斉に移動を開始すると、接触事故などを起こす可能性がある。
そのため、転移が完了したあとは、カオスタラサ側にある管制からの指示で移動を開始するようになっていた。
その順番待ちをしていたカケルたちのタラサナウスだったが、ようやくその順番が回って来た。
『テミス号、お待たせいたしました。移動を開始してください』
「了解」
管制からのアナウンスに短く答えたカケルは、クロエへと視線を向けた。
カケルからの視線を受けたクロエは、小さく頷いてタラサナウスの操作を始めた。
その操作に従って、乗っているタラサナウスが動き出すのが体感できた。
その久しぶりの感覚に、カケルの胸が高鳴っている。
やはり肉体に気持ちも引きずられているような感覚に、カケルは戸惑いを覚えたが、悪い感じはしなかった。
きちんと自覚が出来ている分、自制も効くだろうとカケルは考えていた。
管制の指示に従ってぺルニアのヘキサキューブから一定距離である指定区域を離れたあとは、各自自由に移動していいことになっている。
勿論、各ヘキサキューブを往復するための航路は決められているが、それ以外は各自の責任になる。
「指定区域を抜けました。この先はどうしますか?」
クロエの確認に、カケルはモニターで周辺マップを確認しながら指示を出した。
「取りあえず、EN26へ行ってみようか」
「かしこまりました」
カケルが向かうべき方向を指示すると、操縦を担当しているクロエが頷いた。
その指示に従ってクロエが操縦を始めると、モニターに映っている光景が動き出した。
カケルたちが乗っているタラサナウスが動き出した証拠であった。
タラサナウスに乗る冒険者たちが探し出すのは、基本的には貴重な資源である。
そうした資源は、宇宙に浮かぶ小惑星のように直接カオスタラサの中に浮いていたり、ヘキサキューブの小さな世界の中に存在していたりする。
ヘキサキューブの世界に出入りするためには、港を使う必要があるが、そもそも新しく発見したヘキサキューブには、そんなものは存在しているはずもない。
では、どうやってヘキサキューブに出入りするのかというと、特殊な装置を積んだタラサナウスを使うのだ。
ただ、その装置はどうしてもある程度の大きさになるため、中型機以上のタラサナウスが必要になる。
そのため、もし小型機に乗っているときに新しいヘキサキューブを発見した場合は、中の世界にどんな資源があるかまでは確認出来ない。
勿論、その場合は、第一発見者として利益を得ることができる。
ただし、発見したヘキサキューブが何の使い道もない場合は、その限りではない。
というよりも、ほとんどのヘキサキューブは、何処にでもあるような資源を抱えたものでしかなく、ましてや居住可能な世界があることなどほとんどないといって良い。
だからこそ、それを発見した場合は、一生を遊んで暮らしてもなお余るだけの資産が手に入るのである。
クロエがタラサナウスを操縦している様子を見ながら、カケルはテミスに話しかけた。
「さてさて。それじゃあ一応確認するけれど、テミス?」
「はい」
「ぺルニアの安全確保域は、探索率はどれくらいだい?」
カケルが言った安全確保域というのは、ヘキサキューブを中心にして一定距離の周囲の安全を確保すべき場所のことだ。
居住可能なヘキサキューブを見つけた場合は、まずこの安全確保域を確保してから人々の移住を始めることになる。
ただし、安全を確保しているからといって、必ずしもその範囲すべての状況を確認できているわけではない。
そのため、安全確保域の探索状況は、カケルが問いかけた探索率として表わされるのである。
「ぺルニアの安全確保域の探索率は、百パーセントです」
流石に一国の首都を名乗るだけあって、ぺルニアの安全確保域は既に探索が完了していた。
カケルが探索率を気にしたのは、何のことはない、探索が終わっているところをもう一度探索しても意味がないからである。
「そうか。ありがとう」
テミスはあくまでも疑似精霊であって、人工的に生み出された存在である。
そんなテミスにもきっちりとお礼を言うカケルを見て、クロエが操縦しながら微笑んでいた。
「何?」
「いえ。お変わりがないようで安心しておりました」
「そ、そう?」
「はい」
よくよく思い出してみれば、確かにゲームだったときも何かあるたびに、カケルは疑似精霊にお礼を言っていた気がする。
カケルにしてみれば、そんなことまで覚えているのかという気分だったが、クロエにとってはそうではない。
その成り立ちから、ときに疑似精霊と同視されることもあるナウスゼマリーデにとっては、今のカケルのような対応はとても嬉しい気分にさせてくれるのだ。
これはクロエだけではなく、『天翔』にいるカケルに近い者たちすべてに共通している感情だった。
そんなクロエの思いなど露知らず、カケルは手元にある画面をじっと見ていた。
今、タラサナウスの操縦はクロエが行っているが、何処に向かうかはカケルが決めなくてはならない。
タラサナウスでカオスタラサを移動する手段には、二通りの方法がある。
ひとつは、今カケルたちが乗っているタラサナウスで行っている通常運航で、もうひとつが、道を使って移動する高速運航だ。
この高速運航とは、入口と出口が決まっている高速道路のようなルートと呼ばれる場所を通っていく運航方法である。
高速運航は、決まったルートしか通ることが出来ないが、大幅に時間を短縮して移動することができる。
居住可能なヘキサキューブは、通常運航で移動すると何年もかかるような場所やたどり着けないような場所にしか存在しないため、この高速運航を使って移動するのが基本となっている。
基本的には、通常運航で行けるような場所には、そのような居住可能なヘキサキューブは複数存在していないと言われている。
ルートは一般道路のように相互通行可能だが、中には一方通行しかできないものもある。
そうした場合は、別のルートを探して元の場所に戻る必要があるのだ。
新しいルートを発見できれば、まだ誰も探索していない未知のエリアに行くことができる。
そのため冒険者の多くは、新しい資源を探すのに加えて、今まで見つかっていないルートを探すことに重点をおいているのだった。
「テミス、画面上に、今まで見つかったルートの入口を出して」
「ハイ」
テミスの短い返事が返ってくると同時に、カケルの見ているモニターに、青い三角形が表示された。
今は青が表示されているが、これが赤になれば一方通行のルートとなる。
その青い三角形の分布を見ながら、カケルが指示を出した。
「目標宙点についたらEN方向に向かって飛び続けようか」
「はい。畏まりました」
まだ最初に指示した場所には、着いていない。
クロエは、今乗っている機体で安定して出せる最高速度で目標宙点へと向かっている。
その間にカケルは、ルートの入口を探すための装置を動作させた。
名前はそのままルート探索装置だが、一般的には探索装置で通っている。
既に見つかっているルートを使って離れた場所に行き、そこで資源などを探すのも手だが、カケルは新しいルートを探そうとしているのである。
その方が、手つかずの場所に行ける確率が高いため、より希少価値の高い資源が探しやすいという利点がある。
問題は、新しい入口などそうそう簡単には見つからない、ということだ。
カケルは、敢えてその方法を取ろうとしているのであった。
ルートが一方通行になっているかどうかは、特殊な装置で調べることができます。
当然ですが、タラサナウスには当たり前のように積んでいます。
用語説明
道:タラサナウスが高速運航をするのに必要な特殊な自然環境。