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最後の試練:『始まりの終わり』の始まり

 あれから再び街をざっと見まわって、時刻はようやく午前四時にまで進んだ。

 やはり何時みても街は平和だという所と――前回戦闘があった場所を再び確認してきたのだ。結果としては、祭りの下準備、街中の街灯に紐を括りつけて提灯を提げるなどがなされている光景はとても心があたたまるようで、平和な様子が見て取れた。またあの空き地には、やはりというべきか血痕はもちろん空薬莢の一つも存在していなかった。

 しっかりと後片付けがされた空き地は、ただ元からあったかのように堂々と刻まれる銃痕を塀や大地に残すだけで、他の異変はない。朝になって人の様子を見てみなければ分からないが、恐らくあそこで戦闘があったことすらも認識されたようには思えなかった。

 それらをしっかりと理解して胸をなで下ろす衛士は、気がつくとまた、かつて住んでいた自宅の近くにまで移動していた。空は既に白んできて、星の存在は淡く薄れている。それでもまだ暗く、どこか肌寒いその下で、衛士は肩から提げる小銃を撫でながら、街灯の下で立ち止まり一つ息を吐き出した。

「ちょっと、君。今、時間いいかな」

 そんな彼に近づく気配は不意気味に衛士に声をかけてみるが、彼はそれよりも遙かに早くその存在を知覚していた。

 ただでさえ草木も眠る静かなこの住宅地で、精神を、五感を鋭敏化している衛士に単なる抜き足差し足で忍び寄るなどは無駄な足掻きと言うべきか、そんなモノなどは耳元で言葉を囁くほどに音を消せては居ない。最も、これは衛士の五感が異常発達しているというよりは、単に少しばかり神経質になっているだけなのかもしれないが。

「……? なんです?」

 しかし衛士は、素知らぬ顔でわざとらしく肩を弾ませてから、恐る恐ると言ったふうに首を後ろに回し、それからその服装――青いスーツのような制服に、揃いの帽子を被るお巡りの姿を見て、関節を硬くするような所作でぎこちなく振り向いた。

 しかし――。

 衛士はこの男が何かを口にするよりも早く、それよりも遙かにどうでも良い事を脳裏によぎらせていた。

 このAK-47というアサルトライフルの整備はきっちりとなされている。それは部品一つ一つを磨き上げるほどの、細かい作業の結果だ。

 勿論それは自画自賛というわけではない。そもそも、掃除から何まで全てをしてくれたのはジェリコなのだ。

 元々は自国の武器だからというからなのだろうか、あるいは懐かしいと思って久しぶりにやってみたのだろうか。その仔細は不明だが、彼が衛士の入浴中にわざわざ湯を沸かしオイル汚れやくもりなどをぬぐい、また新しく油を差したり、少しばかり不安な部品を交換してくれたりなどをしてくれたのは確かなのだ。

 ありがたい事だと、衛士は心の底から思うことが出来る。

 いくら旧友の来訪だからとはいえ、得体のしれなくなった人間を自身の仕事場兼自宅に止めるだろうか。しかも、リリスのやり方が彼女、ナルミにも適応されているならば”死んだ事”になっていた彼女をだ。

 そして止めてみれば初日から血まみれになって帰ってきたり、ともかく生傷が絶えぬ日々。営業妨害であるし、その二人のせいで仕事もままならないはずだ。だというのに彼はその事に怒りすることはなく、真剣に患者として個人を心配してくれた。

 精神的に出来た人間だ。なかなか、こういった人にはめぐり合うことは出来ないだろう。

 もしかすると今回においては、彼との出会いが一番の経験になったのかもしれない――。

「あのー、身分証明できるものとか、持ってる? それ、モデルガンだよね?」

「え? あぁすいません、財布とかは全部家に置いてきてるんスよ。今友達とサバゲーやってて、その帰りで」

 衛士がつらつらと答えると、男は眉根をひそめて腕を胸にまで引き上げ、それから腕時計に視線を落とす。彼が見る時刻はまだ午前四時○二分であった。

「サバゲーって、どこで?」

「隣町に行くところに森があるじゃないっスか? そこでやってたんですよ」

「へぇ、その土地の持ち主に許可は? BB弾は全部回収した?」

「はい。友達の爺ちゃんの土地なんで。弾はバイオBB弾っていう、土に還るヤツつかってんで大丈夫っス」

 そんなしっかりした面が気にくわないのか、男の表情はますます曇る。未成年に見られて居ないらしいところはいささか衛士にとって不満だったが、それよりも面倒な事になりそうだとの思いが強くなり始めた。

 時間的にはまだ、恐らく昼を過ぎても何も起こらないだろう。だがそれを予測しても尚ジェリコの元を離れたわけは、彼を巻き込まない事がまず一つ。

 そしてまた一つに、常に周囲の状況を把握していたかった事。

 ジェリコの病院に居れば確かに身体も心も癒すことは出来る。それこそ、戦闘に臨むのならば万全といえるほどにコンディションは整えられる。だが、その戦闘がいつ起こるか、どういった組み合わせでどんな場所で執り行なわれるか、その主導権も握れぬ上に、敵の判別もつかない。

 それを防ぐために外に出て、まず誰も居ない状態から、一人増え、二人増え――そして無数に蠢く人の気配の中で、衛士を捉える明らかに異質なソレを発見する。それさえ出来れば、まず一つ衛士が有利になる。

 戦闘とは、何も殴り合い、打ち合い、それらを含めた単純な殺し合いが全てではない。まず相手が何を持ち何を知り何処にいてどの程度の戦力を持ち合わせ、腹具合はどうか、疲れては居ないか……そんな個人の体調までの情報を知る事から始まる。

 互いに存在を知覚し対峙しあう場面などは、それらの最終局面のようなものだ。

 そして今回は、ようやく初めて、その戦いの初めから行うことができている。ここで初めて、向こうの組織と同じ土俵に立てたようなものなのだが――。

「君、ミリタリー好きなの?」

 こんなイレギュラーは、一番嫌だった。

「えぇ、まぁ。詳しくはないんスけど、興味は元からあって」

「それはAK-47でしょ? グリップ霞んでて安っぽいけど”シカクイ”の電動ガン?」

 シカクイと言えばトイガンやラジコンを販売している企業である。その出来の良さや妙にコアな銃火器の電動ガン、モデルガンが揃っていることから新参から古参のミリタリーファンから絶対的な支持を受けている。やや値が張るものの出来はよく、本物と同じ材質、重量を持たせることもシカクイの特色の一つであった。

「まぁ、はい。自分でちょっと改造カスタムしてまして」

「あー、じゃあ結構金掛かってるね。サイドアームとかは、その腰のグルカナイフ?」

「え、え? あ、あぁ、これはアレですよ。くだものナイフですよ。切れませんけど」

「はは、大丈夫大丈夫。お兄さんなんか話合うみたいだから今回は見逃すけど……他の人に見つかると結構、アブないよ?」

 男は先ほどとは打って変わったように朗らかに笑うと、それからまた、と話を戻す。衛士はうんざりしたように肩を落として言葉を返し続けた。

「いやー俺も結構FPSやってんだけどさー。実際戦争とか行ったらイケると思わない? もうほとんど擬似的に戦争体験してるわけだしさ、作戦も指示もわかるし。ロシア語もちょっとわかるし」

「あー、デスネ」

「あぁ、それでさ――」

 帽子を脱いでみればまだ幼さが残る顔がそこにはあった。恐らくはまだ二十代も半ばであろう所だろうが、とても彼が、たとえ軽犯罪であろうとも、犯人を捕まえることはできそうにないと思えた。

 そんな彼の言葉を遮るように無線がノイズを走らせ、

『こちらHQヘッドクオーター。こちらHQ。イーグル、状況はどうか』

「え、えーと、あの、だな。HQ、戻ってから話す。以上」

 男は動揺したようにぎこちなく答えてから、慌てたように無線を切る。そうしてから男は衛士に一瞥をくれてから、

「あー、次からは気をつけるように」

 とだけ残して、帽子をかぶり直して回れ右をし、足早に衛士の視界から消え去っていった。

 空は早くも、衛士の見る世界から暗がりを消し去る時間帯へと移行していた。


 ――あの警官と出会ったこと自体が最悪で障害だと思っていた。

 だがそれが単なる勘違い、否、それを軽く考えすぎていたことに気がついたのはその直後のことだった。

「エー……ジ……?」

 声は頭上から降り注ぐ。

 まるでそらから舞い降りた天使かと思うその透き通る声音につられて空を仰げば、視界の端に入り込む民家の窓から身を乗り出している影が確認できた。

 少女の姿。

 それがかつての姉だと理解するのには、さすがの衛士でも時間は要さなかった。

 ――彼女が時衛士の記憶を取り戻したのはいったいどのタイミングなのか。衛士はそれを知っていた。これまで二回の経験で、なぜそれが起こるのか……科学的とも超常現象ともつかぬ理屈を彼は生み出すことができていた。

 やはり残留思念というものがその中枢にはあって、そしてなくてはならなかった。そして恐らくその残留思念というものはある特定の人間にだけ存在していて、時衛士の存在を知覚することによって爆発する。

 残留思念がガスだとして、衛士は炎。ガスを内包しているのは彼の姉たる時理恵の肉体。それは、炎にスプレー缶を投じたような関係だった。凄まじい炎は瞬く間に缶を熱し中のガスを膨張させる。それがある一定以上となったところでいわゆる”記憶の回想”が起こる……が、やがて耐え切れなくなった缶は爆ぜてガスは瞬く間に燃焼される。その時点で記憶は消失し、残ったのはジリジリと缶を焦がす灼熱のみ。

 衛士がただ呆然と空をみあげていると、いつの間にか窓から乗り出していた影は失せていた。

 ――いや、気のせいだ。

 ここに来たから少し思いにふけってしまったのかも知れない。そんな幻想を見てしまうほど未練のある場所だったのだ。

 しかし、友人らに関してはどの場面でも生存していたから疑問には思わなかったのだが――。

 数多ある民家の一つの扉が開く。その音がした方向へと、衛士はまるで誘われたように顔を向けた。

 するとそこには首もとがゆるゆるの、胸元が大きくはだけた大きめのシャツだけを着る少女が、衛士へとかけ出してきていた。

 ――この世界には元々時衛士という個人は存在していなかった。

 そういった前提があってのこの世界である。

 友人らはそもそも死していなかったから、時衛士との関わりが然程強くなかったから、人生的な意味での影響は皆無だった。だから時衛士が居ようと居まいと、その経過は違えど結果は大きくは変わらない。人生を縄に例えれば、それまでが大縄跳びを回していた状態だとすれば、今は回し手がただ縄を持ちそれを静止させているだけの状態。回っているか否かの違い。大局的に見れば大した問題にはならないそれだった。

 だが時一家は違う。彼の存在が、彼が最初から持っていた運命と言うべき代物がその命を蹂躙せしめたのだ。本来は死んでいるべき存在。衛士同様に居てはならない命だった。

 が、それが在るということはやはり時衛士の影響を受けていないということだ。だから生きている。

 なら、彼女は一体全体――どの時点から記憶を取り戻したのだろうか。

 理恵と衛士は姉弟きょうだいである。幼き頃、赤子から互いを知っていることは必然であり当然。ならやはり、その時点から記憶を回想させ――なおかつ、それらの事を綺麗サッパリと忘れ去っていたことも理解する。常人ならば、ただそれだけで本を一冊書き終えることが出来る出来事だ。テレビの一つのコーナーを陣取ることさえも出来る。

 だが、ただ一つしか違わぬ少女が果たしてそれを受け止められるだろうか。衛士が心配だった一つは、その事だった。

 されど、やはり時衛士の心配は杞憂に過ぎなかった。

「エージっ!」

 靴もマトモに履かぬ素足でかけ出した彼女は、そのまま衛士の胸に飛び込んだ。ついこの間までは肩を並べる程の身長だったのに、気がつけばその顔は衛士の胸元に落ち着いている。最低でも一年程は経過したのだからそれも仕方がないものだろうか。

 これではどちらが年上かわからない。衛士はそうに、どこか他人ごとのように考えながら、彼女の両肩を手でつかみ、涙で濡らす顔を自分から引き剥がした。

「ごめん、姉さん」

 もう二度とあんな目には合わせないから――。

 そういった言葉を飲み込んだところで、果たして本当にどこまでの記憶を取り戻したのだろうかと不安になった。

 ――不意に、腕が震える。

 臓腑に緊張の痛みが電撃よろしく走りに走る。嫌な予感が背筋を凍らし、思わず思考を停止せしめていた。

 もし、もし……仮に。

 仮定の話だ。もし彼女が、”あの日”の記憶を――つまり、衛士が居た世界の、自分の記憶すべてを引き出してしまったのだとしたら。

 もし理恵が、自身の死の記憶を蘇らせてしまったのだとしたら……。

 思わず、彼女を掴む手に力がこもる。ただりんごを握ろうとしただけでソレを粉砕出来る力を持つ耐時スーツは、怒りや悲しみ、それら無数の感情によって動かされる肉体の反応によって彼女の骨を砕くには容易すぎる力を込めようとしていた。

「エージ、痛いよ……」

 その言葉に、衛士ははっと我に返る。

 込めた力は途端に消え失せ、衛士は強く歯を噛み締めたまま、静かに両手を垂らして彼女の目を見据えた。

 理恵はそれから溢れ出る涙を両手で抑えるように顔を両手で覆い、それでも無理に口元には笑みを作って、困惑するように口を開く。

「エージ、私ね、色々ありすぎて……何から話せばいいか、わからないよ」

 声は震えていた。それが恐怖のためか、感激のためかはわからない。

「これって、夢……なのかな。私、私さ、なんか、一回死んでるんだよね」

「はは、何いってんだよ。生きてるじゃん」

 コレほどまでに嬉しくない再会は初めてだった。

 一分でも、一秒でも早く自分のことを忘れてほしい――その思いが強くなる。

 仮にまだ衛士に因果があるとすれば。

 それがもたらす結果が一体どういったものなのか。その予測は、導くことがあまりにも簡単すぎた。

 恐らくは惨劇の再来。結果を同じくする、ということだ。

 せっかくの新しい世界でも、時衛士が居たという事実がなくとも、彼女の中ではそれが、時衛士の存在は真実となっている。あってはならないものがある場合、それは世界の変異を導くことになる――というのは流石に大きく出すぎであるが、人一人の人生を狂わすには十分なものだ。

 大げさに言えば、未来人がある時代では明らかにオーバーテクノロジーである代物を過去に贈るという所業。彼女に、理恵に当ててみれば、無数の選択肢の中で最も暗がりにあって細い死への道を、衛士という巨大なネオンサインを立てて目立たせるようなものだ。確率的に言えば確実と言えるほどその時点では無かった惨劇へと、彼女から歩み寄ろうとしている。

 時衛士と出会い記憶を蘇らせるということはつまり、それを意味していると、彼自身はそう考えていた。

「ねぇエージ、もうどこにもいかないよね?」

 彼女はまた抱きついて、見上げるようにして口にする。衛士はただそれを見るだけで彼女の肉体に死が蝕んでいるように見えて、されど今の彼には目の前の大切な人の言葉に首を振れる筈もなく、力なく頷いてしまう。

 そうすると理恵は嬉しそうに笑って、また一層強く抱きついた。

「姉さん、姉さんはオレが守るから」

 ならせめて、自分が守ってやるしかない。以前は出来なかったことをするまでだ。

 今なら力もある。修羅を幾度もくぐった人間を相手にしても負ける気がしない。一般人なら尚更だ。

 だから、今度こそは。

 衛士は理不尽な因果を強く噛み締めるように決意してから、彼女に手を引かれるままに、約一年ぶりとなる自宅へと足を踏み入れた。

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