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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

ロマンチスト・ソウル外伝 短編読切集

【特別読切】最強の断罪人─化け物の罪を清算する『人間』

作者: タイラ
掲載日:2026/09/20


 薄暗く、電球の切れかけた廃倉庫には、大勢の子どもたちが収容されていた。

 全員の表情かおは怯えきり、張り裂けるような泣き声が絶えず響いている。


 その様子を、長い紫色の髪をした女が、ゴミを見るような冷たい目で見下ろしている。


「……少し黙れないのかしら……?」


 女が緩慢な動きで子どもたちへと近寄る。

 その歩みに、一人の少年が立ちはだかった。


「妹に手を出すな……!」


 怯える子供たちにとって、彼の背中はとても大きく見えたのだろう。場を満たしていた泣き声と絶望が、一瞬だけ和らぐ。


 女は蔑むような目を向け、鼻で笑った。


「バカな子」


 女はわざとらしく腕を振り上げ、掌底しょうていを少年へと向ける。


 次の瞬間、少年の身体がバラバラに吹き飛び、肉と血が飛び散った。

 背後に隠れていた子供たちに、大量の血が叩きつけられる。


 あまりの出来事に、倉庫は静まり返った。

 そして、嵐の前の静けさを破るように、凄まじい絶叫と号泣が爆発する。

 それを、女の怒りの籠もった声がねじ伏せた。


「黙りなさい。死ぬのはこの子だけで良いのよ、分かった……?」


 『泣く子も黙る』とは、まさにこのことだろうか。

 倉庫は、静寂と嗚咽おえつに包まれた。


─────────────────────


 数年前、『神の奇跡』により、全人類が異能を授かった。


 『能力社会』では大幅に利便性が向上した一方で、『能力犯罪』を抑制するための動きは見られるが、未だに能力関連の司法は安定しきっておらず、倫理観念は個人の意識によるものが大きい。


 また、環境による影響も大きく、都市での能力犯罪は多くはないが、その外。人目につかぬ場所で、横暴が繰り返されているという。


 そして、その横暴を食い止めるための組織『鎮静会』で、『最強の断罪人』と呼ばれる男。

 それが、『山本さんもと 五郎』である。


─────────────────────


ぇ……店長さん、替え玉下さい」


 山本さんもとは一人、ラーメンをすすっていた。

 ぴっちりとした黒スーツを少しも汚していない事から、箸使いの巧さが見て取れる。


「はい、替え玉一丁!」


「あざす」


 山本さんもとは幸せを噛み締めるように替え玉を口に運んでいく。

 これだけを見れば、一人でラーメンをすすっている30代程の男性にしか見えないだろう。


 しかし、彼は『最強の断罪人』と呼ばれている。



「ごちそうさまでした。今日も美味しかったです」


「あいよ! そんじゃ『特盛、替え玉、味玉、海苔チャーシュー倍のせ』で1880円ね」


「いや〜やっぱここが一番美味いっすわ」


 山本はポケットから財布を取り出し、札と小銭をトレーに載せた。


「はい。ちょうどぴったり1880円ね。いつもありがとうね山本さんもっちゃん」


「あぁ。また来る」


 そう言って歩き出す山本の腰には、一本の刀が差されていた。


─────


 山本はラーメン屋を出ると、街をぶらぶらと歩いていく。

 この街は廃れているというほどではないが、夜になるとヤクザやチンピラ、能力犯罪者がのさばり、一人で行動するのは危険だ。

 現に、あのラーメン屋も夕方前には店じまいを始める。


 腹ごしらえを終えた山本は、歩きながら静かに目を閉じた。


(『人攫い』……子供を狙った事件。人身売買や奴隷として海外や特殊な施設に送り込み、金にする)


 目を閉じていながらも、山本の足取りは安定しており、普通に周りが見えているように見える。

 その足は、確かに人通りの少ない裏路地へと進んでいった。


「…………」


 山本が目を開けると、そこには小さな少女がうずくまっていた。

 目元を腕で隠し、小刻みに震えている。


「……大丈夫か──」


「ヒィッ!!!」


 山本が声をかけた途端、少女は大きく跳ね上がり、這うように逃げていく。


「あ、いや、ちょっと待っ──」


「こないで!!!!」


 山本はスーツで着痩せしているとは言え、それでは隠しきれないほどにガタイが良い。

 山本は、それが少女を怖がらせてしまったのかと考えた。


 しかし、それは次の少女のひと言で否定される。


「死にたくない!!」


「っ……?」


 少女の形相にただ事ではない雰囲気を感じ取る。

 山本は逃げ惑う少女を、まばたきする間に肩に乗せ抱き上げていた。


「……え…………」


 呆然とする少女に、山本は掛ける言葉を模索していた。


(なんて声をかければ良い……『落ち着け』で落ち着けないよな……)


 少女は、泣いて叫び出すかと思われた。

 しかし、少女は泣くどころか、ひと言も発さなかった。

 不審に思った山本は、少女の表情に視線を移す。


(失神……してやがる……本気で殺されると思ったのか……?)


 山本は少女に申し訳なさを抱えながら、無理に起こしたりしないよう丁寧におぶせた。


─────


 少女が目を覚ましたのは、街外れの交番だった。

 警官の服を着た真面目そうな女性が、心配そうに覗き込んでいる。


「っ……!!」


 少女は起きた途端に震えだし、縮こまってすすり泣き出した。

 警官の女性は、突然泣き出した少女に驚きつつも、優しく背中をさすりだし、声をかける。


「大丈夫だよ。お姉さんは怖い人じゃないよ」


 その優しげな声色に、少女は少しだけ落ち着きを取り戻したのか、震えた深呼吸をした。

 警官の女性は、山本へと視線を移す。


「山本さん……! この子、怖がってるんですけど」


「……俺が悪いのか……これ……」


「そうですよ。はっきり言って見た目が怖いです」


「そんなにか……」


「そんなにです」


「…………」


 山本は言い返せずに黙りこくる。

 警官の女性は少しだけ微笑むと、少女へと視線を戻した。


「落ち着いてきたかな……? あったかいココア、飲む?」


「………………」


 少女は震えたまま、何も答えない。

 山本は、それを見てボソリと呟いた。


「『人攫い』と関係あったりすんのかな……?」


「それは……まだ何とも言えな──」


 警官の女性が言いかけた時、山本は自らの刀のつばに手をかけた。


「伏せろ」


「えっ……」



 警官の女性が驚いて山本を見た瞬間、外で巨大な爆発音が鳴り響き、交番の壁がぶち抜かれた。



「キャァァァッ!!!!」


 その音でまたスイッチが入ってしまったのか、少女は頭を抱えてうずくまる。


「あ、だ、大丈夫。大丈夫だから!」


 警官の女性は怯えながらも、少女を抱いて身を守ろうとする。



 次の瞬間、さらに大きな爆発音が鳴り響いたかと思うと、周囲は赤い光に照らされた。


(あ、死ぬ)


 警官の女性は少女を抱きしめ、固く目を閉じた。



 目を開けると、女性は少女と一緒に、山本の腕の中にいた。

 山本は二人を降ろすと、爆発を起こした犯人へと視線を移す。


「…………」


 視線の先には、丸々太った眼鏡の男がいた。

 金のネックレスや腕環を大量に身に着けている。


 男は、ポケットから小さな玉を取り出すと、にたりと笑った。


「俺は男にゃ興味ねぇからな。後ろの女二人置いてくなら、お前は殺さないでやってもいいぜ」



 パチ/ン──!


「……は?」


 男が自分の手を見ると、さっきまで持っていたはずの玉が、どこかへと消えていた。

 ほのかに手の先に痛みが走る。


「チッ……何だよ……?」


 男が再度玉を取り出す。

 しかし、それは一瞬で手から弾かれ、どこかへと跳んで行った。



「こっちの台詞だ。何だよお前」


 睨みつける山本の手には、小石が数個握られていた。

 山本は指で小石をパチンと弾くと、玉が入っているポケットを切り裂き、バラバラと落ちていく。


「あ、え、は?」


 困惑している男に、山本はゆっくりと近寄っていく。

 そして、近くでじっとりと見据えた。


「お前……『人攫い』と関係あんのか?」


「え……ぁ……俺は……その……」


「……何なんだよ?」


 口ごもる男を、山本は静かに見据えている。

 その表情にはあまり敵意は感じられず、ただ話し始めるのを待っているようだ。


「……まぁ、お前が爆破したここって交番だからな。まずは普通に逮捕してもらっ──」



 山本は突然男の服の襟首を掴み、自分の背後へと引っ張った。


「うおっ!?」


 山本が左腕を突き出し、男を庇うような姿勢を取った瞬間、突然凄まじい衝撃が山本を襲い、スーツの袖が破れた。


 衝撃で地面が砕け、土煙が舞う。



 その土煙の中を、真正面から紫色の髪の女が突っ込んでくる。


 女が山本に掌打を向けると、手の周囲の土煙が一気に晴れ、空気が歪む。

 山本は女が衝撃波を打ち出すよりもなお速く、二本の指で目潰しをねじ込む。


「!」


 しかし、指は女の眼球を『透け』、虚空に攻撃を繰り出したかのようだった。

 山本は男を掴んだまま高速で横へと移動する。


 その刹那、掌底から衝撃波が打ち出され、女の正面の家の壁が大きく凹んだ。


「……あら、避けられるのね。驚いたわ」


 女が振り向いた目線の先には、山本の背後に隠れるように、警官の女性と少女、そして、先ほどの男がいた。


 男は、紫色の髪の女を見て、真っ青な表情かおで呟いた。


「『黎明レイメイ』様……!」



 山本は男をちらりと見た後、真っ黒な目で『黎明レイメイ』を見据える。


「……コイツ、殺すつもりだっただろ」


 黎明は、表情一つ変えることなく、淡々と答える。


「そうね。殺せてたら殺してたわ。少しも情報は漏らしたくな──」



「キャァァァッ!!」


 黎明の言葉を、少女のけたたましい悲鳴が遮った。


「ど、どうしたの!?」


 警官の女性が、発狂する少女を宥めようとするが、叫び声は一向に収まる気配が無い。


「お兄ちゃん、お兄ちゃん……!!」


 警官にしがみつきながら、その言葉を連呼する少女を見て、黎明ははっとしたように手を叩いた。


「あら、もしかしてあの子の妹? 逃げ出したのがまさかキミだなんて。兄妹揃って行動力があるのね」


「……は?」


 山本の眉間の青筋が、音を立てて浮き上がった。

 あの時の少女の『死にたくない』という言葉から、山本はある最悪な予感を抱いた。


「お前……子供殺したのか……?」


 黎明は山本の問いに、また一切の表情を変えることなく答えた。


「そうね。職業柄、そういうのも多くて。まぁ、綺麗に破裂させてあげた代わりに、掃除は面倒になっちゃってね。子供たちが健気に雑巾で拭いてるのは可愛かったわ」


「…………本気で言ってんのかよ」


 山本の目には、怒りすら通り越したような漆黒が広がっていく。


「怒らせちゃったかしら? でも、さっき分かったでしょう? 私の能力『浮世』は、物理干渉をコントロールできるの。貴方達じゃ、どうしようもない世界ってのが有るのよ」


「………………お前が、『人攫い』の元凶か……?」


 黎明は、山本に無視され一瞬目を細めたが、直ぐににやりとした笑みを返した。


「さぁ……? 貴方はどうだと思う?」


 黎明は笑みを崩さないまま、山本へと手をかざす。

 掌の周囲の空間が、ねじれ上がるように歪んでいく。


「さぁ、その子を返しなさい。大事な商材なの」



 山本は、怯える少女と警官に振り返ると、低い声で言った。


「警官さん、少女(その子)に目を開けさせないように頼む。できれば耳も塞いでやってくれ」


「え……ぁ……はい……」



 警官が答えた次の瞬間──

 黎明の手の指が、全て弾け飛び、切断された。


「…………?」


 黎明は理解が出来ない様子で、切断された自身の指を凝視する。


(指、無くなって……血に『液体の金属』が混ざって……?)



 突然、黎明の視界が真っ暗になった。

 そして、張り裂けるような痛みが、眼球に走る。


「ッ……ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙っ……!!?」



 黎明の目は潰され、とめどなく『水銀』の混ざった血が流れていく。

 山本は腕に水銀を纏わせると、目を押さえてうずくまる黎明の『首を掴んだ』。


「ぁ゙っ……がぁ゙っ……!!」


 理解ができずにじたばたと藻掻もがく黎明を横目に、山本は警官の女性へと振り返る。


「その男の逮捕と、多分コイツの逮捕も任せたい。良いか」


 警官の女性は、身体の奥底から湧き上がる恐怖を抑え込み、山本に応えた。


「もちろんです……!」


 その答えに、山本は少しだけ頬を緩めると、黎明を掴んだままどこかへと歩いて行った。



 警官の女性は、少女を抱いたまま、ごくりと唾を飲み込んだ。


 『死んだ魚のような目』なんて表現があるが、先ほどの山本の目は、まさしくそれだった。


(『断罪人』なんて、あの人に似つかわしくない異名だと思ってた……でも……今になって、やっと意味が分かった)


 ──化け物の罪を清算する『人間』だからだ。


─────


「がぁ゙っ……!!」


 黎明は裏路地の壁へと叩きつけられ、へたり込む。

 その様を、山本は蔑むように見下す。


「質問に答えろ。二つで良い」


 その言葉に、黎明は見えない目で見上げ、啖呵を切った。


「わ、私が情報を吐くとでも思ってるの……!?」


「まず、組織の名前を答えろ」


 黎明の反抗すら意に介さないといった態度で、山本は言い放った。

 黎明は奥歯をギッと噛み締め、潰れた目で山本を睨みつける。


「な、ナメないで──」


 次の瞬間、黎明の真横から轟音が響いた。

 ぱらぱらと石が落ちる音から、壁が割られたのが分かる。


 山本は壁に足を置きながら、さらに低い声で脅す。


「ナメてんのはお前だろ」


「っ……」


「司法で裁いてもらえるうちに答えろ」


「ッッ……!!!」


 目が潰されていなければ、涙を溢れさせていただろう。

 それほどに、黎明は『恐怖』の近くにいた。



 もはや、質問に答えないという選択肢は、完全に捻り潰されていた。



 二十分程度経った頃、山本は黎明を掴んだまま、警官の元へと帰っていた。

 警官が応援を呼んだのか、大勢の警察官が、山本を凝視している。


 黎明には、かつての余裕も威厳もなく、何の抵抗もなく警察に拘束された。


─────────────────────


 小さなビルの事務所の、社長室。

 そこには、綺麗な白髪の青年が、満面の笑みで大きなチェアに腰掛けていた。


 部屋にきっちりとしたスーツの大男が入ってくる。

 青年は、大男に屈託のない笑みを向けた。


「今週のおろしがまだなんだけど、黎明から連絡は来てるかい?」


 大男は、青年に深々と頭を下げると、淡々と説明を始めた。


「申し訳ございません、『叉炉サロ』様。現在、黎明様との連絡が、途絶えておりまして」


 青年『叉炉サロ』は、笑顔を崩さないまま、大男へと手を振った。


「まぁ、そういう日もあるよね。黎明はしょっちゅう癇癪かんしゃくで商材を壊しちゃうから、もしかしたら全部壊しちゃったとかかも。だとしたら、流石にこれは弁償モノだよね〜」



「社長!! 侵入者です!」


 一人の男が、部屋の中に駆け込み、開口一番にそう叫んだ。

 叉炉は、少しも笑みを崩すことなく、冷静に口にした。


同業者ヤクザさんのカチコミかな? 何人で来たの?」


「それが……たった一人です」


 叉炉の横に立つ大男が、怒鳴りつけた。


「そんなもの、お前らで対処すればいいだろう!? 社長の手をわずらわせるな!」


「そ、それが……あっ……」


 男は、廊下の先を凝視したまま、固まった。

 冷や汗がだらだらと流れ、呼吸が浅くなっているのが、叉炉の目にも見える。



 目の前の男を素通りして、社長室へと一人の男が侵入する。

 それは、まったく光のない目で叉炉を捉えた。


 隣に立つ大男は、『侵入者』を凄まじい形相で睨みつけた。


「お前、ここが何処だか分かっての行動か……?」


 その侵入者は、大男に目を合わせると、感情の籠もらない声で告げた。


「知らなかったら来てねぇよ」


「っ……!!」


 大男に、言い表しようのない悪寒が走る。

 そして、微塵もその場から動けなくなった。


─────


 山本 五郎の能力

 『恐々漠々(きょうきょうばくばく)


 自身に恐怖心を抱いた相手の戦意を著しく喪失させる。


─────



 萎縮する大男を尻目に、叉炉はその顔をじっと見た後、ぱっと明るく笑った。


「もしかして……あの山本さんですか!? 本物?」


 叉炉は、途端に饒舌じょうぜつになり、キラキラした眼差しで語りだした。


「その目……その能力……間違いない! 山本さんだぁ!! 僕、あの『空虐事件』で知ってから、大ファンなんですよ! たったよわい14歳で、『神の失敗作』で『史上最悪の能力犯罪者』の『空虐』を、一晩で殺して帰ってきたって伝説でシビれちゃって!! 政府の犬になった今でも、大ファンなんです!!」


 べらべらと喋る叉炉に、山本は軽蔑の視線を向けた。

 腰にかけた刀が、握り締められた拍子に、震える。


 しかし、叉炉はそんなこと知ったことではないとばかりに、続けた。


「え? 今日は、僕を潰しに来てくれたんですか!? うわぁ嬉しいなぁ……」


 山本は、恍惚こうこつとした眼差しを向ける叉炉に、冷たく言い放った。


「この所業に手を染めた理由と弁解をしろ」


 場の空気が、零度を錯覚する程に冷え切っていく。

 叉炉は、朗らかな笑みを張り付けたまま、喋りだした。


「山本さんは、『五大英傑・クレール』が過去に出して、直ぐに絶版になった書物、『奴隷和平論』を知ってますか?」


「……知らないな」


 叉炉は、また嬉しそうに笑うと、椅子から立ち上がった。


「じゃあ、簡単に教えちゃうんですけど、人が争うのは欲望を満たせないから。暴力という欲を求めてしまうから。なら、好きに壊して、働かせて、犯していい『奴隷』がいれば、争いがなくなるんじゃないかって理論です……!」



 山本の眉間に、血管が浮かぶ。

 少女の悲鳴が、脳内を駆け巡り、鮮明にフラッシュバックする。


「……意味が分からない。そんな狂った理論を信じてるのか」


「でも、一理ありません? 人間って、欲望で満ち満ちた生き物なんですよ。そのけ口を用意すれば、他人を傷つけなくて済むんです」


 山本は、頭に血がのぼっていく感覚を抑えながら、最後に訊いた。


「『奴隷』は『人間』じゃないと……?」


 叉炉は、少しだけ驚いたような、疑問に思うような表情をすると、また笑ってみせた。


「『奴隷』だから、『人間』じゃないんです」


「……そうか」



 次の瞬間、叉炉の舌が真っ二つに切れ、鮮血が散る。

 叉炉の口から、血と水銀が溢れ出す。


「っ……水銀ふいひん……!? 山本さん(はんもとはん)ってそんな事も(っへほんなほほも)出来るんですか(へひるんへすか)……!?」


 山本は、静かに叉炉へと歩み寄る。

 しかし、突然叉炉の身体は、『緑色の炎』に包まれた。


「っ……」



 炎が晴れると、中から叉炉の笑みが覗く。

 叉炉の舌は、綺麗に再生していた。


「まさか、『魂に干渉する』力を持ってるなんて、凄いなぁ〜!! さすがは山本さんだ! ……『僕と同じ』……ね」


 叉炉は、机を蹴って山本の前へと乗り出すと、ゆっくりと手を振り、『緑色の炎』を発現させた。

 緑色の炎でかたどられた『輪光』に、イナズマがバチバチと煌めく。


「〈神域能力〉『緑炎アグニ』……山本さんももちろん知ってますよね? 神から与えられた能力は、人の心をストッパーとして力を制限してるんです。なら、人の心を捨ててしまえば、人知を超えた力……文字通り『神』の力を引き出せる」


 叉炉は、指を一本立て、口元まで持ってくると、ふっと吹き消した。


「僕、生きてるときはずっと笑って生きていたいんです。……だから、『楽しい』以外の感情を、全部捨てちゃったんですよね。そうしたら、僕のマッチの火程度の能力も、こんな風に……」


 叉炉は、横で硬直している大男に、手をかざした。

 大男のスーツが、「パチッ」という音を立て、火の粉が散る。


 山本は直ぐに反応し、大男を掴み、部屋の外へと投げ飛ばした。

 叫びながら吹き飛んでいく大男を見て、叉炉は少しだけ哀しげな表情かおになった。


「……僕の能力、見てくれないんですか?」


 山本は、一際冷めた声色で言い放った。


「あぁ。もういい」



「ッ!?」


 叉炉が気づいた時には、既に顔面を鷲掴みにされていた。

 そのまま床へと叩きつけると、底が抜け、下の階へと落とされる。


「ハハッ……すっごい……!」


 叉炉は火力を高め、山本を蹴り上げる。

 山本は叉炉の顔面を掴んだまま、浮き上がった。


「僕の炎は、『無限変質』、色々捨てちゃった分、その幅もとんでもなく広いからね……例えば……」


 叉炉の背中から、炎の翼が生え、両腕から龍のようなオブジェクトが出現する。

 龍は山本へと食らいつき、身体を燃やしていく。


「精神を攻撃する炎ですよ……先に発狂させますね!」


 緑色の炎は、山本の肉体と精神を蝕み、破壊する。

 それができると思っていた。


 山本は顔色一つ変えずに、叉炉を鷲掴みにし続けている。

 そして、一気に握り潰した。


 しかし、またたく間に再生し、叉炉は炎のカッターを大量に生成する。


「じゃあ、さっき山本さんがやったように、魂ごと切り裂く!!」


 空を飛びながら、叉炉は山本に刃を向ける。

 山本は『空中を蹴り』、一瞬で叉炉の背後へと回り込んだ。


「はや──」


 山本は叉炉の後頭部を掴むと、一気にビルへと堕とす。

 また叉炉が叩きつけられると、今度はビルの床が二階層分崩れた。


「ちょっと壊しすぎじゃない? 政府の人間でしょう?」


 床にめり込みながらも、叉炉は威勢のいい声を止めない。

 刹那、叉炉の周囲に無数の『水銀の弾』が現れ、一気に爆散した。


「っ……!」


 水銀の乱射は叉炉の身体をぐちゃぐちゃに壊すも、緑色の炎が光った瞬間には、既に叉炉は無傷へと戻っている。


「僕の『再生の炎』は、魂へのダメージだろうと、『死』だろうと再生する。いくら山本さんでも、これは破れな──」


 言い終わる前に、山本は叉炉を踏み潰し、さらに床をぶち抜いた。


 ついに叉炉は、地面へと叩きつけられ、さらにねじ込まれた。

 ビルの周囲の地面が揺らぎ、割れる。


「壊し過ぎですって……! 後で弁償してくだッ──!」


 山本は叉炉の足を掴むと、思い切り地面へと振り下ろした。


「ぐっ……!」


 叉炉の表情が少しだけ歪んだのも束の間、山本はさらに叉炉を振り上げ、地面へと打ち付ける。


 叉炉が炎を用いて再生を行うよりもなお速く、山本は叉炉を振り回し、まるでそういう武器かのようにビルを破壊していく。


 そして、叉炉を宙へと放り投げると、ゆっくりと手をかざす。


「っ……!!」


 山本は叉炉の身体の内部で水銀を炸裂させ、粉々に破壊した。


 緑色の炎が集まり、また形を成す。

 叉炉が再生した瞬間に、叩きのめされ、粉々に破壊される。


(流石にいつまでも良いようにさせてらんないよね……!)


 叉炉は破壊された瞬間に、火の粉の集合体となり、山本へと襲いかかる。


(魂、精神を破壊するのに火力が足りないなら、僕が直接乗り込んでやる……!)


 山本は、気体化した叉炉に水銀を炸裂させるも、叉炉の動きは収まらず、体内へと侵入させた。


─────────────────────


 山本の精神世界へと乗り込んだ叉炉は、ワクワクを抑えきれなかった。

 どんな人間であろうと、精神世界には人間の弱みが見えてくる。

 その『弱み』を知るのは、叉炉にとっての愉悦そのものだった。


(山本さんの精神はどうなってるのかな……?)


 叉炉が目を開け、辺りを見回すと、そこには薄暗い闇が広がっていた。

 暗いが、空気は空の上のように澄んでいて心地よい。


「やっぱ珍しいね……何が見られるのかなぁ……?」


 その時、叉炉は遠くから聞こえる物音に気が付いた。

 「くちゃくちゃ」という、咀嚼音のような、何か。


(何か食べてる……? おもしろいね)


 叉炉は、咀嚼音のする方へと歩いていく。



 しばらく進んでいくと、人影が見えた。

 それは子どものようで、何かに座っている。


(誰だ……?)


 叉炉は足を進めた途端に、硬直した。

 その子どもが座っていたのは、修羅のような表情をした、巨大な生首だった。


 その子どもはゆっくりと振り返ると、薄気味悪く笑った。


「何だ……オマエ、飯の時間に入ってくるなんてよ」


 叉炉は、その子どもを見て、絶句せずには居られなかった。

 ずっと響いていた咀嚼音は、『人間の腕』を食べていた。


(これが……山本さん(あの人)の精神世界……? まるで、別人……)


 子どもは、叉炉に見せつけるように腕を齧り、引きちぎる。

 そして、死んだ魚のような目で見据えた。


「人に会うのなんて何年ぶりかでよ。ちょっとは期待してたんだけどな」


 その子どもは、呆然とする叉炉を見て、プルプルと震え出した。


 そして──


「ヒヒ……ヒャハハハハハハ!! ハハハハハハハハハ!! アハハハハハハハハハ!!?」



 その狂ったような笑いを見て、叉炉は思わず口にしてしまった。


「なんで笑ってるんだ……?」


 その子どもは、気色悪い程に口角を吊り上げたまま、言い放った。


「オマエ、雑魚すぎる。カス過ぎて話にならねぇよ」


「っ…………?」



 山本の事を調べてきた叉炉にとって、これはあまりにも、想像と別物だった。

 山本は、出自などは明かされていないが、それでも『最強の断罪人』として、生きてきていると思っていた。


 ずっと、ずっと。



「君は……誰だい……?」


 その子どもは、ニマっと笑った。


『ここが何処かも忘れちまったのかよ』



 ──違った。


 今の山本は、コイツを『飼い慣らした果て』に生まれた『本物の怪物』。

 自身のように、心を捨て、〈神域〉などという生優しい力に逃げた者には到底辿り着けない、別次元の存在。


 それを、理解してしまった。



 叉炉は、自嘲するように浅く嗤うと、ぽつりと呟いた。


「無理だ。これ」


─────────────────────


 叉炉は山本の精神世界から弾かれると、天井を見上げて笑った。


「……!」


 山本が追撃を仕掛けようとした時には、既に叉炉は気を失い、白目を剥いていた。

 それでもなお、張り付けた笑みは取り払われなかった。


─────


「山本さん、独断で組織潰したんですか……」


 凄まじい戦闘の跡を見て、鎮静会に所属している青年、『小鳥喰おおたか 恒河こうが』は唖然とした。

 普段はガラが悪そうに見えるであろうツリ目が、やけに大人しい。



「山本、流石にこれは……」


 同じく鎮静会に所属している、青髪の女性、『軍光ぐんこう 刃織はおり』も、山本の独断にやんわりと苦言を入れる。


「君から来た連絡も、『誘拐された人たちの居場所が分かった』だけで、本陣に突っ込むだなんて一言も言ってないだろう……」


「子供達は連れ戻せたか……?」


 心配そうな視線を向ける山本に、刃織は小さくため息をついた。


「……おかげさまで」


「……悪い。カッとなっちまった……それに、相手が『神域使い』だったから、やりすぎた」


 『神域使い』という言葉に、二人は驚き、大声をあげた。


「『神域使い』ならば、尚更無報告で潰しに行かないでくれ……!」


「アンタが負けるわけないのは分かるんですけど、流石にまずいっすよ……いくらなんでも自由過ぎますって……でも、人は殺してないんすよね……?」


 山本は、うつむき加減で申し訳なさそうに、年下の男に訴えた。


「ビルにいた奴らはとっ捕まえて全員外に投げ飛ばしたんで……」


 それを聞いて、刃織はため息をついた。


「まぁ、構成員はこちらでも捕らえた。取り逃しはないはずだが……とにかく、単独行動は控えてくれ」


「……肝に銘じときます」


─────────────────────


 結局、世界各地に売り払われた子供たちは、一部を除いて、『買い戻す』事に成功した。

 山本が世界各地を周り、必死になって探し求めたのだ。


 中には、重篤じゅうとくな精神疾患を負ってしまった者や、肉体的に暴行されていた者もいた。

 しかし、現在は、精神病院にて、然るべき治療を受けている。


 黎明に兄を目の前で殺された少女も、度重なる精神ケアや、何度も足を運んだ女性警察の看病により、少しずつ回復へと向かっているそうだ。


 山本の特殊業務は、終わりを迎えた。



「……胸糞悪い事件だった」


─────────────────────


 数年後、またラーメンが出来上がるのを待つ山本の元へ、電話が鳴った。

 山本は箸を置くと、スマホを手にとる。


 発信主は、『恒河こうが』だった。


「もしもし……」


 電話から聞こえる言葉を聞くにつれて、山本の表情がみるみる曇っていく。

 そして、低い声で一言だけ聞いた。


「なんで早く言わなかった」



 電話が終わると、山本は隣の客に話しかける。


「注文、済んでますか」


「え、いや? まだっすけど……」


「食券分のお代はこっちで持つんで、俺の頼んだやつ、食べてください」


「え、ちょっ……」


「では」



 山本は店から出ると、重たい足取りで歩き出す。

 腰にかけた黒い刀が、歩く度に、揺れる。


 その目に、光はなかった。


(大量虐殺犯……『嵐山 桜』……)




 最後まで読んで頂き、本当にありがとうございました。


 今回の読切を通して、少しでも山本五郎という男に興味を持って頂けましたら幸いです。

 また、評価、感想等頂けると、大変励みになります。


 山本五郎も登場する『ロマンチスト・ソウル』本編のURLリンクと作品コードはこちらになります。

 よろしければ、こちらもご一読下さると幸いです。


「ロマンチスト・ソウル」Nコード N0594LL

 リンク https://ncode.syosetu.com/n0594ll/


 なお、本編での山本の初登場は第37話。

 そして、今回の読切へ直接繋がるストーリーは第57話からとなります。

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― 新着の感想 ―
めちゃくちゃ強い山本さん!! 能力はいくつかあるんですか? 水銀を操るやつみたいな…? 黎明との戦いも凄かったんですが、そのあとの叉炉との戦いもヤバい!! 山本さんの精神世界ってどうなってるんだ〜!…
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