第13話 家庭教師
それは僕が生まれるよりいくらか前のこと。
革命の世紀、と呼ばれた時代があった。
「世界樹革命」と名付けられたエルフ国の王政崩壊に端を発したその機運は、瞬く間に諸国に伝播した。
多くの君主が倒れるか、あるいは政治の舞台からの退陣を余儀なくされた。
大なり小なり紛争が起こり、血生臭い時代が長く続いた。
もちろん人間の国も例外ではなかった。
王家の血筋が絶えるような悲劇は無かったものの、その権限のほとんどが議会に譲渡され実質的な政治力を失うこととなった当時の王は、「魔を滅ぼした英雄の血も薄くなったものだ」と嘆いて、王家に伝わる宝剣を打ち捨てたと言われている。
また、君主に限らず当時の権力者達は、革命の名の下に凋落の一途を辿る者も少なくなかった。社会のルールが変わり、一部の例外を除けば、貴族達が権勢を誇った時代は徐々に過去のものとなっていった。
何を隠そう我が家も、そんな大きな波に飲み込まれた貴族のひとつなのだ。
曾祖父の代から斜陽は始まり、父の代にはその領地はほぼ無くなっていたらしい。
今思えば、よくそんな状況で息子を大学に行かせてくれたものだ。
しかし、今でも我が家には輝かしい貴族時代の名残がいくつか残っている。
……例えば、今、僕の目の前でエルフが着ているエプロンドレスとか。
「まだ、それ残ってたんだね」
「ど、どうでしょう?似合いますか?」
女中服が似合うかどうかを聞かれても正直困る。
「僕は、まあ、良いんじゃないかと思うけど」
だが、頬を赤らめて着ているものが似合うかと聞いて来る女性にむげな返事をするほど、僕も紳士として不出来なわけではない。
「素敵ですよねぇ。以前から一度着てみたかったのですけれど、どうにも遠慮しちゃって」
ほぅ、と悩ましげなため息をつく、メイド姿のリカ。
我が家も両親がまだ生きていた頃は、普通にメイドを雇っていた。
裕福とは言えない家庭でも多少の余裕さえあればメイドの一人や二人住み込ませたほうが便利だし、使用人が居たほうが箔が付くと言うことで、見栄を張って雇っている家はけっこうある。それに女性の出来る仕事というのは限られているので、なり手も多い。
「そりゃあそうだろう。奥方が使用人の姿をしていては示しが付かないのが人間の社会というものだよ」
昼間というのに火の入った暖炉の前で、大きなあくびをしながらクロキ氏が言う。
「それはそうかもしれませんが……。でも、素敵なものは素敵だと思うんです」
にっこりと微笑むリカに、確かにその姿はよく似合っていた。
見慣れた若草色のエプロン姿も素敵だが、ふわりと広がる黒いロングスカートにフリルのついた白いエプロン部分が眩しい女中服は、清楚な雰囲気の彼女にぴったりで、長いことメイドというものに縁が無かった没落貴族に不思議な満足感を与えてくれる。
女中服のウエイトレスが居るカフェが流行るのもこのあたりに理由があったりするのかも知れない。
リカの見ほれるような金髪ならばカチューシャでもよく似合ったのだろうけれど、今は残念ながら耳まですっぽり覆う頭巾を被っている彼女は、少し居住まいを正して僕に頭を下げた。
「では、そろそろお客様がおいでになる頃ですし、準備をしてまいります」
やれやれ。少し浮ついていた僕も、この先のことを考えると少し気分が重い。
何故、こんなことになったのかと言えば、話は数日前にさかのぼる。
◆◇◆◇◆
「――つまり、この家で、セリエ様の家庭教師をなさる、と?」
「向こうの屋敷を改装するらしくてね。その間は家庭教師を中止にしようと言ったんだけど……」
今をときめく大富豪、フェアウェル家の息女であるセリエ・フェアウェルは、妙な偶然と思い込みから僕に想いを寄せている女学生だ。
まあ、年頃の淑女の純情を「思い込み」の一言で済ませてしまうのも冷たいのかも知れないけれど。
しかし、僕に「他人には言えない想い人がいる」と看破しながら、自分の気持ちを吐露したあげく、それを利用して家庭教師を頼むのだから、ただ純情なだけの箱入りでないことは確かだ。
その証拠に、今回も我が家で家庭教師をすることを無理矢理ねじこんできた。
フェアウェル家ぐらいの富豪なら自由に使える別宅なんていくらでもあるだろうし、そちらで授業をしても良かっただろうに、「一度で良いので教官の家で授業してもらいたい」と聞かなかったのだ。
「リカは、嫌かい?」
僕としては、この控えめなエルフはもう少しワガママを言っても良いように思っている。
僕だってリカの望まないことはなるべくならしたくない。
しかし、この話に彼女は予想外の反応を示した。
「いえ、嫌なんてことはありません。むしろ、我が家で行って頂けるのならそのほうが……」
「え?」
「だ、だって、その……、お二人のご様子を見ることが出来ますし……」
「へっ?いやいや、今回も出来れば奥で隠れていて欲しいんだけど、も」
セリエの家庭教師をこの家でやるのは今回限りにするつもりだし、それほど長時間になることでもないので、バレるような心配はまずないはずなのだが。
「いえ、ですが、あの、セリエ様が我が家を訪れたい本当の理由は、その、なんというか……」
リカはそこでいったん言葉を切り、しばらくもじもじとした後、消え入りそうな声を出した。
「……恋敵、を見てみたい、からなんじゃないかと……」
このエルフはすぐに顔が赤くなる。高価な白磁のような白い肌を持つ彼女が恥じらう様は、見ていてつい頬が緩んできてしまうのだが、どうやら自分のことを堂々と〝恋敵〟と呼ぶことにかなりの抵抗があるようで、長い耳の先まで朱に染まっている。
後半は声が小さすぎてよく聞き取れないぐらいだった。
だが、言いたいことはわかる。
「そ、それはそうかも知れないけれど」
セリエの性格からして、その可能性は大いにあり得る。
「で、でもね、ボブ爺さんの時のように嫁として紹介するわけには……」
「ですから――」
◆◇◆◇◆
――と、言うわけで。
リカは我が家に住み込んでいるメイドとして紹介することになったわけで。
「――まあねえ。やっぱりそんなところだろうと思っていましたけれど」
セリエは雪の降りしきる中をスレイプニル種の二頭立てという豪華な馬車でやってきた。
脚が八本あり鉄道よりも速く走り続けられるスレイプニル種は、本来馬車に使うような馬ではない。それを滑りやすい雪の日に走らせるのだからぜいたくな話だ。
そんなことを平然とやってのける豪気な家の令嬢は、玄関で帽子とコートを受け取るメイドを見てしばらく呆けていたが、僕の書斎に通されると勉強もそっちのけで僕に色々と質問してきた。
「小説やお芝居なんかでは随分と流行っていますけれど、本当にあるものなんですねえ。貴族の旦那様とメイドの恋、なんて」
……実際、それだったらどれだけ話が簡単だったことか。
相手がただのメイドならば、こちらは失うものが無い没落貴族だ。世間の目など気にせずに二人で慎ましやかな生活を送ることだって出来ただろう。
だが、エルフとなると話が違ってくる。
もし、リカがエルフであることが世間に知れたならば、即座に憲兵隊が我が家にやってきて彼女を連れて行くかも知れない。
それもこれも革命のせいだ。
革命以降、人間とエルフの仲は急速に悪化したのだから。と愚痴を言っても始まらないのだが。
「けれど、あんな綺麗なメイド、どこで見つけてきたのですか?」
「随分と不躾な質問だなあ。……とある人に紹介されたんだよ」
嘘ではない。
彼女は恩師から紹介されて我が家に来たのだ。
ただし、メイドではなく嫁にしろと言われたのだけれど。
「すみません。……ですが、メイドにしておくのはもったいないぐらいですね。女優と言っても通用するんじゃないかしら。お父様の愛人でも、あれほどの美人は見たことありませんもの」
この歯に布着せぬ物言いがフェアウェル家の家風なのかも知れない。
けれど、さすがに年頃の娘が父親の愛人を把握しているというのはどうなのだろう。
ドレムス・フェアウェル氏はなかなか奔放な紳士のようだ。
「それに、この地方の顔立ちではありませんね。どちらのご出身なのかしら?」
「それは……あまり詳しくは言えないんだ。ちょっと込み入った事情があってね」
セリエはその言葉を聞くと、とたんに気まずそうに沈黙した。
どうやらリカのことを、色々あって地元に居られなくなり仕方なくメイドに身をやつした娘だと勘違いしてくれたらしい。
大筋のところは間違っていないし、そういう訳ありのメイドは珍しくもないご時世だ。
「――さて、そんなことより勉強勉強」
ぱんぱんとわざとらしく手を叩くと、赤毛のお嬢様は不承不承目の前にあるテキストに向かった。
「はぁい」
白い羽ペンを片手に僕の書斎机に向かうセリエは、すぐにすうっとエルフ文字で書かれた文章に没頭し始める。
彼女は基本的にエルフ語に対してはとても真摯だ。
その姿勢は、得がたい資質と呼んでもよいだろう。
僕がセリエの家庭教師を引き受けたのも、この娘がどこまで育つのか見てみたいという思いがあったからという側面は否定できない。
付け焼き刃の教師とは言え、良い生徒を見るとその成長を楽しむ欲が出てくるものだと初めて知った。
「教官、ここの活用ですけれど、少しおかしくありませんか?」
「ほう、どれどれ……」
恩師から譲り受けたエルフ語の原書に顔を近づけると、嗅ぎ慣れた独特の香りが鼻についた。
エルフ達が使う紙は人間の使うものとは質感が違う。木の皮をそのまま紙に仕立てたような、不思議な手触りがある。
「……なるほど。良く気付いたね。これはエルフ語独特の言い回しで、慣れた人でも間違えやすいところなんだけど――」
「えへへ」
褒めてやると無邪気に破顔する子供っぽさも教育者の欲をそそるところだろう。その赤髪を撫でてやったら随分と喜ぶだろうな、と思うがさすがにそれは自重する。
そして、自重して良かった、と思えるぐらい絶妙のタイミングで書斎の扉からノックの音がした。
「――――あの、お茶をお持ちしました」
「あ、ああ、どうぞ、入って」
ギイと建て付けの悪い扉の開く音とともに、書斎の空気が少し張り詰めたように感じたのは気のせいだろうか。
「あら、わざわざありがとう」
真摯な学生然とした雰囲気から、突然お嬢様としての顔を覗かせて優雅に髪をかき上げるセリエ。
この娘はコロコロと表情や雰囲気を変える。
それに対し、リカもしずしずと一礼を返した。
いつものお茶の香りとともに、ふんわりとした甘い匂いが漂ってくる。
「お口に合うかどうかわかりませんが、お茶請けにプディングをお持ちしました」
お茶のカップがいくつかに、そのカップをひっくり返したような形のきつね色の菓子が三つ四つと盆の上に並んでいる。
羽ペンをペン置きに置いたセリエは、書斎机の椅子に座ったままリカに向き直った。
「蜂蜜の香りがするわね。あなたが焼いたのかしら?」
「はい。木の実を蜂蜜に漬けたものがありましたので、混ぜております。――お好みではありませんでしたでしょうか?」
「いえ、結構よ。いただくわ」
客と使用人の会話としては特におかしなところはないのだけれど、二人を知る僕からすれば、なんだか落ち着かないやりとりだ。
リカは、いつからか書斎に置くようになった小さなティーテーブルに盆をのせ、ポットから温められたカップに茶をそそいだ。
「けれど、お茶にするには少し時間が早くなくて?やっと興が乗ってきたところだと言うのに」
僕の書斎机に片肘をついて目を細める彼女は、普段から使用人を扱い慣れている者らしい、自然で、それでいてどこか上品な傲慢さを発揮していた。
大学での知的で大人しい優等生の顔はどこへやら。
「申し訳ございません。そろそろお疲れの頃かと思ったのですが」
リカはリカで、本物のメイドであるかのように、ティーポットを手にしたまま丁寧に頭を下げる。
「……セリエ君。勉強を始めるまでに時間がかかったのは誰のせいかな?」
僕がさりげなく咎めると、彼女は急に子供っぽく口を尖らせた。
「それはそうですけれどぉ。――まあいいわ、それではお茶にいたしましょう。リカさん、とおっしゃったかしら?あなたも一緒にいかが?」
「ですが、私は使用人ですので……」
まあ確かに使用人と客が一緒にお茶をとるというのはあまり一般的ではない。
だが、セリエの魂胆は丸見えだ。
「何を言うの。格式ばった席でもあるまいし、かまわないわよ」
赤髪の令嬢の挑戦的な空気を感じ取ったのか、メイド姿のエルフはにっこりと笑顔を作り、
「では、お言葉に甘えさせていただきます」
と近くのスツールに腰掛けた。
ううむ。何だか嫌な予感がしてきたぞ。
「こちらのお勤めはもう長いのかしら?」
「そうですね。そろそろ半年ほどになるでしょうか」
「あら、まだそんなところなの。――ふうん」
さすがにわきまえているとは思うが、セリエが何を言い出すのかこちらは気が気では無い。
他の亜人達はどうか知らないが、人間社会は階級というものにとても厳格なのだ。
貴族や資本家は上流の人間であり、そのへんの労働者やメイドとは別の世界の住人である、というのが一般的な認識だと言える。
貴族とメイドの恋愛譚、なんてありがちな話が流行るのも、それが許されぬ事だからだ。
現実では許されない事だからこそ、フィクションの中で輝くのだ。
要するにセリエから見たリカは、落ち目の貴族の独り身につけ込んでたぶらかした、身の程をわきまえない下賤な女ということになる。
人によっては激昂して鞭を持ち出す者もいるかもしれない。
「やっぱり無理があるんじゃないかなぁ……」
「ん?教官、何か言いましたか?」
「い、いや、何でも無いよ」
だが、それでもリカがエルフであるとバレるよりは幾分ましだろう。
もしセリエが目の前のメイドがエルフであると知ったらどんな反応をするのか、それはそれで見てみたい気もするが、流石にそんな危険は冒せない。
「で、うちの商会の製品はいかがかしら?気に入っていただけた?普段あまり目にするようなものじゃないでしょうし、価値がわかってもらえるか不安だったのだけれど」
プディング片手に無邪気な笑顔で切り込んでくるセリエ。
……まあ、何も言うまい。
だがリカも負けてはいない。
「付けてきたほうがよろしかったでしょうか?ですが、あれは見栄や威嚇に使うには勿体ないほどの品ですので」
リカって時々とても怖いことを言うよなぁ。
エルフという種族の縄張り意識について一度ちゃんと考察してみたいものだが、残念ながら文化論に関しては門外漢なので、ただ観察するのみ、だ。
しかし、そこは社交慣れしている上流階級の息女である。下流の者が多少の牙を見せたところで受け流す余裕が感じられる。
「そう?装飾品というのは、見栄や威嚇に使うものじゃないかしら。――ところで、このプディング、悪くないわね。家のことはあなた一人でやっているの?」
確かに良い味だ。蜂蜜の香りはするが、甘さは控えられており、むしろ木の実独特のほろ苦さが良い具合のアクセントになっている。歯触りも心地良い。
「ええ。食事からベッドメイクまで、あらゆるお世話をさせていただいております」
うわぁ。なんだか胃が痛いや。
「……見たところまだ若いのに、なかなか言葉の使い方を知っているようね」
何も知らない者が見れば、セリエとリカは同い年ぐらいに見えるのだろうか。
しかし、エルフの年齢というのは人間からすれば全くわからない。リカにしても、すでに100年以上生きている可能性だってあるのだ。
しかし、それまで強気な受け答えをしていたリカは、そこで初めて寂しげな表情を見せる。
「実を申しますと、恥ずかしながら自分の年齢がよくわからないので……」
その言葉に、セリエは苦い木の実をかみつぶした時のような顔をした。
資本家というのは慈善事業に熱心な者が多い。
持てる者は持てる者としての責任を。
いつ生まれたのかもわからないような境遇の人間には慈悲の心を持って接するべき、という道徳観念が彼女を支配しているのだろう。
「………………」
窓から外へ煙突を突き出した武骨なストーブが小さく燃える音を立てていた。
冬支度の時にボブルムクス氏に設置してもらったものだ。
蔵書の多いこの部屋では火の元に気をつけなければならないが、何も無しで冬を越せるほどこの書斎は暖かくはない。
「……良い家に拾われたようで、良かったわね」
「ええ、私には勿体ないぐらいのご主人様です」
本心からの発言だと言わんばかりの満面の笑み。
その笑顔と〝ご主人様〟という響きに、不覚にもドキリとしてしまう。
「………………教官、顔が赤いですよ」
琥珀色の瞳が、ジトっとした視線をこちらに向ける。
「え?あ、いや、――コホンッ」
「……ふぅ。やれやれ。凪の帆船かと思うぐらいなびかないわけだわ」
小さくため息をついて苦笑いを見せるセリエ。
その表情に、情熱を表す赤髪に似つかわしくない、諦めの色が見てとれた。
「ただ色に聡いだけの浮ついた下女につきまとわれてるようなら、目を覚ましてあげたかったんですけどねえ」
本当にこの娘はあけすけに物事を言う。
新しい時代の旗手の家に生まれた者は皆こうなのだろうか。
「まあ実際に見て、お話出来て良かったわ――」
あっけらかんとした表情。何事も無かったかのような、さっぱりとした笑顔。
けれど、それはむしろ寂しさを必死に押し殺しているようにも見えた。
セリエは聡明な娘だ。
これまで彼女の教師をしてきた僕の、忌憚ない感想として、そう思う。
それはただ学問の才があるということではなく、自分を取り巻く物事に対し、冷静な判断を下すことの出来る眼と頭を持っているという意味だ。
あのパーティの日のように予想外の事態に取り乱すことはあっても、恋慕の情で己を見失って他人に迷惑をかけるような娘では無い。少なくとも、僕にはそう見える。
――彼女は、はじめから諦めていたのではないのか?
あの屋敷で、あの夜風吹くバルコニーで全てをさらけ出した時から。
諦めきれないのならむしろ、あんな手段で持って家庭教師を頼んだりはしないだろう。
今日訪れたのは、それを確認するため。
『自分が諦めていること』を確認するためにこの家に来たのではないのか。
にも関わらず、寂しさが消えてくれずに戸惑っている。それを無理矢理に押し隠すための、爽やかな表情のように、僕の目には映った。
ふと。
――ふと、そんな顔をする教え子に、同情の念が沸いたと言うのは言い訳だろうか。
魔が差した、とでも言うべきかもしれない。
「セリエ君。君は充分素敵なレディだよ。僕がちゃんとした社交界の住人ならば、ほっとかないぐらいだ」
ティーポットの口から薄く細い湯気が立ち上っていた。
窓の外で雪が降り続いている中で、ストーブの前の空気がゆらゆらとゆがんで見える。
「君のエルフ語に対する姿勢は素晴しい。その一途な様は美しいと言っても良い。まだ社交界ではフェアウェル家の娘としての君しか知られていないかも知れない。けれど本当のセリエ君を見出す者がいつかきっと現れる。そのことを考えると少し口惜しくさえ思うよ。――君の教師になれたことは、僕のささやかな幸運のひとつだ。その生徒が魅力的な女性であるということを差し引いても、ね」
出来る限り誠実に。
自分の言葉を尽くして、教え子に励ましの言葉をかける。
教師の端くれとして彼女にしてやれることはこのくらいのものだろう。
――と、自己満足に浸ってしまっていたのだが。
「……教官、そういう言葉は時と場所を選んだほうがよろしいかと思います」
「え?…………あ、」
困り眉で顔を赤らめる教え子にたしなめられ、僕ははっと我に返る。
そして、小さな過ちを犯してしまったことに気が付く。
目の前にいるメイド姿のエルフの、長い耳が頭巾の下でピクリと動いたのが見て取れた。
「ご主人様の教師としての熱意に、わたくしはただ感じ入るのみでございます」
氷のような笑み、とはこういう表情のことを言うのかも知れない。
「――そのような情熱的なお言葉、お勤めを始めてから聞いたことがありませんもの」
じんわりと妙な汗がにじむのを感じたのは、ストーブの炎が強すぎるせいではないだろう。
――その後、クロキ氏に「何があったのかね?」と聞かれるほど、しばらくリカの態度が冷たかったことは、付け加えるまでも無い。
遅くなりましたが、今年初の更新となります。
今年もマイペースに好きな話を書き散らしていきたいと思います。




