第五の試練:ミニミと狡猾な武装たち ②
衛士でさえも危機を被っていたこの状況を押し付けられたフェイカーは、存外に悪い気がしない、いや、むしろその事が嬉しいと感じている自分を意外だと思っていた。
未だ数百発が残る軽機関銃、そして近づけばその切先からガスを噴出する『雀蜂の小刀』があり、その柄がいくつ残っているかはいざ知れず。またホットパンツにナイフを仕込んでいたのだ、ジャケットの内側にも何かを仕込んでいると考えてまず間違いはない。そして一番気になるのは、これまでで彼女が触れようとすらしなかった、彼女の背後に置かれる黒いボストンバッグの存在だった。
何かが収まっている、あるいは隠されているであろうそれは巨大な装備か、あるいは無数の武器か。どちらにせよあれが彼女の奥の手と考えて良いだろうが――これまでで特異能力を使用していないとすれば、まだソレが残されていると考えるべきだった。
その一方でフェイカーの装備といえば、身に余る太刀に、残弾数が不明な9mm拳銃。そして肉体強化が施されないが為に身体能力は一般的な軍人並で、恐らく敵である女性と同等と見てもよいだろう。が、やはりあの軽機関銃を難なく扱うのを見るに、劣っていると考えたほうが良いかも知れなかった。
だが――。
「エイジが僕を頼ってくれた」
フェイカーなら出来ると信じてくれた。彼女が居なかったらこの展開はありえなかった。つまり、この成人を迎えようというのにも関わらず少女の風貌を持つこの女に、彼は依存した。
彼女は異常なまでの飛躍的な発想力でそう考えていた。
「頼ってねー頼ってねー、カモにしてんだよ。オトリよ、オトリ」
自称魔女は肩をすくめてせせら笑うと、哀れだと言わんばかりの目で彼女を見つめた。
「んで、正直あたしはアンタに興味がない。あの少年さえ捕まえられれば良いんだ。が――やる? やらない? 好きな方を選びなよ。やるなら相手するけど」
どのみちあの身体能力を持たれては追いつくことは勿論できず、追う事は徒労に終わる。だから彼女は早くも諦めたのか、あるいは衛士が戻ってくることを確信しているのか、そういった言葉を吐いて、ショルダーバッグのように提げる軽機関銃に手を伸ばし、威嚇するようにトリガーに指を絡める。熱くすらなっていな銃砲身は狭い路地にも平等に降り注がれる太陽光に黒く輝き、まるで意思を持って彼女を睨むかのようだった。
「僕が応じなかったら、君はエイジを狙うのかい?」
「面倒だけどね」
うんざりしたように彼女は肩を落とす。フェイカーは柄を握る力を強くして、歯を噛み締めた。
「君にエイジの命を狩らせない」
「へぇ、ヤル気満々って?」
「うん。君を倒して、僕はもっと彼に認めてもらうんだよ」
「あたしは踏み台ってか。冗談じゃないね――唸れ、ミニミッ!」
適当に流すような言葉の後に、彼女はフェイカーの胸辺りに狙いを定めて引き金を引く。と同時にその射線を予測していた彼女は軽やかな足取りで斜め後方にステップしたかと思うと、そのまま身を低くして落ちた鞘を拾い上げた。
弾丸は何かを貫くことも砕くこともなく虚空を過ぎ、そのまま奥の空き地を目指す。
凄まじい量の銃弾はさらにたるむ様子も見せずにフェイカーを追い、それでも彼女は器用に後退しながら太刀を収め、9mmの弾丸を吐き出しつつ忙しなく射線をくぐり、あるいは壁を蹴って加速しながら空き地を目指し、
「逃げるのか! あんたも!」
罵声は、奇跡的にカスリ傷だらけになりながらも致命傷がないフェイカーが空き地へと引っ込んだところで浴びせられた。
「逃げるわけないだろ、ったく」
肩を落とすように息を付く。それから下げ緒で太刀をその細い腰に巻き付け、強く固定する。穴だらけになっているワンピースはさらにみっともなく見えてしまうが、あの弾幕の中を切り抜けられただけでも奇跡的なのだ。そしてここに来れば、ひとまず軽機関銃を凌げ、さらに対処することが可能となる。
――銃声が止んだ。
その代わりに近づく気配と、思った以上に重そうで緩慢な足音で、彼女がわざわざ落とした弾帯を身体に巻き付けなおした理由を知る。元々あの魔女は動くつもりだったのだ、と。そもそもここは袋小路なのだから彼女が動く必要はなかった。ここは空き地で、さらに高い壁に囲まれている場所だ。さらに端の方に積まれる木材があり、それをなんとか利用すれば壁の上に登れる気もしたが、相手の行動を完全に把握しきれぬ以上、リスクの大きい無駄な行動は取ることができない。そういった理由もあって、魔女を自称する彼女にはこの状況がとても有利だったのだ。
「袋のネズミ、逃げが祟ったねぇ!」
彼女はそもそもこの路地の構造を知らなかったのだろう。ある程度の距離まで近づくと、というか入り口手前まで近づけばその空き地の全容を伺うことが出来る。そして当然、正面にも左右にも、路地を作っていた壁が聳えているのを見れば、臆病にも逃げた小娘に向ける言葉も漏れてしまうというものだ。
足音が止まる。入り口のすぐ近くの壁を背にしていたフェイカーは、引き金を引かぬように注意をしながら、彼女が巻きつけていたであろう弾帯の場所を思い起こし、狙いを定める、が。
「ふん、マヌケ」
金属が擦れる音がかすかに聞こえ、その直後に、路地の方向から空き地の中へと投げ込まれる黒い物体を捉える彼女は、それを知覚した瞬間、悲鳴を押し殺して両腕で頭を包み、それから身体を縮めるようにして強く大地を弾きその場から飛び退いた。
手榴弾はゆるやかな弧を描いて大地へ向かい、フェイカーはそこから然程離れぬ位置の壁沿いに倒れこむ。その円柱形の爆弾が地に叩きつけられ――フェイカーは衝撃に備える。されど、予測していた凄まじい衝撃やその破片は彼女に襲いかかることはなかった。
そう、来ることは分かっていたのにも関わらず得た安堵の直後に、網膜に焼きつく発光と、鼓膜を破らんとする爆音と、そして全身を嬲る衝撃が同時に彼女を飲み込んだ。
大地、そして大気が激しく振動する。肌に感じる衝撃は、およそその場から数十メートル離れていたとしても理解することが出来るだろう。
「んっ……あぁっ!」
到底堪えることなどできぬ激痛に、抑えていた声が必然的に漏れて悲鳴と化す。
聴覚が失せ、視覚が麻痺する。突風のように身体中を殴られたかのような強い衝撃が彼女を吹き飛ばし、またささやかな破片が四肢や胸、腹に突き刺さる。天と地が彼女には無く、爆発からどの程度の時間が経過したかも判然としない。
だというのに彼女は握り続ける拳銃を手放しはせず――しかしやはりと言うべきか、爆発から間もなく魔女が枕元に立ち尽くしているというのに、彼女はそれを認識することが出来ていなかった。
「この程度……? まず何がしたいのかわかんないし、もう、可哀想ね」
――生かしておいてやろうかとも思う。そうすればあの少年、時衛士もそういった行動により心証を良くするだろう。そして殺しておくよりも遙かにこの状況を持続しやすくなる。人質は生きていてこそ価値があるのだから。
「そもそも、あの砂時計のことも聞かなきゃだしね。わざわざ退いて”砂を回収”までしたんだし」
だが、ただの人間、それこそ一般的な軍人レベルの女がこの場に居て、さらにただ好いた男に褒められたいからというだけの理由で特異点を相手にしているという訳ではないだろう。少なくともこの少女は常人ならざる身体能力、あるいは五感があって、手榴弾による視力、聴覚の脱落もそう長くはないと考えたほうが良さそうだ。
ならばどちらにせよ手早い処置が必要になる。が――この少女を縛っておくための紐も縄も、彼女は持ち合わせていなかった。戦闘は刻々と状況を変化させて苦しくなると聞いていたから”本気武装”をしてきたのだが、そんなモノが無駄になって、逆に小道具が必要になるとは思っても居なかったのだ。
やはり何でも所持いた方が良さそうだが、荷物が多いのはあまり好きではない。理想的なのは国民的アニメの主役たるロボットが持っている『多次元ポケット』だ。収まる容量に限界がなく、意識による検索で求めるものを取り出せる手のひら大のポケット。あればかりは、何歳になっても憧れるものがある。
彼女はそれから弾帯を少しばかりたるませて、軽機関銃の銃口を下ろしてフェイカーのふとももを狙う。縛るものが無ければ動かなくすれば良いという短絡的な発想からの行動だった。
「は、」
小さな、擦れるような音。羽虫の羽音のようなソレは、確かに人の声だった。
それに彼女は眉間にシワを寄せ、フェイカーの顔へと視線を落とす。するとその少女の顔はほほえみに満ちていて――眼下でこちらを見上げている拳銃の口は、間もなく乾いた発砲音と共に火花を散らした。
「敗因はその油断だよ。キミ」
弾丸は彼女のすぐ脇、首の近くを通って――何かを狙撃した。強い衝撃がその細い首を背後へと引っ張るも肉体に損傷はなく、さらなる銃撃を危惧し、それを抑えるために引き金を力いっぱい彼女は絞った。
しかし大地を転がるようにして身を立て直すフェイカーには弾が当たらず、射線は追いつかず、
「な、本当っ?!」
軽機関銃はほんの十数発、ものの一秒弱の間弾を吐き出しただけで連続する発砲を終えていた。
その間に、身体に沿って何か重いものが滑り落ちる感覚があって、彼女は――先の発砲で、弾帯を切り離されてしまったことを理解した。
気がつけば数メートル離れた先で膝立ちになるフェイカーが両手で拳銃を構え、彼女を狙っている。行動を起こせば無情なる鉛弾が、この頭を吹き飛ばしてくれることだろう。
リリスはどうか知らないが、フェイカーらが彼女を生かしておく理由はない。だから死はより必然的に与えられる筈だった。
「窮鼠猫を噛むってのはこの事か。まさか、外人に教えられるとはねぇ――日本人失格ってね?」
ふざけた様に捨てる言葉には悲壮感も恐怖も無い。どこまでも余裕を持って口にし、そして片足に体重をかけるようにして立つ彼女は、その瞳に未だ敗北の色を映していなかった。
自分がこんな場所で死ぬはずがない。そう思っているというより、どちらかと言えばまだ生き残る手段があり、その確率がどう考えてもひどく高いといった様な態度であったが、それがどういったものかフェイカーには判然とせぬ以前に知覚できない。推測も及ばぬが故にただ引き金に指をかけて、馬の尾のように一括りにしている長い髪を揺らす彼女の眉間に狙いを定めることしかできなかった。
「ふん。”敗因はその油断だよ”、君ィッ!」
悲鳴にも似た怒号。
膝から下が失せたように突如として腰を落とす彼女は素早く迷彩柄のジャケットの中へと手を突っ込んだ。
半ば反射的に絞られる引き金はそれでも彼女を追うことはできず、その頭上を過ぎて終える。そしてお返しとばかりに、手のひら大の小さな拳銃は、その本来の使用目的通りに火を吹いた。
勝利を半ば確信した瞬間。その隙を狙われたのか――。
連続する拳銃の発砲は一向に魔女を撃ちぬくことは出来ず、その応酬にと放たれた四一口径の弾丸は狡猾にフェイカーの腹に食らいつき、純白のワンピース、その腹部に真っ赤な血花を咲乱していた。
「っ、バカが……っ! こちとら一秒二秒が惜しいっつーのに!」
しかし衛士の嫌な予感と言うものは鋭く的中していた。
彼が向かった先、自宅周辺では、まるで彼の家を虱潰しに捜すように彷徨うひとつの影があった。片手に住宅地の地図――らしき紙を持ち、また片手で赤ペンを握る。表札を確認し、それが『時』でなければそのまま通り過ぎ――発見すれば、その家を赤く塗りつぶし、それ以降の発見を易くするのだろう。
無論、衛士がそれを許すはずがなかった。
この世界での唯一の弱みであり、守るべき、守らなければならない対象である家族は、決して彼らに悟られてはならない。
ひとりで行動をしているのを見るに、彼も恐らく付焼刃。いわゆる完全適性を持っている筈だ。そいつを今相手にして、圧倒的不利な立場に自身が追い込んでしまったフェイカーの加勢に間に合うだろうか。
少なくとも現時点では自宅に被害がないことは確認できた。が、それも時間の問題だ。今は何もされていなくとも、場所がわかれば”いずれ”が来る。それを可能としてはならない――が、敵を相手にする時間すら惜しい。そもそも今こいつを相手にして、勝てるかどうかすら難しいのだが……。
しかし何よりも、考える時間が勿体無かった。
だから衛士はなりふり構わず走りだす。すると、元々数十メートル程度しか離れていなかった距離は瞬く間に縮められて、勢い余って止まらぬ身体は、強く大地を蹴飛ばすことによって男の頭上を通過してその目の前に着地する。
そんな不意の登場に、何も知らぬ敵――だと思っていた中年の男は驚いたように腰を抜かし、手に握っていた競馬の予想紙とペンを道路に投げ出していた。
「なっ……勘違いっ?」
その中年男性を見るや否やに漏れた言葉のその直後。衛士はすかさず身体を捻り、全身の力を右腕に込めるようにして――背後に迫る強い気配に拳を撃ちぬいた。
その拳骨には確かな感触、手応えがあった。素直に伸び切れぬような抵抗があって、衛士の目がようやくその背を見る頃になると、その場からやや離れた路上で大の字になって横たわる青年の姿を捉えることができた。
「な、わけねーよな。これでもオレの勘は良い方なんだぜ」
もっぱら、危機に関して。だがそれが自身の危険に対して働いた事は無く、その多くが他者に対するものだった。今回は未然に防げたものの、家族に関するものだったのかもしれない。
「ぅっ、痛ぇ……んだよ、コレ。聞いてねぇ~よ、奇襲も出来ねぇって何よ……ヤダ、もう帰りたい」
右の頬を片手で抑えながら、ジーンズにポロシャツというラフな格好の男は立ち上がる。嘆く台詞はひどく情けなく、とても能力者はおろか、戦火に身を置く人間には見えなかった。最も、この地上に、この日本に居る能力者集団なぞはまともな戦闘などはしない筈なのだから、仕方のないことだろう。
ちらりと背を向けた男性を見てみると、彼は未だ恐怖を抱いたように腰を抜かしたまま地にへばりついている。こんな場所にいてはいくら衛士でも安全の保証はできず、また身を呈してまで守ってやろうという気などもさらさらないが、だからといって身勝手な戦闘に巻き込んで殺してしまっても良いと考えられるほど残酷でも冷酷でもなかった。
「おっさん、邪魔だ。悪いが、ちょっと、つーか、かなり離れててくれ」
「あ、あ……あぁ……」
搾り出すような返事の後に、彼は落とした私物を拾い上げ、へっぴり腰のまま道を引き返して近場の曲がり角に姿を消した。
衛士はそれを見送ってから、ようやく立ち上がり、手から肘の外側を沿うようにして伸びる鉄の棒――トンファーを装備する男へと視線を戻す。
「一つ訊く。今のお前の目的はなんだ?」
衛士が問えば、彼は驚いたように肩を弾ませて、それから大きく息をひとつ吐いて心を落ち着かせた。
「アンタが逃げた場合に……って配置されたんだよ。今じゃ俺が逃げたいんだけどな」
「逃げてもいいぜ。オレもお前の相手をしてやるほど暇じゃねぇんだ」
「だがその代わりに仲間が危機に晒される……カナコが弱いって思うわけじゃないけど、アンタは危険だって、よく聞いてるよ。理解も今した」
「良い男気だな……だが、それだけじゃ勝てない。わかるだろう?」
「だな。前の、俺なら。能力がある今は――違うッ!」
臆病でも聞き分けの良くない彼は、自身に喝を入れるように咆哮び、そして上半身を大地に対して平行にするような前屈体勢で走りだした。
驚くような速さではない。その走りはごく平均的な、凡庸なソレだった。衛士がその気になれば避けることは勿論、その背に回りこんで叩き落すこと位は簡単だろうと思えるものだ、が。
力がある今は違う。その言葉に、衛士はその胸を打たれてしまっていた。
そう、力がある今は違う。状況は違えど、タイミングは、この二度目の試練という機会に於いて衛士は全く同じ言葉を吐ける。となれば、彼とて力が無いばかりに無力を飲み込み苦痛を吐いた経験があるのだろう。
今の彼の力が、たとえそれ以前より遙かに強くとも――それでも衛士が簡単に打ち倒すことができよう実力だとしても。
その決意を、意思を持った一人の男の想いを避けることなど、今の衛士には出来るはずがなかった。
――オレも、出来るならこんな奴らと肩を並べたかった。
心のなかで呟く願望もそこそこに、衛士は腰を落とし、目の前に集中する。その瞬間には既に衛士の頭の中には、目の前に男の事しか残っていなかった。
低い体勢で肉薄するその影。空が朱に染まりつつあるその中で、衛士は彼の肉体から青白い閃光がほとばしるのを、確かに見た。
「うおおっ! 『柔和な閃光』っ!」
拳の先に突き出るトンファーの先端をぶつけ合うと、甲高い打撃音が閑静な住宅地に響き渡る。同時に雷撃が放電した衝撃が彼の眼前で迸り、にわかな衝撃波な全身を撫でる。が、男の攻撃はそれを契機にしたように始まった。
避けぬし攻めぬ衛士へと、深く入り込む一歩で懐への侵入を許してしまう。されど、その瞳に映し出される動きはコンマ秒ごとにコマ割りされるかの如く見切られていて、またそれに応じる行動を可能にするように、僅かに筋肉を弾ませると、腕には常軌を逸する腕力が刹那にして与えられた。
「うらぁっ!」
立ち上がる勢いを上乗せするように振り上げられた右腕は素早く狡猾に、衛士のあご先を狙う。が、そんな緩慢な動作を受けてやるほど衛士は彼に優しさを覚えたわけではない。
天へと高く拳を突き上げた男の横っ面へ、男自身が知覚出来ぬ速度で拳が迫り――世界が暗転し、気がつくとその身体は宙に打ち上げられていた。
「な、何が――」
痛みが理解に追いつかない。激痛を認知出来ぬ間に漏らした呟きすら、空を仰ぐようにして宙を舞う中では認可されない。
衛士は彼の視界を包み隠す様に跳び上がると、そのまま組んだ両手をその腹部目がけて振り下ろす。と、掌底部分に確かな手応えがあって、男は投げ捨てられる人形のように大地を目指し――そして糸の切れた傀儡のように、四肢を力なく弾ませながらその肉体自身も二転三転するように大地に叩きつけられた。
大地に重量を持つものがぶつかる鈍い衝撃音は空気を震わし、それから感覚的に暫く居た空中にもそれを肌で感じることが出来る。それからややあって男の傍らに立つ衛士は、彼の意識はあれども動くことは出来ないという事を確認した後に、その腹へと手を伸ばし、拾い上げるように片脇に持ち上げた。
攻防、応酬にすら至らない一方的な攻撃。
衛士の格闘術は少なくとも、生身のままでも大きな武器になる程度にまで成長していて、それでいて彼は自身に与えられた状況を最大限に利用するから、今回の戦闘は彼自身にとっても予想以上の攻勢であった。
だから、このトンファーの男が何も出来なくとも、仕方がなかったのかも知れない。
「あ、んた……俺を、ど、こに――?」
「面倒だからそのカナコの所に連れて行く。あのエセ魔女と一緒に吐いてもらうぜ、情報をな」
高く飛び上がれば、彼の肉体は激しく揺さぶられる。それ故に漏れた悲鳴が、何事かと騒ぎ始める住宅地の中で透き通るようによく響いていた。