表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
凍玻璃でできた水泡  作者: 西埜水彩
七神様のお願い
1/8

 夏休み~、夏休み~。


 そんな風に陽気に歌いたい気分ではないけど、今は夏休み。


 学園は休みで、職場である塾も休み。とはいえ別の場所で夏休み中に働くっていう手もあったけど、そうはうまくいかない。


「暑いな」


 新都で今流行中の日傘を持っているとはいえ、暑いのは暑い。おまけに30分も歩いているのだから、疲れもたまっている。


「暑いもこ~。まだ冴夜(さよ)村にはつかないもこ?」


 空をふわふわと漂っているだけのもこが文句を言い出す。人の手のひらサイズで、わたあめのような外見をした謎生き物のもこ。人よりも移動が楽なのだから、文句言わないでほしい。


「あと30分くらい歩かなきゃいけない」


 私が今住んでいる新都から、故郷である冴夜村へは1時間くらい歩く必要がある。


 そんなわけでは普段は冴夜村へは行くことはないのだけど、夏休みだからしゃーない。学費を払ってくれる家族に時々会う必要はあるでしょ。


「こんなに暑くても帰るってことは、冴夜村が恋しいもこ?」


「別にそうじゃないって。絶対新都の方が良いよ」


 新都は国の首都だ。そこでほかの地域よりも栄えていて。生活もしやすい上に、目新しい物が多い。


 そこで冴夜村よりもうーんと住みやすい。


「でも冴夜村には帰るんだねもこ」


「しゃーないよ。付き合いって物があるから」


 和装の人が周りに増えてきたってことは、冴夜村には少しずつ近づいている。


 新都でよく見かけるはやりの洋装をした私はちょっと浮いてしまうほどに、ここは新都っぽさがない。


「もうすぐつくもこ~」


「あっ本当だ」


 新都とは比べることができないほど、さびれた村。所々に畑や田んぼ、そして命の実がたくさんなっている木。


夜々(よよ)ちゃん、お帰りなさい」


「夜々さん、おかえりなさい」


 時々近所の人に話しかけられつつ、私は実家へ向かって歩く。


 少し汚れているような、素朴な和装の人がこの村には多い。少なくともこういう風な格好をしている人を新都で見かけることはあまりないので、かえって新鮮な気分となる。


 いや違う。はなやかな新都から、寂れた村へ帰ってきてしまったという少し寂しい気分だ。


「帰ってきたよ~」


 新都では見かけないほど、小さな家のドアを開ける。鍵がないのも新都とは違うところだ。一応私もここで暮らしていたときがあったんだけど。


 どうやら私はすっかり新都になじんでしまって、ここでの普通の暮らしになじめていない。


「おかえりなさい」


 家の中に母がいた。


 新都では見かけないようなつぎのあたった和装で、化粧もほぼせずに長い髪をくくっただけ。


 この村では当たり前、新都には絶対いないようなおばさんが母だ。


「みんな畑仕事をしているよ。新都から帰ってきて着かれただろう。命の実のかゆがあるよ」


「ありがとう」


 私はぶっちゃけ命の実を使ったかゆは好きじゃない。


 なんせ味つけが薄い。新都では毎日ハンバーガーやポテトといった味の濃い物ばかり食べているので、命の実のおかゆはおいしく感じなくなってしまったのだ。


 とまあそんなこと言えずに、命の実を使ったおかゆを食べる。水色が多いってことは、命の実がほとんどだ。それに米や野菜がちょっぴり申し訳ない程度に入っている。


 この村はあまり豊かじゃない。そこで新都ほど食べ物にお金をかけられないけど、この命の実がたくさん入ったおかゆは悲しい。命の実は栄養分が豊富とはいえ、全く味がついていないのだ。


「新都にすっかりなじんだねえ。黒いワンピースも似合っている」


「そうかな? きっと長く着ているから」


 新都はほとんどの人が洋装だから、私もそうしている。


 でもここ冴夜村には洋装の人はいないから、きっと私は今浮いているはずだ。


「夜々がいなくなって、家はひろくなったよ。息子は帰ってこないし、夜々が帰ってくるのはうれしい」


 母はにこにこと笑顔だ。とはいえ我が家は新都風に言うところの2LDKだ。新都では2LDKに住んでいる1人暮らしの人もいるので、決して広い部屋ってわけじゃない。


 今いるダイニングも、1人暮らしじゃないのならせまい感じがする。小さなちゃぶ台に座布団しかないシンプルな部屋。今は2人しないかいからいいけど、3人の兄も同居していた時はかなり狭かった。


 今はこの家に両親と姉夫婦が暮らしている。ということは4人暮らしで2LDKなので、新都的にはかなり狭い。


「私は新都の学園に行っているし、新都で働くよ。やっぱり新都はいいよ。だからこれからは帰ってくるのも少なくなるかも」


「そうね。夜々は昔から勉強を頑張って、新都の学校に行ったもの。亜沙(あさ)とは違って近所の村にある学園じゃ無くてね。でも息子は一度も帰ってこないから、せめて年に一度は夜々帰ってきてね」


「分かってるよ」


 やや乱暴になりつつも、手短に答えた。


 姉の亜沙は近くの村へある学園卒業後すぐに、婿を取って家を継いだ。兄達はみんな小学校を卒業した後に、村の外で働いているはずだ。


 男は勉強する暇があったら働け、女は働くよりも家事や勉強って決まっている。それで男はずっと仕事を頑張り、女は勉強をしっかりした後で家事労働に従事することが多い。


 そんな世の中なので、我が家のような貧乏な家では女である私や姉は小学校を卒業した後に学園へ通ったけど、男である兄達は小学校を卒業した後は学園へ進まずに働いているんだ。


 新都では大学進学のために、男は塾に通っている。男は学園に通えないので、そのかわりに塾へ行くんだ。


 私が働いている塾には色々な男が大学進学のために勉強している。そこで男も小学校卒業後は絶対に勉強できないってわけでもないけど、我が家は貧乏なので男は勉強させられなかったみたい。


 ということもあって新都とこの村は同じ国でありつつ、色々普通が違う。そこもあって新都にすっかりなじんだ私は、この村では浮いているはずだ。


「新都は栄えていて、疲れるわよ」


「栄えているところが良いの」


「でも人は絶対多いでしょ」


「人が多いのは、どこも一緒だよ」


 この村だった人が多いときはあるし、それを考えたら新都だから人が多くて大変ってわけではないかもしれない。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ