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1話 森を歩む者は

「視線を外さず、息はゆっくりと吐け」


音をたてず、弓を引く力を強めていく。


「矢の先に集中して魔力を込めろ」


視線は獲物である大猪から外さず、集中力は矢の先へと向ける。大猪はそれに気づいたのか、こちらに視線を向けた。


「撃て」


その声を合図に手を放した矢は、狙いを定めた大猪へ向かっていく。しかし、大猪はすでに走り始めており、矢は地面に刺さった。


「ロットさん。外しました」

「魔力を込めるほど野生の動物は反応する。優秀なハンターほど、殺気と魔力の気配を極限まで薄めた一撃で攻撃してくる。自分でやるとその難しさはよくわかるだろう?」

「はい。確かに難しいです」

「今回は威嚇が目的だ。外れても役目としては問題ない。バオを手伝ってこい」

「はい」


手に持っていた弓をロットさんに渡し、登っていた木から一気に降りる。

少し走った道で、先ほど狙った大猪は地面に伏していた。その傍には大剣を手にした坊主頭の大男、一見子供に見えるような背の低い女の子、ゆるいパーマのかかった金髪を耳にかける女性が立っていた。

そのうちの一人、小さい女性が自分に気づき手を振った。


「リョカく~ん。おつかれさま~」

「ミレニアさんも、おつかれさまです」


彼女の前に立って少し息を整えはじめると、後ろから抱きしめられた。


「おつかれさま。後でゆっくり癒してあげる」


顔にかかる金髪と、鼻孔をくすぐる甘い匂い、背中に感じる柔らかい感触。

優しいライニさんの手が、ミレニアさんの手でゆっくりとはずれされる。


「そういうのはだめです」

「あら~」


ミレニアとライニの視線が交差して、自分を挟んで静止する。


「リョカ、二人は忙しそうだから手伝ってくれ」


坊主頭の剣士に呼ばれて、睨み合う二人の間を抜けて二人から離れる。

そうして大猪の前に立つバオさんに近づくと、大猪の頭に大剣による大きな刺し傷があった。


「一撃で仕留めたんですか?」

「ああ。リョカとロットのおかげだ。予定通りあちらから突っ込んできてくれた。リョカには仕事の連続で悪いが、こいつを縛って持っていけるようにしてくれ」

「荷運びは仕事だから気にしないでください。すぐにやります」


腰の鞄から縄を取り出して大猪の足に結び付ける。

その間にバオさんが大猪を運ぶための木を持ってきたので、結んだ足の間に棒を通し、さらに棒と足を縄でしっかり結んだ。


「では行こう」


バオさんが進行方向、自分が後方で棒を担ぐ。


「重くないか?」

「バオさんが持ってくれてますし、荷物持ちが荷物を運ぶのにへばってられないです」

「いい心がけだ」


依頼を受けた近くの牧場に向かって歩き始める。

途中で合流したロットさんは持つのを手伝ってくれた。

ライニさんは、風魔法でみんなに涼しい風を。

ミレニアさんは、体力アップの魔法をかけてくれた。

取り留めのない話が、心地よかった。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「ということで、次の依頼は大蜥蜴の討伐にしようと思うのだが」


街のギルドにある丸テーブルで、冒険者チーム「黒鉄のくろがねのはこ」の面々が集まっていた。


「大猪の次は、大蜥蜴か……硬い素材の矢がいるな」


チームの斥候兼遠距離攻撃を担うロットは、エルフの特徴である尖った耳をピクピクさせながら目をつぶり思案を初める。


「私は大丈夫よ。蜥蜴は火の魔法が弱点だから相性良いし」


チームの攻撃魔法担当のライ二は豊かな金髪をかき上げながら微笑む。


「わたしも大丈夫です。蜥蜴の毒に対応出来ます」


チームの回復役兼サポートを担当するミレニアの綺麗な目に不安の色は見えない。


「あ、えーっと。食料は干し肉とかが3日分。水は大きい水筒2つ分はありますけど、最悪、ライニさんの水魔法でどうにかなるかと思ってます。あとは薬類で、体力回復薬が10本、魔力回復薬が15本、毒や麻痺に効く薬を何個かって感じです。魔物と瘴気除けにもなるお香もあります」


チームの荷物持ち兼スポッターであるリョカは、早口で自分の鞄に入れている荷物を告げた。


「……と、道具屋で薬草入りの飴玉を1袋もらいました。少し、気晴らしになるかもです」


大猪を狩ったお金で道具を買いに行った際に「ひっひっひ。おまけだよ」と言って黒いローブを頭からかぶり、まさに魔女と言える道具屋のおばあさんが飴玉をくれた思い出す。そして、みんなに一つずつ配った。


「旅の荷物が万端で、みんなも乗り気のようなら正式に受注してくるとしよう。目的地は馬車で2日で行った岩場だ」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



依頼を受けてすぐ移動した森の中。その森の一部にある岩がごろごろと転がる場所に大蜥蜴が住み着いた。町からも近い森にいることで、毒を受けて死んだ動物が森で見つかり、それを放牧された家畜が食べたことで大きな被害になる前にギルドに依頼が来た。


「リョカには念のためナイフとバックルを渡しておく。大蜥蜴は動きはそこまで早い訳でもないが、危険なのは毒を持った爪と牙の2点だ。それに尻尾を使った攻撃の間合いは予想よりも広いと思った方がいい」

「わかりました」


バオさんからナイフとバックルを受け取って装備する。


「リョカ君にそんな危ないことをさせる気ですか?」

「同意です」


ライニさんとミレニアさんは、バオさんに不満を垂れるがバオさんは全く気にしない。


「僕がバオさんにお願いしたんです。それに時間稼ぎと逃げ足には自信があります」


二人は不満そうな顔を変えずにこちらを見続け、何か言おうとする。


「リョカが決めたことの邪魔をするな」


二人に諭すようなバオさんの言葉で、ライニさんとミレニアさんは明らかに不満な顔をしながら何も言わず、去っていく。


「ライニさんとミレニアさんって、仲いいですよね」

「それは否定しないが、今回はリョカが心配なだけだ。確かに危険ではある」

「大蜥蜴の巣に閃光弾を投げ込んですぐに逃げる。ミレニアさんが風の補助魔法を使ってくれるそうですし、バオさんが言うように足が遅い蜥蜴に、足では負けないですよ」

「ロット曰く、射線が通らないのは巣の前だけだそうだ。だから、すぐに元来た道を戻ってくればすぐにロットの射線に入る。それで足を止め、ライニの魔法と私で仕留める」

「わかりました」


バオさんからミレニアさん特製の閃光弾を受け取り、しっかりと握りしめる。


「リョカ。我々の決まりは覚えているか?」

「<逃げると決めたら、みんな全力で逃げる>です。大丈夫です。全力で逃げますから」

「渡したナイフは刃先だけはミスリル製だ。大蜥蜴の皮膚なら苦も無く裂けるだろう。しかし1撃だ。ナイフを捨てても逃げろ」

「え?ナイフを捨てるのもったいですよ」

「道具に固執して死ぬのは冒険者には良くある事だ。道具を失う事に慣れる事も、生き抜くうえで重要だぞ」


ナイフを取り出して陽の光に当てる。

言われてみると刃の部分だけは金属の色が白色になっている。


「全員位置につく。リョカの気持ちではじめて構わない」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



歌を口ずさむ。

「祈りの歌」。輪廻を祈る人の話。


冒険者は、ギルドに所属して冒険者ライセンスを得て活動する。

その活動は様々あり、一般的なのは自分たちのようにギルドが張り出した依頼書や指名を受け、チームやクランを組んで様々な依頼をこなし、大陸中を活動する「大陸冒険者」。

町やギルド、貴族や富豪などと契約して依頼をこなす「契約冒険者」。その中でも国と契約して活動するロイヤルトレジャーと言われる超凄腕の冒険者もいる。

他にも、迷宮都市の迷宮攻略を主な活動場所とする「迷宮冒険者」。

そんな中でも特殊なのが「周遊冒険者」。

周遊冒険者の始まりは大罪を犯した人間で、その罪を贖うために険しい大陸の外周を巡りながら様々な依頼をこなし、人を助け、道を切り開き、大陸を一周する陸路を開拓し、さまざまな伝説と魂の輪廻を祈りながらその生涯を終えた。

その姿を歌った歌が「祈りの歌」であり、「周遊冒険者」になる者は犯した罪を贖う者や、帰る場所のない冒険者がなる事が多い。過去を捨て、名前を削った冒険者カードを持ち、依頼を受けて大陸の外周をめぐり続け、祈りの歌を歌いながら険しい大陸の外周を巡る道程で生涯を終える。


冒険者の中で、「祈りの歌」は良く知られている。

歌は冒険者のために歌われた歌であり、その生涯をたたえる歌、冒険者として死んだ仲間を送るときも、自分が死ぬと思ったときも、冒険者としての人生に捧げるのに丁度いい。


「さて」


大蜥蜴がいる穴を目の前につく。

渡された閃光弾を手に持って魔力を込めると、閃光弾に魔力が伝わり少し熱くなる。

ライニさん特製の道具は魔力で起爆する方式が取られるため、魔力を感知して誘爆しやすいが、性能はピカイチ。


パキッ


閃光弾内部から魔力によって起爆スイッチとなる板が折れる音が聞こえ、閃光弾を穴の中に投げ入れて背を向ける。

一瞬で穴が明るくなって爆音が鳴り、数秒して振り返ると土煙は上がっているが、洞窟は再び暗闇に包まれている。


その暗闇から大口を開けて飛び出す大蜥蜴。

気づくのが遅れていれば確実にぶつかっていただろうスレスレでその突進を避けた。


「キェーーーー!」


奇声をあげる大蜥蜴。

2メートルと聞いていた大蜥蜴は、明らかに4メートルはある超大物で、黒く光る鎧のような革には禍々しさすら感じる。


その姿を背に来た道を走りはじめる。

鳴らないように留めていた「魔物呼びの鈴」を留め具から外す。親指ほどの大きさしかない鈴は、硬い石の玉と器でできているためザリザリと言う石が擦れる音しかしないが、これが気の立った魔物を煽るには抜群で、大蜥蜴は自分についてくる。


思いっきり指笛を吹く。


大蜥蜴を呼んだ合図と同時に、自分が囮になったことを知らせる合図。

戻る道は誘い込みやすいようにライニさんとミレニアさんが魔法で少し整えてくれた。それに穴から出れば射線が通る。


大蜥蜴の体に3発の矢が刺さる。


奇声ではない声をあげる大蜥蜴。

だが大蜥蜴はひるまずにこちらに突進してきた。だが、次の矢は大蜥蜴の後ろ足に刺さって爆ぜ、大蜥蜴の足が止まる。


そして走る自分の横、ライニさんと大剣を手にしたバオさんとすれ違う。

背後から感じるライニさんの炎魔法の熱と、何かが潰れるような音と大蜥蜴の断末魔。


道の先にはミレニアさんが笑顔で立っていた。

ミレニアさんの目の前で止まり、息を整えるとミレニアさんがハイタッチを求めてきたので、手を合わせた。

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