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最後の試練:四面楚歌

 時衛士の父母は理恵と同じく全てを思い出したが、その反応の全ては超然としていて、どこか予測し得たことのように接していた。これが当たり前だと、あるいはもうこんな事態になってしまって至極残念といったような雰囲気を醸しながらも、悟られぬように衛士に日常を与えてくれる。

 が、やはりそれが長く続くはずもなかった。

「ったく。一般人なら寝てる時間だ」

 衛士は肩をすぼめて悪態をつく。それはまるで友人に冗談でもかますような所作だったが、対面するまだ幼い風貌を持つ少女は、それを見て鼻で笑い捨て口を開いた。

『あなたの都合なんて私は知らないし』

 流暢な英語でミリィは返す。両側頭部で束ねる長い金髪は彼女が少し動けば簡単に揺れ、また風が吹けばそのいわゆるゴシック色の強い衣服がスカートを翻させる。その下からあらわになるのは、色気の一切が失せたかぼちゃパンツだった。

『そもそも私はこの街をあなたから守るために来ただけだし』

「は? 意味わかんねーな。けしかけてんのはそっちだろ」

『あなたが大人しくこっちに来ればいいの。来ないから戦いになるわけで、だから人が死ぬのよ?』

「はん、のぼせ上がんな。こっちに来るだのなんだの言ってるが、お前らだって殺しに来てるじゃねーかよ」

 イラついたように雑すぎる散切り頭を掻き上げると、そんな毛髪量の少なさに衛士は不意を突かれて硬直する。が、間もなく、つい数時間前に理恵に髪を切ってもらったばかりであることを思い出して、今度はひどく無念そうに髪を乱してため息を付いた。

 そうする衛士とは対照的に、フリルのついたワンピースを翻して踊るようにたじろいで後退し、納得できぬような調子で言葉を返す。

『……、それは本当?』

 声はにわかに震えていた。それが怒りのためか恐怖のためか、あるいは情け無さから来るものかは判然としない。だが、少なくとも彼女の反応は嘘偽りのないものだと思えたし、そこから、彼女は本当に、衛士にとってはそれが当たり前だと思しきそれを知らぬのだと判断できた。

 衛士は複雑そうに顔をしかめて、肩をすくめる。と、肩から提げるストラップに引っ下がるアサルトライフルは揺れて触れるように腿を叩き、その存在を思い出させてくれた。

「もし嘘なら、もっと好意的にお話できたかもしれねーのになぁ」

『それは、……確かに。あなたがこちらに興味すら見せない理由が、今はじめて明確に分かった。けれど私の今回の役目は、全力であなたと私たちのサポートをすることだから』

 ――彼女の特異能力は、”何らかの手段を用いて”特定のもの、あるいは人間、動物などの存在を周囲に認識させぬようにすることである。姿は勿論、その気になれば気配、音、もしかすると触れた感覚すらも消失させることさえも可能かもしれない。

 一般的に考えれば洗脳系の能力だろう。電波や周波数を利用して脳に改変した情報を送り込む。だからこそ、これまでの激しい戦闘が周囲の人間に気付かれなかった。

『私には戦闘能力がないから、遠くからだけどね』

「んで、これから早速やろうってわけか?」

『うん。あなたに割ける最大の物量と能力者で攻める予定』

「物量って、どうせ一般人だろ?」

 衛士が舌打ちをして睨むと、年も身体も一回りほど小さい彼女は怯えた様子もなく、くすりと笑ってみせた。

『でもあなたが明らかに嫌いそうな人間ばかり。一人十万円だから、あなたの命はそんな人達に一千万円で売れたわけね』

 それだけ言うと、彼女は踵を返して衛士に背を向ける。もう会話は終わりで――聞く限りでは最終局面が開始するという頃合いに相成ったのだろう。

『私はあなたのことは、正直あまり嫌いじゃないから生き残って欲しいよ』

「あぁそうかい。なら大人しく手を引いて貰いたいもんだがな」

『ムリ。私はまだ子どもだもん』

「ま、どのみち二度とお前と会うことはないだろうけどな」

『そう、残念。それじゃさよなら……ミスタ・エイジ』

 もう衛士に振り向かないで、歳不相応に片手を上げてあいさつをする。随分と大人っぽい様子を見せる少女の姿を見送りながら、衛士は短く息を吐いて――早速地響きの如く響いてきた無数のエンジンの駆動音を、大地の振動から身体に染みこんでくるのを感じていた。


 ――未だ名前もわからぬ組織の最初の刺客は、そう広くはない道路の前後方から一挙に押し寄せる無数のバイク連隊だった。

 まるで湧いて出るかのように際限なく爆音を爆音で重ね膨れ上げさせるそれらは、衛士から五メートル程度離れたあたりで停止し、今度はハンドルを手前に捻りエンジンをふかし始める。それによってほとんどの音がかき消されるが、その全てが周囲の住民に届いていないのだろうと思うと、この世界に来てもやはり自分は決定的に世界に拒まれているのだと感じて、奇妙なほどに涙が出そうになった。

 家族との日常はごく自然に終えて、衛士はそこから一つ抜けてきた。恐らくこれから彼女らは彼女らの日常を継続させるだろう。衛士が最低限出来たのは、下手な改変なしに巻き込まずに済んだという事だけだった。

 やがて、衛士の正面にやってくる一台の大型バイクはライトだけを点けたまま頭ひとつ飛び抜けて停まり、その運転手が降りて衛士の前にやってくる。フルフェイスのヘルメットを被る彼はなにやら四文字熟語を刺繍する漆黒のロングコートのような特攻服を身に纏って現れる。

 その手には金属バットが握られていて、戦意は溢れるように湧いている事だろう。

 男はそのヘルメットのバイザーを上げて顔をあらわにすると、いやらしいニヤケ顔でへらへらと笑いながら、金属バットの先端を衛士に向ける。それは触れすらしないが、数ミリに迫るソレは無防備な額に威圧を与える。

 だから衛士は、ごく自然なまでにアサルトライフルを構え――。

「よう野球少年、オレの豪速球を打ち返してみろ」

 鋭く荒んだ少年の瞳、その瞳孔が開く。あまりにも不意すぎる言動に、彼の理解は追いつかなかった。

 衛士の構える銃口が、顕になるその額に照準を定めた。

 指を弾く。引き金はいとも簡単に後退し、確かな反動と感触を衛士に与え、発砲音が、エンジンの駆動音の中で静かに響く。

 ――それぞれの特攻服の背に『獄惡愚連隊』の名を背負う総数一○○余りのバイク乗りの胸は、その瞬間に血の気が引くように静まり返る。

 目の前で否応なしに容赦なく殺害されたリーダーが額に朱の弾痕を与えられて仰け反り、空を仰ぐ様に倒れていく様を眺めながら、実はこのスロットルを捻りエンジンをふかしている現在いまという時間は本当は夢の中ではないのだろうかという現実逃避に陥った。

 平均年齢が十七歳である彼らはそういった理由からこの空間においては現実感を喪失し、それ故に、不意に現れた”殺してやる”という強い昂りが、彼らをより好戦的にする。

 皮肉な事に集団を統一させる一人の男の死によって、戦いはより戦いらしく移行し始めた。

 そうしてわずか一、二分の膠着の後、今度はバイクごと衛士の正面に迫る一人が現れる。衛士はまた射線を男の頭部に合わせながら、今度は少しばかり雰囲気が違う男の言葉を聞くことにした。

 彼は網膜を焼く上向きのライトで衛士を照らしながら、バイクにまたがったまま控えめにバイザーを開き、言葉を紡ぐ。

「俺たちは一○○人……今じゃもう九九人だけど、それでてめぇをぶち殺す」

「へぇ。理由は?」

「へへ、人を殺すのに理由がいるかよ!」

「当然だが、もちろん期待なんざしてねぇけどな。その方が簡単だし――」

 自身の言葉を遮る射撃音が、鋭く目の前の男の口腔内に突き刺さる。彼は断末魔を上げる暇も無く鉛弾で喉から後頭部を貫かれ、そのままバイクに寄りかかり、そしてバイクごと大地に倒れこんだ。

「そうする以上、覚悟は出来てるみたいだしなぁっ!」

 怒気を孕む咆哮は、同時に暴走族らを揺さぶり動かし、その直後に一人の特攻が契機となって、続くようにそれぞれがフルスロットルでの突撃を開始した。

 唸るエンジン音が瞬時に肉薄する。衛士はそれに構わず、一先ず前方に迫る少年らのヘルメット、その最も装甲が薄いであろうバイザー目がけて火花を散らす。弾き宙を駆ける弾丸は、放たれた次の瞬間にはそのプラスチックを砕いて男の眉間を撃ちぬき一人を撃破する。

 同時にバランスを崩すバイクは横滑りになって衛士を襲撃し、それを横へと回避する。が、それを予測したように彼の背には肉薄したバイクが天を仰ぐ勢いで引き上げられて、高速回転するタイヤが耐時スーツを削り、凄まじい衝撃で衛士を前方へと突き飛ばした。

 世界がブレる。だが、衛士が構える銃口だけは決して敵からズレることがなかった。

 ――身体を捻り、腰からサバイバルナイフを抜き、アサルトライフルを脇から背後へと回りこませて衛士を嬲った男へと発砲。弾丸は瞬間的に、男の薄い胸板へと突き刺さる。

 滑空する衛士はそのまま前方の手段に突っ込んで、近場の男の肩にナイフを突き刺して勢いを殺す。今度は今まで無かった押し殺すような悲鳴が耳に届いて、さらに肉に刃が食い込む感触が手の中に伝わる。

 衛士はさらに力を込めて肩口から首筋へと刃を流すと、その隙を突いて縫うように振るわれる金属バットが衛士の後頭部を打撃した。

 不意に、世界は黒くぼやけ――。

「っだぁっ!」

 歯を食いしばり、口腔内の空気を飲み込み強く踏ん張る。

 喉を掻っ切った男のバイクは横滑りして、囲まれた時点で衛士が居た場所に飛び込み既に倒れていた大型二輪に重なるようにして落ち着いた。衛士は意識を確かに保ちながら小銃でバットの出先へと引き金を引く、が。既に一歩でも道を違えればバイクの走行に巻き込まれてしまう中に飛び込んだが故に、無数に振り下ろされるバットや鉄パイプ、角材の数々が衛士から離れるはずがなかった。

 同時に三つの長物が衛士の全身を嬲る。されど、耐時スーツを叩くだけのそれが、ただの一般人の腕力で振るう武器だけで、衛士を止めることが出来るはずもなかった。

「いいぞっ! 怯んで――」

 バイザーを上げて感嘆の声を上げる男は、その口で鉛弾を喰らい、砕かれた頭蓋骨から大量の脳髄を吐き出すように垂れ流して事切れる。衛士はさらに身近のバイクに銃を向けると、そのシートの前にある燃料タンクに向けて三点バーストを撃ちこみ――飛び退くように、衛士は全速で背後へと後退しながら周囲のバイクにも弾丸を撒き続けた。

 次の瞬間に巻き起こる爆発はさらなる爆発を誘発し、燃ゆる炎は二輪を焼いて横転して出来上がる隙から炙り入り込んで、また燃料タンクを内部から爆発させる。

 凄まじい熱気と衝撃波が衛士を含む、既に八十人あまりとなった彼らを焼き尽くす。熱した空気を吸い込むが故に喉が、肺が焼き尽くされ、呼吸を奪われ息絶えて行く。やがて倒れたその肉体にさえも炎が蝕み始め死に至る。

 だがそれでも、バイクを離れて衛士を囲む暴走族連中の数は未だ五○の大台に乗ったままだった。

 炎が壁となるように道路からその空間を隔絶させ、そして凄まじい熱気が肌を焼く。目を開けていればその粘膜が瞬く間に乾いてしまいそうなその中で、それぞれが手に手に武器を持ち、ただ一人の青年の命を狙っている。

 衛士はそこでようやく初めて弾倉を入れ替えて、短く息を吐いた。

「んで――てめぇらが、あの爆発を凌げる”能力”を持った連中ってことかい?」

 バチバチと金属が火花を散らす音がする。そして短い小規模な爆発音が、所々から発された。

 逃げ場などなく――孤立無援、四面楚歌。無論、逃げるつもりなど毛頭なく、されど高い緊張が極度の疲労を招いていた。

 このまま自宅に手を出されたらどうしよう。果たして、たかがこの実力で止められるだろうか。

 心が不安に陥れられる。煽られ、そしていわれなき焦燥が胸をチリチリと焦がす。

 じれったい。

 このまま突っ込んで皆殺しにしでもしてやろうか――考えてみるも、その実力があればとうの昔にこの戦闘は終えているはずだった。

 そして実際には、それを実行すればただではすまないだろう。

 仮に彼ら、目前の約五○名の彼らが皆能力者だとしたら。

 上司が言っていた通りに一騎当千の実力がないにしても、この物量は衛士にとっては圧倒的すぎた。

 どれほどの精鋭を送ろうともそれが絶対的に一人である限り、衛士には勝機が垣間見える。どれほどの実力差があろうとも、それが個体である限り衛士には勝利という可能性が存在していた。

 だがそれが二人、三人と増えたらどうなるだろうか。それがたとえただの雑魚、一般人だとしても彼の集中は一人から三人に向けなければならなくなり、散漫。それが五○人となれば壮絶だった。

 そして彼らは群れている。決して単独で突っ込んで来よう等という愚か者は誰一人としておらず、まるで怯えたネズミのように固まって焦れる衛士を待っていた。彼らは、自身の戦い方というものをよく理解しているのだ。

 ならば一体どう戦おう。

 どういった作戦を練れば可能性は生まれるだろうか――。

 衛士が叫ぶような台詞のあとに短く息を吐くと、衛士を囲む彼らは一斉に身構える。彼らにとってもやはり銃火器というものは厄介なのだろうかと考えて、それから衛士は脳裏に浮かんだ少しばかりの疑問を胸に、口角を釣り上げた。

 戦い方なぞ知ったものか。この戦いで死ねれば――双方ともに生存者なしならば、それでいい。丁度いい。彼らが目的はこの肉体、あるいは副産物のみ。それらが失われれば、もはや肉親を狙う理由など無いのだ。

 だから好きにやってやる。そう決意してみれば、なんだかどうしようもなく可笑しくなってきた。

「っく、ふふ……あっはっはっはっは!」

 仰け反り、吹き出すように大笑いする。腹がよじれて腹筋がこむら返りを起こしそうになるが、強靭な筋肉はその程度ではビクともしない。

 炎が揺らぎ人肉を焼き汚臭を、そして爆ぜる音、燃ゆる音を周囲に響かせる中で、狂ったような笑い声が一段と大きく大気を震わせていた。

 そんな衛士を見つめる一同は身じろぐこともせずに彼を注視する。彼らの予測では、戦闘は一時中断の兆しを垣間見せていたが――。

「よく聞けてめぇらっ! オレはここで終わる……だがな、ここに来たてめぇらをこのまま返してやるわけじゃあねぇ。掛かって来いよ臆病者チキンが、頭を押さえつけられて投げられた命令にへーこら頷いて死ぬのが本望じゃあなければなぁっ!」

 青年の言葉の直後に、その脇に構える小銃が素早く火花を撒き散らす。が、衛士の前に並ぶ十数名の数センチ手前に透明の、アクリル板のような壁が突如出現し、撃ち放たれた六発の弾丸を空間に固定するかのように受け止めた。

 音もなく、銃撃はまるで容易に防がれる。だが、それは衛士にとっては予測できた現象だった。

 衛士は発砲と同時に高く跳躍。身体は炎によって明るく照らされる夜空へと舞い上がり、そして空中で後ろ向きに一回転をして背後で衛士の隙を伺っていた集団の背後へと回りこむ。

 さらに発砲。動く間もなく背に無数の赤い血花を散らす二人が前のめりに倒れ、ようやく反応できた十人が咄嗟に距離を取る。衛士は構わず三点バーストから連射へと切り替え、引き金を引きながらさらに背後に飛んで炎の壁の中に飛び込んだ。

 衛士はその中で再び弾倉を入れ替え、横に跳び焦げ付く塀へたどり着くと、そこを蹴って対角線の塀へと肉薄。その最中で炎から脱出した衛士は、むき出しになる左腹、肩が焼け、赤黒く火傷を負っているのに気づくが素知らぬ顔で、引き金を引き続ける。

 敵を狙う射線はまばらに彼らに襲いかかるも、既に障壁を貼ってあるがために弾丸が効くはずもなく――不意に衛士は、そのようやく足を付いた塀際の背後で強い人の気配を覚えた。

 彼は驚いたように大地を蹴り飛ばして後退。すると、その広い背に押された感触は人そのもので、男は短い悲鳴をあげながら壁に叩きつけられた。振り上げたままの金属バットは壁にぶつかった衝撃で甲高い音を立てて路上に転がり、衛士は続けて後頭部で男の顔面を殴りつける。

 また悲鳴が上がり、今度は体ごと体重を衛士に預けるような感覚。彼はソレを投げ捨て、空になった弾倉を入れ替えようとしたところで――ようやく反撃が始まったことを理解した。

 衛士が深く息を吐く。その直後に、構えた小銃は不意なまでにとろけてしまうほどの高熱を帯び始め、気がつくころには既にその銃身が真っ赤に融解し始めていた。

「あっつ!」

 耐時スーツ越しにも火傷しそうな熱が伝わる。そしてどちらにせよ使い物にはならなくなったそれを衛士は投げ捨て、同時にバックパックを肩から下ろして力一杯前方へと投擲する。

 だがそれと同時に衛士が知覚したのは、彼の左側に存在する炎の壁に半身を飲み込ませる一人の不審な言葉と行動だった。

「テメェの好き勝手にはもうさせねぇ……、唸れ、轟龍ッ!」

 男の背後の炎が蠢く。衛士がそう認識した瞬間には、その炎は彼の手のひらへと集中し始めるその最中にあった。

 さらに次ぐ瞬間に炎は形を変える。男の背後で大気を喰らいながら形を変えて、道路を塞ぐ巨大な炎の壁がその手元から背後に伸びる槍が如く変異し、アンダースローよろしく振るわれた手のひらから、やがてその火炎は投げられた。

 灼熱は尾を引く様に地面スレスレの高さを弾丸が如き速度で飛来。やがてその先端たる部位が縦に二つに裂けたかに思うと、それは彼が言ったとおりに龍の顔を持ち始めた。咆哮のように大気を貪る音を轟かせ、それは長大な長さを持って直線的に衛士の腹へと瞬く間に食らいついた。

「ぐぅあっ?!」

 反応が間に合わぬ焼夷攻撃。あの耐久度が取り柄だった耐時スーツは瞬く間に破損した左半身から中へと潜り込んでスーツを、そして生身となる肉体を焼き尽さんとし――衛士は振り抜いた次元刀スプリットで炎龍の腹を掻っ捌き、連続する炎を一瞬途切れさせてから、何も無い横へと飛び込んだ。

 肉体の表面殆どが焦げている。既に四肢以外の全ての耐時スーツは使い物にはならないだろう。

 衛士は鉄砲水のように壁に叩きつけた仲間ごと塀を焼き続ける凄まじい勢いの炎を横目に見ながら、短く息を吐く。

 されど、時衛士がこれまで殺した人間の恨みを晴らさんとする勢いで、無数の能力者がここぞとばかりに襲いかかった。

「休んでんなよッ!?」

 瞬間的に眼前に現れた影が、間髪おかずに鉄パイプを振り下ろす。が、彼の頭部を割る寸前でそれを受け止めるナイフが火花を散らして強い衝撃を腕に伝えながらも、その理不尽な暴力を受け止めた。

 脊髄反射のように放たれる衛士の貫手は、されどその脇から潜り込み片腹に鋭い拳が喰らいつく事によって敵を撃つ事は出来ず、さらに殴られた瞬間から不自然なまでの強い衝撃を覚えた衛士はさらに地から足を引き剥がされて吹き飛んだ。

 空中を滑空し、やがて地面に擦れるようにして衛士は受身も取れぬまま路上に転がる。

 ――既に視界は白黒に明滅し始め、視覚的に何かを捉えるにはあまりにも不利な状況へと落ち込んでいた。

 また全身に激痛が走り、細胞ごとに針を鋭く突き刺されているかのような錯覚を覚える。どうしようもなく呼吸が乱れ、自身が倒れているのか立っているのか、それすらも判然としなくなった。

 なんらかの影響を与える打撃だった。それが能力なのだろうか。衛士はぼやける思考で考えながら、激しく咳き込んだ。口から熱い液体が噴き出て、それが血だと理解できたのは舌にまとわりつく強い鉄の味のおかげだった。

「毒……か……?」

 この程度の痛みに――。

「オレの、オレのっ、怒りを……っ!」

 殺せる筈が、

「消せる筈が無いっ!」

 憎しみを吐き出すような言葉は、さらに続く。濁った声音はそれ故に言葉を、台詞を醜く変位させ響かせた。

「……もっとだ、もっと来いよ! 皆殺しだぁっ!」

 ――駆けてくる足音が前方から複数音近づいてくる。目で見てみると、皆同じような武器を手に、それぞれ炎を携え、あるいはなんらかの能力を準備段階に移行させて衛士へと肉薄していた。

 満身創痍、疲労困憊――されど、決意は揺らがない。そうするだけの理由にすら、それらはならなかった。

 衛士は再び口角を釣り上げて狂ったような咆哮さけび声を高らかに上げる。彼は続けて、未だ頑健に肉体を支え動かしてくれる足を、腕を動かして対する無数と思える程の敵へと走りだした。

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