再会①
深夜の学校探検から、五日が経った。
探検中は警備員に見つかるのではないかというドキドキで気が気がではなかったけど、思い返してみると、なんだか楽しい冒険だったように思える。
昼間とはまるで別世界の、渡り廊下。
月夜が照らす、深夜の教室。
淡く煌めいて僕らを包んだ、夜中のプール。
それらの光景は、はっきりと僕の脳に焼きついて離れないものとなっていた。
枕の元にある時計をみる。
時刻は、深夜零時過ぎ。
最近は夜に起きて昼に寝る生活を続けているので、生活リズムはすっかり乱れきっていた。
夜ご飯は先ほど食べたのでお腹は減っていないが、いかんせんすることがない。
(紫月さん、今日は来ないのかな)
紫紺の瞳をもった少女に、思いを巡らせる。
そして、ハッとした。
いつから僕は、彼女の来訪を待ち望むようになっていたんだろうか。
僕の心が彼女にすっかり絆されてしまったようで、なんだか悔しかった。
僕はクローゼットに歩み寄って、外行き用の服を取り出す。
(今日は、一人で外に出よう)
久しぶりに、一人で散歩にでることに決めた。
玄関を開けた瞬間肌を刺す冷気に、僕は思わず両腕をさすった。
ここ最近の夜は寒い。
もう11月手前なのだから当然なのだが、寒いのが苦手な僕としては、あまり好ましくなかった。
ひんやりと空気が冷えた夜の雰囲気自体は、嫌いじゃない。
むしろ昼間とは別世界であることを強調されているみたいで、僕はこの雰囲気が好きだった。
ロビーとエントランスを抜け、外に出た後、僕は迷わず駅の方に足を運ぶ。
正確にいえば、駅の奥にある繁華街だ。
夜の繁華街の雰囲気には興味があったけど、前回は繁華街に向かう前に紫月さんに捕まってしまったので、結局は行けずじまいだった。
僕は期待に胸を膨らませながら、繁華街を目指して歩きだした。
*
静謐な夜の住宅街とは違って、繁華街はたとえ夜であっても、活気が残っているように感じた。すれ違う人影も耳に入る騒音も、住宅街とは桁違いだ。
夜のまた知らない一面を知る瞬間が、僕は好きだった。
なんだか楽しい気分になってくる。
居酒屋にカラオケ、ゲームセンターと、まだ人の気配がする場所はいくつかあった。
物珍しいものを見物するような気持ちで、僕は周囲を見て回った。
ふと、僕の目に留まるものがあった。
大型アミューズメント施設の、一階。
ゲームコーナーが置かれている場所での人影。それに見覚えがあった。
その人物は、リズムゲームをプレイしているみたいだった。次々と向かってくるノーツを、華麗な足取りで捌ききっている。
ミス一つないままに、曲は終盤へと入った。
やがて音楽が止まって、画面にはパーフェクトの文字が表示された。
満足げに息を吐いて、彼女は振り返った。
彼女と僕の目線が交差する。
腰まで伸びた長い金髪に、鋭い眼つきが特徴的な人だ。
ダメージジーンズに、真っ白なヘソまで覗かせるクロップド丈のTシャツ。
アウターを羽織っているけど、豊満な身体のラインは惜しげもなく晒されている。
メイクはナチュラル目だけど、全体的に派手な印象の美人だった。
「もしかして、陽向……?」
「峰山先、輩…」
瞬間、僕は反転して、今きた道を戻り始めた。
今ならまだ、見間違いだと思ってくれるかもしれない。
僕の後ろから、駆け寄る音が聞こえてきた。
そしてバシっと、僕の腕が掴まれる。
恐る恐る振り返ると、やはりそこには派手な金髪を持った彼女がいた。
「久しぶりじゃん、日向。こんなところでなにしてんの」
獲物を見つけた肉食獣のように、彼女は笑みを浮かべた。
*
とあるカラオケ屋の一室にて。
僕と彼女は、対面するように座っていた。
「それでサボり魔の陽向。こんな夜中になんでここにいんの?」
「あー、それはですね…」
目の前の彼女を見据える。
彼女とは、学校に通っていた頃からの知り合いだった。
うちの学校では各人、どこかの委員会に所属することが義務付けられているのだが、彼女は僕が所属していた委員会の先輩にあたる人物だ。
峰山さつき。
僕が通っていた輝智館学園の風紀委員会、委員長である。
「まあ、いいたくなきゃいわなくてもいいけど」
ぶっきらぼうに、彼女は言い放つ。
脚を組んでいて機嫌があるそうに見えるけど、それは彼女の平常運転だった。
派手な金髪と目つきの鋭さから、彼女はなにかと恐れられることが多い。
後輩として彼女と関わっていくうちに、それはただの偏見だと気がついたけど。
「いいんですか?」
「なんか日向、すっきりした顔してるしね。別に学校なんて、無理にこなくてもいいんじゃない?」
「ええ…」
風紀委員長からの直々の言葉は、思ったよりも軽いものだった。
僕としてはありがたいけど、ほんとにそれでいいのか、と疑問に思いたくなる。
「うちも明日サボるつもりだし。風紀員の仕事がまわらなくなるのは困るけどね。あんた働き者だったし」
「⋯⋯⋯それは、申し訳ないです」
「いいのよいいのよ。風紀委員なんていてもいなくてもそこまで変わんないし」
とても風紀委員長とは思えない言葉に、僕は苦笑する。
峰山先輩の瞳は、真剣な眼で僕を見つめていた。
「⋯⋯⋯日向、なにか悩み事はない?別に学校に来ないことを問い詰めるつもりはないけど、相談事があるなら話くらいはきくよ」
峰山先輩は、僕を心配してくれているようだった。
この人のこういうところは、変わらない。
一見厳しく見えるけど、内心では相手のことを真摯に思いやることができる人だった。
「⋯⋯⋯心配してくれて、ありがとうございます。でも、大丈夫です。最近はやっと、自分の中で迷うことも少なくなってきましたから」
彼女はおかしそうに声をあげて笑った。
「不登校のいい草とは思えないわね」
「たしかに、そうですね」
僕も少しおかしくなって、笑ってしまう。
その様子をみた彼女はグッと距離を詰めて、僕の顔を見つめた。
「しかしほんとにあんた、いい顔するようになったじゃない。学校に来てた頃は、ずっとうじうじしてたのに」
「そう、ですか…?」
「うん。みんなは気づいてなかったけどね」
突然詰められた距離に、僕はびっくりする。
至近距離で見ると、峰山先輩も女性らしい長いまつ毛をもっていて、なんだかドキドキした。
「突然学校に来なくなったって聞いて心配したのよ?あんたのことは気に入ってたのに」
「⋯⋯⋯⋯心配かけて、すみませんでした」
「ほんとにそう。なにかお詫びしてくれる?」
「え」
にじり寄ってくる彼女の威圧感に思わず後ろに下がろうとするけど、すぐ後ろは壁で、これ以上下がることはできなかった。
ダン、と彼女の手が僕のすぐ横にある壁に当てられる。
いわゆる、壁ドンという体勢だった。
「どう責任とらせてやろうかしら」




