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短編

―レンズの向こう側―

作者: 桜倉ちひろ

 24年度に開催された【さばえ近松文学賞2014~恋話(KOIBANA)~】に投稿した作品です。

 落選作品で申し訳ないのですが、折角書いたので短編として投稿します。

 「やっぱ、別れよう」

 ようやく彼氏と逢えた週末の土曜日。そんな言葉で私は、二年の歳月なんてまるでなかったかのような軽さで呆気なくフラれた。

 何が『やっぱ』なんだろう? なんて疑問が浮かんだけれど、一気に気持ちが落ち込み過ぎて、そんなツッコミすら出来ないまま何も言えずに別れた。

 それでも『メールくらいあるかもしれない』なんて気持ちが拭えずに、一晩中携帯電話を握りしめてソファーに座った。けれど、本当にもう私のことはどうでも良かったのだろう。

 一晩握りしめたそれは、何の音も立てることなく朝を迎えた。

 元日のご来光にすら感動したこともなかったくせに、ただの日曜日の朝日を見て私は涙が止まらなかった。ぽたぽたと頬を流れる滴をがむしゃらに腕で拭うのに、止まるどころか嗚咽まで漏れてくる。おぇ、おぇっと大人の女性とは思えないほど可愛げのない泣き方をして、折角の休日なのに丸一日家で一人泣いた。

 しかし、そんな私に神様というやつは味方してくれるわけじゃないらしい。

 ようやく気持ちが落ち着いて、夕日の差す頃。泣きすぎて腫れた瞼をなんとか持ち上げて、見えた視界の中手探りで掴んだメガネ。折角掴んだのになぜかつるりと手の中から滑り落ちて、これまた呆気なくご臨終。もう、涙は枯れきって出もしなかった。

 そのままごろりと仰向けに寝そべって天井を見上げると、私って何やってるんだろうって笑いが込み上げてくる。かなりの近視だから、メガネもなしに何にも出来ない。それに『仕事が出来ない』ことに気が付いて、明日は休もうって決めた。

 そうなると現金なもので、何してやろうって気持ちが膨らんでワクワクしてくる。でもその気持ちも一瞬で萎んだ。

 メガネが無いのだから、買いに行かなければいけないということに気が付いて。だけど、ただメガネを買いに行くだけでは気持ちが治まりそうにないと思ったその時、ふと閃いた。

 いつだったか、何かの本で『いい靴を履いていると靴が自分を良いところへ導いてくれる』なんて話を読んだ。いい眼鏡を掛けていたら、もしかして良い人を見つけられるかもしれない? なんて。

 こじつけ甚だしいとは思いながらも、思い立ったら居てもたってもいられなくて、そそくさとパソコンを開いて素敵なメガネ探しを始めていた。


 そんな経緯を経て、急場しのぎで以前かけていたメガネを着用して何とか近距離程度は認識できる状態で、私は今特急サンダーバードに乗っている。大阪から二時間弱、傷心旅行も兼ねて行っちゃえ! とヤケクソで二日も休暇を取って家を出た。

 行先は鯖江市。今まで知りもしなかった場所だけれど、なんと世界にも名を轟かせるほど鯖江のメガネというのは有名らしい……ということを、調べてみて初めて知った。しかも国内シェアは九割強とくれば、鯖江メガネ様々だ。これは期待大だなぁと気分よく出かけた私だけれど、ここでも神様は私に味方してくれないらしい。

 意気揚々と出かけたのに、繁忙期でもなければ混んでいないであろうこの特急電車が騒がしくて仕方がない。どうやら修学旅行らしい学生で大賑わいの様だ。

 自由席でもゆったり座れるだろうと高を括っていたのに、隣には後からやってきたサラリーマンがパソコンでカチャカチャやっている。

 おまけにこの時期には珍しい猛吹雪に見舞われ、一時運行停止。前も見えないくらい吹雪いて運行再開は未定だって……ますます雲行きの怪しい一人旅になってしまった。

 不測の事態にテンションの上がる学生とは裏腹に、私は外を眺めながらため息を吐いた。それはため息と言うには大きすぎるほどのため息で、『はぁあ』と大きく声に出していた。直後、クスクスと笑い声が聞こえてくる。声のする方を見ると、ずっとパソコンとにらめっこしていたお隣さんが私の大きすぎる私のため息に笑っているらしい。

 しかしまた、この男が失礼である。

 「傷心旅行か何かですか?」

 「は?」

 「いや、だって……ぶふっ。身なりもテキトウで女一人とくれば、そういうのでしょ?」

 なんてことを、言うんだもの!

 図星をさされた私は、ぐうの音も出なくて押し黙ってしまった。そしたらまた

 「当たりとは思わなかった。そんな人ってほんとに居るんだ。おもしれー」

 だってさ! 腹が立つったらない。

 視界のよろしくないレンズ越しに男を睨みつけるけれど、度数があってないせいであまりよく見えない。逆にまじまじ顔を見つめられて余計に笑われた。

 なんなのよ、この男。

 むかつきすぎて、苛立ちを顕わにしたまま窓の外を見たけれど、あまりにも酷い吹雪で外は何も見えない。電波は入らないし、本なんて洒落たものも持ち合わせてない。

 何にも出来ない暇を持て余して、ワザとらしく音を立ててジャケット引っ張り上げ、ふて寝しようとしたら『暇なんで、その失恋話とやらを話してくださいよ』と隣からリクエスト。いよいよ怒り心頭の私を余所に、彼は言う。『旅の恥はかき捨てでしょ」って。

 なんかそう言われたら、だんだんその気になってきた。というよりも私自身、本当は誰かに話してスッキリしたかったのかもしれない。


 私には、高校からの仲良し四人組の友達がいる。千佳は男なんて興味ないって高校のころ言ってたくせに、就職後さっさと結婚してしまった。今は二人目が生まれたとかで、子育て真っ最中。

 弓子はずっと彼氏はいないと言いながらも、長年の幼馴染とどうもくっつきそうな感じ。見ていてこっちが焦れるけど、本人はその距離感を楽しんでいるというか。だから恋愛方面はちょっと価値観が違う。

 そして美香。彼女は良くも悪くも男好きで絶えず彼氏がいた。『結婚なんて真っ平』なんて言っていたのに、そんな彼女から結婚の報告が来たのが先週の金曜日。その報告を表面では喜びながらも、内心動揺が隠せなかった。

 そんな気持ちのまま彼氏に美香の話をした結果、私は別れようと切り出されたのだ。


 正直なところ打算が無かったわけでもない。

 私より二歳下で二六歳の彼氏は、年明けから二県隣の支店へ異動が決まっていた。遠距離恋愛に覚悟を決めつつも、どこかで結婚の二文字を意識していなかったと言えば嘘になる。それを彼は見越していたのだろうか。

 『やっぱ、別れよう』――その言葉に込められた意味がはっきり分かっていたからこそ、恥ずかしくて仲良しの友人にすら言えなかった。二年も付き合ってた彼氏に、結婚をチラつかせたら逃げられただなんて。


 促されるまま一気に喋り尽くしたあたりで、ようやく列車は運行再開した。動き出した列車に、なぜかまた学生たちが騒ぎ始める声が聞こえる。一体何がそんなに面白いのだろうと思いながらも、自分もそうだったなって懐かしさが込み上げてきた。

 私たち四人も、あの頃はただ一緒にいるのが楽しくて毎日が幸せだった。それなのにどうしてこんなにも、それぞれの道は分かれてしまったのだろうか。そんな感傷に浸る私に、隣の男は小さく笑いながら言う。

 「しかしさ、だからってメガネ作りに傷心旅行ってところが、最高に笑えるよね」だって。本当に失礼な奴。

 

 結局彼が出張先の福井で降りるまで、私はあれこれ小馬鹿にされながら過ごした。けれど不思議とイライラするわけでもなく、到着まであっという間だった。お蔭で暇を持て余さずに済んだには違いないけれど。別れ際に

 「素敵なメガネ作ってきてくださいね」

 と言いながら、彼は自分のオシャレなメガネを持ち上げて見せた。

 悔しいかな、オシャレなメガネをチラつかされて、負けた気持ちになる。私は『うるさい馬鹿』と怒ってみせながらも、そんな彼が嫌ではなくて、むしろこんなやりとりも心地良いとさえ感じていた。

 彼氏とはこんなふざけた言い合いをしたこともなかったのに、なぜなんだろう。

 

 予定より一時間遅れで到着した鯖江は寒くて震えたけれど、目的のメガネ探しに着手した。これぞという逸品を探して回り、今回は奮発してかなり上等なものを作ってもらうことにした。

 翌朝には出来ると言われ、ホクホクした気分で温泉に浸かる。見上げると空からは、またもやチラつく雪。この風情を楽しみながらお酒が飲めるなんて、一人旅も案外悪くないとさえ思えてきた。その時ふと浮かんだのは電車であった男。思い出して一人で笑ってしまう。

 「傷心旅行ですかーってさ。ほんと失礼な奴」

 そんな独り言を漏らしながら、すっかり傷心じゃなくなっている自分に笑えた。


 翌朝、出来たばかりのメガネを受け取って早速かけた。自分には珍しく、はっきりした色合いの赤いフレームにエネルギーを貰えた気がする。

 新しいメガネに高揚した気分のまま電車に乗り込むと、また窓際の席を陣取った。静かな車内にホッとしつつ窓の外を眺めていると、福井でまた新しい乗客が乗り込んでくるのが見える。そんな私の後頭部に向けて『隣、いいですか?』って、聞き覚えのある笑い声が聞こえた。

 こんな偶然、あるのだろうか?

 「いい人が、このメガネに映ったらね」

 振り返りながら、神様はもしかして私を見捨ててなかったのかも、なんて思った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] いいじゃん。それでも落選するんだ。きびしー。 [気になる点] ラストがとっても予測可能だったのがあかんかったのかな? [一言] 自分も2015のさばえ近松文学賞に出してみたのですが。おちた…
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