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第四の試練:反芻 一戦

 不審者の目的にもよるが、衛士は即座な対応を目指してひとまず裏門を目指した。

 衛士が入ってきたフェンスの入り口は近くのロープで固定した上で用途不明の木箱を置いてきたから、裏から侵入するとなれば乗り越えるしかない。そんな目立つ行動をすれば生徒や教員でなくとも周囲の住人が直ぐに通報してくれるだろう。

 誰かが騒ぎ立てれば駆けつけられる。裏門――衞士が待機する予定の中庭からグラウンドまでは直線距離で約二○○メートルだ。校舎や体育館、プールなどの障害物を考えても三○○メートル以内に収まるのは確実だし、彼とて戦闘面では優秀な面を発揮しないものの、死に物狂いで訓練を続けていたのだ。一般的な兵隊程度の迅速な行動は可能であり、衛士は常にそれ以上の結果を出せていた。

 かといって――下手に人に見られれば、不審者よりも先に発見されれば騒ぎが本物の存在を上手く霞みにかけてぼかしてしまうだろう。だが、だからといって移動に時間を掛けているわけにもいかない。

 これが試練であろうとなかろうと被害者は完全なゼロが理想であり、それが自分が最低限することだと衛士は考えていた。

「……久々だけど、案外覚えてんなー」

 走れば直ぐに砂埃がたつグラウンドを斜めに走って近くのプールの側面へ。そこから裏側へ回り、雑草が生い茂る道へと出る。そこを通過する最中で人のはしゃぐような声が響くも、どうせ水泳部の活動だろうと考えて脇見もせずに無闇に足を動かした。

 曲がり角を曲がり、またプールの側面に到る。そこからまた少しの隙間を空けて存在する渡り廊下へと飛び込み、そこを通って校舎内へと入り込む。迂回するよりも近道であるし、刃物も持たぬけが人と言う風貌が、一瞬の判断で不審者と見受けられないという自信を持ってのことだった。

 そこから真っ直ぐに伸びる廊下を走るが、人の気配は無い。ただ走るたびに床がコツコツと鳴る音だけが響いていて、それが妙に気味悪く感じられたが、それでも誰に見つかることも無く衛士はその正面にある来客用の出入り口から外へと飛び出した。

 ――気にしていなかった、セミの鳴き声が聞こえる。ぱあっと視界を焼き尽くすような太陽光が視界を埋め尽くしてから、徐々に目の前の光景を鮮明に映し出していく。

 正面玄関は、そこから右方向にあるピロティを潜った先に存在する。そこは四階建てのホームルーム棟であり、その傍らに、恐らく殆どの生徒が集合するであろう体育館が大きく鎮座していた。

 そして衛士が目指した中庭は目の前にあって、丁度その端にあるささやかな鉄の柵の戸締りを確認し終えたのだろう二人の教員が、校舎の玄関へと戻って来る姿があった。彼は咄嗟に身近な物陰に一旦身を隠してから、その二人がピロティを通過した辺りで、素早くその前を走り門が見える位置へと移動した。

 そこで、ようやく一つ息を吐く。不審者がここを目指すのならば、後はその登場を待つだけだ。

 仮にそれが付焼刃スケアクロウなら――これまでの酷い戦闘を払拭できるような丁度良い”リハビリ”相手になってくれるだろう。

 武器はこの身一つ。スポーツマンよりも健やかで遥かに丈夫で頑健なこの鍛え抜かれた肉体と、その戦闘経験のみだが、今の彼の中には不思議と負けるという気はなかった。今まであった恐怖、不安、過剰な自信……それらが失せ、適度な緊張と、ごく現実的で堅実的な戦闘の想像イメージ。だがそこには、いくつもの戦術を描く、無数の可能性を秘める想像には、自分が負けるといった一つの結果は存在しなかった。

「ちょっと、グラウンドに何か居ます!」

「正面から……っ、警察はまだか! 生徒は?」

「体育館に避難させてあります!」

「よし、”みつまた”持って、行くぞ!」

「ちょ、”さすまた”でしょう!?」

 ――やかましい応酬を後に、先ほどの二人の教員は中庭へと続く玄関から来客用の出入り口へと駆けて移動し、校舎の中へと入っていった。衛士はその情報にうんざりとしたような溜息をついてから、額から垂れ流れる汗を腕で拭い、またシャツを右腕の脇に食い込ませて汗を吸収させる。

 木陰を作る、自然が豊かな場所。そこだけ時間の流れが緩慢に感じられる平和な空間。いつの日か、衛士もここで食事をとって、友人と笑いあった時を過ごしていた。衛士はそこを一瞥すると共に蘇る思い出を過ぎらせてから、軽く、ばかばかしいといった風に笑ってから、正門のある校舎の正面、衛士が忍び込んだグラウンドへと駆け出した。


 衛士がそこに駆けつけた時には既に、地面に刺又を転がしたまま右腕の上腕を押さえるようにして跪く体育教師の姿があった。身体は朱の鮮血に濡れ、乾いた大地は仄かに潤う。傷はそう深そうには見えないものの、痛みに慣れぬ一般人にはこの世のものとは思えぬ激痛に感じているのだろう。

 その先には、震えた腕で刺又を前方へ突き出す若い男性教員の姿。彼の前には、身体をゆっくり左右に反復させるように揺れる男の姿があった。手には紅く濡れた刃渡りの長い出刃包丁を握り、表情は恍惚じみた笑顔に満たされている。

 一見すれば今にも助けが必要そうな光景だが、安定しないようにふらつく男の獣じみた鋭い視線が、衛士を貫いていることに、彼は気付いていた。男の標的が、まるで待ち構えていたように衛士へと移ったのを、彼は理解していた。

 ――あぁ、そうだ。オレは知っている。この光景を知っている。何年も、何十年も前に見たような気がする。

 誰にでもできる、誰かがやってくれるだろう事を、無理矢理に強いられて、それでも自分だけにしか出来ないと粋がって調子に乗ってやってのけたその記憶が彼の胸を熱く、魂を焦がしていた。

 オレはこの男を知っている。

 衛士は足を動かす。鼓動は一定の間隔で静かに脈打ち、額に滲む汗は頬に濡れた軌跡を描いて顎から滴り落ちた。

 そうだ。忘れていた――この感覚だ。思い出した、この強い使命感を。

「ほうほう、てめーがそうなんだな?」

 男の、しゃがれた声が耳に届く。ひどく寒々しく聞こえるその声に、衛士は教員を押しやって男の目の前に立つ。蒼白い顔をする男は、眉をぴくりと弾ませてから衛士を見据え口をすぼめて細々と息を吐いた。

「一応聞いておくが、お前の目的はなんだ?」

 衛士の問いに、男はにっと口角を上げて、空いている手を腰に回す。そして何かを引き抜くようにして、五つほどの札束を掴むその手は衛士の目の前に突き出される。一万円の紙幣が百枚の束となって五つと考えれば、彼が持つのは五百万と言う現金だった。

 彼にとっては、かつては程遠い金額だった。そしてそれが当たり前だったが、地下に行って、その貯蓄は七桁など容易にたどり着いてしまっている。最も、使い道も無く使う時間も無いのだから、宝の持ち腐れと言うべきであろうが。

「テメーの命はこいつと差し替えられた。ひゃは、安いよなぁ、未来あるガキの命が五百万だぜ?」

「オレがここに居ると、誰が?」

 男はその現金を、今度は乱暴にポケットに突っ込んでから――無造作に、包丁を振り上げてその切先を衛士の胸元へと突き刺した。が、刃は衛士の脇をすり抜け、虚空を貫いた。

 間髪を居れずに男の左拳が顔面に降り注ぐ。しかしそれさえも、衛士の顔のすぐ傍を通り抜けた。男の暑苦しい体が密着し、酷くすっぱい汗のにおいが鼻腔に突き刺さる。

 次ぐ膝蹴りが衛士の腹部を撃ち抜くも、三角巾に提げられている右腕がその攻撃を邪魔してみせる。鈍い衝撃が腕に伝わって肩に、脳が痺れるほどの激痛を与えてくれるが、殆ど反射的に振りぬいた左の拳が、男の横っ面、その頬を強く打撃していた。

 男は仰け反り、足元をふらふらと心許なく数歩分後退。衛士は拳に残る鈍い痛みを、腕から肩に伝達する衝撃に筋肉が俄かな痙攣を見せる。つい数日前まで、同様に振るっていたはずなのに、それとは大きく違った――まるで初々しい肉体の反応に、衛士は苦笑を漏らさずにいられなかった。

 しかし、まともに握られた正拳はそう容易く砕けたりはしない。”あの時”とはもう違う。

 男は低く唸ってから、包丁を握り直して大きく振りかぶる。衛士は嘆息交じりに深く踏み込むと、そのまま隙だらけの腹部に潜り込んで、一閃。風を切って迫る衛士の正拳は捻りを加えてその水月に捻じ込まれ、その身に深く突き刺さる。男は目を剥き唾を撒き散らしながら衛士によりかかるが、彼はそのまま足を払い、地面に叩きつけて、包丁を握る手をそのまま踏み躙った。

 男が包丁を手放したのを見てから腰を折って屈みこみ、その刃を手にとって男の頬に突きつけると、そのまま脅し掛けるように口を開く。

「てめぇの背後関係を吐け。その金を寄越したのは誰だ?」

「ひゃはは、しらねぇつってんだろ、低脳!」

 振り下ろされる白刃は鋭く浅黒い肌を裂いて、その右腕の上腕に突き刺さる。溢れる鮮血はそのまま弾けて衛士に返り血を一度浴びせてから、身体を伝って乾いたグラウンドを濡らし始める。

 衛士の容赦の無さを理解した男は痛みを堪えるように歯を食いしばってから、震える声で短く、途切れ途切れに答え始めた。

「わから、ねぇ。俺は本当に、しらねぇ……ほんとだ。だから、殺さないで……」

 金次第で人の命を奪おうとする男は、死を身近に感じた途端、そうに弱々しく今にも消えてしまいそうな声で懇願する。締まる筋肉が、その切先が骨に触れるが為にそれ以上の侵入を許されぬ包丁をそのままにして、本当に何も知らぬであろう男を見下ろすように衛士は立ち上がった。

 わざわざ命を奪う必要も無い。けが人といえば背後で跪く体育教師だけだが、手当てをすればそう重傷になるものでもないし、お返しにとばかりに腕に包丁を突き刺してやったのだ。怪我の程度を見れば、明らかに男のほうが上であるから、教師の溜飲も少しは下がるだろう。加えて自分が立ち向かったという事実が彼を励ましてくれるはずだ。

 衛士はそれから振り返り、刺又を杖代わりに砕けそうな腰をなんとか支えて立っている若い教員へと、不自然ではない無表情で口を開く。彼は若干怯えた風に腰を引きながらも、三角巾で右腕を固定している姿を見て、俄かな安堵を覚えているようだった。

「救急車を呼んでください。生徒はもう避難を終えてるんですか?」

「あ、あぁ、そ、そうだったな……。生徒はもう避難が終わってるはずだ」

 教師は後ろを向くようにして、校舎の横にある体育館を一瞥する。と、その出入り口には丁度二人の生徒がグラウンドへと抜け出そうとしている姿があった。

「あ、あいつら……!」

 男の、土器を孕むような声が漏れる。それから刺又を投げ出して彼等へと駆けつけようとする男へ、衛士は手を伸ばして腕を掴んで制止した。

「警察ならすぐ来る。刺又持ってるあんたが、この男を見張っててください」

 どちらにせよそんな面倒ごとに関わるつもりなど無い。早急にすべき事はここから辞退することだ。ならば、生徒を注意するように身を引いてから姿を消す。それが一番自然で簡単な流れだった。

 衛士は男の反応も返答も待たずに走り出す。と、二つの影がやや衛士らへと接近した辺りで止まる。どうやらただの野次馬根性で抜け出したのだろうと判断して、これは指導教員にみっちり説教してもらわなければ、と冗談交じりに考える。

 衛士の足が止まったのは、それと殆ど同時だった。

「エイジ……」

 覚えのある声が名を呼んだ。

 すらりと背の高い好青年は、複雑そうに眉をしかめ、だが口元に笑みを浮かべて衛士を据える。爽やかなその面構えは汗に濡れ、血にまみれる衛士を前にしても動じず、そして大きく一歩を踏み出した。

 見慣れた姿――衛士は彼の名を知っている。

「山田……」

 言葉を返すと、彼の顔は一層複雑そうになる。何か後ろめたい気持ちでもあるのだろうか。

 学校指定の体育着の上に四番と記されるの青いメッシュのゼッケンを着る彼は、衛士の記憶が正しければバスケットボール部に所属しているはずだった。ならば、彼の配置はとても重要な役回りなのだろう。

 そんな彼の一歩後ろに居るのは、これまた見慣れた少女の姿だった。

 名前は中村で――あぁ、彼女はついにバスケ部のマネージャーになったのだと、衛士はなんだか微笑ましい気持ちになった。

 自分が居なければ彼女は自分で道を選べる。そして未来は望ましいものへと変化していた。その結果に、彼はそれだけでも満足だった。

 それと同時に、あの刹那と名乗った男の思惑を知る。

 彼は恐らく、この二人と出会わせたかったのだろうと。

 ――彼等とは高校二年までの生活を共にした。が、二年になって半年以上の経験は記憶としてしか存在しておらず、また現在では彼等の方が、衛士に対しての記憶を全て失っているはずだった。

 しかしその表情を見る限りでは、確かにその記憶は、思い出は頭の中に在る。それ故の表情だった。

「なぁ、エイジ……俺、今までお前のことを――」

「トキィッ!」

 山田の脇を通り抜けて、走り出すその身は素早く衛士の前にやってくる。鍛え抜かれ、肉体も、その顔つきさえも変わりつつある少年をそれでも見紛う事無く駆けつける少女は、呼吸がかかる程の位置まで近づき、目に一杯の涙を浮かべて、力一杯胸を叩いた。

「ばかっ! ずっと、何処に行ってたのよトキっ!」

 弱々しい、女の子じみた腕力が感情のままに強く胸を打つ。傷に障り思わず顔をしかめるが、衛士は抵抗せずに静かに口を開いた。

「好きでこんなこと、やってるわけじゃねーよ」

 そこでふと、疑問が浮かぶ。それは極力考えないようにしていたことだったが――答えは既に、以前”早乙女”と出会った時点で出ていた。

 考えれば、さらに不自然な点が浮かぶ。

 なぜ限られた人間だけが、一時的に記憶を取り戻すのか。

 そして今回は、早乙女よりもその継続時間は大分長い。現時点でもおよそ三倍程度であった。

 自然に伸びた手は、気がつくと彼女の頭を二度三度、ぽんぽんと優しく叩いていた。やがて傍らにやってくる山田はそれを傍観するようにしてから、自分に意識を向けられたことに気付いて一歩大きく衛士に近寄る。衛士は思考を中断して、いずれまた――奇異の視線を向けられるであろう事を想像してから、にこやかな笑みを浮かべて軽く手を上げた。

「よう、久しぶり」

「ったく、お前は……俺、ずっとお前のこと、忘れてたんだぞ? 本当に、まるで、ずっと居なかったみたいにさ」

「律儀だなぁ。気にすんなよ、人は全部を覚えていられるわけじゃない」

「友達を、忘れてたんだぜ?」

 オレなんか、人を殺すときの恐怖を忘れてしまった。その躊躇も、自身の手を汚す嫌気さも、いくつかの感情も忘れてしまった。精神は徐々に、戦場の人間になりつつあるのだ。

 それと比べれば、そんなものは酷く些細なモノだ――そう言いたかった。目の前の友人のように、嘆いて慰めてもらいたかった。だけどそれすらも、飲み下して我慢すれば、直ぐにその強い思いを忘れる事が出来る。どうでもいいと、考える事が出来た。

 つまり最終的に得たのは、切り替えの速さなのだろうか。

「でもさ、思い出してくれたんだろ? それで十分だ」

 最大限の笑顔で返してやる。すると、目の前で両手で顔を抑える様にして俯いていた中村は、それから腕で涙を拭ってからぎこちない笑みを浮かべて顔を上げた。それと同時に、山田も衛士の肩を掴んで、緩んだ笑顔で衛士を見る。

 それで、どうやら残り時間も短いのだと衛士は理解した。

「ばかトキ、どっかに行っちゃうんでしょ?」

「まあな」

「なら、私の気持ちを聞いてよ……。私ね、ホントはずっとね――」

 頬を、鼻を紅く染めて彼女が口にしようとする。が、衛士はその寸でのところで彼女の口を押さえ、「ダメだ」と制してから、耳打ちをした。

「今、幸せだろ?」

 仮に彼女が言おうとしていた言葉が、思っていたことと違ったらとんでもない恥を掻いているなと脳裏に過ぎらせると、そんな考えなどくだらなかったように彼女は小さく首を縦に振る。衛士はソレに、出来る限りの爽やかさを持って返してやった。

「ならそれでいいじゃねぇか」

「で、でも」

 衛士の手を引き剥がして口を開く。また涙が溢れそうになる彼女はそれから強く衛士の手を握って、それから思いついたように、ポケットから何かを取り出した。

「ごめん、トキ。私は多分忘れちゃうけど――トキは、覚えてて」

「ったく、理不尽だな。お前は」

 何か固い小さなモノを手のひらに押し付けると、それを見せないように指を折って拳を作らせる。後で見ろ、という事なのだろう。

 そうすると、彼女は一歩退いて後を山田に譲る。中村は健気そうに手を振って、涙が頬を伝っても衛士から眼を離さなかった。

「エイジ……お前のことだから、どこでもやっていけると思う」

「そいつは過大評価だよ」

 上手くやっていけているとは思うが、それが楽しいわけではない。常に辛く、精神的にも酷く大変だ。

「俺が忘れても、いつでも遊びに来てくれよ。忘れたら新しく作ればいい。俺たちなら、いつでも、また友達になれるはずだからな」

「あぁ、また来るよ」

「絶対だからな」

「忘れるだの覚えてないだの言ってるくせに細けぇ野郎だ。あぁ、わかったよ。絶対にまた来るから、もてなせよな」

「うん、そしたらまた、思い出すから」

 山田が手を差し出して、衛士はそれに返す。男のがっちりとした手が衛士を包むが、どちらかといえば大きさ的に衛士が山田の手を包む形になる。それから一歩後退するのは、衛士のほうだった。

 ――まるで図ったように、その直後に二人の視線、目つきが変わる。はっとしたように、まるで我に返った様に無表情になる両者は、それから寄り添うように立ち、眉根を潜めた。

「……あの、何か?」

 山田が言う。衛士はそれに短く嘆息した後に、

「まだ不審者が居るから体育館に戻ってろってさ。ほれ、帰った帰った」

 追い払うように手を払うと、山田と中村は、まず自分がなぜココにいるのか分からないといったような風に顔を見合わせてから、他人行儀に衛士に頭を下げてから背を向ける。そんな光景に、衛士は思わず頭を抱えようとして手を開くと、その中から何かが零れ落ちた。

 音も無くそれは地面に落ち、衛士は腰を折ってそいつを拾い上げる。手のひら大のそれは金属製の、懐中時計のような形をしていた。頭にある突き出た部分を押すと蓋が開き、中には台紙が挟まれているだけで、時計は無い。そこでようやく、それがロケットペンダントであることが判明した。

 蓋の裏側には、中村と山田、それぞれのイニシャルが刻まれている。それをみれば、どうやらプレゼント品なのだと分かる。こんなものをプレゼントをするのはおそらく中村の方だろう。そう考えてから、彼女の「忘れるな」と言う言葉を思い出して、苦笑した。

「しょうがない。使ってやるか」

 蓋に二人の写真を。台紙が挟まる場所に家族の写真を入れれば、丁度いい。衛士はそう考えてから踵を返し、フェンスへと走り出した。鍵のかかっていないフェンスの扉は体当たりをすれば簡単に開き――衛士はまだ日差しの強い昼の街へと、次ぐ襲来を予想しながら走り出した。

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