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第21話 雪解けの来客③

「――大丈夫。気を失ってるだけ、だと思いマス。今はよく寝ていマス」


「ふぅ……」


「まあ人間の医者にかかるわけにもいかないしな。リン殿が居てくれてよかった、と言うべきなのだろうね」


 リカの寝室の樫の扉が閉められる。

 暖かくなってきたとはいえ、まだ屋敷の廊下は空気が冷え込んでいた。


「ハイマンの言う通りだったネ……。リンはここに来るべきじゃなかった……。ネーサマを元気づけるどころか、こんなことになってしまって……」


「自分を責める言葉というのは、あまり周囲に聞かせるべきじゃないよ。――さっきは怒鳴って悪かったね」


 僕はリンの頭に優しく右手を乗せた。


「あうぅ……」


「それに、クロキさんが言ったように、君が居てくれて助かった。エルフの身体のことは、僕たちにはよくわからないし、少しでも医学の心得がある者がこの場に居たというのは、とても心強い」


 リンに伝わるよう、ゆっくりとしゃべる。

 彼女はリカが倒れるとすぐに、脈を取ったり、まぶたを指で開いて瞳の様子を診たり、テキパキといくつかの処置をしてくれた。そのことには当然ながら感謝している。


「まあ、ここで立ち話もなんだ。少し落ち着こうか」



 僕の提案によって、リンとクロキ氏は、リカの寝室と階段を挟んで向かいにある書斎に集まった。

 僕はいつもの書斎机の椅子に、リンはスツールに、クロキ氏はよく日向ぼっこをしている出窓に、それぞれ陣取る。

 それはなんだか不思議な光景だった。

 黒い二人の亜人が神妙な様子でそれぞれ何かを考えこんでいる。

 ふぅ……、と小さくため息をついて使い古した椅子の背もたれに身体を預けて、天井を見るでもなくぼうっと上を向く。

 まだ、どうしてこんなことになったのか、実感がわかない。

 さっきまでよく晴れた空の下で庭掃除をしていたはずなのに。

 しかし、かといっていつまでも途方に暮れているのは、恥ずべきことだ。

 リカのために。僕は少しでも出来ることを始めなくてはならないのだ。


「――正直言って、僕はリンくんがどうしてリカの過去を話せないのかわからない。けれど、リカには教えられなくても僕たちには話せることがあるんじゃないかな?」


 リカの記憶を取り戻すこと――は危険なことらしい。

 しかし、今なら。リカの聞いていない状況で、僕たちだけにならもっと明かせることがあるのではないか。


「それは……」


 じっとリンの発言を待つ。

 彼女の瞳はリカの碧眼とは違って、赤い。その紅玉のような瞳が不安げに揺れる。


「ネーサマの記憶が封印されていることは、知ってマスか?」


「ふう……いん……」


 やはり、と言うべきなのだろう。

 彼女の記憶喪失は、自然に起きたことではなく、人為的なものだったのだ。

 小さなことだが、これは大事な一歩だ。


「つまり、エルフ達は記憶を消してしまうことが出来る、と?」


「使える者は、少ない。けれど、忘れること、私たちにとって凄く大事なこと。永い時を生き過ぎると、思い出につぶされてしまう。本来ならそれを防ぐための、術デス」


「……なるほどねぇ。それは確かにあるかも知れないな」


 クロキ氏が感心したような声を出す。

 エルフは人間よりも寿命が長い。しかも聡明な種族だ。

 だが、だからこそ、大量の記憶を抱えてしまうことは精神に負担をかけるのかも知れない。

 忘れたくても忘れられない苦い思いが、(おり)のように溜まって心を汚してゆく。そういうことは人間にもある。


「けれど、忘れることは出来ても、消すことは出来ない。ネーサマの記憶、封印されているけど、ちゃんとネーサマの中にある。それを刺激する、駄目なこと。リン、その駄目なことやってしまいマシタ……」


 彼女の声がほんの少し鼻にかかるような音になる。


「封印は、きちんと手順を踏まないと、開けること出来ない。よほどのことじゃないと、何も起こらないはずダッタ。――ネーサマの前で、フィルニーサマの話をしたリンは、ホントバカ……」


「ふむ。過ぎた事を悔やんでも仕方あるまい。それよりも大事なのは、今回の一件で奥方にどのような影響が出るのか、それに対して我々が出来ることは何かあるのかということだろう?」


「そうだ、例えばさっきのショックでリカが記憶を取り戻したりなんてことはないのか?」


 僕の疑問にリンは鼻をすすりあげながら、しかし、しっかりと答える。


「それはありえまセン。その程度で解けるような術は、意味を持ちまセン。恐らくネーサマが目を覚ましても、特に変化はない。今まで通りに接することが出来るはずデス」


「しかし、現に奥方は何かを思い出そうとしていたのではないかね?」


「本来ならあり得ないことデス。それほどまでに強い記憶があるなんて信じられない。リンは見たことがないし、そういうことが起こるなんて聞いたことないデス」


「……………………」


 ――フィル兄様、か。

 リカが、「あり得ない」ほど強く心に刻んでいた存在。

 彼女に兄がいたなんて。

 あの、リカのすがるような声を思い出すと、自分の中で、あまり向き合いたくない感情がじわりと沸き上がってくるのを感じる。

 ……馬鹿馬鹿しい、と言い切ってしまいたい。相手は肉親なのだ。


「ふむ。それでだ。その奥方の強い記憶とやらについてなんだが。我々は少し情報を共有しておく必要があるのではないかな。今後同じことが起こらないとも限らない。知っておくことによって回避出来る悲劇もあるだろう?」


 クロキ氏の低い声がこの場を支配する。

 落ち込んでいるリンにつけ込んで、少しづつ情報を引き出そうとしているのがわかる。

 相変わらず食えない性格をしているが、こんな時には彼ほど心強い存在もない。

 

「それは…………、そうかも知れまセン」


 そして、そのもくろみの効果は抜群だった。


 しかし。


「知っておいてほしいこと、ひとつありマス」


 この小さなダークエルフから出た言葉は、その場を凍り付かせるものだった。


「ネーサマのニーサマ、フィルニーサマはもう、この世にはいまセン」


ちょっと重たい展開が続いておりますが、もう少しでなんとかなりそうです。

カタコト系ロリ巨乳褐色銀髪ツインテ妹エルフとか本当ならすげーあざといキャラのはずなのになー。

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