【特別読切】最強の断罪人─化け物の罪を清算する『人間』
薄暗く、電球の切れかけた廃倉庫には、大勢の子どもたちが収容されていた。
全員の表情は怯えきり、張り裂けるような泣き声が絶えず響いている。
その様子を、長い紫色の髪をした女が、ゴミを見るような冷たい目で見下ろしている。
「……少し黙れないのかしら……?」
女が緩慢な動きで子どもたちへと近寄る。
その歩みに、一人の少年が立ちはだかった。
「妹に手を出すな……!」
怯える子供たちにとって、彼の背中はとても大きく見えたのだろう。場を満たしていた泣き声と絶望が、一瞬だけ和らぐ。
女は蔑むような目を向け、鼻で笑った。
「バカな子」
女はわざとらしく腕を振り上げ、掌底を少年へと向ける。
次の瞬間、少年の身体がバラバラに吹き飛び、肉と血が飛び散った。
背後に隠れていた子供たちに、大量の血が叩きつけられる。
あまりの出来事に、倉庫は静まり返った。
そして、嵐の前の静けさを破るように、凄まじい絶叫と号泣が爆発する。
それを、女の怒りの籠もった声がねじ伏せた。
「黙りなさい。死ぬのはこの子だけで良いのよ、分かった……?」
『泣く子も黙る』とは、まさにこのことだろうか。
倉庫は、静寂と嗚咽に包まれた。
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数年前、『神の奇跡』により、全人類が異能を授かった。
『能力社会』では大幅に利便性が向上した一方で、『能力犯罪』を抑制するための動きは見られるが、未だに能力関連の司法は安定しきっておらず、倫理観念は個人の意識によるものが大きい。
また、環境による影響も大きく、都市での能力犯罪は多くはないが、その外。人目につかぬ場所で、横暴が繰り返されているという。
そして、その横暴を食い止めるための組織『鎮静会』で、『最強の断罪人』と呼ばれる男。
それが、『山本 五郎』である。
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「美ン味ぇ……店長さん、替え玉下さい」
山本は一人、ラーメンをすすっていた。
ぴっちりとした黒スーツを少しも汚していない事から、箸使いの巧さが見て取れる。
「はい、替え玉一丁!」
「あざす」
山本は幸せを噛み締めるように替え玉を口に運んでいく。
これだけを見れば、一人でラーメンをすすっている30代程の男性にしか見えないだろう。
しかし、彼は『最強の断罪人』と呼ばれている。
「ごちそうさまでした。今日も美味しかったです」
「あいよ! そんじゃ『特盛、替え玉、味玉、海苔チャーシュー倍のせ』で1880円ね」
「いや〜やっぱここが一番美味いっすわ」
山本はポケットから財布を取り出し、札と小銭をトレーに載せた。
「はい。ちょうどぴったり1880円ね。いつもありがとうね山本っちゃん」
「あぁ。また来る」
そう言って歩き出す山本の腰には、一本の刀が差されていた。
─────
山本はラーメン屋を出ると、街をぶらぶらと歩いていく。
この街は廃れているというほどではないが、夜になるとヤクザやチンピラ、能力犯罪者がのさばり、一人で行動するのは危険だ。
現に、あのラーメン屋も夕方前には店じまいを始める。
腹ごしらえを終えた山本は、歩きながら静かに目を閉じた。
(『人攫い』……子供を狙った事件。人身売買や奴隷として海外や特殊な施設に送り込み、金にする)
目を閉じていながらも、山本の足取りは安定しており、普通に周りが見えているように見える。
その足は、確かに人通りの少ない裏路地へと進んでいった。
「…………」
山本が目を開けると、そこには小さな少女がうずくまっていた。
目元を腕で隠し、小刻みに震えている。
「……大丈夫か──」
「ヒィッ!!!」
山本が声をかけた途端、少女は大きく跳ね上がり、這うように逃げていく。
「あ、いや、ちょっと待っ──」
「こないで!!!!」
山本はスーツで着痩せしているとは言え、それでは隠しきれないほどにガタイが良い。
山本は、それが少女を怖がらせてしまったのかと考えた。
しかし、それは次の少女のひと言で否定される。
「死にたくない!!」
「っ……?」
少女の形相にただ事ではない雰囲気を感じ取る。
山本は逃げ惑う少女を、瞬きする間に肩に乗せ抱き上げていた。
「……え…………」
呆然とする少女に、山本は掛ける言葉を模索していた。
(なんて声をかければ良い……『落ち着け』で落ち着けないよな……)
少女は、泣いて叫び出すかと思われた。
しかし、少女は泣くどころか、ひと言も発さなかった。
不審に思った山本は、少女の表情に視線を移す。
(失神……してやがる……本気で殺されると思ったのか……?)
山本は少女に申し訳なさを抱えながら、無理に起こしたりしないよう丁寧におぶせた。
─────
少女が目を覚ましたのは、街外れの交番だった。
警官の服を着た真面目そうな女性が、心配そうに覗き込んでいる。
「っ……!!」
少女は起きた途端に震えだし、縮こまってすすり泣き出した。
警官の女性は、突然泣き出した少女に驚きつつも、優しく背中をさすりだし、声をかける。
「大丈夫だよ。お姉さんは怖い人じゃないよ」
その優しげな声色に、少女は少しだけ落ち着きを取り戻したのか、震えた深呼吸をした。
警官の女性は、山本へと視線を移す。
「山本さん……! この子、怖がってるんですけど」
「……俺が悪いのか……これ……」
「そうですよ。はっきり言って見た目が怖いです」
「そんなにか……」
「そんなにです」
「…………」
山本は言い返せずに黙りこくる。
警官の女性は少しだけ微笑むと、少女へと視線を戻した。
「落ち着いてきたかな……? あったかいココア、飲む?」
「………………」
少女は震えたまま、何も答えない。
山本は、それを見てボソリと呟いた。
「『人攫い』と関係あったりすんのかな……?」
「それは……まだ何とも言えな──」
警官の女性が言いかけた時、山本は自らの刀の鍔に手をかけた。
「伏せろ」
「えっ……」
警官の女性が驚いて山本を見た瞬間、外で巨大な爆発音が鳴り響き、交番の壁がぶち抜かれた。
「キャァァァッ!!!!」
その音でまたスイッチが入ってしまったのか、少女は頭を抱えてうずくまる。
「あ、だ、大丈夫。大丈夫だから!」
警官の女性は怯えながらも、少女を抱いて身を守ろうとする。
次の瞬間、さらに大きな爆発音が鳴り響いたかと思うと、周囲は赤い光に照らされた。
(あ、死ぬ)
警官の女性は少女を抱きしめ、固く目を閉じた。
目を開けると、女性は少女と一緒に、山本の腕の中にいた。
山本は二人を降ろすと、爆発を起こした犯人へと視線を移す。
「…………」
視線の先には、丸々太った眼鏡の男がいた。
金のネックレスや腕環を大量に身に着けている。
男は、ポケットから小さな玉を取り出すと、にたりと笑った。
「俺は男にゃ興味ねぇからな。後ろの女二人置いてくなら、お前は殺さないでやってもいいぜ」
パチ/ン──!
「……は?」
男が自分の手を見ると、さっきまで持っていたはずの玉が、どこかへと消えていた。
ほのかに手の先に痛みが走る。
「チッ……何だよ……?」
男が再度玉を取り出す。
しかし、それは一瞬で手から弾かれ、どこかへと跳んで行った。
「こっちの台詞だ。何だよお前」
睨みつける山本の手には、小石が数個握られていた。
山本は指で小石をパチンと弾くと、玉が入っているポケットを切り裂き、バラバラと落ちていく。
「あ、え、は?」
困惑している男に、山本はゆっくりと近寄っていく。
そして、近くでじっとりと見据えた。
「お前……『人攫い』と関係あんのか?」
「え……ぁ……俺は……その……」
「……何なんだよ?」
口ごもる男を、山本は静かに見据えている。
その表情にはあまり敵意は感じられず、ただ話し始めるのを待っているようだ。
「……まぁ、お前が爆破したここって交番だからな。まずは普通に逮捕してもらっ──」
山本は突然男の服の襟首を掴み、自分の背後へと引っ張った。
「うおっ!?」
山本が左腕を突き出し、男を庇うような姿勢を取った瞬間、突然凄まじい衝撃が山本を襲い、スーツの袖が破れた。
衝撃で地面が砕け、土煙が舞う。
その土煙の中を、真正面から紫色の髪の女が突っ込んでくる。
女が山本に掌打を向けると、手の周囲の土煙が一気に晴れ、空気が歪む。
山本は女が衝撃波を打ち出すよりもなお速く、二本の指で目潰しをねじ込む。
「!」
しかし、指は女の眼球を『透け』、虚空に攻撃を繰り出したかのようだった。
山本は男を掴んだまま高速で横へと移動する。
その刹那、掌底から衝撃波が打ち出され、女の正面の家の壁が大きく凹んだ。
「……あら、避けられるのね。驚いたわ」
女が振り向いた目線の先には、山本の背後に隠れるように、警官の女性と少女、そして、先ほどの男がいた。
男は、紫色の髪の女を見て、真っ青な表情で呟いた。
「『黎明』様……!」
山本は男をちらりと見た後、真っ黒な目で『黎明』を見据える。
「……コイツ、殺すつもりだっただろ」
黎明は、表情一つ変えることなく、淡々と答える。
「そうね。殺せてたら殺してたわ。少しも情報は漏らしたくな──」
「キャァァァッ!!」
黎明の言葉を、少女のけたたましい悲鳴が遮った。
「ど、どうしたの!?」
警官の女性が、発狂する少女を宥めようとするが、叫び声は一向に収まる気配が無い。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん……!!」
警官にしがみつきながら、その言葉を連呼する少女を見て、黎明ははっとしたように手を叩いた。
「あら、もしかしてあの子の妹? 逃げ出したのがまさかキミだなんて。兄妹揃って行動力があるのね」
「……は?」
山本の眉間の青筋が、音を立てて浮き上がった。
あの時の少女の『死にたくない』という言葉から、山本はある最悪な予感を抱いた。
「お前……子供殺したのか……?」
黎明は山本の問いに、また一切の表情を変えることなく答えた。
「そうね。職業柄、そういうのも多くて。まぁ、綺麗に破裂させてあげた代わりに、掃除は面倒になっちゃってね。子供たちが健気に雑巾で拭いてるのは可愛かったわ」
「…………本気で言ってんのかよ」
山本の目には、怒りすら通り越したような漆黒が広がっていく。
「怒らせちゃったかしら? でも、さっき分かったでしょう? 私の能力『浮世』は、物理干渉をコントロールできるの。貴方達じゃ、どうしようもない世界ってのが有るのよ」
「………………お前が、『人攫い』の元凶か……?」
黎明は、山本に無視され一瞬目を細めたが、直ぐににやりとした笑みを返した。
「さぁ……? 貴方はどうだと思う?」
黎明は笑みを崩さないまま、山本へと手をかざす。
掌の周囲の空間が、ねじれ上がるように歪んでいく。
「さぁ、その子を返しなさい。大事な商材なの」
山本は、怯える少女と警官に振り返ると、低い声で言った。
「警官さん、少女に目を開けさせないように頼む。できれば耳も塞いでやってくれ」
「え……ぁ……はい……」
警官が答えた次の瞬間──
黎明の手の指が、全て弾け飛び、切断された。
「…………?」
黎明は理解が出来ない様子で、切断された自身の指を凝視する。
(指、無くなって……血に『液体の金属』が混ざって……?)
突然、黎明の視界が真っ暗になった。
そして、張り裂けるような痛みが、眼球に走る。
「ッ……ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙っ……!!?」
黎明の目は潰され、とめどなく『水銀』の混ざった血が流れていく。
山本は腕に水銀を纏わせると、目を押さえてうずくまる黎明の『首を掴んだ』。
「ぁ゙っ……がぁ゙っ……!!」
理解ができずにじたばたと藻掻く黎明を横目に、山本は警官の女性へと振り返る。
「その男の逮捕と、多分コイツの逮捕も任せたい。良いか」
警官の女性は、身体の奥底から湧き上がる恐怖を抑え込み、山本に応えた。
「もちろんです……!」
その答えに、山本は少しだけ頬を緩めると、黎明を掴んだままどこかへと歩いて行った。
警官の女性は、少女を抱いたまま、ごくりと唾を飲み込んだ。
『死んだ魚のような目』なんて表現があるが、先ほどの山本の目は、まさしくそれだった。
(『断罪人』なんて、あの人に似つかわしくない異名だと思ってた……でも……今になって、やっと意味が分かった)
──化け物の罪を清算する『人間』だからだ。
─────
「がぁ゙っ……!!」
黎明は裏路地の壁へと叩きつけられ、へたり込む。
その様を、山本は蔑むように見下す。
「質問に答えろ。二つで良い」
その言葉に、黎明は見えない目で見上げ、啖呵を切った。
「わ、私が情報を吐くとでも思ってるの……!?」
「まず、組織の名前を答えろ」
黎明の反抗すら意に介さないといった態度で、山本は言い放った。
黎明は奥歯をギッと噛み締め、潰れた目で山本を睨みつける。
「な、ナメないで──」
次の瞬間、黎明の真横から轟音が響いた。
ぱらぱらと石が落ちる音から、壁が割られたのが分かる。
山本は壁に足を置きながら、さらに低い声で脅す。
「ナメてんのはお前だろ」
「っ……」
「司法で裁いてもらえるうちに答えろ」
「ッッ……!!!」
目が潰されていなければ、涙を溢れさせていただろう。
それほどに、黎明は『恐怖』の近くにいた。
もはや、質問に答えないという選択肢は、完全に捻り潰されていた。
二十分程度経った頃、山本は黎明を掴んだまま、警官の元へと帰っていた。
警官が応援を呼んだのか、大勢の警察官が、山本を凝視している。
黎明には、かつての余裕も威厳もなく、何の抵抗もなく警察に拘束された。
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小さなビルの事務所の、社長室。
そこには、綺麗な白髪の青年が、満面の笑みで大きなチェアに腰掛けていた。
部屋にきっちりとしたスーツの大男が入ってくる。
青年は、大男に屈託のない笑みを向けた。
「今週の卸がまだなんだけど、黎明から連絡は来てるかい?」
大男は、青年に深々と頭を下げると、淡々と説明を始めた。
「申し訳ございません、『叉炉』様。現在、黎明様との連絡が、途絶えておりまして」
青年『叉炉』は、笑顔を崩さないまま、大男へと手を振った。
「まぁ、そういう日もあるよね。黎明はしょっちゅう癇癪で商材を壊しちゃうから、もしかしたら全部壊しちゃったとかかも。だとしたら、流石にこれは弁償モノだよね〜」
「社長!! 侵入者です!」
一人の男が、部屋の中に駆け込み、開口一番にそう叫んだ。
叉炉は、少しも笑みを崩すことなく、冷静に口にした。
「同業者さんのカチコミかな? 何人で来たの?」
「それが……たった一人です」
叉炉の横に立つ大男が、怒鳴りつけた。
「そんなもの、お前らで対処すればいいだろう!? 社長の手を煩わせるな!」
「そ、それが……あっ……」
男は、廊下の先を凝視したまま、固まった。
冷や汗がだらだらと流れ、呼吸が浅くなっているのが、叉炉の目にも見える。
目の前の男を素通りして、社長室へと一人の男が侵入する。
それは、まったく光のない目で叉炉を捉えた。
隣に立つ大男は、『侵入者』を凄まじい形相で睨みつけた。
「お前、ここが何処だか分かっての行動か……?」
その侵入者は、大男に目を合わせると、感情の籠もらない声で告げた。
「知らなかったら来てねぇよ」
「っ……!!」
大男に、言い表しようのない悪寒が走る。
そして、微塵もその場から動けなくなった。
─────
山本 五郎の能力
『恐々漠々』
自身に恐怖心を抱いた相手の戦意を著しく喪失させる。
─────
萎縮する大男を尻目に、叉炉はその顔をじっと見た後、ぱっと明るく笑った。
「もしかして……あの山本さんですか!? 本物?」
叉炉は、途端に饒舌になり、キラキラした眼差しで語りだした。
「その目……その能力……間違いない! 山本さんだぁ!! 僕、あの『空虐事件』で知ってから、大ファンなんですよ! たった齢14歳で、『神の失敗作』で『史上最悪の能力犯罪者』の『空虐』を、一晩で殺して帰ってきたって伝説でシビれちゃって!! 政府の犬になった今でも、大ファンなんです!!」
べらべらと喋る叉炉に、山本は軽蔑の視線を向けた。
腰にかけた刀が、握り締められた拍子に、震える。
しかし、叉炉はそんなこと知ったことではないとばかりに、続けた。
「え? 今日は、僕を潰しに来てくれたんですか!? うわぁ嬉しいなぁ……」
山本は、恍惚とした眼差しを向ける叉炉に、冷たく言い放った。
「この所業に手を染めた理由と弁解をしろ」
場の空気が、零度を錯覚する程に冷え切っていく。
叉炉は、朗らかな笑みを張り付けたまま、喋りだした。
「山本さんは、『五大英傑・クレール』が過去に出して、直ぐに絶版になった書物、『奴隷和平論』を知ってますか?」
「……知らないな」
叉炉は、また嬉しそうに笑うと、椅子から立ち上がった。
「じゃあ、簡単に教えちゃうんですけど、人が争うのは欲望を満たせないから。暴力という欲を求めてしまうから。なら、好きに壊して、働かせて、犯していい『奴隷』がいれば、争いがなくなるんじゃないかって理論です……!」
山本の眉間に、血管が浮かぶ。
少女の悲鳴が、脳内を駆け巡り、鮮明にフラッシュバックする。
「……意味が分からない。そんな狂った理論を信じてるのか」
「でも、一理ありません? 人間って、欲望で満ち満ちた生き物なんですよ。その捌け口を用意すれば、他人を傷つけなくて済むんです」
山本は、頭に血がのぼっていく感覚を抑えながら、最後に訊いた。
「『奴隷』は『人間』じゃないと……?」
叉炉は、少しだけ驚いたような、疑問に思うような表情をすると、また笑ってみせた。
「『奴隷』だから、『人間』じゃないんです」
「……そうか」
次の瞬間、叉炉の舌が真っ二つに切れ、鮮血が散る。
叉炉の口から、血と水銀が溢れ出す。
「っ……水銀……!? 山本さんってそんな事も出来るんですか……!?」
山本は、静かに叉炉へと歩み寄る。
しかし、突然叉炉の身体は、『緑色の炎』に包まれた。
「っ……」
炎が晴れると、中から叉炉の笑みが覗く。
叉炉の舌は、綺麗に再生していた。
「まさか、『魂に干渉する』力を持ってるなんて、凄いなぁ〜!! さすがは山本さんだ! ……『僕と同じ』……ね」
叉炉は、机を蹴って山本の前へと乗り出すと、ゆっくりと手を振り、『緑色の炎』を発現させた。
緑色の炎で象られた『輪光』に、イナズマがバチバチと煌めく。
「〈神域能力〉『緑炎』……山本さんももちろん知ってますよね? 神から与えられた能力は、人の心をストッパーとして力を制限してるんです。なら、人の心を捨ててしまえば、人知を超えた力……文字通り『神』の力を引き出せる」
叉炉は、指を一本立て、口元まで持ってくると、ふっと吹き消した。
「僕、生きてるときはずっと笑って生きていたいんです。……だから、『楽しい』以外の感情を、全部捨てちゃったんですよね。そうしたら、僕のマッチの火程度の能力も、こんな風に……」
叉炉は、横で硬直している大男に、手をかざした。
大男のスーツが、「パチッ」という音を立て、火の粉が散る。
山本は直ぐに反応し、大男を掴み、部屋の外へと投げ飛ばした。
叫びながら吹き飛んでいく大男を見て、叉炉は少しだけ哀しげな表情になった。
「……僕の能力、見てくれないんですか?」
山本は、一際冷めた声色で言い放った。
「あぁ。もういい」
「ッ!?」
叉炉が気づいた時には、既に顔面を鷲掴みにされていた。
そのまま床へと叩きつけると、底が抜け、下の階へと落とされる。
「ハハッ……すっごい……!」
叉炉は火力を高め、山本を蹴り上げる。
山本は叉炉の顔面を掴んだまま、浮き上がった。
「僕の炎は、『無限変質』、色々捨てちゃった分、その幅もとんでもなく広いからね……例えば……」
叉炉の背中から、炎の翼が生え、両腕から龍のようなオブジェクトが出現する。
龍は山本へと食らいつき、身体を燃やしていく。
「精神を攻撃する炎ですよ……先に発狂させますね!」
緑色の炎は、山本の肉体と精神を蝕み、破壊する。
それができると思っていた。
山本は顔色一つ変えずに、叉炉を鷲掴みにし続けている。
そして、一気に握り潰した。
しかし、またたく間に再生し、叉炉は炎のカッターを大量に生成する。
「じゃあ、さっき山本さんがやったように、魂ごと切り裂く!!」
空を飛びながら、叉炉は山本に刃を向ける。
山本は『空中を蹴り』、一瞬で叉炉の背後へと回り込んだ。
「はや──」
山本は叉炉の後頭部を掴むと、一気にビルへと堕とす。
また叉炉が叩きつけられると、今度はビルの床が二階層分崩れた。
「ちょっと壊しすぎじゃない? 政府の人間でしょう?」
床にめり込みながらも、叉炉は威勢のいい声を止めない。
刹那、叉炉の周囲に無数の『水銀の弾』が現れ、一気に爆散した。
「っ……!」
水銀の乱射は叉炉の身体をぐちゃぐちゃに壊すも、緑色の炎が光った瞬間には、既に叉炉は無傷へと戻っている。
「僕の『再生の炎』は、魂へのダメージだろうと、『死』だろうと再生する。いくら山本さんでも、これは破れな──」
言い終わる前に、山本は叉炉を踏み潰し、さらに床をぶち抜いた。
ついに叉炉は、地面へと叩きつけられ、さらにねじ込まれた。
ビルの周囲の地面が揺らぎ、割れる。
「壊し過ぎですって……! 後で弁償してくだッ──!」
山本は叉炉の足を掴むと、思い切り地面へと振り下ろした。
「ぐっ……!」
叉炉の表情が少しだけ歪んだのも束の間、山本はさらに叉炉を振り上げ、地面へと打ち付ける。
叉炉が炎を用いて再生を行うよりもなお速く、山本は叉炉を振り回し、まるでそういう武器かのようにビルを破壊していく。
そして、叉炉を宙へと放り投げると、ゆっくりと手をかざす。
「っ……!!」
山本は叉炉の身体の内部で水銀を炸裂させ、粉々に破壊した。
緑色の炎が集まり、また形を成す。
叉炉が再生した瞬間に、叩きのめされ、粉々に破壊される。
(流石にいつまでも良いようにさせてらんないよね……!)
叉炉は破壊された瞬間に、火の粉の集合体となり、山本へと襲いかかる。
(魂、精神を破壊するのに火力が足りないなら、僕が直接乗り込んでやる……!)
山本は、気体化した叉炉に水銀を炸裂させるも、叉炉の動きは収まらず、体内へと侵入させた。
─────────────────────
山本の精神世界へと乗り込んだ叉炉は、ワクワクを抑えきれなかった。
どんな人間であろうと、精神世界には人間の弱みが見えてくる。
その『弱み』を知るのは、叉炉にとっての愉悦そのものだった。
(山本さんの精神はどうなってるのかな……?)
叉炉が目を開け、辺りを見回すと、そこには薄暗い闇が広がっていた。
暗いが、空気は空の上のように澄んでいて心地よい。
「やっぱ珍しいね……何が見られるのかなぁ……?」
その時、叉炉は遠くから聞こえる物音に気が付いた。
「くちゃくちゃ」という、咀嚼音のような、何か。
(何か食べてる……? おもしろいね)
叉炉は、咀嚼音のする方へと歩いていく。
しばらく進んでいくと、人影が見えた。
それは子どものようで、何かに座っている。
(誰だ……?)
叉炉は足を進めた途端に、硬直した。
その子どもが座っていたのは、修羅のような表情をした、巨大な生首だった。
その子どもはゆっくりと振り返ると、薄気味悪く笑った。
「何だ……オマエ、飯の時間に入ってくるなんてよ」
叉炉は、その子どもを見て、絶句せずには居られなかった。
ずっと響いていた咀嚼音は、『人間の腕』を食べていた。
(これが……山本さんの精神世界……? まるで、別人……)
子どもは、叉炉に見せつけるように腕を齧り、引きちぎる。
そして、死んだ魚のような目で見据えた。
「人に会うのなんて何年ぶりかでよ。ちょっとは期待してたんだけどな」
その子どもは、呆然とする叉炉を見て、プルプルと震え出した。
そして──
「ヒヒ……ヒャハハハハハハ!! ハハハハハハハハハ!! アハハハハハハハハハ!!?」
その狂ったような笑いを見て、叉炉は思わず口にしてしまった。
「なんで笑ってるんだ……?」
その子どもは、気色悪い程に口角を吊り上げたまま、言い放った。
「オマエ、雑魚すぎる。カス過ぎて話にならねぇよ」
「っ…………?」
山本の事を調べてきた叉炉にとって、これはあまりにも、想像と別物だった。
山本は、出自などは明かされていないが、それでも『最強の断罪人』として、生きてきていると思っていた。
ずっと、ずっと。
「君は……誰だい……?」
その子どもは、ニマっと笑った。
『ここが何処かも忘れちまったのかよ』
──違った。
今の山本は、コイツを『飼い慣らした果て』に生まれた『本物の怪物』。
自身のように、心を捨て、〈神域〉などという生優しい力に逃げた者には到底辿り着けない、別次元の存在。
それを、理解してしまった。
叉炉は、自嘲するように浅く嗤うと、ぽつりと呟いた。
「無理だ。これ」
─────────────────────
叉炉は山本の精神世界から弾かれると、天井を見上げて笑った。
「……!」
山本が追撃を仕掛けようとした時には、既に叉炉は気を失い、白目を剥いていた。
それでもなお、張り付けた笑みは取り払われなかった。
─────
「山本さん、独断で組織潰したんですか……」
凄まじい戦闘の跡を見て、鎮静会に所属している青年、『小鳥喰 恒河』は唖然とした。
普段はガラが悪そうに見えるであろうツリ目が、やけに大人しい。
「山本、流石にこれは……」
同じく鎮静会に所属している、青髪の女性、『軍光 刃織』も、山本の独断にやんわりと苦言を入れる。
「君から来た連絡も、『誘拐された人たちの居場所が分かった』だけで、本陣に突っ込むだなんて一言も言ってないだろう……」
「子供達は連れ戻せたか……?」
心配そうな視線を向ける山本に、刃織は小さくため息をついた。
「……おかげさまで」
「……悪い。カッとなっちまった……それに、相手が『神域使い』だったから、やりすぎた」
『神域使い』という言葉に、二人は驚き、大声をあげた。
「『神域使い』ならば、尚更無報告で潰しに行かないでくれ……!」
「アンタが負けるわけないのは分かるんですけど、流石にまずいっすよ……いくらなんでも自由過ぎますって……でも、人は殺してないんすよね……?」
山本は、うつむき加減で申し訳なさそうに、年下の男に訴えた。
「ビルにいた奴らはとっ捕まえて全員外に投げ飛ばしたんで……」
それを聞いて、刃織はため息をついた。
「まぁ、構成員はこちらでも捕らえた。取り逃しはないはずだが……とにかく、単独行動は控えてくれ」
「……肝に銘じときます」
─────────────────────
結局、世界各地に売り払われた子供たちは、一部を除いて、『買い戻す』事に成功した。
山本が世界各地を周り、必死になって探し求めたのだ。
中には、重篤な精神疾患を負ってしまった者や、肉体的に暴行されていた者もいた。
しかし、現在は、精神病院にて、然るべき治療を受けている。
黎明に兄を目の前で殺された少女も、度重なる精神ケアや、何度も足を運んだ女性警察の看病により、少しずつ回復へと向かっているそうだ。
山本の特殊業務は、終わりを迎えた。
「……胸糞悪い事件だった」
─────────────────────
数年後、またラーメンが出来上がるのを待つ山本の元へ、電話が鳴った。
山本は箸を置くと、スマホを手にとる。
発信主は、『恒河』だった。
「もしもし……」
電話から聞こえる言葉を聞くにつれて、山本の表情がみるみる曇っていく。
そして、低い声で一言だけ聞いた。
「なんで早く言わなかった」
電話が終わると、山本は隣の客に話しかける。
「注文、済んでますか」
「え、いや? まだっすけど……」
「食券分のお代はこっちで持つんで、俺の頼んだやつ、食べてください」
「え、ちょっ……」
「では」
山本は店から出ると、重たい足取りで歩き出す。
腰にかけた黒い刀が、歩く度に、揺れる。
その目に、光はなかった。
(大量虐殺犯……『嵐山 桜』……)
最後まで読んで頂き、本当にありがとうございました。
今回の読切を通して、少しでも山本五郎という男に興味を持って頂けましたら幸いです。
また、評価、感想等頂けると、大変励みになります。
山本五郎も登場する『ロマンチスト・ソウル』本編のURLリンクと作品コードはこちらになります。
よろしければ、こちらもご一読下さると幸いです。
「ロマンチスト・ソウル」Nコード N0594LL
リンク https://ncode.syosetu.com/n0594ll/
なお、本編での山本の初登場は第37話。
そして、今回の読切へ直接繋がるストーリーは第57話からとなります。




