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第五の試練:ミニミと狡猾な武装たち ①

 時衛士は早速ジェリコの心配を無下にしていた。

 彼は分厚い耐時スーツに身を包み、肌を焼く鋭い熱射の下を悠然と歩いていた。傍らには保護者たるワンピース姿の少女を同伴して。

 黒のつなぎのような戦闘服に、太もものあたりには黒光りする拳銃の存在。腰には傍から見れば用途不明の砂時計が携えられている。その若者の隣に並ぶ少女はショートカットを透き通るような金髪に染め上げて、またその大きな瞳は少女然としている。その風貌はいかにも美少女といった外観だが――右手に下げる、身の丈の半分以上もの長さを誇る太刀の存在が、彼らの存在をコスプレか、あるいは学生による自主映画の撮影か何かだと勘違いさせていた。

 まだ人通りの多い往来を我が物顔で行く彼らには、特にこれといった目的があるわけではなかった。

 ただ目指す場所としては、やはり、時衛士がそれまで監視していた一件の民家なのだが――。

「ねぇ、エイジ?」

「あぁ、わかってる」

 駅前を抜けるあたりで二人が気がついたのは、ジェリコが営む整形外科医院を離れて少ししてから一定の距離を置く一つの影、その気配である。最も、その存在自体はその時点で気づくことができたが、それが確かに衛士らを狙っているのだと確信できたのは、今ようやくであった。

「ここで一つ尋ねたいんだが……手負いのお前は、戦力になるのか?」

 このまま人気のない場所まで移動すれば戦闘になるのは必然とも言えるだろう。

 そして戦闘になれば否応なしにこの肉体に無理を利かさなければならない。いくら傷が傷もうとも筋肉を伸縮させて行動を起こさねばならぬのだが、時衛士には、特に無理をしなければならないというものは無かった。理由としては、この強化装備で矯正具、補助器具たる耐時スーツを着込んでいるから。

 だが、彼女はスーツは元々強化効果のない旧式であり、現在ではそれすらな生身だ。これまでの戦闘はそれに加えて不可視ステルスモードがあったから戦いが容易化されていたが、今ではそうはいかない。

 下手をすれば戦力になるどころか、衛士の足を引っ張る可能性すらあるが、それは逆に、衛士にも言えるものだった。

 彼とて健康状態が良いというわけではない。むしろ、再びこの強い日差しの下、蒸しかえるような暑さの中に出たことによって調子は悪くなる一方だったし、なによりも仲間がいるという意識が、無意識の油断を生ませていた。

「僕をなんだと思ってるのさ」

 雑踏の中で消えそうになる声は小さくも、それでもしっかりと衛士の耳に届く。それは、人波の中で流されまいと、彼女ががっちりと衛士の右腕を抱いているからであった。

 耐時スーツを着ているがゆえに服越しの体温や感触はないものの、それは少なくともフェイカーに勇気や元気を分けていた。

「……いや、本当になんなんだろうな」

 衛士は考えてみて、本当に彼女は何者なのだろうかと疑問を浮かべる。

 フェイカーはどうみても日本人には見えない。日本語を話せるのは地下空間ジオフロントではそう珍しいことではないから気にかけるものではないし、出身国だって特にどうというわけではない。特出するのはその医療技術と、どこで手に入れたかわからぬ剣術だ。

 医療技術についてはまだ理解が及ぶが、後者にいたってはまったくもって判然としない。日本の刀剣を器用に扱うのは、やはり侍や武士などの”日本人”だという固定概念があるからだろう。

「祖国ではとても親日家だったんだよ」

「祖国って、どこよ」

「ロシア。衛生兵やってたよ……といっても、そこで身についた技術が役に立ったのが、こっちに来てからだけどね」

「へぇ。それじゃ、ジェリコも?」

「うん。あいつは軍医だった。今じゃ、どっちも戦死したことになってるけどね」

「そうなんだ……で、戦力になるの?」

 思わず話を逸らされるが、衛士は頑強な意志力で会話を元の話題に戻してやる。と、彼女は何かを考えるようにうなり声を上げ、しなやかな指で唇を弄った。

「役に立つって意味なら、十分だと思うよ。……ふふ」

 何かを想像したのか、彼女は不意に身体をくつくつと震わせる。視線を向けると、太刀を脇にはさみ、口元を手で押さえて笑いを零す姿があった。顔は笑みでいっぱいに広がっていて――奇妙な光景を、衛士は不気味げに眺めながら見守るも、そう間も開けずに彼女は控えめに続けた。

「君なら、身を呈して守ってあげる。だから君も僕を守ってね?」

「お前の命を一度救ってやったことがあるよな? おこがましいぞ」

「なら、僕だって君を回収したさ。あれだって、放置されてれば結構ひどい目にあったけど」

「……イーブンで同じ立場ってか。わかったよ、危なかったら助けてやる」

「バカだな。僕はその危険から守ってねって言ってるんだよ」

 彼女はそう言って足を止めた。衛士の腕に絡みつく手を引き剥がし、それからため息を一つついて肩を落として見せる。彼はそれに倣うかのように短く息を吐きながら、伸ばした腕でそのまま拳銃を引きぬき、二、三回指で回して正位置に戻す。

 場所は広い路地に移り、人の気配の一切が失せる。そこは道路と民家とを区切る壁に挟まれた場所で、材木などが長らく放置されている空き地へと続いていた。そう騒いでも近所迷惑にはならないような空間だが、銃声がどうであるかは定かではない。

「なら一撃で仕留めろってか。オレとしては情報を聞きたいんだがな……」

 気怠げに振り向いてみれば、その目の前には――女性の姿。迷彩柄のベアトップのキャミソールにホットパンツ姿だが、その上には迷彩柄のジャケットが羽織られている。しかし何よりも目をひくのが、その両手で構えられる軽機関銃の存在だった。

 銃底ストックを締めた脇に押し当て、軽機関銃から垂れる弾帯をジャケットの上に巻きつける。そんな彼女の顔はとても得意げで、同時に衛士も、さすがに相手の獲物を確認せずに路地へとやってきたことをすこしばかり後悔した。

 嘆息をして、衛士は肩をすぼめる。

「アサルトライフルじゃなくて、軽機関銃か……座学じゃ直立状態での連射は動作不良を起こしやすいっつってたが、本当はどうだかな」

 いくら弾帯ガンベルトで給弾をしようとも、重力によって下に引っ張られるそれが、素直に薬室へ問題なく送り込まれ続けるわけもない。途中で給弾不良、弾詰まりを起こすのは半ば必然だし、そもそも十キロ前後あるそれから伝わる持続的な反動を、動きまわる衛士らが疲れ果て仕留められる筈がない。最も、それは常識という普遍的な知識、判断力からなる推測なのだが。

 とはいえ、生身の衛士でさえもそれを過酷に感じるのだ。

 可能であるわけがない、と――今はそう信じるしかないのだろうか。

「くくく、怖気付いたのかねぇ? あたしの、クソ強ぇ魔術に」

「は、魔術?」

「あたしの使い魔、黒きミニミ。こいつからは吐き出されるのよ、5.56ミリの鉛色の悪夢が」

「イカれてやがる」

 困ったようにフェイカーへと視線をやると、彼女は衛士とは対照的な真剣な面持ちで白人を閃かせ、既に太刀の鞘を足元に捨て構えていた。

「エイジ、油断しないで。マトモじゃない分なりふり構わないから厳しいよ。軽機関銃だって、この状況が偶然だとしても彼女にとっては良い条件なんだから」

 確かに彼女の言葉は正しかった。

 たとえ身体能力を大幅に強化されたこの肉体とて、弾丸を弾く、あるいは肉体に到達する前に耐時スーツで止めるなんて事ができるわけではない。あくまで人工筋肉なのだ。耐衝撃は十分にあったとしても、射程距離がべらぼうに長い突きの斬撃のような銃撃を防げる事は無論、できない。できるわけなどないのだ。

 つまり、これまで同様に一撃でも貰えばアウト、と言う具合になる。狭い分、やはり人数が多いほうがより不利になり、相手としては衛士らの行動範囲が限りなく限られているから、早期の決着が期待できる。

 冷静になってみれば、給弾不良や反動など、ごく短い時間の使用では問題はほとんどないかもしれない。彼女がその軽機関銃の扱いに長けていて、慣れているのならばそれは増長されるだろう。

 つまりはやはり――。

「フェイカー、しょうがねぇ……」

 かなりの、危機かもしれなかった。

「下がってろ。まずはオレが相手をして見せてやる」

 自分の舐めた判断の戒めとばかりに、彼は息を一つ吐いて、跳び上がろうとした瞬間――通路入口から不意に吹き込む、行動を制止せざるを得ぬほどの暴風が時衛士らを襲い、

「はっは――ッ! 喰らえぇ!」

 風切音が全ての音を遮断する中、たった一度の発砲音だけは鮮明にその耳へ音を聞かせ、その直後に衛士の横っ腹に鋭い痛みを覚えさせた。

「ぐぅ……っ?!」

 打撃のような衝撃は、衛士の肉体に傷をつけない。怯む彼はされど、その最中に自身がただ一発の鉛弾で窮地に立たされたことを知った。

 周囲に散らばるガラス片。さらに、その黒い衣服故によく目立つ、身体にまとわりつく砂。それはさらに風によって舞い上がり、衛士のまぶたの裏側に忍び込む。

 発砲は続かぬものの、彼女は衛士の反応を楽しむかのように、その馬の尾のように括られた髪を揺らして、笑いを押し殺していた。

「っ、砂、時計が……!」

 なぜ彼女がこの存在を、この砂時計を破壊しようと思ったのか――仮に使用しても衛士、あるいは旧式の耐時スーツを着用しなければ時間遡行を知覚、理解できる筈がない。それは適性者とて例外ではない。

 鈍い痛みは余韻となって残るが、衛士には、それよりも遙かに砂時計を失ったことが痛かった。

 これで経験不足は補えなくなったし、完全にミスは許されなくなった。幾度も繰り返せた死も、状況も、これで繰り返すこと自体が不可能になったのだ。

 つまり、

「これは――」

 本当に、久しぶりに。

「本気でってやる……っ!」

 その言葉に応じるように、衛士の目付きは瞬時に変わる。鋭くも、殺意が篭っていてもどこか容赦のあるその視線から、全てを見逃さず、さらに先を見透かすような狡猾なものへと。

 そしてそれを見る軽機関銃を装備するポニーテールの女は衛士を鼻で笑い、その端正な面構えを狂ったような笑みで崩した。

「お。本気になったねぇ、聞いてンよ…‥潜在的な戦闘能力はわりかし高いって。感情の発起と言うよりは、自分の危機を理解した――みたいな感じかも」

 声が届く。だが、砂の入り込んだ目は痛みを伴わず、砂を出した覚えもないのに、その瞳はいつものように鮮明に目の前の光景を映してくれていた。

「フェイカー。邪魔だ、後ろの空き地に下がってろ」

 砕けたガラス片を踏み、衛士は一歩前に進む。しかし相棒たる彼女は、言葉を無視するように衛士の前に躍り出た。

「砂時計のない君は戦力たりえない。自分の長所を忘れたというわけでは――」

 意気揚々と太刀を構える彼女の首根っこをつかむ衛士は、まるで邪魔な荷物を退けるかのように強引に引っ張り、背後へ放り投げる。華麗に宙を舞うフェイカーはそのまま空中で一回転をするように体制を整えて――それをきっかけに、耳につんざく、連続した発砲音が開始した。

 一秒間に約十二発を撃ち出すその圧倒的な火力は、それでも時衛士を貫くことはおろかカスリさえもしない。相棒を放り投げた反動を利用して高く跳び上がる衛士の足元を弾丸が翔け、巡航ミサイルのように吹き飛ぶフェイカー付近の壁を砕く。

 その上で軽機関銃の反動を物ともしない彼女は軽々とその獲物を上向きに持ち上げ射線を空へ流す。その間に壁を蹴る衛士は素早く大地に身を屈めた。六○○メートルにもなる長大な斬撃たる弾丸の一線は、不意に途切れ、素早く衛士へと向けられた銃口はそのまま間髪もおかずに再び銃弾を吐き出し続ける。

 しかしそれよりも早く衛士は真正面から直線的に、それでいて地面を這うような低姿勢で駆け出し、それでようやく彼女の懐へと潜り込む。

 が、まるでそれさえも予測されたかのように――しかし予想ができてもおよそ常識では考えられぬ速度で、立ち上がろうとする衛士の側頭部に目がけて撃ち放たれるその銃身は、それを知覚し反応する間もなく、力強く打撃した。

 途端に世界が暗転し、重力の方向を見失う。身体の状況を把握しきれぬほどに脳は揺さぶられ、刃物でも突き立てられたかのような鋭い衝撃から、じんと染みるような鈍い痛みへと移行する。

 銃撃をやめる彼女は、だが容赦なく、ストラップでミニミ軽機関銃を肩から提げて――ホットパンツに固定される一本の錐状のナイフを抜いてみせた。

 朧気な足取りで、それでも必死に銃を構え引き金にかけた指を弾く衛士は――9ミリの弾丸を女の脇に通して過ごさせた。構えた腕は慣れた様に脇に挟まれ固定され、そして流れるように、鋭い切っ先は素早く衛士の横腹に飲み込まれていって、

「ファングボムッ!」

 ナイフの柄に在るボタンを力強く、彼女は押した。

 瞬間、衛士の腹部は内部から爆ぜたかのように周囲に血を撒き散らし、裂けた肉があたりに吹き飛ぶ。

 強い油に似た臭いが鼻につくも彼女はそれを気にした様子もなく、全身を衛士からの返り血にまみれながら、衛士を蹴飛ばして壁に叩きつけた。

 それから彼女はナイフから柄を引きぬき、腰のホルスターからまた新たな柄へと取り替える。

 ――それはワスプ・インジェクションナイフと呼ばれる、ナイフの先端、その切っ先から冷却ガスを噴出させるものである。対サメ用に開発されたそれは尋常ではない圧力によって、衛士の腹部を吹き飛ばしたのだ。

 が、正確には、完全に衛士の腹が爆ぜたというわけではなかった。

「っ? 油臭いっ! まさか……」

 赤い液体が血液たる臭いを発さない事に気づきはしていたものの、完全に意識したのは彼女がガスが補填された柄を付け替えたその直後のことだった。

 刹那、彼女が全てを理解するよりも早く振りぬかれる腕は手早く引き金を絞り、火花を散らす。

 不意気味に放たれた弾丸はコンマ秒で彼女の頬、その表面を掠り抉り背後へと過ぎて壁に叩きつけられた。衛士は次いで強化が失われないその右腕で発砲を続けようとするも、すぐさま軽機関獣を構えようとする彼女の所作を見て、短い舌打ちを残して大地を蹴り横へと飛び退いた。

 倒れこむように身を低くして、比較的ダメージの少ない右手で大地を弾くように路地の奥へと飛び込む。その直後に圧倒的な銃撃が瞬く間に、衛士が居た壁を砕き始め――。

「ったく、なんだ、この耐時スーツは!」

 悪態を漏らしながら、衛士は身体を捻って彼女の足を狙うが、素早く衛士へと向きなっていたその体は、衛士が行動するよりも早く回避行動を起こしていた。

 銃口は再び衛士を捉える、が――彼女はすぐに銃口を絞るわけではなく、今度はまた華麗な足さばきで壁際まで移動したかと思うと、身体に巻きつく弾帯ガンベルトを引っ張り、またその尾をポケットから引きずりだしてたるませ、そして投げ捨てるように放り投げる。大地で渦を巻くそれは未だ数百発はあるだろう。戦場では心許ない弾数だが、このどん詰まりの吐き捨て場には十分すぎる数だった。

 そして同時に、彼女の尋常ではない体力と、筋力を理解することが、そこから可能だった。

 軽機関銃と言っても、そもそもそれは支援火器であり、制圧が主な目的として使用される。軽機関銃自体は一人で携行しても、その制圧するために使用する弾薬までもを持ち歩けるわけではない。理由としては単純な重量による問題や、また弾薬補填役としての人材が必要だからだ。

 それを一人でこなすのはやはり無理があると思われたが、やはり、現在の彼女を見る限りではそれがない。つまりはそれを可能とする経験と、補助する筋力、体力が十分すぎるほどにあるという事を意味していた。

 その上で彼女はさらに奥の手、つまり特殊能力を有していると考えてまず間違いはない。

 対して、時衛士には既に耐時スーツ以外の副産物は鎖鎌と貸す次元刀スプリットしか持ち合わせていない。それも軽機関銃を相手にするにはいささか使いにくい代物だった。

「正直、驚いた。その強化装備がこんなに手ごわいとは思ってなかったさ」

 彼女はトリガーガードに指をかけて、肩をすくめる様にそう口にする。

 衛士はそこからやや離れた空き地の近くで体制を立て直し、短く息を吐いてから、耐時スーツの爆ぜた左腹へと手を伸ばした。にわかに理解しきれていなかったが触れてみて確かにと理解わかる。

 やはり生身、その肉体自体には傷など一つも付いていなかった。

 耐時スーツは下腹部から胸元あたりまで強引に引きちぎられたかのように裂けているも四肢の強化は確かに行われていて、その力の流動はひどく滑らかである。

 彼はそこで、やはりこの強化装備は以前まで着用していたものとは、外観が全く同じものであっても、大きく異なっていることがよく理解することができた。

 まず一つがその筋力の伝達具合だ。以前のものは力を込めればそれに応じてその部分がポンプのように、人工筋肉が力を蓄えるように膨れ上がり、それから肉体に順応させる。いくつかの段階を経てようやく身体に与えられる強化はそれでも一秒以下の時間で行われるが、タイムラグがあるという事を否定できるわけではなかった。

 対してこの装備は、以前よりかなり分厚く、また骨格でも内蔵しているかのように可動に無理が効かないが、腕を動かそうとすれば、まるで脳から発される電気信号が同時に耐時スーツにも伝わっているかのように素早く筋肉を反応させ、行動を補助する。それはごく自然で、着心地以前に非常に、それだけでも非常に使いやすいものだと言えた。

 その柔軟性、そして次に、高い機能性だ。前の耐時スーツは胸に十字を傾けたように切り裂かれただけで上半身の強化が作用しなくなった。しかし今回のソレは異なり、腹から胸までを露出する格好となっても、腕に力はこもり、足はいつでも高く跳び上がることが可能となっている。が、その代わりとばかりにいくらか耐久度は下がっているようだった。

 ガスの噴出、というのがあのナイフによる攻撃だった。しかし問題はそれ以前のものになり、ナイフが突き刺さったことが、この装備の柔さを教えてくれる。それまでの強化装備ならば凝り固まった筋肉がいくらか阻んでくれた筈だが、今のは違う。まるで豆腐に楊枝でも突き刺すかのような容易さで飲み込み、それでいて強い圧力によって異常なまでの派手さを以て爆ぜてしまう。

 飛び散った生地とオイル、その他内部構造は判然としないが――少なくとも、強化するための構造が相違点というわけなのだろう。以前が電磁、あるいは通電によって収縮する素材を使用していたとすれば、今回は油分の圧力による制御だ。いわゆる油圧式、というものだろう。その分だけ重量があるはずだったが、自重じじゅうさえも自身の強化する効果によって支えてしまっているのかもしれない。

 本当に油圧式だとすれば油分の残量や、損傷によってタレ流れていないかが気になるが、後者にいたってはしっかりとした対処がなされているだろうし、前者も自動的な配分くらいは機能するように作られているだろう。無駄な科学力のすいが集まっているのだ、この程度――と言えるほど彼の感覚は麻痺してしまっているが、出来てもらわねば困るのだ。

 そしてその強化をいかにして肉体に伝え、肉体自体の力に移行させているのかはわからないが、ともかくそういったものだ――と彼は理解し、それから再び目の前の女性へと眼を向ける。

 彼女はちょうどセリフの後の短い嘆息を終えたところで、言葉は再び、衛士と視線を交わすことによって続きを促されたように紡がれた。

「だからあたしも見せようと思うのだが。本気ってヤツを……、ふふ、魔女の本気さ」

 彼女は言いながら片手で軽機関銃を支え、もう片方の腕で弾帯を引き上げて肩にかける。今まで足元にてとぐろを巻いていたそれは瞬く間に彼女に身につけられて、そうしてから、彼女は重心を落とした。

「エイジ、外骨格装備の強化装備なかみを選んだのは正解だったね。骨格が内蔵はいってる分、耐久値は高いよ。基本的な防御力は低いけど、まぁ本来、外骨格で保護される部分だし」

 饒舌な解説は半ば他人ごとのように耳元で囁かれた。

 背後では精一杯背伸びをするフェイカーがいて、それから衛士の瞳がちらりと彼女を捉えたのを確認してから、抜身の太刀を構えて傍らへと立ち直る。

「外骨格? なんとかライダー、みたいな?」

「まぁそうだけど、見たことない? 鎧とかの耐時スーツ。着てみてどんなものかわかってると思うから説明省くけど、ソレがその鎧の中身だよ。外骨格よろい自体も特殊な強化仕様があるんだけど、その中身自体も結構作りこまれてる……ヤワさが目立つから、使ってるヒトは居ないけど」

 ――つまり、リリスがこの戦闘を予期して要求したものとは違う装備を寄越したのだろうか。あるいは、衛士の無茶な戦いを見て、防御力よりは機能性が重要だと考えての選択だろうか。

 考えて見れば、すぐに前者であると理解できる。理由としては、やはり、次元刀スプリットに要求した鎖の標準装備がものの一分以内になされて与えられたからだ。いくら迅速な対応が良いとはいえ、手抜き作業で鎖をつけたりはしないだろう。ただの捨て駒としてこの地上に落とした、もとい、叩き上げたのではないとすればの話だが。

「まぁいい。そろそろ敵さんも私語を許しちゃくれない……後はまかせたぞ」

 面倒くさそうに嘆息すると、衛士は大きく背を仰け反らせるようにして伸びをしてみせ、次いでそれが終わると、手に握っていた9mm拳銃をフェイカーに手渡した。同時に告げられるのは、どう好意的に聞いてもこの状況を無責任に押し付けるセリフだった。

「ちょ、な、え、どういう……っ?!」

 動揺する彼女を尻目に衛士は腰を落としたかと思うとすぐさま大地を弾き――ものの一瞬で、彼は四、五メートルはあろうかというコンクリートの壁の上へと飛び乗って、

「悪い。こうしてるウチに何かあるかもしれない。何もなかったら戻ってくるから、それまで、な」

「え、エイジ!」

「逃げるのか、キサマ!」

 怒気と困惑を孕む声と、完全な怒りに塗れる怒号とが混ざり同時に衛士を襲うが、彼はどこ吹く風といった具合に肩をすくめて、また高く跳躍した。

 残された二人はそんな彼を呆然と見送りながら――また程なくして、弾幕を作り、それを凌ぐ攻防が開始された。

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