表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/26

第24話 手紙

 親愛なる我が友へ


 最近は随分と暖かくなってきたようでなによりだ。

 お前は昔から寒くなると、すぐ風邪を引いていたからな。この冬もあの綺麗なメイドに随分と世話になったんじゃないか?給料ははずんでおけよ?


 先日はわざわざ手紙を頂き感謝する。

 お前から手紙をもらうなんていつ以来のことか。

 大学を出て少しして、翻訳家の仕事を始めたという挨拶のようなものはもらった記憶があるな。

 お互い随分と歳を取ったもんだ。俺なんて結婚までしてしまうぐらいだからな。

 お前にも早く相手が見つかればいいと思うんだが、相変わらず夜会にもクラブにも顔を出さずあの屋敷に引きこもっているんだろう?

 まあ他の家のことをとやかく言うつもりはないが、仮にも官位持ちなんだからな。貴族たる者、血筋を残すのは大事な責任だと言うことを意識しておいて欲しい。

 いくら成り上がりどもが幅をきかせていようとも、この国の根幹となる存在なのは我々貴族なんだからな。

 貴族社会を盛り上げていくためにも、我が親友が早く嫁をもらって跡継ぎを残すことを願っている。


 まあ、じじくさい話はこのくらいにしておこう。

 つい筆をとると余計なことまで書いてしまうのが俺の悪い癖だ。

 議院に顔を出すようになってから、書き物の用事が増えてな。学生時代よりも机に向かっているかもしれん。

 まあだいたいはサインを記入する程度の単純なものなんだが、たまに文書を必要とする仕事があるとついつい張り切ってしまって、親父に「お前の作る書類は長すぎる。議員の方々は、もう目が遠くなっている方も多いのだからもっと気を使え」と怒られる始末さ。

 目が遠くなったらもう政治家なんて引退しちまえとは思うが、そうもいかないのが世の常だ。

 まだまだ爺さんどもの権力を利用しないと、俺一人じゃあ何も出来ないからな。情けない話だが、ここが我慢のしどころだと自分に言い聞かせている。

 最近はこびとのごとく散々いいように使われていて、心休まる暇がないよ。

 この手紙もドワーフの国から書いているぐらいだ。届くのに少しかかるかも知れないな。急ぎなら申し訳ない。


 しかしこの国は無駄に蒸し暑いな。地上はまだ肌寒い日が続いているから、今回の滞在は正直ありがたいかと思ったんだが、三日もすれば飽きてしまったよ。早く地上の空気が吸いたいね。

 しかもメシがまずい。本当にモグラどもはよくこんな料理で満足してるもんだ。

 こないだなんぞは接待でワームのスープが出てきてな、さすがに口をつけないのは悪いと思ってロクサルの塔から飛び降りるつもりで飲んでみたよ。まあ香草が効いてて飲めなくはなかったがアレは二度とゴメンだな。何事も経験とは言うが正直勘弁してもらいたいね。

 しかも食後に出てくるのが苦いコーヒーときたもんだ。

 あのモグラどものコーヒー好きはどうにかならんもんかな。砂糖をたっぷり入れないと飲めたもんじゃない。


 それを思えば、以前、お前の家に遊びに行った時に出てきた茶は美味かったな。あのメイドはなかなか優秀だ。どこから連れてきたのか知らんが拾いものだろう、大事にしろよ。

 そういえば妻のティアーナがまた行きたいと言っていたから、近いうちにそっちに顔を出せればいいのだが。

 妻には随分とよくしてもらったようでなによりだ。

 メイドの事も気に入っていたし、あのケット・シーの御仁はなんと言ったかな、クロキ氏だったか。

 何しろ箱入りだからな。ケット・シーと会うのは初めてだったらしくとても喜んでいたよ。

 そういえばクロキ氏もそろそろ旅に戻るんだろう?挨拶ぐらいはしておきたかったが果たして間に合うかどうか。

 妻はまだまだ子供だからな。あれ以来猫が飼いたいと言い出して面倒なことだよ。

 「猫は喋らないがそれでもいいのか」と聞いたら随分悩んでいたあたりは可愛らしいが。

 動物ならグリフォンだとかユニコーンだとかもっと貴族らしいものがあるだろうに。

 だいたいすでにリスを飼っているんだから、猫なんて飼った日にはあっという間に餌になってしまうということがわからないものかな。

 

 まあ、あまり愚痴ばかり言っても仕方あるまい。

 どうにもパイプが吸えないと愚痴っぽくなっていかん。

 火をよく使う連中だから地底でも換気はしっかりしているんだが、今滞在している宿は風の通りが悪くてね。控えるように言われているんだ。

 パイプ一つ吸うにもいちいち煙突のところまで行かねばならんからな。

 まあいい運動になるのかもしれんが、いい加減どうにかしてもらいたいものだ。

 このあたり、来賓を歓待するということに対する意識が人間とは違うのかもしれない。

 そういえばずっとパイプ党だったのだが、最近は葉巻を覚えてね。あれはあれで悪くないな。手入れが必要ないから面倒がなくていい。

 お前も貴族なら嗜好品のひとつぐらい(たしな)んでおいて損はないぞ。

 今度みやげにデルニッヒ産のいいやつを持って行ってやるから一度試してみるといい。


 さて、また随分と長々とした手紙になってしまったが、そういえば本題がまだだったな。

 ダークエルフの里に亡命したエルフ国の元皇太子の名前が知りたいとのことだったか。

 また妙に古いことを知りたがるもんだ。

 ルキウス千年王が玉座を追われたのは、俺たちが生まれるよりかなり前のことだぞ。

 新政府になってからもう随分と経つからな。

 エルフの旧王家に関する情報なんてこの国の人間はもう誰も見向きもしない。

 それでもまあ、第一皇子の名前ぐらいならすぐに調べがついたよ。最近あの国が騒がしいのもそのせいだしな。

 といってもエルフとダークエルフの間での揉め事はどうやら下火になったようだが。

 だいたいダークエルフなんて少数民族がまだ生き残っていたこと自体が驚きだったよ。

 エルフみたいな人口の多い相手とケンカして勝てると思ったのかねえ。あの耳長連中はなかなか死なないからな。増え続ける一方だ。

 しかし、それを言ったらダークエルフだって長命種だと思うんだが、なんでエルフみたいに数が増えなかったんだろうな?

 まあ、俺たち遠い国の連中が色々想像したところで真実はわかるまいが。


 とにかくだ。

 さっき使いの者から便りが届いた。

 故人、ルキウシオン・イルアリ・フレイ王の第一皇子の名は


 フィルボア・クリム・フレイ


 で間違いない。


 あと、すまないが他の子供達については、いまいちはっきりしなかった。

 古い情報だし、なにせ千年生きた王だからな。何人子供を残したことやら。

 少なくとも対外的にはフィルボア皇子を跡継ぎとして他国に紹介していたようだ。


 いったいどんな仕事をしているのか知らんが、あまり危険なことに首を突っ込むなよ?

 現エルフ政府と人間政府の仲がよろしくないことぐらい言わなくてもわかっているとは思うが、お前はあのハイマン教授の教え子だからな。

 師匠に似ると何をしでかすかわからん。

 そういえば学生時代、唯一あの爺さんだけが俺に不可を付けたんだっけか。

 将来政治の舞台に出るつもりだったから、エルフ語のひとつぐらい覚えてみても損はあるまいと軽い気持ちで手を出したのが失敗だった。

 あの授業にまがりなりにもついて行けたのはお前ぐらいのもんだったからな。

 まあ、だからこそ俺はお前に興味を持ったし、今でもこうして友情が続いているわけだから、失敗とは言い切れないが。


 では、書きたいことは書いたし、そろそろこのあたりで筆を置こうと思う。

 上に書いた通り、近いうちにまた遊びに行くよ。

 クロキ氏にも、あの綺麗なメイドにもよろしく言っておいてくれ。


 我が親友に幸運のあらんことを。

 


 アルウィン・スタインボルグより

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ