お泊まり②
「お風呂、先に入ってきてよ。その間に食器洗っとくから」
「え、いいですよ。僕が洗います」
「振る舞ってくれたんだから、それくらいはさせて」
彼女は自身の食器と僕の食器を重ねて、洗い場に置いた。
手にはもうスポンジを持っている。
「⋯⋯⋯なら、お願いします。それじゃあ僕、先にお風呂いただきますね」
「うん、いってらっしゃい」
彼女に見送られて、洗面所に移動する。
そして服を脱いで、浴室に入った。
暖かいシャワーを身体に当てながら、考える。
なんでこんなことになったんだっけ。
出会った当初は痴女だと思っていた彼女。
まあそれも、あながち間違ってはいなかったわけだけど─────
それにしてもこうして、家で一緒にご飯を食べる仲にまでなるとは、思わなかった。
彼女は食器を洗いながら、洗面所に向かう僕にいってらっしゃいと行った。
(同棲とかしたら、こんな感じなのかな……)
咄嗟にそんな考えがでてきて、顔が熱くなった。
何を考えてるんだ、僕は!
浴室で一人、悶えてしまう。
余計な思考を打ち払うように、僕は頭からお湯を被った。
*
白の長シャツに、グレーのスウェットを着る。
僕が寝巻き姿に着替えて洗面所からでたとき、彼女はソファーに座ってスマホを弄っていた。
彼女は僕の姿を認識するなり、顔をあげていう。
「おかえり」
「ただいまです」
洗い場の方を見ると、食器はピカピカに洗われている。本当に彼女がしてくれたみたいだ。
「洗いもの、ありがとうございました」
「作ってもらったんだから、これくらい当然。それじゃあたし、風呂もらっていい───って」
彼女は、僕の姿をじとっと睨んだ。
「ガキ君、髪乾かしてないじゃん」
「⋯⋯?ちゃんとバスタオルで拭きましたよ?」
「そうじゃなくて、ドライヤーくらいしなよ」
僕は自分の髪を触った。
たしかにまだちょっと湿っているけど、そのうち乾くだろう。別にわざわざ、ドライヤーをする必要があるとも思えない。
「いつもしてないの?」
「めんどくさいですし、どうせそのうち乾くし……」
はあ、と彼女が呆れたようにため息をつく。
そんなにおかしいだろうか?
「家にドライヤーあるの?」
「一応、あります」
「場所教えて」
「洗面所にある、引き出しの中です」
彼女は洗面所まで歩いて、引き出しの中をごそごそと漁っていた。
やがて見つけたようで、ドライヤーを手に取っている。
たしかに女性なららお風呂後のドライヤーは必須かもしれない。
紫月さんは髪が長いし。
しかし彼女はそのままドライヤーをもって、こちらに歩いてきた。
てっきりそのままお風呂に入ると思っていたのに。
「どうしたんですか?」
「おいで」
「……?」
彼女はドライヤー片手に、手招きをする。
そして、少し頬を緩めていった。
「ガキ君の髪、あたしが乾かしてあげる」
*
現在僕は、彼女の前に強制的に座らされていた。
彼女が脚を開いて地べたに座って、その間に僕が入るような体勢だ。
視界の端には、コンセントに接続されたドライヤーのプラグがある。
「ほんとに必要ありますか、ドライヤーなんて」
「髪、傷んじゃうよ。せっかくガキ君は髪質いいのに」
「⋯⋯⋯⋯なら自分でやりますから、ドライヤー渡してください」
「それは嫌」
さっきから彼女は、僕の髪を乾かすといって頑として聞かない。
どうしてここまで執着するのか、さっぱりわからなかった。
「ご飯つくってくれたから、そのお礼」
「それならさっき、食器洗ってくれたので大丈夫です」
「まだ足りてない」
彼女の態度は頑なだ。
ドライヤーは渡してくれないし、僕が立ちあがろうとしても、すぐに抑えてしまう。
「ヘアオイルとかは普段、つけてない?」
「⋯⋯⋯つけてないです」
「それじゃあ、このまま乾かすね」
そういって彼女は、ドライヤーの電源をオンにした。
これ以上僕の話を聞く気はないらしい。
彼女の中で僕の髪を乾かすことは、既に決定事項のようだった。
髪に、暖かい風があてられる。
彼女のさらさらの指で頭を撫でまわされて、気持ちいい。
人に髪を乾かされる機会なんて美容院くらいだけど、こんなに心地いいものだっけ。
思わず薄目を閉じて、されるがままになってしまう。
「ガキ君、もう少し寄って。乾かしにくい」
ドライヤーの騒音に紛れて、後ろから声が聞こえてきた。
心地いい感触に身を任せていた僕は、なにも考えずに後ろに下がる。
ふにゅ。
ふと後頭部に、柔らかい感謝が伝った。
僕は状況を推察する。
僕は彼女の足の間にいて、つまり僕が後ろに下がって後頭部が接触するものがあるとしたらそれは────
「っ!?」
「ちょっとガキ君、暴れないでよ」
僕は慌てて前に戻ろうとするけど、彼女の手は僕の頭をガッシリと掴んで離してくれない。
むしろ後ろに押さえつけらように頭を掴んだまま、ドライヤーを続けていた。
僕は後頭部に接しているナニカの存在を感じながらも、ただ大人しくしているほかなかった。
思わず、目を瞑る。
けれど視界という情報が遮断されると余計に後頭部の感触に気がとられて、ダメだった。
耳が赤くなるのを感じる。
頭がショートしてしまいそうだ。
後頭部に感じる感触は、僕の頭が動く度に僅かに形を変えて、軽く反発する。
ふと、ドライヤーの音がやんだ。
「終わったよ」
合図をするように、僕の頭をポンポンと叩く。
僕は慌てて彼女の傍から飛び退いた。
「なに赤くなってんの」
ドライヤーを片手に悪戯っぽく、彼女が口元を緩める。
僕はその場から動けず、言葉もなにも発せないままだ。
「パスタの代金、これで足りた?」
「代金って……」
僕は彼女言葉の意味に思いあたり、後頭部を押さえた。
「わざとだったんですか!?」
「わざって、なにが?」
「だって、代金って…」
その先を言葉にするのはなんだか恥ずかしくて、思わず詰まってしまう。
彼女のいう代金っていうのはつまり────
「ドライヤーをしてあげることだよ、最初にいったじゃん。何考えてるの?」
すっとぼけるように、彼女が首を傾げた。
だけどその瞳の中には明らかに、揶揄いの色が浮かんで見える。
「それじゃあたしも、風呂いってくるね」
そういって彼女は立ち上がり、洗面所の方に向かっていった。
ガチャリと扉が閉まる音が聞こえたけど、僕は後頭部を押さえたまま、しばらく動くことができなかった。
評価、ブクマ等々が執筆の励みになります!
また、カクヨムの方にて先行して連載してるので、よければそちらもお願いします。




