第12話 女学生③
家に辿り着いたのは、夜もふけてのことだった。
外は痺れるような寒さで身体が強ばり肩が凝るほどだったが、扉を開けてその光景を目にすると、ほっと力が抜けていくのがわかる。
「お帰りなさいませ。さぞお疲れでしょう、酔い醒ましにお茶を用意していますよ」
いつもと変わらない笑顔で僕を出迎えたエプロン姿のエルフに連れられて、僕は食堂に落ち着いた。
長いこと夜馬車に揺られて酔いはすっかり醒めていたけれど、冷え切った身体に暖かいお茶はありがたい。
「パーティはいかがでしたか?」
僕の脱いだ上着を受け取ってほんのわずか臭いを嗅いだ後、にっこりと微笑んでそんなことを聞いてくる彼女に、その仕草を見なかったことにして僕は答えた。
「あ、ああ、僕なんかじゃ二度とお目にかかれないような盛大なものだったよ。料理も凄くて、是非リカにも見せてあげたかったな」
そう言って干した香草を煮出したお茶を一口飲む。
すっきりとした飲み口で、それでいて落ち着く味わいだ。
今晩の少しばかり後ろめたい気分を吹き飛ばしてくれるような気さえする。
「その言葉だけでも充分ですよ。貴方様が無事帰ってきて下さることが、私にとってなにより嬉しいことですから」
僕がテーブルに落ち着いたのを見て、向かいに座るリカ。
灯りは小さなカンテラと、暖炉で熾き火になっているドワーフ炭のほの赤い光のみで、白い顔と白金の髪がうっすらと照らされていた。
彼女の言葉に、いつか僕が旧友と酒を飲んで帰ってきたことを思い出す。
――今度は無事に帰って来てくれた。
あの時、リカは何故か涙を流した。彼女が記憶を失う前に何があったのかは未だにわからないが、恐らく彼女の過去の記憶に関わることなのだろう。
「……寂しい思いをさせてすまなかったね。折角の収穫祭の日なのに」
「いえ、クロキ様もいらっしゃいましたし、事情を聞いたヘレナ様が遊びに来て下さったので」
ヘレナと言えば、僕が寄稿している雑誌の編集者なのだが、近頃は数少ないリカの友人として大事な存在になっている。今では僕よりリカのほうが仲が良いぐらいだ。
「そうか。それは良かった。クロキさんは?」
「先ほどお休みになられました。どうやらクロキ様はヘレナ様が苦手なようで、可愛がられるのも疲れるものだ、なんておっしゃって」
「ああー、それはなんとなくわかる気がするな」
苦笑しながら僕はその光景を思い浮かべた。
ヘレナはあれで意外と少女っぽいところがある。見た目は猫と変わりないケット・シーなんかを見ると、たまらないものがあるのだろう。
「……それでもやはり、貴方様に居て欲しかったのは事実ですけど」
口を尖らせながら冗談めかして言う。
暖炉の熾き火とアルコールの燃えるカンテラの炎が揺れて、不思議な影をあたりに作っている。
酒を飲んで家路につき、帰りを待っていた人と他愛ない会話を交わすまったりとした空気。
お茶の香りが周囲に漂い、暖炉からは小さく低いドワーフ炭独特の燃える音が響いている。
こんな時間が愛おしく思える僕は、けっこう幸せものなのかも知れない。
「――あのさ、リカ」
「――あの、貴方様」
二人の言葉が被る。
「……クスッ。なんでしょう」
「いやいや、そちらからどうぞ」
「そうですか。……では」
そう言って彼女は、脇の椅子の上に置いてあった小さな包みを持ち上げる。
「収穫祭の日は、親しい方に贈り物をすると聞いておりましたので」
今度はこちらが笑う番だ。
「……どうやら考えることは同じみたいだね」
「え?」
「さっき渡した上着のポケットに入れたままなんだ。取り出してくれるかい?」
彼女が僕に渡してくれた包みよりも幾分小さい、洒落た包装がされた袋をリカは上着から探し当てた。
「これは……」
「お互いに開けてみようか」
僕の手には、彼女から渡されたプレゼント。
リカの手には、僕からの贈り物。
「ありがとうございます。では」
リカはどこかしらかしこまって神妙な顔をしている。プレゼント一つに大袈裟な、とクロキ氏ならいいそうな表情だ。
お互いの包みを開ける音が、食堂に響く。
「これは……、マフラーかい」
紙の包みから出てきたそれは、暖かそうな毛織物だった。
上品な色合いの細い毛糸で、丁寧に編まれているのが見てとれる。
「いつものクラバットではこれからの季節寒いのではないかと思いまして」
確かにそうだ。大学に講義に行く時、正装に合わせて父親が使っていたクラバットを巻いていたが、流石に薄布一枚では首元が寂しいものがあった。
「ありがとう。とても助かるよ」
僕はにっこりと微笑んだ。
「気に入って頂けると嬉しいのですが……、あら、これは」
包装を丁寧に解いていた彼女が僕より少し遅れて取り出したのは、小さな髪留め。バレッタなどと呼ばれている種類のものだ。
「いつも麻布で髪を縛っているだけだろう?少しぐらいは着飾ってみてもいいんじゃないかなと」
なんとなく気恥ずかしくて彼女のほうを直視せずに言う。
「え、ええ?私に、これを?」
その声は戸惑いが入り交じっていた。まあ、それはそうかもしれない。
今の彼女の生活はほとんどこの家で完結している。出歩くと言えば市場まで買い物に出かけるぐらいで、それもエルフであることがバレないよう、頭巾などで頭部を隠してだ。
髪飾りなど付けようという発想がなかったのだろう。
「深い海でしか取れないとくべつな珊瑚らしいよ。何でも人魚にしか取ってこれないんだそうだ」
三日月のような形の珊瑚に金具のついた髪留めは、品の良い淡い桃色で、不思議な光沢に満ちていた。
「ありがとうございますっ!一生大事にします!とても綺麗……」
深海の宝石とも呼ばれるそれは、どうやら森の民であるエルフの審美眼にもかなったらしい。
うっとりとした表情が、薄暗い灯りに照らされて、なんだか幻想的な光景にも見えた。
こういうとき社交慣れした貴族の男なら「君のほうが美しい」とでも言うのだろうが、さすがにそれはきつい。
「気に入ってもらえたのなら何よりだけど」
僕にはこれが精一杯だ。
「もちろんですっ!……でも、私にはわかりませんが、こういうものはかなりのお値段がしたのではないですか?」
初雪を手に乗せた少女のようにそっと髪留めを眺めながら、彼女は僕に問いかけた。
「ん、まあ、正直に言えば、かなり値が張った。けど、大学からの給金もあるし、それに……」
「それに……?」
言うのはためらわれるが、言うなら今しかないかも知れない。
「ちょっと、ね。別口で、仕事が見つかって」
不思議そうな表情をするリカに、僕は先ほどまでの晩餐会の詳細を語り始めた。
◆◇◆◇◆
「――教官には、すでに思い人がいらっしゃるのでしょう?」
「どうして……」
どうしてわかったのか、問えば認めてしまうことになる。僕は慎重に言葉を選んだ。
「どうして、そう思うんだい?」
「だって教官、昼間、うちの商会に寄ったでしょ?」
セリエの赤髪が風に揺れる。
「…………あっ」
フェアウェル家は、主に人魚相手の貿易で大きくのし上がった家だ。
人魚達に人間の技術や物資を輸出し儲けを出す。それとは逆に、人魚の国の資源を買い人間社会に輸入する。交易の基本だ。
その人魚の国の代表的な特産物のひとつに装飾品がある。
貝殻、真珠、珊瑚などを使った美しい装飾品の数々は人間の国でも人気が高い。
そういったものを扱う直営の商会が、フェアウェル家お膝元であるこの街にはあるのだ。
「取引明細の署名に教官の名前があったから、それでお父様が一言挨拶しておきたい、って事前に私に言ってきたんです」
さすがはフェアウェル家当主、と言ったところなのだろう。
一見の顧客の名前もパーティの出席者の名前もちゃんと憶えていて、一致させることが出来るとは。
我が国の資本家というのは、基本的に自分から働くことはしない。
労働という品の無い行為は労働者に任せて、文字通り資本から得られる収入だけで生きていくのが正しい生き方とされる。
このあたりは貴族を真似ているとも言われるが、ドレムス氏はそんな上流階級のあるべき姿など気にしないようだ。
「せっかく遠出をしてこの街に来たのだから、土産物のひとつでも、と思ったんだけどね」
間髪入れずに彼女は問いかけてくる。
「どなたに、ですか?ご家族の方はすでに亡くなられているとお聞きしましたが」
今の貴族制度というのはなかなかに厄介なものだ。官位の継承は理由までちゃんと公開される。
僕が沈黙していると、セリエはおどけたように言葉を続けた。
「最初はね、もしかしたら私へのプレゼントかなぁって乙女心を働かせたりもしたんですよ?……でも、いくら教官でも、うちで売っているものを私に贈るような野暮な真似はしませんよね」
笑っているのにどこか切なげな、そんな笑み。
「ご結婚されておらずこういった社交の場に参加する、でも異性用の贈り物を購入した……ということは――」
やはり資本家の息女。社交慣れしているらしい。
こういった社交というのは、政治的な側面があるのももちろんだが、未婚者が良い相手を見つけ出す場という意味合いも大きい。
既婚者ならば夫婦で参加するのが普通だし、一人で来るのならそれはパートナーを探しているというアピールにも繋がる。
「あまり大きな声では言えない相手が居る、ということではないでしょうか。……そうですねぇ。例えば、身分違いの恋だとか」
これだから頭の回る者の相手は厄介だ。
セリエがあっさりと手の内を明かした理由もこのあたりにあるのだろう。
世の中には、自分の想いが実りそうに無いと確信した時、無かったことにして忘れようとする者と、あえて吐き出してすっきりしようとする者との二種類が居る。
セリエは後者だったというわけだ。
「それは君の想像だろう?僕がこのパーティで相手を探していて、あわよくばその誰かにプレゼントを渡すつもりだった、という可能性も」
「無駄になるかも知れないものに対する投資としては、少々額が大きいですよね。フェアウェルのブランドは、客筋を選ぶ値段ですから。失礼な言い方になってしまいますが、決まった相手でもいないと、大学講師のお給料では気軽に買えないんじゃないかな」
大学講師はあくまで副業に過ぎないが、セリエの様子を見る限り本業のほうの稼ぎもおおよそのところは把握しているのだろう。
降参だ。
「……やれやれ。見栄を張って良い物買うんじゃなかったな」
僕は小さく肩をすくめた。
「質は保証しますよ。珊瑚は一級品しか使っていませんし、金具や装飾もミスリル銀ですから。お相手の方もきっと喜ばれると思います」
そう返されるとこちらはもう苦笑するしかない。
「さすがに商売慣れしてるね」
「そんなことはありませんよう。むしろここからが商家の娘としての腕を見せるところです」
……ん?
「なんだって?」
「――交渉を、しませんか?」
交渉?
「知られると、まずい相手なのでしょう?」
若い娘というのは時折、びっくりするぐらい向こう見ずなところがある。
昔の学友がよくそんな愚痴をこぼしていたな、と思い出した。
「君は、まさか……」
「いえいえ。口止め料を払え、なんて言うつもりはありません。ただ、一つお願いがあるんです」
肩に掛かった僕の上着の合わせ部分を抱きしめるように握って、彼女は震える声を出した。
「――私の、家庭教師になってくれませんか?」
……………………はい?
「もちろん報酬は払います。教官にエルフ語を教えて貰う時間を、もっと増やしたいんです」
◆◇◆◇◆
「――という訳なんだけど……、ってリカ、ちょっと待って!苦しい、苦しいってば!」
戯れに僕の首にマフラーを巻いてみていた彼女の手は、少し力が入り過ぎていた。
「あら?申し訳ありません。――で?その話をお受けになったのですか?」
笑顔で、でもマフラーを握る手は離さない。
「いや、だって、君のことを追及される訳には行かないし、単純に仕事の依頼だと考えれば断る理由もないし……」
僕だって色々と説得は試みたのだ。
エルフ語について真剣に学ぶならもっと専門の教師に頼んだほうが君のためだと。
だがセリエは頑として聞き入れなかった。
教官が指導してくださるなら、私の意欲が増すと。現役の翻訳家のお話を聞けることは他にはない経験になるに違いないと。授業料も大学からの額より出すとまで言ってのけた。
先ほどまであんな失態をさらした相手に対して、こうもしたたかに交渉出来るあたりは、さすがに商家の娘と言ったところだろう。
最後には僕も根負けして、了承してしまうことになったのだった。
「それはまた、随分と見込まれたものですねえ」
なんとなく視線が冷たい。
「まあ、その、だから、仕方なくというか、」
さっきまで寒さに震えていたというのに、何だか妙な汗がにじむのを感じながら、これはしばらく不機嫌になりそうだぞ、と覚悟したのだが。
「――――でも、お仕事ですものね」
急にマフラーを持つ手から力が抜けた。
「それに、私を守るためにしてくれたことなのですから、感謝せねばなりません」
聖母のような微笑み、と言うと敬虔な者は怒るかもしれない。
異教徒であるエルフを聖母に例えるとは何事だと。
だが、我が国では教会が社会の柱になる時代はとうに過ぎ去った。神学の庭に収まりきらない哲学が幅を利かせ、神を信じない亜人を友と呼び、教義よりも経済論を重んじる資本家達が主役の世界なのだ。
このくらいの比喩は神もお目こぼし下さるだろう。
それに、その笑顔を見た僕は、異端者を罰する揚げ足取りに構っている余裕なんてまるで無かったのだから。
……これで、二敗目だ。
彼女は、パーティに出かけるかどうか悩んでいた僕を笑顔で送り出した。
そして、今もその美しい笑顔を僕に向け続けている。
僕は、ためらいがちにその言葉を口にしてしまう。
「リカは――、それでいいのかい」
リカは、少し呆けたような顔をした後、目を丸くした。
「え、いや、そんな……いいも悪いもない、と思います、が、」
だが、取り繕うような表情を見ていれば、質問の意図は伝わったことがわかる。
「ごめん。……ただ、エルフというのは理性的なんだなあと」
上着からセリエの匂いをかぎ取ったくせに。
無意識のうちにマフラーを握る手に力が入っていたくせに。
それでも彼女は平静な様子を崩さなかった。
セリエは、子供っぽく我を忘れ、簡単に本音をさらし、その上開き直って僕を口説いてまでみせた。
情熱的、と言っていいかもしれない。
ならばリカは。
仕事とは言え、自分を慕う女性の家に足繁く通うことになった男を見て、拗ね言のひとつも言わずに笑顔で受け入れる、その姿勢。
もちろん性格の違いはあるだろう。
エルフというのはそういう性分なのだろうと勝手に納得してしまう事だって出来る。
女の嫉妬を愛でたい、なんて浮わついたことを言うつもりはない。
それでも、押し殺してしまえるぐらいの感情なのかな、と思ってしまうことがある。
……やれやれ。嫌な男だな。
「やっぱ、だめだ。ごめん、今のは忘れてくれ」
両手をあげて、そっけなく言ってみるが、彼女はマフラーを握ったまま、まごまごとしていた。
「あの、その、だって、私は、妻ではありませんし、種族も違いますし……」
そう。それもわかりきっていることだ。
彼女が踏み込んでこれない壁。セリエのようにあけすけになれない理由。
それは、僕も同じ事なのだから。
「嫁にしろ」と預けられた相手を、貰うでもなく、宙ぶらりんの状態で我が家に置き続けている理由。
エルフと人間。今の我が国において、それは場合によっては身分の差よりも厄介な障害だ。
恩師ハイマンはそのあたりのことを理解して、彼女を僕のところによこしたのだろうか。
暖炉の熾き火がじゅうじゅうと小さな音を立てていた。
目の前のエルフはどこか心細そうに下を向いている。
なんだか、面倒になってきた。
「――ふぇ!?」
無意識だったのかどうかよくわからない。
けれど、僕の両手は、いつのまにか彼女を抱きすくめていた。
「あ、あああの、あ、貴方様……?」
リカの柔らかいはずの身体は、固く強ばっている。
どこか身悶えるようにピンと尖った耳が、赤くなっていくのが見える。
酔いはとっくに醒めていたはずだった。
「リカ……」
本当はリィルケと発音すべきその名前を、僕は小さくささやいた。
彼女の顔を見る。
まるで芸術品のような、美しいエルフの顔。
色気だとか、そういうものはあまり感じない。どちらかと言えば良く出来た彫刻や絵画を見た時のような気分になる。
だが、困り眉で頬を赤らめ、その碧眼を潤ませている様は、どうしようもなく僕をかきたてるものがあった。
「あ、あの、その、突然どうされたのですか」
どんな始まり方でも、夫婦の真似事を続けていれば情はうつる。
彼女の身体からは、なんだか不思議な甘い匂いがしていた。香草の香りでも焼き菓子の香りでもない、恐らくは彼女自身のそれ。
それが、臆病な僕を後押ししていた。
「困る、かい?」
そう言うと、彼女の身体から力が抜けていくのがわかった。
小さく、震えるように、首を横に振る。
彼女の顔が近くなる。
僕はゆっくりと、その薄い唇に近づいて――
「…………君達はもう、とっとと本当の夫婦になったほうが良いんじゃないかね?」
「きゃっ!」
低い声が、薄暗い食堂に響いた。
目をこらして見なければ気付かないほど、あたりの影に同化してしまっている黒い毛並み。
そんな中で、緑色の瞳だけが無機質に光って僕達を見ていた。
「驚かせたならすまない。だが、こっそり横を通り過ぎるのも趣味が悪いと思ってね」
咄嗟のことで、反射的に僕は彼女の身体から手を離していた。
リカがおずおずとクロキ氏に問いかける。
「あ、あの、おやすみになられたのでは……」
「ただの小便だ。気にしないで続けてくれ」
そう言うと興味を失ったかのようにクロキ氏は僕達の横を通り過ぎ、裏庭の方へ音を立てずに歩いていった。
「………………」
僕はぎこちなくリカを見る。
彼女は頬を赤くしたまま、どこかふわふわとした雰囲気のままぼうっとしていた。
「え、えと、あの、まいったな、ははは……」
「え、ええ。その、ありがとうございます」
おいおい。何を言っているんだ。
「あー、クロキさん、また、ここ通るよ、ね」
「あ、はい。あのお姿ですが、器用に戸を開け閉めなさいますし」
どことなく会話がズレている気がする。
「きょ、今日はもう、寝る?」
「え?あ、貴方様が望むのなら……」
…………もちろん、普通の意味でだぞ。
◆◇◆◇◆
その数日後。
「――――それでは、今日はここまでとします。疑問点は各自調べるか、私のところまで聞きに来るように」
いつものように講義の終了を告げる。
教壇の上の資料をまとめ、いつものように教室から学生が去って行くのを見守る。
そして。
「教官、質問があります」
これまた、いつものように、僕の下へやってくる女学生。
今度から家庭教師を受け持つことになったお嬢様。
今日は一体何の質問だろうかと思ったら――
「その、マフラーの贈り主について聞きたいのですが」
長いため息をひとつ。
「……質問は講義に関することだけにしなさい」
セリエの、学問への姿勢に感心する気持ちなど、とうにどこかに行っていた。
これでは先が思いやられる。
そう思いながら、僕は軽く彼女の頭を手にした紙束ではたいたのだった。
図らずもイヴ更新となりました。読んで下さる方々に感謝を。
しかしやっぱり、恋愛色の強いお話を描くのは気恥ずかしいものですね(今更かよ)。




