第四の試練:反芻 二戦
好意的に考えれば、リリスのした事は、かつて衛士が出来なかった別れの挨拶をさせてくれたというものだった。しかし常識的に考えれば、恐らくかつての友人等の反応は”ごく自然”なもので、それを見て、感じての反応を図っているというものが本当だろう。
――残留思念という言葉がある。主に霊的なものに対して使われる言葉だが、今回は残留思念の”ような”ものだ。正確に説明するならば残留記憶とでも名称を変えればよいのだろうが、先ほどの出来事で、やはり残留思念以外の何物でもないと、衛士は理解していた。
残留思念とは、肉体から独立した魂、あるいは念の事だ。それがある固定された場所、空間や物体に深く刻み込まれ、稀に何らかの霊的現象を起こすというのが一般的な認識であろう。
その残留思念が今回の、記憶回帰と何の関係があるのか。それは彼等が記憶を取り戻し、また失った後に、”記憶を取り戻した”という事を忘れてしまったことにある。
残留思念はいわば、時間回帰が行われる前の彼等の記憶、人格と言うものだ。それがそれぞれの肉体に深く刻み込まれ、時衛士という契機に触れた事によって爆発的に増幅し、肉体を乗っ取るまでに到る。すると人格、記憶は時間回帰が行われる前までの個人のものになったのだ。
だが、思念はそう長くは続かない。恐らく衛士との付き合い、過ごした時に比例した量になる。だから僅か一年未満の付き合いだった早乙女美流の残留思念は五分未満で燃え尽き、山田、中村らは二年近くだったために、十分近くまで持った。
燃え尽きたという事は、次が無いという事だ。再び衛士が彼等と接触したところで再び記憶を取り戻すことは無く、一方的な知り合いとなる。が、やはりもう友人等とは出会うことは無いだろう。だから、もう関係ない。
衛士は捨てるようにそう考えながら、強い日差しの下、人波の薄い道路の真ん中で立ち止まった。身体はぼろぼろの耐時スーツに包まれていて、武装はこの地上に降り立った際と同様のもの。相違点といえば、上半身は袖をまくる黒いインナーが一枚だけという所だろうか。
――耳に当てる携帯端末からは、通信音が聞こえる。ぷるる、ぷるる、と幾度も鳴る呼び出し音は、以前、男から掛かって来た電話番号へとかけなおしたものであった。
非通知、あるいは一方的な発信の周波数で逆探知が不可能な番号かと思われたが、そんな考えは危惧そのものであり、親切丁寧に、その電話番号は暫くしてから、しわがれた男の声に繋がった。
『なんだね』
眠そうな声が衛士を迎える。どうやら初めての自主的な発信に困惑していたのではなく、単純に就寝していただけだったのだろう。しかし個人的な端末に掛かるのは流石に予想外だった――が、衛士は構わず物怖じせずに、怒鳴りつけるように言葉を吐いた。
「耐時スーツがぼろぼろだ。新しいのを寄越せ。あと、次元刀があったろ。それと、鎖を寄越せ」
『ガキが粋がって、大将気取りかね?』
「大人が粋がってたらみっともねぇだろ? てめぇは良い反面教師だよ」
『はは、こりゃ手厳しい……だが、使用目的を聞かなければ渡せない。これは意地悪なんかじゃなくて、組織の決まりなんだ――最も、備品の補給に対する、だがね』
「本気でやってやるっつぅんだよ。一般人でも能力者でも、適正者でも特異点でも――オレがやらなきゃならねぇっつーんなら、やってやる。火の粉だろうが獄炎だろうが、全部振り払ってやる!」
もうわかったのだ。自分が、ここで進むべき道を。
精一杯立ち向かえば良い。
手のひらで踊る? 上等だ。なら踊り狂って、相手が愉快だと笑い転げたところでその手首を掻っ切ってやる。ただでは進まない――全てを学んで、吸収して、たとえ受けきれないほどのものだろうと構わず全部抱え込んでやる。
衛士は駅前から少し外れた、ちょっとした住宅地へと足を踏み入れる。夏だから子供たちがはしゃいで車の来ない道路を走り回って、あるいは買い物袋を提げる主婦が往来で立ち話をしている。そんな平和な風景には、やはり衛士は浮いていた。
それも仕方が無いことだ。彼は既に、この世界の住人などではないのだから。
『……面倒だ。強制的に着替えさせるぞ』
「ついでに、次の……第五の試練の情報だ」
『つくづく面倒なガキだ。あの程度で一つの試練が終わるはずが無いだろう。後はどれほど続くか察せられるだろう?』
その言葉に、衛士は思惟するように眼を瞑る。数秒だけ世界の景色を遮断する――と、途端に現れるのは身体の、正確には身につけるものの違和感だった。
腰まで脱いでいた耐時スーツは気がつくとそのジッパーを首元まで迫り上げられていて、端末を掴む手までもがソレに覆われている。腰にはいつものように砂時計が装備されていて、太腿のホルスターには代わらず9mm拳銃が収まっている。だが、その腰の後ろにはずっしりとした重いものがあった。
取らずに手を伸ばしてみると、右手側に柄を伸ばすナイフのほかに、左手側に、まるで対になるように伸びるナイフがあった。鞘もなくむき出しになるそれを指先でなぞってみると、また以前とは違う刃の形をしていた。
初期はコンバットナイフ状だった。次ぐ段階は鍔に二枚の刃を並行に生やす奇妙な形だった。そして今回は――ナイフと形容してよいのか分からぬ巨きさを持った刃だった。ブーメランのように刃を屈折させるナイフ。かつて一度だけ使用した事があるそれは、確か”グルカナイフ”と呼ばれる武器だった。
刃渡り十五センチのサバイバルナイフの一回り大きい、三十センチ以上の刃を持つそれの柄尻には、早くも注文を付けつけたのか、鎖が繋がれている。そして鎖は収納されずに、乱暴なまでに柄を簀巻き状態にしていた。
イメージしていたものとは大きく異なったが――無いよりはマシだ。そしてこれが変わらず次元刀であるかぎり、戦力は恐らく倍近くに跳ね上がる。これが飛び道具になったお陰で戦術の幅も大きく広がったのだ。
『聞いた話だと、量子レベルになると観測というだけの事象が大きな変化をもたらすらしいな』
「それがなんだよ」
『二重スリット実験というものだ。電子を撃ち出す銃とスクリーンを向かい合わせる。その間に細い穴、スリットを持つ板を隔て、電子を撃ちだす。すると向かい合わされたスクリーンには縦状の模様が現れる。次にスリットを二つに増やすと模様は無論、それが二つになるだろう。ならば波の場合は? 電子と言う球体ではなく、波を起こすのだ。放射状に広がる波はスクリーン全体にあたるが、一番強く当たるのはその中央だ。ならばスリットを二つにした場合は、スリットを出た山や谷がぶつかり合いそれぞれを打ち消し、結果、明暗の縞模様――干渉縞を作り出す。ここで電子銃を実際に連射してみようという実験を試みると、スリットが一つの場合は確かに縦状の模様が出来た。だがスリットが二つの場合は、量子の発射だというのに干渉縞が――』
「しらねぇよ、やめろ! まどろっこしい話はナシだ。どうせ皮肉だろ?」
『これはある種の思考実験だった。この実験は、量子を観測することによって、しない場合とは違う動きをするというものだ。そして、波動性は光だけに限らない。なら――観測すれば、どの世界でも、未来でも、自分の手で変えられるかもしれない。君はそう思わないか?』
「はん、この世界は量子か?」
『観測者にとっては変わらんさ』
蔑むような返答に、男、ゼクトは流すように口にする。だが、と続く言葉は、まるで衛士に言い聞かせるような口ぶりだった。
『その観測者が動けば未来を変える事が出来る……観測者は神のみとは限らぬという話さ』
「心底どうでもいい、オレには関係ない話だ。それと、最後に一つだ」
端末を肩に挟むようにして固定し、左腕で、首の後ろにある三角巾の結び目を解く。すると解放される右腕は力なく垂れるも、僅かに力を入れるだけでまるで反動を付けたように持ち上がり、胸に引き付く。さらに籠る腕力に衰えた様子は無く、その上で耐時スーツのお陰で十分な力強さを見せていた。
これでもう大丈夫だ。この腐った試練を、難なく過ごせる。
その代わりに働かせるのは頭だ。思考を停止さず、脳が沸騰するほど考える。腕が折れてももげても、この心臓が停止しても、考えられる、この思考が回転するまでは必死に頭を働かせなければならない。
それが衛士の――唯一、認められた実力だった。
「オレを選んだ奴はあんたか?」
『……くっ、ふふ、はっはっはっはっ!』
音声が割れてノイズが混じる。けただましい笑い声が耳に劈き、衛士は思わず端末を耳から離して顔をしかめた。まるで、心の底から愉快だと言わんばかりの笑い声から、その醜く歪む破顔が眼に浮かんで、衛士は思わず端末を掴む手に力がこもった。
何がおかしい。まさか、この男こそが本来憎むべき敵なのだろうか。
そう考えても口には出来ない。感情に呑まれてしまえば、知れたはずの情報を逃してしまう可能性がある。その時点で考え、導き出せたはずの答えをみすみす落としてしまう可能性がある――刹那に言われた言葉を、今ようやくそれを理解できたのだ。
『ふふふ……いや、すまない。しかしまぁ、皮肉なものだな。いや、ココまで来てこそ貴様らしいと言うべきか』
「おい、どういう事だ?」
『君は自分をこの道に引きずり込んだ者を怨んでいるのか? 機会があれば殺してやろうと思うほど』
「人の人生を、たかが一存で変えたんだ。そりゃ不特定多数の六十億の民の一人だろうがよ、オレにとっちゃ、たった一度しかねぇ命なんだ。オレだけならまだしも、家族まで……っ!」
そう口にして思い出すのは、やはり以前の試練の思い出だった。
凄惨な空気。濃い血の匂いが鼻にまとわりつき、天井から吊るされる三人分の紅く汚れる布袋が酷く印象的だった。何もできることなど無い、結果だけが待ち受けていたあの空間。自分の無力さを感じる暇も無く怒りに駆られて身体を動かしたあの日。
あれから既に一年以上が経っているのが信じられないのは、今もまだ同じだった。最も、半年以上が機械的に過ぎたのだから、実質的には今だ五ヶ月、半年未満の出来事である。
『ふふふ、いや……時衛士、君には心底、同情する』
どんな意味を含んで笑っているのかすら定かではない。にやついて口にしているのであろうことが分かる言葉に酷くイラつくが、衛士の怒りはこのゼクトには向かなかった。
――同情するということはつまりどういう事なのだろうか。
既に対象が亡き者になっている可能性。対象がとてつもない実力者だという可能性。生存しているが、物理的に手を出せない状況にある可能性。既に死にかけ復讐する余地も無い可能性。それぞれが瞬時に脳裏に浮かんで、そしてそれぞれが平等にありえるという事を思って、衛士は強く歯を噛み締めた。
奥歯が軋み、擦れてぎりりと音を鳴らす。周囲で立ち話をする住人は、気がつくと衛士を遠目に見てひそひそと何かをひそめきあっていた。
衛士はばつが悪そうに頭を掻いてから、短く舌打ちをして足を進ませる。それでも思考の停滞が進むことは無かった。
「まだ試練は二日目だ……だがな。もう、オレは無様な戦いはしない」
もうゼクトからは何の情報も流れ出ないだろう。衛士はそう判断して、決意を告げる。そうすることでもう、自分は自分の言葉に従うしかなくなるという、簡単な背水の陣を作り出した。この男にそういった表明をするという事は、つまりそういう事なのだ。
『ふふん、そういったことはナル……フェイカーに言ってやるものじゃないのかい?』
「何が監視役だ。監視なんぞこの端末があれば十分なくせに……あいつも、試練じゃないかもしれないが、そういった関連の一つなんだろ? 今朝みたいな」
『君にしては随分と察しが悪かったな。本来なら、その姿を、存在の役割を見てすぐに理解できて欲しいものだが』
「オレに何を期待している」
『答えは自分で導き出すのだよ――とは言ってみるが、一つヒントだ。一を知って十、百、あるいは億を知るなど稚拙なモノだと吐き捨てられる人間になれ。君は因果を造り、常に結果だけを見据える存在になれ』
意味が分からない。衛士は、不意にぷつりと切れる携帯端末を眺めてそう思った。
一つのきっかけから物の全容を知ることが稚拙、愚かだと思える人間になれと彼は言った。畳み掛けるように、きっかけなど無くとも結果を知れる人間になれとも。それはつまり、どういったことなのだろうか。
今の衛士には、それを理解することは出来なかった。
もう二度とフェイカーのもとへ戻るつもりの無い衛士は、そのまま端末を力任せにへし折って、近くの用水路に投げ捨てた。
その用水路に沿って伸びる道を真っ直ぐ進むと、やがて自然が増えてくるのが視覚的にわかった。
一車線の狭い道路には車の通りがまばらで、ガードレールに遮られる歩道はお世辞にも広いとはいえない。左手側には土手のような、垂直に近い坂があって、その下に用水路がある。彼が歩くのとは逆側の歩道には風に葉を揺らす樹木が乱立して、林を作り出していた。民家は無く、往来には人が居ない。
いよいよ空が暗くなってきたのを見て、衛士は踵を返して道を戻る。これで地理は概ね把握できたと衛士は満足げだが、されど笑顔を見せる事はない。
そんな彼が思わず苦笑を漏らしたのは、それから間も無くのことだった。
――やがて車の往来も少なくなり始め、田舎特有の寂しさを思わせる。その中で前照灯を水平にして走行する乗用車が、エンジン音を轟かせながら大地を揺らし通り過ぎたかと思えば、衛士からそう離れない背後で停車した。
エンジンはきられず、オーディオが漏れ出す車はずんどこずんどこと音を鳴らし、またドアが開くと同時にその曲を鮮明に周囲に流す。近所迷惑だと怒鳴りつけようとも思ったが、周辺に民家が無いからその言葉は意味を持たないだろう。
衛士は噴出すように一息分笑うと、それから面倒そうに振り向いた。ガードレールを飛び越えて衛士の背に迫るのは――三人分の、男の影だった。
「ったく、行儀のなってねぇ奴等だな」
うずもれた記憶の中から、彼等の面影を思い出す。それからまた右目の疼きを覚えてから、衛士は静かに腰のナイフに手を伸ばす。と、それとほぼ同時に、目の前に迫る影が何か長い棒状のものを振り下ろした。
衛士は距離を測り、一歩分だけ後退する。するとその先っぽは空気を裂いて衛士の眼前すれすれを通り過ぎて、地面に甲高い音を立てて叩きつけられる。衛士は反動を付けるように跳んで男の懐に肉薄し、ナイフの柄を男の水月に叩き込んだ。
「うぐっ……!」
影が揺らめき、俯き始める。そうする頃にはその背に控えていた二人が左右に分かれて、男の両側から迫ってきていた。
衛士はそのままなぎ払うように男を押し倒し、それからそれぞれ男たちの肉薄する速度を感覚的に予想して、右手側の男が何かを持つ腕を振るうタイミングにあわせて頭を下げて屈みこむ。頭上を過ぎてゆくのは、先ほどと同様の長物の気配だった。
「なっろぉ!」
まだ暗がりに落ちていないそこは比較的明るい。影といってもその風貌や武器程度なら、冷静になってみれば直ぐに判別がついた。
今相手にしようとしていた彼が持つのは、黒塗りの木刀であった。
だが、そういった武器を持つからこそ、狭い歩道では強制的に一対一の形を作り出す。下手に突っ込めば味方の攻撃の被害を受けかねないのだ。
男は声を上げて踏み込む一閃を振り下ろす。衛士は頭上に迫る寸での所で脇に避け、その木刀がすぐ脇の虚空を切り裂いたのを見送りながら、鋭く突きたてたナイフの柄を手に、男へと迫撃。男は反応する暇も無くその武骨なゴムグリップで喉元を打撃され、さらに押し込められるようにされると、軟骨が砕ける音がした。
「――っ?!」
彼は木刀を捨てて喉を押さえる所作を見せながら、そのまま後退してガードレールに腰を打ち、転ぶようにして尻餅をつくと、そのまま縮こまって動かなくなった。
衛士は手元に残る、確かな、喉仏を潰した感覚を覚えながらナイフ握りなおし、落ちた木刀を蹴飛ばして用水路に落とす。目の前の二人はそれを許し、それから鉄パイプを手にした男が、やや奇襲気味に走り出した。
胸元にパイプをひきつけ、大地と並行に、肉体に対して垂直に構える態勢。つまりは粗雑な突き技ということだった。
暗く、距離感の取りにくい状況と言うことでの判断なのだろうか、それとも仲間が一人潰されたが為に感情を昂ぶらせて一心不乱の行動なのかは分からない。だがそれでも、それが愚かな行動という事だけは良く分かった。
衛士はナイフを左手に持ち直すと、即座に振り上げて――目の前に迫るパイプの側面に刃を添える。その短い白刃の腹はパイプに擦られて音を立てるが、その軌道を容易に逸らしてくれる。そしてそれ故に迫る男は勢い付いたが為にそう簡単に足を止めることが出来ず、
「わ、やめっ!」
身を捻るようにして後ろにひきつけた右腕を、解き放たれた弓矢よろしく撃ち放つ。耐時スーツの人工筋肉に増幅されたその腕力は付加され、男の悲鳴を最後まで許さずにその顔面へと穿ち抜かれた。するとその顔はまるで粘土細工のように歪むと、その鼻筋を歪め、鼻先を横に向かせる。宙を舞う前歯はそのまま自由落下して――背後へ吹き飛ぶ男はそのまま控えていた仲間を巻き込んで、狭い歩道に大の字で横たわった。
残された一人は情けなくも無様に、巻き込まれた際に後頭部を大地に打ち付けて意識を手放したようだった。
衛士はそれらを確認した後で、結局彼等の正体や目的が判然としなかったところに深い溜息をついた。
今回は比較的若い男たちで、武装もまた庶民的だった。そういったことからやはり一般人に金をつかませて動かしているという事が分かったが――仮に、刹那が所属する組織からの刺客であるのならば、随分と舐められたものだと思った。
一般人を動かす理由は単純に、もう衛士に対応できる能力者が居なかったり、極力その数や能力を隠蔽したいというものだろう。そしてまた、一般人なら手を出しにくいだろうと考えられている事だ。
侮られている。だがもしかすると、別の勢力によるものかもしれない。
リリスか、あるいは別の何か。今の時点ではその尾はおろか影すらわからない。ゼクトが求めた人間ならば、恐らくこの時点でその正体を認識、理解する事が出来ているのだろう。衛士は考えてから、嘆息した。
「――もしこれが”あれ”をなぞってんだとしたら……」
答えも出ない事を考える時間はない。思考を停止するわけではなく、時間を節約するのだ――と自分に言い聞かせて、衛士は腰の鞘にナイフを収めてから、踵を返して走り出した。
車から響く歪んだ振動は止まる事無く、稚拙な奇襲班に、以前してやられた事にどうしようもなくイラつきながら奥歯を鳴らす。
その場を辞す頃になると空は既に、夜の帳を落としていた。