1 Suddenly
退屈な授業を睡眠学習法を駆使して乗り越えた僕は、列車から降りて岐路についていた。
眠る、という行動は人間の最も基礎的な本能であり、生体機能の維持には不可欠なものなのだ。
だから僕の貪る惰眠は純然たる精神活動の一部でありそれを否定するなど何たることだ!
と、授業中に寝ぼけてのたまわり教師の怒りを買ったところまでは記憶にあったが、中央線に揺られて東京駅まで乗り過ごしたのはその影響ではないと思う。
根拠はない、よって正確には思いたい、というべきだが。
既に時間は9時をとうに過ぎて、時計の針がまた90度を形成しようとしていた。
夜の夜中の住宅街の間を縫うようにして自転車で疾走。
30分後に帰宅、となるからには帰宅が遅い上に連絡をよこさなかった(夢というトンネルを抜けたのは手遅れになってからだったのだから仕方が無い)ことについてお叱りを受けることは明白であり、その言い訳を必死になって考えざるおえなかった僕が前方不注意だったことを誰が咎められようか。
おそらく一生忘れないその27秒は非常に奇妙なものだった。
目の前に大型の車があった、と思った次の瞬間、肺を押しつぶすような衝撃から目の前の風景が右回転を始め、三半規管が体のゆっくりとした浮上を知らせられる。
停止した車のライトをまわされるちくわの如く体中にあびながら、鳴り止まないクラクションをBGMに黒と白の縞模様上空を通り過ぎ、何かにはじかれるような感覚と共にだんだんと地面に歩み寄って、最後はひらひらとふうせんのように地面にころがった。
あとで知ったが具体的には、体が交差点中心へ向かって時速97km仰角45度で飛び出し、たっぷり19秒かけて交差点の端から端へ斜め横断し、高度残り50cmのところからさらに8秒もかかって落下したそうである。
倒れたことで顔に擦りついたコンクリートの地面が思いの外冷たく、外気の寒さとの相乗効果に飛び上がった。というのも、自動車事故にあったとは思えないほどに僕はピンピンしていた。
むしろ周りの方が病的な顔つきになっており、ふりかえると口を開けたまま活動停止するご老人が一人、まわりをみると交差点一帯の老若男女が軒並み口を開けたハシビロコウと化して、微動だにできないでいる。
目に写った光景が理解出来ないと、頭が真っ白になることがある。その現象を不確定多数に起こせるほど、甚だしくあからさまに不自然な投射運動だったのだろう。フロントの凹んだ車と大破した自転車と無傷で立ち尽くす僕とを何十人もの目線が往復していた。
その一時停止ボタンを押された人々の中、僕の目は彼女を捉えた。
まるで突然ぬいぐるみを取り上げられたように顔をしかめていたが、目が合ったことに一拍遅れて気づき目を逸らすと、手に持った棒を握りしめた。
小柄な体は冬風に掻き消えそうな印象を持つ。風に吹かれる蝋燭のようだ。
彼女も一応は驚愕の中にいるようだった。半分涙目になっているようにも見えるが。そりゃあ、今の出来事は誰の目にも予想の範疇を超えたことだろう。
ただし、再び視線が交差した時、原因はともかくその瞳は怒りに満ちあふれていた。
眉間にシワを寄せ今にも僕をその視線で射殺さんばかりに睨みつけたかと思うと、やおらに片手に持った棒、鞘に収まった日本刀を振りかざし殴りかかってきた。
否、制圧してきたといったほうが正しかったかもしれない。
5m近くあった間合いを二歩で詰めると鳩尾に一撃、ここから二時間ほど記憶が飛ぶ。
それでもこれはプロローグ。