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第二の試練:84mm榴弾との死闘

 爆ぜるような発砲音の直後に、その楕円形の鉄塊は衛士の頭部を撃ち砕いていた。

 それは、衛士が敵影を認識した直後のことである。

 発射炎を確認したか否かのタイミングで瞬間的に衛士のそのささやかな生命力を容赦なく燃やしつくし――さらにその直後、衛士の身体を巻き込んで背後へと吹き飛ぶそれは、遂にはその後背に位置する聳える巨木の幹に衝突し、その身を融解させるが如く膨れ上がり、巨大な火炎球となる。

 衝撃が波のように公園をなぎ払い、その中心点にある砲撃を受けた部分は凄まじい火炎によって炭化し、聳える広葉樹は呆気なく傾き、軋むような音を上げながらベンチを叩き潰し、激しい砂煙を上げた。

 時衛士の肉体は既に肩から上を消失させており、ひしゃげる身体はその表面を漆黒に焦がし、そのぐずぐずの皮膚が剥げた部分は、生々しく赤黒い肉を露出させた。良く観察しなければ、それがかつて人間と言う生命体であったことなどが分からぬほどに原形をなくした衛士の意識は、感覚的にその直後に蘇ることになる。


 衛士の腕は無意識に動き、強い緊張を覚える額に拳銃のグリップを当てるように上げ、引き金を引いていた。

 それとほぼ同時に砂時計を反転させ、それからコンマ数秒後に、衛士の前方に凄まじい爆炎が宙で巻き起こった。

 衝撃が全身を嬲り、ベンチからあやうく転げ落ちそうになる。衛士は呼吸を乱しながら素早くその勢いにのってベンチの背から飛び降りると、そのまま我武者羅に足を動かしてその場を離れ――先ほどと同様の爆発が同じ場所で再び起こったのを、その肌に爪を立てて引っかきまわるような爆発音と、衛士の背を押す衝撃で知覚した。

 発射音が耳に劈く。

 衛士は敵の姿を見る事も出来ぬまま、強く大地を蹴り飛ばして前方にある砂場へと身を投げた。

 が――息をつく暇も無く衛士に襲い掛かる、背の中央辺りに鋭く突き刺さる弾頭が肉体を抉り、喰らい、貫く。融点に達してとろけた鉄棒を背中に流し込まれるかのような強い熱を覚え、されど未だ臨界点に達しえぬ力は何よりも柔い砂の大地にその身を押し当て――そうしてまた巻き起こる爆発が衛士を死滅させた。


 そんな数秒のうちの――たった二度の死で、衛士が視る世界は酷く虚ろに変わり果てた。

 いや、死をそう軽く考えている時点で、彼が捉える世界は既に大きく変異していたのだろう。

 時衛士がかつて存在していたこの世界が、ただ彼の存在が”無かったこと”になっただけで、それまでで起こるはずだった出来事が起こらず、未来が変わってしまったように。

 全身の感覚が緩くなる。

 全ての時間が流れる事を怠慢しているかのように、一秒が二秒に、二秒が四秒と言った風に、時間経過が倍化したように感じられるほど感覚が鋭く研ぎ澄まされていた。

 今度は砂時計を反転させずに、身を屈めてベンチから滑り落ちるようにして身体を移動させる。

 放たれた砲弾は既に公園の中央より衛士に近づいており、彼は握る拳銃を構え、照門リアサイトから飛来するその影を捉え、即座に引き金を引く。そして、現在の彼ではなんとか耐えられる程度の衝撃が腕を襲った。

 それからまた太腿に力を込め、強く地面を蹴り飛ばす。

 空中で火炎が爆ぜたのは、そうした次の瞬間の事だった。

「どこで、あんな物を――ざっけやがってぇっ!」

 脳裏に過ぎる、灼熱の結末。

 それを噛み締め踏み躙り、駆ける力をさらに込めて衛士は咆えていた。

 同時に再び発射炎を噴出す影へと、衛士の9mm拳銃に尻を強く蹴飛ばされた弾丸は乾いた咆哮を上げて一直線に敵へと喰らいついていった。が――砲弾は、まるでその肉薄を知覚した上で意識を持つかのように、その身を反転させて垂直に天を目掛けて上昇したかと思うと、即座に翻り、衛士へと転換した。

 強いストレスを覚える。

 自分が思ったように上手く行かないからだとか、そういった幼稚なモノが原因ではなかった。

 ただ単に、それはそう、ひとえに――この嫌がらせのような一方的な攻撃が行動を制限することにあった。

 ――あれは見た事がある。無反動砲と呼ばれるそれは、決して対人兵器などではなかったはずだ。

 対戦車兵器。それが普通で、一般的なはずだった。また、ある程度の距離ならば対空、対船舶も不可能ではないが、まさかソレと同程度の戦力を持っているとでも評価されたのだろうか。

 ならば、そいつはありがた迷惑というものだ。

 衛士は冗談っぽく心の中で吐き捨て、横腹目掛けて飛来する砲弾へ発砲。されど、空気を腹の下に滑り込ませるように上昇し、弾丸を避けてしまった。

 それがきっかけだったのかもしれない。

「もう……いやだ」

 冗談などではない。

 なぜこんなモノを相手にして、まともに戦ってやらねばならんのだ。

 ――衛士は大地を強く蹴り飛ばす。筋肉が締まり、骨が軋む。

 力強く一歩を踏みしめ、身を前へ投げ飛ばすように、加速。動作はそういった単一の連続から、やがてそれ自体が疾駆と言う一つの行動と移り変わる。

 足を前へ、身体を前へ駆る。疾走するその個体はやがて、肉体から解き放たれて風に溶け込んだかのように加速して――肉薄した砲弾の腹を銃口で叩き、引き金を絞る。

 間髪おかずに衛士は軽い前屈態勢で大腿筋に神経を、力を集中させ、空へと高く跳び上がった。

 そうする頃には、敵の姿は眼下に収まる。空中に放り投げたのか、宙に浮かんでいる無反動砲の傍らに立つ敵の構える拳銃の口が、狡猾に衛士の姿を捉えていた。

「あはははははは!」

 鼓膜に突き刺さるような甲高い笑い声が響いていた。

 そして、空間に固定されているかのように動かぬ無反動砲は、気がつくと衛士へと向いていた。

「……っ!」

 それから、その動作からようやく敵の能力を理解し、即座に敵影へと発砲した頃。

 間髪を入れずに発射炎と共に砲弾を噴出した無反動砲は、同時にその尻から豪勢に衝撃波と炎を撒き散らし――そして後方には、それを幾度とも受けたであろうスロープの手すりが、跡形も無く吹き飛んでいるのが見えた。

 が、その直後のことである。

 衛士の背後で爆ぜた砲弾の衝撃波が、ようやく衛士を嬲り、その背を押して――滑空するその速度が加速された。

 それ故に砲弾は最悪の状況を想定しても衛士の背を皮一枚の所で過ぎていく筈だったのだが、やはり弾丸すらも回避したその砲弾が、たかが加速というだけの誤差で、衛士から眼を離すはずも無く。

 さらに駄目押しとばかりに放たれた敵の鉛弾が、身動きの取れぬ空中で衛士の肩に突き刺さった。

 息が詰まるような激痛が思考を白く染め上げる。燃えるような熱さが、衛士の肉体から感覚を薄れさせた。

 だが、衛士はそれでも敵から眼を離さず、拳銃を向けようとして――腰に押し付けられる強い感触を覚えた。

 直後にその肉体を一瞬にして消し炭にする爆炎は、起こらず。

「……な、にィッ?!」

 衛士の腰を抉り、その身体の輪郭に沿うようにして吹き飛び衛士から離れると、その砂場に着弾し、砂を巻き上げ爆発した。

 敵はそんな間抜けな悲鳴をあげ、無情に撃ち放たれた9mmのフルメタルジャケット弾を衛士がそうされたようにその右肩に貫いた。

「が、あああああぁぁぁッ!」

 宙に吊り上げられていたような無反動砲は音を立てて地面に落ち、敵は右肩を押さえて空を仰ぐように叫び、苦痛に顔を歪めた。

 衛士はその直後にその背後に着地すると、自身に襲い掛かる数多の激痛、障害を意識的に排除し、素早くナイフを抜き、その側頭部を柄尻で殴り抜けた。

 抵抗する間も無く横に倒れるそれに、今度は足元に回りこみ、激しく暴れる右足を掴んで、膝に銃口を押し付け、発砲。血花が咲き乱れ、溢れる血液は衛士を満たす。

 また空間を破らんかと言う程の甲高い悲鳴が、敵の性別が女性なのだと衛士に理解させた。

「っせーな……」

 肉体はもう抵抗もせず、呼吸も浅く悲鳴も無い。このまま放置しても、彼女は多量出血で死に到るだろう。

 しかし衛士は、そのまま彼女から見て右側の顔の近くで膝を折ると慣れた手つきで、先の打撃で紅く血で滲む額へと、銃口を押し付けた。

 ――リリスが与えてなければ、この武装には出所があるはずだ。

 能力は恐らく”物を動かす”ようなものだから、自衛隊やらから盗んでこれるはずが無い。

 だから、少なくともこの、執拗にオレを狙う敵のバックアップの存在さえ分かれば、こんなまどろっこしいことなどせずに済む。

 少なくとも、彼はそう考えていた。

「や、やめ……」

 空は、真赤に燃える太陽によってその色を朱色に染め上げている。それ故に暗がりに落ち始める地上では、恐らく端整に整って美しいであろう彼女の顔作りは、拝見頂くことが出来なかった。

「てめぇはなぜオレを狙った?」

 殺人鬼ならばまだしも、彼女はただの付焼刃スケアクロウだ。この小さな町に、これほどまで完璧に鍛え上げられた能力者が殺到する事態がまず異常なのだが、その中でも特定の人物、つまり、そんな彼等が時衛士だけを狙っていることに説明はつかない。

 そもそも、ただでさえ今まで見なかった矯正具を装備しない付焼刃の存在は、なにやら貴重に感じるのだ。衛士でさえ、命を狙われていたというのにもかかわらず、殺すのが惜しいと思うほど。だからこそ、彼は未だ拳銃それを握ったままだった。

 また、”もし”と思ってしまう。改心して、仲間になってくれれば……と。

 そう考えてしまうのは、やはりその相手が女性だからだろうか。

 衛士はそんな自分に嘆息して、溢れる汗が頬を流れて顎から滴るのを感じていた。

「わ、わたしは……か、か……」

「……か?」

「か、家族が……」

 ――彼女の言葉に、不意に下腹部に痛みが走った。

 緊張する。

 一瞬にして、全ての過程を自身と重ね合わせてしまったのか、衛士は彼女に感情移入を始めていた。

「ふ、ふふ……居なくなっちゃった」

 嘆くように力なく呟くのは、実際に彼女の身体に力が入らないからだろ。

 それでも衛士は、そんな彼女に同情も無く、その微かな動作も見逃すことも無かった。

 彼女は狡猾に衛士の表情から悲しみを読み取ると、即座に身体を引き起こし、屈むが故に顔の近くに下ろされる股間へと銃口を突きつけた。歯を剥き、口角を吊り上げる。張り付いたような笑みは、衛士が得た全ての感情を払拭させてくれた。

「”もともと”だけどなァッ! あははははは!」

 彼女は高笑いをかましてくれるも、引き金は引かない。

 腰を上げると、まるで支えを失ったように拳銃はそれ自体の重さで地面に叩きつけられる。衛士は嘆息交じりに、弾倉を抜き、入れ替え、遊底スライドを引いて、また構えた。

「お前、自分がどっちの手に拳銃持ってるか分かる?」

 右手である。そして彼女の右肩は、衛士の発砲によって深い穴を作り出していた。

 だからこそ動くはずが無い。衛士が既に空になっている弾倉をそのままにしていたのも、そういった回避する、できる自信があったからだった。

「お前には、本当に残念――」

 言いかけた言葉を打ち切り、衛士は首を回して背後を睨む。すると其処には、砲弾の着弾による爆発が巻き起こした炎が周囲に飛び散り、ぼや程度の炎が蔓延る公園内の、その端に――人の影があった。

 一つではなく、三つ。

 衛士の胸に、焦燥の炎がちらついた。

「能力の使用には強い集中力が必要だ。だから、今は『リョウコ』には期待できない」

「確かに。だが敵は手負いだ。既に死に体。動いていることが異常だが、この三人を相手できるはずも無い」

「……戯れた事を吐くな。行くぞ、雑魚共」

 低い声で会話を交わし、そして中央に立つ男が駆け出すと、それぞれも同様に背を追う形で走り出した。

「くそ、もう、冗談じゃないっ!」

 泣き出したくなるような感情を抑え、衛士は腰の砂時計に手を掛けて、舌打ちの後にそれをやめる。それから直ぐに未だ息のある『リョウコ』と呼ばれた彼女を飛び越え、その背後に置かれる黒のリュックサックへと手を伸ばした。

 その中へ手を突っ込むと、予想通りに幾つかの砲弾を発見。衛士はその一つを手に取ると、素早く無反動砲へと走り、手に取ったそれの噴射口しりに付随する取っ手を引いて回転させるように横へずらし、砲弾を挿入。噴射口を元に戻し、固定して、衛士は振り返る。

 が、それでも三人は足を止めず、衛士へと肉薄し――肩に担ぐ間も無く、それらは衛士の傍らで足を止めた。

「不甲斐ない」

「失血がやばい。迅速な治療が必要だ」

「なら貴様等は回収を。我はこやつを」

 御意、と古風な返事を漏らす二人は、片方がリョウコを肩に担ぎ、もう片方は残った砲弾と彼女の拳銃を纏めて持つと、そのまま先導するようにスロープへと走り去っていく。

 衛士はそれらを見送りながら、ようやく無反動砲を肩に担いだところで、大きく嘆息した。

「ワレ? ギョイ? お前、忍者か何か?」

 距離は既に敵の間合いに入り込んでいるだろう。衛士は無駄な重さを孕んでしまった鈍器を投げ捨て、ポケットの中で小刻みに震えている携帯端末を取り出した。

 相手はその間に襲い掛かってくる様子は無く、飽くまで手ぶらで、衛士の様子を伺っているようだった。

 携帯端末を耳に当てると、呑気な声が鼓膜を振るわせる。

『これは飽くまで試練の延長みたい。ゲームでもあるでしょ、ストーリーやってたら乱入が……って』

「なら、情報寄越せよ。こいつはスケアクロウか?」

『違うよ。でも身体能力は常人のソレじゃないみたい。いわゆる”武道”を極めてて、普通に強いよ』

「……冗談じゃない。弱音を吐くつもりなんて毛頭ないが、無理だ。んな正攻法まともな奴とどうやって戦えってんだ」

 そもそも戦闘能力はさほど高い方でもなかった。知能は評価されていたかもしれないが、そのお陰で助かった命など一つも無かった。

 つまりは砂時計のお陰なのだ。隙を狙い、一撃でし止める。そうするためには幾度も命を犠牲にして、何度も隙を狙って結果を出す。そうしてようやく勝てる敵ばかりを、今まで相手にしてきたのだ。

 先程も、本体に直接攻撃した事によって注意が自身に向き、それ故に砲弾の制御が緩んだからこそ直撃を回避できた。運が良かったと言い換えることも出来るが――だからといって、今目の前に直立し微動だにせぬ男を、同様の手段で倒せるかと問えば、衛士の首が縦に振るわれることは無い。

「臆したか、小僧」

『君は戦う運命にあるんだよ』

 言葉のせいか、自身の弱気が原因か。

 再び、麻痺したはずの痛みがぶり返してきた。

 胸に走る、鋭く熱い激痛。思わず胸を押さえれば、血に濡れる包帯が手を汚す。べっとりと付着する血が、その出血の具合を教え、また、右肩からは絶えず流れる血が指先から滴っていた。

 腰の抉れた肉も、全身の打撲も、それらを衛士が再認識するごとに、それぞれが尋常ではない痛みを発し、肉体を蝕んだ。

「戦いたくは無いと、貴様は申すのか。”あの”リリスの狗が?」

「あのだろうがこのだろうが関係ねぇよ」

 もう引き金を引く力すらない。立っているのだって、ただバランスを取っているだけに過ぎないのだ。

「残念だな。我は存外に、期待をしていたのだが……。あの大怪我の中でリョウコを倒したのだからな」

「は、退いてくれんのか?」

「意思の無い人間を殺すのは趣味じゃない。どうせなら、万全を期して戦ってみたいとも思っていたからな」

 男は肩をすぼめて首を振ると、そのまま背を向け、常人ならざる身体能力で高く跳躍し――瞬く間に、衛士の前から姿を消した。

「どいつもこいつも、過大評価しやがって」

 衛士は嘆くようにそう捨てると、そのまま片膝を付き、やがて耐え切れなくなったようにその場に伏せる。

 最近はなんだか、こういった事が多いような気がする。そう考えてみてから、試練が始まってまだ一日も経過していない事に気がついて――。

「は、冗談じゃない」

 むしろ、冗談のほうが良かったかもしれない。

 衛士は霞が掛かる思考の中、帳が落とされる夜の闇の中で、同様に意識を深淵へと蹴落としていた。

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