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邂逅

「……こいつは」

 時衛士は照りつける日差しの下で、腰に手をやりながら嘆息交じりにそう漏らしていた。

「個人的な意見としては、火器類はあまり趣味ではないから使用しないで欲しいといったところだが」

 それに便乗するように、傍らに立つ仮面の男は衛士の言葉に返して、それから同様にふぅと一つ息を吐いて肩を落とした。

「我の思い通りの兵装にいかぬのは――やはり時代か」

 男は仮面の顎部分に手をやりふむと頷く。まるで往年の友人が如き所作に、衛士は肩を落として嘆息しながら、なぜこの男がまるで自身の親しき人間のような立ち振る舞いで傍らに居るのか、少しばかり振り返ってみることにした。

 

 ――午前五時から開始したフェイカーの手術は、昼前になる頃には既に終え、地下のストレッチャーが並ぶ湿度が妙に高い部屋へと彼女は運ばれた。容態はごく安定していて、尋常ではない量の出血も迅速な対応で無事に済んだ。

 ただ医師として、人として気にかかっていたのは、本人がどう言おうと女性であるその顔に、顎から左目脇まで深く伸びる傷である。場所が場所だけに精密な治療が必要とされ、彼は見事にそれを成功させたのだが、やはり綺麗に消えることは無く残ってしまうとの話だった。

 ジェリコと名乗るロシア人は流暢な日本語で衛士にそれらの説明を終えた後、安静に、と取ってつけたような台詞を残して、診察室の医務用の寝台へと身を沈ませて就寝した。定休日は毎週水、金であるらしいのだが――八月六日の土曜日である今日も、疲れの余り休業にするという話だった。

 だから衛士は、彼女の眠りを邪魔しない為に、昼下がり頃に適当なシャツを、買い与えられたジャージを身に着けて、自分で器用に首から三角巾を提げ、そこに右腕を通して固定させて、気晴らしにと街へ繰り出していた。が、やはり目的も資金も気力も体力も友達も無い彼には、そんな思い付きの散歩などには駅前に着く頃になると飽きが生じてしまっていた。

 また土曜という事もあって人通りが多く、また昼下がりと言う事もあって日差しが強い。ただ立っているだけでも肌を焼き汗を滲ませる熱射に脳を湧かせられて、衛士はたまらず駅前を抜けて商店街へ、そして其処を通過して住宅街へと足を動かして――先日の戦闘があった、公園の前でその足は止まっていた。

 その入り口にはパトカーが一台止まっており、付近の住民らしき野次馬がそこに無数に群がっている。衛士がそんなむさ苦しさに嫌気がさして引き返そうとしたときに、ストーカーの如く出現した今朝の男が、戦闘服姿のままその前に立ちふさがっていた。

 まさかと思って唯一持参した砂時計をポケットから取り出そうとしたところで、男も武器を持ち合わせていないことに気付く。が、彼なら素手でも簡単に人の命を奪えることは判然としているから、衛士は警戒を解かずにそのまま後じさりをするが、男は手のひらを見せるようにして行動を制して、静かに口を開いた。

「なに、今は戦うつもりなど無い」

「関係ねぇよ。フェイカーをあんなにしといて、オレが黙ってると思ってんのか野郎……っ!」

「ふん。ならこちらとて、リョウコの借りがあるのだぞ?」

「構わねぇよ、お互い様だろ。なら――」

「……感情に呑まれるな。だから負けるのだ。どいつも、こいつも」

 腕を組んで俯き首を振る。

 衛士はそれに対してさらに怒りを湧きたてられるが、

「陳謝はせん。あれが己が仕事だからな」

 そういった言葉に、やはりまともな会話は無理なのだと理解した。

 だから、どうせ戦うつもりも無く、こちらも戦える状況で無いのならと考えて、踵を返す。そのまま進めばかつて通っていた高校へとたどり着くことになるが構わないと、血が上る頭で判断した、が。

「そう無碍むげにするな」

 言葉と共に肩を掴む手が行動を制し、すぐさま傍らに移動して肩を組んだ。左側から右肩を強く握られる際に鋭い痛みが走って顔をしかめると、「すまない」とらしくない言葉が届いて、すぐさま一定の間隔を置いて横に居直った。

「なんのつもりだ、ふざけん――」

「今はただの知り合い。それで良かろう」

「お前、自分が今さっき何したかわかってんのか? 仕事でやったから、プライベートの今は関係ないィ? 冗談じゃ……っ?!」

 また飽きもせずに怒鳴りつけようとするところで、男が手で口を押さえ言葉を強制的に途絶させる。それから耳元で「黙れ」と囁かれ、衛士は泣く泣く口をつぐんで細長く息を吐いた。

 ささやかな拘束から解放され、衛士はそれから怒る気にもなれない自分を情けなく思いながら、公園の近くまで足を向けて、野次馬が溢れる入り口から離れた側面の植木から中を覗き込んで――。

 いくつかの、人一人が横になれる程度の直径の窪みが点在する光景。その窪みは黒く焦げていて、またいくらかの焦げ臭さが漂ってくる。衛士が昨日座っていたベンチは大破していて、その奥にある巨木は、幹を黒く焦がして半ばから上を消失させていた。おそらくは燃えて脆くなり、自身の重さでへし折れてしまったのだろう。

 ともかく、ぱっと見はいかにもな戦場であったような場所だった。

「こいつは酷ぇな。やはりと言うべきか……あんな事があったんだ。仕方ねぇけど、実感させられる」

 あの戦地に自分が居て、そしてそれを乗り切ったという事を。

「個人的な意見としては、火器類はあまり趣味ではないから使用しないで欲しいといったところだが……時代か」

 ――先ほどの感情も忘れたように見入ってしまう衛士の背後で弁明するような男の言葉は、嘆くような感情も孕んでいた。

 まるで”古き良き”を受け継ぐ道場の師範が如き口ぶりであるその台詞からは、彼の年代を窺い知ることは出来なかった。日本人であることは確定しているであろうが、歳も、どのような面構えか、さらにその体格すらも判然とはしていない。ただ身長は、衛士よりやや低い程度という事だけが明確で揺ぎ無い事実である。

 最も、外見的な面で唯一自信をもてるのが身長だけである衛士は、むしろ当然のような気がして誇るのだが――それでも彼の身長は、一七五センチという特に長身だという程でもなかった。

「……それで、アンタはオレになんの用なんだ?」

 衛士の、殴りなれていない左拳は既に攻撃の予備段階へと移行している。それを見てから男は「一つだ」と指を立てて、一歩分後退した。

 神妙な雰囲気に、思わず衛士は気圧される。相手の一挙手一投足を全て視界に収めて認識し、次ぐ行動、予測できる攻撃すべてを脳内で処理し、自分はどう動けばよいのか、どの程度の歩幅でどの程度の速度での移動が適切か……男が口を開くまでの間、額から流れた汗が頬を伝うのを感じながら、静かに思考し、待っていた。

 が、言葉はいつになってもやって来ず、それから男は踵を返して背を見せた。それから首を回して衛士を一瞥し、声も無く、付いて来いと衛士に促した。

 彼はそんな男に眉をしかめ、更に警戒するが――ここで行動しなければ何も始まらない。例え罠だとしてもだ。

 そうに考えて、拳に込める力をさらに強くしてから、その後を追って行った。


 ――たどり着いたのは、青年達がそれぞれ揃ったユニフォームを汚して一つのボールを追っていく光景が見える場所。かつて時衛士が通った高校の側面、そのグラウンドがフェンス越しに見学できる位置であった。

 感慨が湧く。ふと、胸の奥底が熱くなる――衛士はここに来ると必ずそうなるだろうと思っていた。下手をすればその懐かしさに、余りにも自身の不遇さに涙が出るだろうとも。

 だから、それをみて彼は意外に思って居た。

 流石に涙のくだりは冗談っぽく考えていたのだが、予想以上に、自分がそれを見て何も思わぬという事に。

 まるで興味の無いスポーツ観戦に連れてこられた様な感覚。割合にどうでもよく、また期待が高かったが為にその落胆が思いのほか強い。

 どうしてこうなってしまったのか、衛士は考えるが、思考するよりも早くその答えは導かれていた。

 それはやはり、衛士が地下空間ジオフロントに慣れすぎてしまっていて、それ故に、この現実を別次元のもののように感じてしまっているからである。

 そのままの意味で別世界。彼にとっては、その頭で夢想する――とまではいかぬものの、テレビに映る外国の風景のようなものだった。

 そこには驚くほど現実感が無く、まるで自身の肉体と意識の距離が遠く離れているかのような強い離人感が彼を飲み込んでいる。白昼夢を見ているかのようなその感覚は、男の声を聞いても拭えず持続した。

「ここで良いか」

 ――人が居る。まだ身体も心も十分に成長しきっていない高校生だ。わざわざそんな少年等の前で戦闘を始めるような悪趣味な人間で無いことは分かっている。だからこそ、衛士はこの男がこの暑い中こんなところまで移動した、その理由が分からなかった。

 衛士がフェンスを背に、そして男がその正面に立つ。彼が立つのは普通自動車がなんとかすれ違える程度の狭い道で、脇には畑が、その奥には民家が立ち並ぶ。住宅街とは違う、安穏としたような場所だった。

「我等は能力者のみで構成される組織だ。だからといって、貴様等リリスに歯向かうというわけではない」

「……じゃあ何で」

 衛士の問いに、男はなにか意気込むように息を吐いた。それから肌一つみせない戦闘服に包まれた手で後頭部を掻いてから、落ち着かないように何も無い腰に手を伸ばして何かを掴もうとする素振りを見せた後、拳を腰に当てて、また息を吐いた。

「正直な話、己が眼には貴様が特別な人間には見えない。運は良いだろう。だがそれだけだ。力が、速さが、技術が、精神が秀でているわけでもない……だが貴様は評価されている。我にはそれが理解できなかった」

「……んな事を言う為にこんなところに来たのか? 意味わかんねーな、お前」

 フェンス越しに若者たちの歓声が響き渡る。誰かがゴールを決めたのだろう、青いゼッケンを着るチームはそれぞれ手を叩き喜びを表し、何も着用しないチームは悔しがるも、それでも楽しいのか表情を笑顔で固めている。

 衛士はその光景を一瞥してから、また男へと顔を向ける。対照的に表情の分からぬ男は、それからようやく返答した。

「貴様は今迷っている。今の様子を見れば、自覚は無いだろうが」

「あ?」

「リリスに反発しつつも、それが提供する、あるいは強いる任務を必ず遂行する。その姿は端から見れば酷く滑稽だ。結局は、組織の手のひらで踊らされているに過ぎないのだからな」

 男はそれから面倒そうに片足に重心を傾けて、それから衛士の言葉が無いのを見てから静かに続ける。

「中途半端な反抗ならやめてしまえ。嫌なら組織を捨て、逃げろ。それが貴様がすべき選択だ」

「……組織は裏切る。だがな、オレには、裏切っちゃいけねぇ奴等が居るんだよ」

 訓練兵仲間はそれなりに心を許し始めている。教官連中は完全に衛士を信用している。そして何よりも――何も分からぬまま”彼女”を、ミシェルを残して、その状況を知らずして逃げられるはずが無い。

 衛士が外に出てすぐさま組織から離れぬ理由は其処に在った。

 強く結びつく人間関係。劣悪な環境で唯一報われたそれは、彼が自覚せずとも彼を支えていたものだった。

 だから衛士は、痛いところを突かれた様に苦々しい表情で俯き返す。男はそんな台詞に首を振って、わざとらしく溜息をついた。間接的に責められるような態度に、なぜだか衛士は酷く自分が惨めに感じていた。

「だからいつまで経っても成長できないという訳か」

「いつまでって……てめぇがオレの何を知ってんだ?」

「ふん、話だけならいくらでも知っている」

「……何者だ、てめぇ……!」

 衛士が構える。男は肩をすくめて首を振った。

「だから貴様は――」

 男の言葉を遮るのは、近くの校舎から響き渡る耳に劈く甲高いスピーカーのノイズであって、慌てたような声は、すぐさまグラウンドの端まで届いてきた。

『部活動中、また校内に居る生徒に連絡します。現在この学園の敷地付近に刃物を持った不審人物が現れたとの報告が入りました。生徒は活動を停止した後、顧問、あるいは教員の指示を聞いて迅速に避難をしてください。繰り返します――』

 まだ若いだろう男の声に、衛士は思わずどきりとした。

 不審者と言う言葉にである。敷地付近の不審者といえば――衛士は比較的まともな格好であろうが、男は全身を黒の戦闘服で包んだ腕に石膏のような色気の無い仮面をつけている有様だ。これでは不審者、異常者と触れ回られても仕方は無い。が……。

「なんつーか、物騒になったな。この街も」

 この男は武器を持ち合わせて居ない。手ぶらである。それは恐らく、衛士に戦闘の意思はないと伝える為にそうしたのだろう。

 だから仮に不審者であろうとも、今の放送が彼、あるいは衛士らを指したものではないと言うのは直ぐに分かった。

 そういった風に衛士は彼の濡れ衣を心の中で拭ってやったと言うのに、彼はその鋭い視線で衛士を睨んでから吐き捨てた。

「貴様のせいだ」

「ははん、てめーも因果律がどーのこーの言うつもりだな? ……殺すぞ野郎」

「ふん、気にしているのか。柄にも無い」

「だから、テメェは知った口を利くんじゃねーっつの。ムカつく」

「面倒になったな。話はまた後日……どうせ動くのだろう?」

「テメェのケツくらい、テメェで拭いてやるよ」

 首を捻り、骨を鳴らす。意気込み、近くのフェンスについている扉へと足を向けようとする中で、嘲け笑うような一息分の笑いが、衛士の背に突き刺さった。

「気にしているのだな」

「お前に合わせてやってんだよ。もっと気ぃ遣いやがれ、クソ野郎」

「野郎野郎と……我にはれっきとした『刹那』と言う名があるのだがな」

「セツナ? ハンドルネームか何か?」

「ふん、その糞ミニマムなおつむでは人の名すら素直に理解できぬのか。哀れだな時衛士……」

 不意に横文字を使用して蔑む男は、衛士の台詞に酷く腹を立てたようだった。だから彼はそう衛士に投げつけた後に、反応も待たずに背を向け小さく屈むと、直ぐに飛び上がってフェンスの上に器用に飛び乗ると――また跳躍して、見上げる先の太陽の中へと身を溶かして、また衛士はその姿を見失った。

 衛士は、確かに名前には罪は無かったか、と流石に自分の幼稚さを反芻してから振り返り、それからどよめきグラウンドの中心に集まって筋骨隆々と逞しい体育教師の指示を受けているサッカー部が居るグラウンドへと、身を滑り込ませるようにして侵入していった。

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