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前兆

 要望どおりにシャワーを浴び終えると時刻はもう午前七時を回っていた。

 時衛士は急かす様に立体映像ホログラムの男の遣いに先を促すのだが、彼はのらりくらりと言葉をかわして聞く耳も持たず、逆に促すようにして食堂へと衛士を誘った。

 腹も減っていなければ食欲も無い。さらに時間帯が時間帯だけに同級生が来ることも考えられて、この寮の中に居ること自体が気が気でなかった。もし仮に誰かと出くわしてしまったらなんと言おうか――別に悪さでもしているわけではないのに、衛士はそういった焦燥、危惧に駆られて胸を高鳴らせた。

 胃痛が強くなる。だというのに構わずフェイカーは、その体の輪郭を浮き立たせる旧・耐時スーツに眼の部分を長方形に切り抜いたフェイスマスク姿のよく目立つ格好で、食堂の中へと姿を消した。

 衛士は歯を食いしばってから、その眉間に、鼻頭に深い皺を作ってから、どうしようも無いと諦めて彼の後を追う。

「戦闘員は体が資本だからね。”あの時の怪我”は治ってるみたいだけど……。食事を用意したんだけど、食べてくれるだろう?」

 高すぎず、低すぎない声は男女の区別を付かせない。彼は出入り口の扉の直ぐ脇にたって衛士を待ち、その姿が見えた途端にそう告げた。

 食堂には、長机がカウンターに対して垂直に向き、幾つもが整列して並んでいる。彼が用意したらしい食事とやらは列の端、そして真ん中辺りの机の上にどっさりと盛られていた。

 黒い塊だった。

 否、それはどうやら海苔に巻かれた何か――衛士が推測するに、どうやら山となるそれらは無数のおにぎりで構成されているらしい。衛士はその光景に腹を鳴らすと言うより、辟易するように胃を収縮させて食欲を減退させていた。

 包装されているそれらを見る限りでは、市販のものであるのは明らかだ。数はゆうに数十はあろうもので、その脇にはペットボトルのお茶類が幾本か用意されている。が、おにぎりの圧倒的な存在感を前にしては、その存在などは小石同然だろう。喉に飯を詰まらせても、咄嗟にキッチンへと向かってしまいそうな希薄さだった。

「怪我? いや、ありがたいけど、今食欲が――」

「君はそんな事を言って、どうせ向こうに行っても何も食べないんだろうから今の内に食べないと」

 言葉を制するように、彼は背を押し机へと衛士を強要する。衛士はこのごわごわとゴツイ戦闘服に、足のホルスターに拳銃を差し、備え付けのポケットに五本の予備弾倉を、そして腰の専用ホルスターに砂時計を装備する自分がおにぎりを頬張っている光景を想像してから、見事にシュールな感じだと思いつつも――結局、強い押しに負けて、彼はおにぎりの山を前にして席に着いた。

 落ち着きさえ取り戻せば酷く穏やかな口調となるフェイカーだが、それでも名を教えてくれることは無かった。会話をすれば、彼の立場など関係無しに性根が良い人間なのだと理解することが出来たから、彼を偽者フェイカー等と呼ぶのは今更ながらに失礼な気がしていた。しかし彼はそれが気に入ったように、あるいはどうでも良い様に振り待っているのを見て、やはり今更、それを変えるにも変えられない状況となっていた。

 シャワー室で考え直したものの、やはりその本人を前にして「やっぱり名前を変えよう」などと言う愛玩動物に名前をつけるような気軽な発言が出来るわけは無く、意気消沈したように肩を落とした衛士は、フェイカーの熱い視線のもとで恐る恐るオニギリの山へと手を伸ばす。

 表情は涼しいものであろうが、彼の心情は酷く複雑なものだった。

 なにせ、自身をここまでに陥れた男の遣いに、これほどまで心を穏やかにされているのだ。これでは、親の仇に命を助けられたようなもので――我慢がならないのに、ソレに対する怒りも、力も湧いてこない。腑抜けていくのが良くわかるのに、心は平穏を極め、早く試練を挑みたいのに、この時間を一秒でも長く感じていたいという気持ちが強くなるのを感じていた。

 ――死にたいと、いつになく思う気持ちが膨れ上がる。

 実際には死にたくない。覚悟も無い。

 そういったことが思える現状は――まさに、この地下空間ジオフロントに連れて来られる前の、平和な日常を送っていたあの頃と同様のものだった。

 これは良い傾向なのか? 衛士は自問するも、答えはわからない。

 目的が不明瞭な殺人を幾度と無く繰り返されて、命をかけて、いくつもの人の死を眼にして、心を傷つけて、それでも誰も励ましてくれず、誉めてもくれない。あるのは怒鳴り散らされるか、次にどうすればいいかという無機質な反応。

 その結果がこれだとしたら、その強いストレスによって変異したのがこの精神状態だとしたならば――どうしようもなく、皮肉なモノだと衛士は自分を嘲笑したくなった。

「やっぱりお腹が空いていたんじゃないか。トキ君は話通り、素直じゃないね」

「ん? ――ッ!」

 考え事をしていたはずなのに、気がつくと衛士は手に半分以上が欠けたオニギリを握り、咀嚼していた。フェイカーの言葉に我に戻ると、口を動かしていたことを知覚していなかった為に舌を動かし、その為に強く舌を噛んで、悶え、俯く。

 机の上には既に三つ分の包装が散らかっている。つまりは今彼の手に握られているそれでおにぎりは三つ目だという事なのだが、衛士はおにぎりを食べた記憶はおろか、包装を破った覚えすらない。

 無意識が空腹を理解して身体を勝手に動かしていたのだろうか。時として、人の本能は理性を凌駕すると言われている事から、それもあながち否定できるものではない。

「喉に詰まったのかい? 舌を噛んだ?」

 フェイカーは眼を細めたまま、ペットボトルの蓋を開けて差し出した。

 衛士はそれに対して手を振って拒否をすると、彼は頷き、蓋を締めて机の上に置きなおす。

 ――もう少しまともな出会い方をしていれば、最初から彼を好意的に迎えられただろう。それほど、その様子だけで衛士は彼を出来た人間だと判断していた。

 これが、実はフェイカーの狙いなのかもしれない。衛士を心底から信用させるのが、上層部の魂胆なのかもしれない。

 そういった考えも勿論無かったわけではない。むしろ他より強いほどだったのだが、彼がその一切の可能性を切り捨てさせたのは、それができたのは、何よりも欲しいのが希望や期待であったからだ。

 甘い人情。未熟な精神。数日前の彼ならそう言って持ち直す事が出来ただろう。だが今は出来ない……その理由とはなんだろうか。

 簡単に言えば、彼の精神の耐久値が既に限界に達しているからだろう。衛士の本能が、これ以上の負担は精神に関わると悟っているのだ。

「……あー、舌を噛んだ。こいつは鍛えようが無いから痛ぇよな」

「はは、どじっ子って奴かい」

「もう子って歳じゃないし」

「もうおなかは膨れたかい?」

 握っていた紅鮭が具のおにぎりを最後に口の中に放り込んでから腰を上げる。

 その中で山の中から『ピーナッツにぎり』という珍妙な名称のそれを発見して、手を伸ばしてみてみると、ご飯自体にピーナッツが散りばめられているわけではないらしい。つまり、ピーナッツが具になっているのだ。

「にぎりって、寿司じゃないんだから」

 とてもそれを食す気にはなれず、手にとって置いて失礼ながらも、衛士はそれを山に戻して席を立った。フェイカーは既に背を向けて、開け放たれている扉の前に立っている。衛士はその傍らに急いで――彼がその場に立ち止まっている理由が、衛士を待っているというわけではないことを知った。

 彼の正面には、棒立ちする少女の姿。栗色の髪は可愛らしく纏まって、だが勝気なその目は対照的なイメージを与える。平均的な体躯の彼女は、それでも歳の割には控えめな胸を張って、作った拳を腰に当てる。その鋭い視線はいつしか、フェイカーから傍らの衛士へと移っていた。

 よりにもよって。

 彼はそう言って顔を覆いたくなる。

 よりにもよって一番厄介な相手だ。”死にたくなる”。衛士は心の中で呟いて、嘆息した。

 フェイカーは首だけを回して横に着く衛士に、肩をすくめて反応をうかがう。衛士は構わず「行こう」とだけ口にすると、そのまま先導するように先に歩いて、出入り口の真ん中にたつステッキ・サラウンドを通り過ぎようとしたところで、強く腕を掴まれた。

 その瞬間に、振り払おうと思わず力がこもってしまい――戦闘服が、部分的に膨らんで肉体を加圧する。

 まるで血圧計でも装着したような圧迫感が腕を襲うが、それも一瞬にして消え去り、次の瞬間には想像を絶する程の腕力が小さな動作で彼女を吹き飛ばそうとしていた。衛士は食い縛るようにして腕の動きを抑止し、それ故に、思わず立ち止まってしまう。

 これが、彼が初めて装備する耐時スーツの『発展型』だった。

 フェイカーの話によれば、この耐時スーツは正確には身体能力を向上させるものであり、それは生身のおよそ五倍。肉体強化ではないところが、『試作型』との大きな違いである。

 試作型は使用者の肉体に完全依存し着脱が不可となるために、強制的に肉体を強化させる。身体能力は勿論、視力や聴力、嗅覚などの五感を含め、さらに反射神経や動体視力、その他諸々……使用者自身をそのまま強化させると言った具合だった。

 そして身体能力の向上を計れば、生身のおよそ十倍。使用者にもよるが、その倍、さらに倍となる力を引き出すことも、理論上は可能だった。

「あぁ、あのおにぎりなら好きにして良いよ」

「……あんた、こんな状況でもそんな事を言うのね」

 冷たい視線は衛士に突き刺さる。心にゆとりを抱けぬ彼はこめかみに血管を浮かべる思いで彼女を睨み返してから、強引に腕を掴む手を引き剥がして彼女を背にする。

「何も言わないで、どこかに行くつもりっ?!」

「ちょっとそこまで」

 最後にそういった応酬を行って、衛士は懺悔でもするような深い溜息を付く。

 ――後悔先に立たずといった言葉が何故だか脳裏に過ぎったが、この時点の彼にはその意味がよくわからなかった。



 実験室は、壁と机が一体化しているような巨大な機械が中心になっていた。

 そして壁には分厚い防弾ガラスが埋め込まれていて、その向こう側には機械的なマスクを装着する、タンクトップに迷彩柄のズボンを着る男が数人。彼等は自主的にこの実験に参加すると望んだ、一般訓練兵であった。

 実験の目的は『付焼刃スケアクロウの自主制作』というものであったが、結局、回収されたマスクやゴムチューブに残っていた成分は使用者の体液のみであり、成果は見られない。現在実験体に注入されているのは向精神薬で、現在、能力開花の条件として判っているのは”極限状態”に”強い感情”を”爆発”させる事というものだけであった。

 酷く曖昧で、これではとても実験とは言えず、無論付焼刃の誕生などは夢のまた夢。そういった異議を唱えた黒髪の女性は、丸っこい瞳を精一杯鋭くさせて、髪の色と同様の赤い縁の眼鏡をかける女性へと顔を向けていた。

「超能力か、科学的作用によってその能力を引き起こしているのかも判らないのに、どうやったらスケアクローが出てくるんですか」

 ショートボブが故に気になるはずも無い前髪をつまむようにしてから払い、まだ幼さが残る顔に厳しさを作る。しかし、相対する、肩甲骨が隠れる程度の長い癖のある赤髪の女性は呆れるというよりも、どこか誇らしげな顔で腰に手をあて、一つ息を吐いてから彼女の疑問に答えてやった。

「さっき送った論文には目を通してくれたかしら」

「論文と言うより、感想文みたいなものでしたが――適正者、あるいは特異点のみが持つ”ある刺激”を起点にするって奴ですよね」

「そう。年々適正者が増えてきているのはそう言う事……確証は無いし、一つの例なんだけど、この論文を書いた子はただの経験でそこまで理解したわ」

「アイリンさん。私が小難しい話が苦手だって知ってます?」

 歳はもう二十に近い彼女である。だというのに頬を膨らませる仕草にわざとらしさは無く、どことなく母性本能を湧かせる様な愛らしさを見せるそれに、アイリンと呼ばれた保健医は脱ぐことの無い白衣に手を突っ込んで、微笑を浮かべた。

 ポケットの中の携帯端末を弄くり、それを取り出して顔の前に持ってくる。操作をすると、間も無く無線接続され自身のパソコンと共有状態にある事を確認してから、再び『toki』と名づけられたフォルダから、話題に出したテキストファイルを呼び出した。

「正確には、この実験は可能性を潰していくものよ。無数にある”かもしれない”を潰して、より高い可能性のあるものへと近づいていく……。今回はその一つにすぎないわ」

「それじゃ、これはムダって事ですか?」

「……サクラ。もう少し言い方って無いかしら」

「皆だってムダはいやだって、そう思ってますよー」

 彼女の言葉に、横並びになって椅子に座り、目の前の機械を操作し、あるいは様子を見る女性たちはそれぞれ苦笑し、あるいは無表情でやり過ごす。保健医はそれには眼を向けず、静かな動作でサクラの頭に手を伸ばし――指を弾いて、額を叩いた。

「あいたっ」

 軽い音は、彼女の頭部に内容物の不在を思わせる。

 保健医はそれに俄かな不安を覚えつつも「ありえない」「あたしらしくない」と誰にとも無く呟いてから自身の疲労具合を知って、息を吐いた。

「わっかんない娘ねぇ。エミリアを見習ったらどう?」

「エミリーは肉体派だから良いんです。もう、技術教官に裏切られて随一の適正に目覚めるって、典型的じゃないですか」

「あら、それじゃ貴女は自分で自分を典型的な知能派って?」

「アイリンさんの教えが良かったんで」

 えへへ、と笑って彼女は後頭部をさする。流石に、そんな呑気で幸せな思考回路に辟易せずにはいられない保健医は肩を落として、溜息を付くしかできなかった。

 ――彼女はかつて、このサクラとエミリアを教官として育て上げた事がある。今ではエミリアがそうしている座学担当であり、その中でも彼女自身、彼女等は随分と良く出来た訓練兵せいとだと自負していた。

 が、やはりその認識は間違いだったかと首を振る。目の前の彼女はどうにも残念な具合に成長してしまっていた。

 彼女も一応適正者であるが、戦闘面より座学や頭の巡りで良い結果をたたき出した為に、研究施設への人材として派遣されていた。今年はおそらく、順調に行けば”エイダ”がその位置に到達するだろう。

「適正者でもランクがあるのは知ってるわよね?」

「え? まぁ、関係ないけど、そのくらいはわかりますよ?」

「そうね。特異点に近い人間。将来有望って事で、『上位互換アップグレード』なんて呼ばれてるけど、同期生ではエミリアがそう。なら貴女は?」

「私は模擬戦にしか出た事が無いのでわかりません!」

 ――他には船坂がいて、そして彼女、アイリンもいる。

 この判断は適正をまず初めとして、戦闘能力や潜在能力、知能指数や思考回路などその他諸々を配慮した上で、他の適正者より頭一つ抜けている人間が選ばれている。が、現在ではその存在すらも少なく、組織から逃げ出す人間を殺害する”執行者”はその上位互換から選ばれるのだが、今ではヘビーローテーションとなっていた。

「……それはそうと、もう副産物の最終検査はパスしてる?」

「あぁ、”未来受信機フューチャリング”ですか? あれはもう大丈夫ですよ。間に合わせるようにしてますから。デザイン部が、ちょっと凝って停滞してるくらいで、機能面はばっちりです。砂時計と一緒で、一つしか作れなかったけど」

「いいのよ。専用機――概念実証なのは同じでしょう?」

「もう実証機レベルですけど……これが、上層部の協力があって、本格的に作られたら恐ろしい事になりそうですよね」

「ふふ。大した事は無いわよ。結局、全世界の時間を巻き戻すって言ったって、リリスの全組織を使用しなきゃ出来ないし、自立して出来たって砂時計だけだけど、旧・耐時スーツ着てなければ例外なく誰もそれを知覚できやしない……。人の運命を変えるには十分かもしれないけれど、ね」

「……トキ君、ですか。会ってみたいですね」

「でも彼もこれからとんでもない、もう下手をすれば全てが信じられなくなる事実に遇うのよ?」

「例の、”いなかったことに”ですか。並行世界パラレルを作り出すって、出来たんですね」

「あれ自体もリリスの実験に過ぎないわよ。ここの技術だってまだ不完全なんだから」

 保健医は肩をすくめて苦笑すると、大きく伸びをしてから、意を決するように口を開いた。

「それじゃ、特異点捕まえにアメリカに飛んでくるわ」

 出かければ、恐らく二日以内にこの実験の結果は出る。そして次の実験の予定は組んであるから、彼女が不在でもその準備は出来る。しかし必要不可欠なのが、その特異点の存在だった。

 だからその協力を得る為に、アメリカのリリスへと行かねばならない。この実験内容だけでは貴重すぎる特異点の貸し出しなどは決して可能ではないだろう。確実に、何かしらの条件を呑まされる羽目になる。

 そういった事が予想できる為に他の研究員や適正者を任務として向かわせるわけには行かなかった。時衛士がいればまた話は違ったのだろうが――彼とて、これから困難を強いられるのだ。あまり頼ってばかりもいられない。

「次の実験の為ですか……お供に誰か呼びますか?」

「こういう時はエミリアって決めてるのよ」

「あぁ、エミリーは災難……もとい、幸せ者ですね」

 かつての訓練兵仲間の、あの澄んだ表情を思い出して苦笑する。

 あの彼女も、この保健医を前にしてはその冷静さを保っていることは不可能で、そんな処遇に、サクラは同情せざるを得なかった。

 背後から「転送を」と命令を下されて、彼女は表情を引き締めて目の前の機械に挑む。キーボードを叩いて操作すると彼女の端末から位置情報を取得し、端末に介入する。するとすぐさま埋め込まれたモニタにはアイリンと言う名と健康状態、その肢体がポリゴン状に表示されて、次いで前面に転送準備と示された後、すぐさまカウントダウンへと移り変わった。

「それじゃサクラ。覚えておきなさいよ」

「げっ……き、聞こえませ~ん」

 サクラは両手で耳を塞いで首を振る。冷たい言葉を吐き捨てた保健医はそんな彼女の、年齢不相応の所作に失笑してから――間も無く、その場から姿を消した。モニタの転送時間が丁度○秒に達した瞬間だった。

 彼女は「あーあー」と来たる言葉を遮ってから、モニタを確認して転送が終了したことを確認する。それからまた、振り返って保健医の不在を認識してから大きく息を吐いて、肩を落とした。

 アイリンはやるときはきっちりやる女である。それを身に染みて理解している彼女はどうしようもなく逃げ出したくなって、しかし逃げ場など無い事を理解しているために絶望した後に、被験者の状態観察を続けた。

 そんな彼女を励ましてくれる同僚はおらず、みな見なかった振りをして実務に没頭しなおしていた。

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